復讐者、茶を啜りながら密約を交わす
アマンダ・レイフィールドは現魔王国の国王である。
彼女は国の中に置いて上に立つ者として大変優れており、法律、経済とあらゆる分野で革新を起こしている。
身近にいる部下を始め、民からもこれまでの過去の魔王と比べてもその支持は高く君臨している。
そんな彼女は、よく城下町に遊びに行く王であった。
自国の民の心を知る事や市場の現地確認と理由を説明すれば色々あるが、純粋に彼女は城下街レイフィールドへ行くのが好きだった。
民の暮らしや新しい取り組みの様子を知る。
それらを見るのは王としての務めであり、そして楽しみでもあった。
そんな中、お店巡りも彼女の趣味とする所。
今、彼女がいるのもとある裏通りにある喫茶店だ。
お客さんが少なく、今も彼女のいるテーブルにしかお客はいない。
ここのお茶が美味しく気分を落ち着かせるための贔屓にここを利用する。
そう、目の前の女を叱るためにも。
「で、レンコ…あなたはまた彼に迷惑をかけたのね」
目の前いる人物、レンコ・ヤギュウにアマンダは冷たい目で見る。
普段の心優しい佇まいからは予想できない程の冷たい。
同じくらいの背丈のはずだが、今日はレンコの方が小さく感じる。
「申し訳ありません」
この二人はいわばリョウマの想い人。
共に生きていく覚悟をしても、まだ結婚は考えていないリョウマの心許せる異性の存在。
そして、それは当人達も承知の事。
レンコが魔王国に移住してからこの会合は開かれ、情報交換の一環として開かれるようになった。
アマンダは魔王国でのリョウマを、レンコは王国でのリョウマを教え合っている。
しかし、だからといって二人の仲は良好とは言えなかった。
「あなたの本来のお仕事は護衛でしょ。なのに護衛対象を誘拐されるなんて本来ならクビにして国を出てもらうところよ」
国を揺るがす事体だったので、一護衛の彼女に責任に押し付ける事はできない。
そこまでアマンダも鬼でもなければ、嫉妬深くもない。
しかし、きっちりとお灸をすえようとアマンダは考えていた。
「ごめんアマンダ、元々、私が注意を怠ったからリョウマとヒカリを危険な目に合わせてしまった」
ヒカリが誘拐された事もそうだが、それがなければ早めにロウドを助けられたかもしれない。
そう思うと心が痛む。
「本来なら彼と距離を置いてほしいと思うのが私個人の意見よ」
そう言いながら、出されたお茶を口にする。
「私の中で、彼の居場所は用意しているの」
不敵に影のある微笑みで言う。
「その中にはあなたは必要ないの」
「…!」
アマンダの言ったきつい一言にレンコは耐える。
「でも、それは私の意見…リョウマは少なくともあなたを必要としているわ。私はただ彼にこの世界で幸せに生きてほしいの」
お茶からはまだ小さな湯気がゆらゆらと揺れていた。
「でも、忘れないでほしいわ。今のあなたはいつも彼の足を引っ張っている事しかしていない。彼のためにどうするかしっかり考えて行動して」
同じ人物が好きだからと言って、必ずしも仲良くできるはずもない。
「はい、分かっているわ」
レンコは大人しくアマンダの言葉を受け入れた。
怒りなどない、理不尽だと思うのも可笑しい。
彼女が言っているのは至極全うで正論だと彼女自身も思っている。
「…本当に分かっているのかしら。私は立場もあるから、リョウマと一緒の時間を作るのが難しいのよ。だから、私は彼の居場所をつくるようにしているの。その点、あなたは彼の身近な存在なのよ」
喫茶店の窓を見るアマンダ。
「あなたはあなたにできる事をしなさい。私達は仲良くなれない、それでも彼への想いは一緒でしょ?違う?レンコ」
「えぇ、そうね」
そういい、レンコへのお叱りを終えるアマンダ。
「で、今回の旅だけど、私も行くことになったわ」
レンコはつい先日にリョウマから言い渡された事をアマンダに言う。
「予想…というかほぼそうなると思っていたわ」
リョウマと似た顔立ちをしているレンコ。
元々彼女の血筋はイグルシア帝国だと彼女は道場の家系図で知っている。
大昔に、王国に移り住んだみたいだ。
「正直、私はあなたを信用はしても信頼はしないから」
「えぇ、私もあなたの事は頼られようと思っても…頼りたくないわ」
「あら、私達って気が合うわね」
「そうね」
いわばリョウマを囲うための同盟。
いつでも裏切れる程に。。お互いの距離を保って、彼女達は関係を維持している。
「それと聞きたい事があるわ」
そういい、彼女も出されていたお茶を口にする。
「魔王国三大将軍のラフロシアって人…というかエルフも同伴するみたいなの。正直どういう人物か私は知らないから教えてほしいの」
先日リョウマからラフロシアを同伴する旨を聞いた。それをレンコに言う。
それを聞いたアマンダは少し顔を曇らせる。
「あの人ね…まぁリョウマの実質的な先生でもあるしね。でも、彼女にはできるだけ注意は払う事をすすめるわ…知り合って長いけど、狙っている節があるわね」
でも、何を考えているかは分かるわとアマンダは加えて言う。
「それって?」
「裏切りは考えていないと思うわ、だったらすでにしているだろうと思うし」
「つまりは…」
レンコは少し驚愕した。
ラフロシアの功績はすさまじいの一言に尽きる。
魔物の単騎討伐を始め、古代語の一部解明や特効薬の開発と医療面文化面での貢献もあるのだ。
そんな彼女もリョウマを狙っている。
「そもそも…そんな人がどうしてリョウマの先生になっての?」
当然の疑問をレンコは聞く。
「そうね、それはあなたと同じかしら?」
「え?」
アマンダの真意が分からないレンコ。
すると、アマンダは持っていたカバンから封筒を出す。
「この旅で万が一の事が起きたら、この紙を読んでおいてほしいわ。」
そして、ある封筒を渡されるレンコ。
「これは?」
「今は読む必要もないわ、それに読んでも分からない」
そういい、アマンダは席を立つ。
「私も一応、国王。忙しいので先に戻るわ」
そういいながら、カウンターにいる主人にお礼を言う。
「久しぶりにここのお茶を飲めて良かったわ。マスター有難う。」
そういい、カウンターにいた老年のマスターにお礼を言うとアマンダは帰った。
◇
残ったレンコは自分の飲み物を飲みながら少し時間を潰す。
「女の仲というのは大変でございますね」
何かを察してか、マスターは言う。
「えぇ、ホント」
しかし、不思議と悪い気持ちはない。
道場の子として育った彼女にとっては新鮮なのだろう。
「でも、彼女の言っている事は正しいと思えるわ。彼女のおかげで私は私の好きな人を側で守れるから」
主人には二人の立場を伝えていない。
とある有名な軍人の部下で愛人というのがレンコのこの店の設定だ。
このお店の主人、実は盲目なのだ。
苦労の末にこの喫茶店を開いたが、資金がそこを尽きるかという時にアマンダが出資をしてくれたみたいだ。
なので、顔が分からない以上、彼からここでの情報は出る事もない。
一応アマンダの国王としての印象もある。
そのための設定だ。
ちなみにアマンダは自分は正妻と伝えているそうだ。
(まだのくせに…)
ここで彼女の意地悪な点が伺える。
(そもそも…まだ結婚していないじゃん)
案外、人の評判はかならず世間とは違うものだとレンコは思う。
しかし、お互い嫌いはすれど、彼を守るという目的は一緒だ。
時間が流れ、レンコも席を立つ。
「マスター、コーヒー美味しかったです。ついでにお店の看板も戻しておきますね。」
ここへ来る時はいつも閉店で入る二人。
そして最後に出る人がそれを変えてから出るのだ。
「えぇ、はい、またのご来店をお待ちしております」
丁寧なマスター。
本当にいいお店を見つけたなとレンコはアマンダを感心した。
◇
王城に戻り、ヒカリの面倒を見るレンコ。
そんなレンコに会いにラウラは訪れていた。
「どうしたの?」
「伝えておきたい事があります」
別にラウラとレンコは仲が悪い訳ではないが…仲良くもなかった。
しかし、今日のラウラはどこかいつもと違う雰囲気を漂わしている。
「私、いつかレンコさんの様にリョウマさんの側に立てる人になります」
「え?」
突然、そんな事を言われて戸惑うレンコ。
つい先ほどアマンダとのじめじめとした内輪もめをしたばっかりなだけに、彼女の真っすぐな告白に驚く。
「まだ…今の私ではレンコさんのようになれないです。今回の旅もリョウマさんに残れと言われました。私…強くもないし…その見た目も…」
メンバーは帝国に合わせて基本的に顔立ちとリョウマに近い人で構成されている…とは言いづらいレンコ。
「でも、その間に私は強くなります!そして、いつかレンコさんのいる所を奪います」
真っすぐな目で彼女はレンコに言った。言い切った。
「…」
レンコはじっくりとその意思を身に受けた。
(自分はあったのかな…こんな感じ)
もうその段階は過ぎたレンコからすれば、ラウラの思いはどこか面白く感じるが笑わない。
「突然何かと思えば…あなたと言いたい事は分かった。そういえば、まともに話すのはこれが初めてじゃないかしら、私達?」
レンコは不敵に笑って、ラウラに言う。
「そして、言わせてもらうけど、私もこのままの立場で終わる気はないわ」
リョウマの周りには彼を慕う女性が多い。
そして、その周りにいる女性はとても大変だ。
落ち込んでいる暇はない。
それが彼の側いる条件の一つでもある。
今は失敗ばっかりだが、そろそろ結果を出さなくてはとレンコは決めていた。
報いるためにも、彼への愛を表現するためにも。
それを気づかせたのが、目の前の少女とはレンコは少し内心苦笑する。
道場暮らしの長い彼女には、普通の女の価値観が薄い。
エマとスフィアともプライベートの付き合いは少なかった。
そんな心情なぞ知らずにラウラは反論する。
「言いましたね。今私はルカルドさんから鍛えてもらっています。このままどんどん強くなってやりますよ!」
ラウラは活発にいう。
それを見て、この子も変わったとレンコは思う。
前は普通の貴族のお嬢さまといった印象だった。
今は特定の異性の人のために真っすぐな少女になっている。
「そのままルカルドさんとお付き合いすれば?」
「嫌ですよ、タイプではないです」
あっさりと人知れずに振られるルカルド。
女性というのは時にひどく残酷な生き物である。
「ふふふ、じゃあ…あなたが成長するのを密かに楽しみにしておくわ」
もしかしたらあの会合にメンバーが増えるかもしれない。
そう思うと少しワクワクするレンコ。
いつも…アマンダに怒られるので仲間が増えるのはいい風よけになる。
「ふん、大人の余裕ですか?そろそろお腹がたるんで、やばいんじゃないですか?」
「うるさいわね、このがき」
珍しく声を荒げるレンコ。
それにビビるラウラ。
そんなビビるラウラを見て、まだそれではだめねとレンコは思った。
世の中の女はもっと粘着質で横回しが大好きなんだから。
「と…とにかく!言いましたからね。いつか見返してやるーーーー!」
そういって、ラウラは部屋から出た。はたから見て、逃げ出したように見えたが突っ込まない。
「あぅあー」
すると、寝ていたヒカリが起きたみたい。
「あ、ごめんねぇヒカリ。起こした?」
ゆりかごから抱っこをするレンコ。
その表情はどこか嬉しそうだった。
(でも、私もあの子のように真っすぐ行かなきゃ…)
まだ謎であるザッカを倒した方法も模索する必要がある。
それを解明しなければ、今回の旅でまた足を引っ張るかもしれない。
{出る前にリョウマと戦闘訓練しようかな?)
アマンダの事もあり、やる事は多い旅になりそうだとレンコは感じた。
それでも…
(リョウマと旅…ワクワクするな~)
内心、誰にも言わないが、彼女は喜んでいた。
冒険者時代以来のリョウマとの旅にワクワク感も感じながら、今日も愛娘のお世話をするレンコだった。
共に想い人と旅をして初めて見る物を共感できるのは旅のいい所。
これがもうすぐ出来る事にレンコは内心嬉しかった。
勿論、任務もある。
だが、愛娘の前くらいは正直な心を表現したい。
「あうーあうー!」
そんな嬉しい心を察したのか、赤ん坊のヒカリは笑顔で答える。
「♪~」
そんなヒカリを見ながら、歌を歌ってあやす。
彼女の頭はこれからリョウマとどう一緒に過ごすかでいっぱいだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋