復讐者、上司には逆らえない
エズカルバンの事件が終わり、一週間の時が経った。
アジトの周囲に住んでいた住人の証言や、ガ―ジル達の身元の調査が行われた。
そのおかげで、リョウマ達は事件の概要が見えてきた。
「つまり…その後天的スキルの発生方法が今回の事件が起きた原因だったという事ね」
会議室の上座にいるアマンダはリョウマに聞く。
この場にはアマンダ、リョウマ、ジェフ、ルカルドの4人に、それぞれの秘書が来ている。
「あぁ、ガ―ジルが死ぬ直前に聞いた事だ、おそらくやつらの目的はその人体実験の被験者集めで間違いないだろう」
「しかし、被害者が90人ですか…私達が把握しているのより多いですね」
「まだ死んだとは限らないでしょう!」
役人の一言に宰相のジェフが間に口を挟む。
「おそらくだが…各市町村のスラムを狙った可能性が高い。スラムでもまだ住民登録をしていない人もいるだろうし…」
リョウマのいた世界では…いわゆる戸籍などの情報を国が管理する事で住民を把握する事ができた。
しかし、それは数十年の歳月を掛けてようやくできた事。
魔王国ではここ約十年で行っているため、精々都市区域の中流階級までの住民の登録はできていない。
それ各国と比べて先進性がある方なのだが、今回はそれが悪くでてしまった。
「まぁ、この話は…これから改善する事でしか解決できないわね」
ジェフは原因の話をこれまで続けても終わりがないと思い、区切りを付けた。
そして、リョウマは気になっていた事をアマンダ聞く。
「アマンダ、帝国の反応はどうだ?…」
「…イグルシア帝国ね」
イグルシア帝国は前にも述べたが、エズカルバンの後ろ盾を務めている国。
魔王国のある大陸の中で国土が一番大きい国。
侵略国家として過去に武力で領土を広げた歴史があるだけはある。
「それが今の所何もないわ」
アマンダは言う。
「当り前ですよ。双方共に関係は隠しているのですから。レイス王国からは謝罪のご連絡がきましたが、それだけです。肝心の大元は静観する事にしたみたいですね。まぁ、これで何かあれば関わりを持っていましたというようなものですよ。」
ジェフも補足で説明した。
「しかし、こちら側が何もしないわけには行かないでしょ?」
部屋にいる役人は今回の件に憤慨しているようだ。
「俺もそう思うぞ、魔王。今回の件はあまりにも俺らの国民を害ししすぎた。またいつこういう目に合わされるかも分かったもんじゃない」
そういうのはルカルド。
普段はお茶らけた感じの彼だが、今回は少し怒り気味に会議に臨んでいた。
それもそのはず、彼の前で守るべき民が一人殺されたのだ。別に彼を特別視しているわけではない。だが、民を殺されたことに対して帝国に憤りを表しているのだ。
「ルカルド…気持ちは分かるが、少し待っていてほしい。帝国は大きいのだが、外国への情報規制がされて謎が多いんだ。これでは攻めるにも攻められない」
ジェフがルカルドを嗜める。
「それに、それは我々も同じだ。親交のある国以外は我らの情報は外国に出回っていない」
「じゃあ!なぜあいつらはリョウマを知っている!」
そこでこの議題の最も肝心な、そしてこの会議が少数で行われている理由が出てくる。
「…」
名前の出たリョウマはしばらく黙っている事にした。
ガ―ジルの言っていた事を思い出す
『異世界から来たお前ならそのスキルへ可能性が高いとおれらの依頼人がいっていたな』
(街の人すら俺の事を知るのは少ないのに、外国のあの男は知っていた…)
「…それはまだ分からないわ」
「分からないじゃない、つまりだ…」
ルカルドはアマンダの一言に被せる様に語気を強めて言う。
「…誰かが密告しているという事だ」
「…」
「少なくとも魔王城で住んでいるやつの可能性が高い。ただ、スキルの情報が出ている事から容疑者は限られるぞ」
ガ―ジルはリョウマのスキルを言い当てていた。
それを知っているのは国でも重要な立場を任されているものばかりだ。
「あいつじゃねぇだろうな?」
「あいつ?」
リョウマはルカルドが誰を指しているのか見当がつかなかった。
「あのガリガリエルフだ、ここにいないだろ?」
ここにはいない、最後の魔王国三大将軍の事を言うルカルド。
「彼女は外国への外交のため二週間前から王国を出ているだけだわ、ここにいないからと言って疑うのは失礼よ、ルカルド」
アマンダはルカルドの早計に注意する。
「そうだぞ、ルカルド、ラフはそんな事しないだろ」
「…お前にとっては先生、魔王にとっては古い付き合いなんだろうが、仲いいからといって裏切らないとは限らないぞ?」
「ん…」
身に覚えがあるリョウマはルカルドの意見に逆らえなかった。
「やめましょう、ルカルドさん」
すると、宰相のジェフが止めに入る。
「ここで疑心暗鬼に陥るのも帝国の思惑かもしれません。それにルカルドさんの意見が推測の域を超えないのも事実。魔王様が特に言わないのであれば、保留に致しましょう」
そうして、次の議題へとジェフは写した。
「しかし、このままではいけませんね。何かしらの対抗しなければ…そのためには情報が必要かと…」
「そうだな、何かいい意見はあるか?」
アマンダは会議に参加している全員に聞く。
すると、リョウマの後ろに立っていたメグがここで初めて声を上げた。
「帝国へ密偵を送るのはだめでしょうか?」
情報がないなら調べに行けばいい。
実に分かりやすい答えを出すメグ。
しかし、それにリョウマは反対気味に言う。
「俺もそれは考えたが、どうやらイグルシア帝国は鎖国制度を布いていて、入るには厳しい審査が必要だ。なら、不法入国覚悟で関所を無視していくのもありだが…まずあの国の周りは砂漠や森にいる魔物の巣窟でな、生半可なやつじゃ途中で喰われちまう」
なんともよく考えた天然のバリケードだとリョウマは思う。
おかげで内外共にイグルシア帝国に入る事が難しい。
「…リョウマは?」
「は?」
「リョウマが密偵としていくならいけるのでは?」
メグが名案とばかりに言う。
「…確かに…リョウマさんはイグルシア帝国の人と顔は似ていますし…リョウマさんの力なら案内人を雇えば行けるでしょう」
ジェフがメグの意見に賛同する。
「おいおい!…いや…ちょっと待った!俺は一応この国の将軍だぞ?そんな人が国を放っておいて行けるわけがないだろ?」
国の重役であるリョウマは反対する。どこの官僚が密偵をするんだという話だ。
「そもそも将軍って象徴じゃなかったけ?俺とか基本働いていないし」
ルカルドが邪魔な情報を言う。
「確かに国法での魔王国三大将軍は各国における象徴と同意義よ」
アマンダが補足を言う。
「えっ?象徴ってどういう事?役人とは違うのか?」
リョウマはそう思って日々城内の役人の手伝いをしていた。
「そうね、説明不足だったわね。ルカルドの言う通り将軍は象徴であり、特定の労働義務はないの、だからあなたやっていた仕事も別に行っていい事だから誰も注意しなかったのよ」
アマンダが理由をいった。
「そんな…」
仕事内容を選べるなら、少し量を減らせばよかったと思ったリョウマ。
そんな残念な表情をするリョウマを他所にアマンダは思案する。
「…今回の事件でリョウマ…あなた確か謝罪をしたよね?」
すると、今度はアマンダが何かを確認したいかの様に聞いてくる。
「え?…あぁ、被害者の妻の夫を守れなかった件でしましたよ…うん…」
一週間前の出来事を思い出す。
リョウマの守るべきものは守れたが、それ以外は守れなかった。とても苦々しい記憶である。
「では、リョウマ・フジタ…
…民を守れなかった事で貴様に新しい仕事を申し付ける!内容はイグルシア帝国への密偵だ」
「え?ちょっとアマンダさん?」
「旅程は、私が考えて、後に君に伝えるわ」
アマンダはリョウマを無視して淡々と進める。
「了解です、魔王様」
「それしかないか…リョウマ、戦う時は呼べにゃ」
ジェフとルカルドがアマンダの指示に賛成する。
「おい、お前ら、それにアマンダ?待って…急すぎ…てかなんで?」
事体が本人からかけ離れていくことに焦りを覚える。
「さっきもいったが、イグルシアの情報が少ないのが大きいわ…これでは作戦も何もないんだ」
ルカルドが説明を入れた。
「そして、リョウマが一番イグルシア帝国への密偵に向いているんだ。まずは君の武力、これは道中の魔物や悪人に最適だ」
「次に容姿ですね」
今度はジェフが言う。
「イグルシア帝国はリョウマの様な顔立ちが多いのです。なので、まぎれさせるのにいいのですよ。旅の連れもそこを配慮して頂けたら幸いです」
「最後に…」
アマンダが最後にリョウマの眼を見て言う。
「相手はリョウマに興味があるみたいだ。なら、君の眼で見た方が手っ取り早いと思った」
現場をみて、判断しろという事か。
「…なるほど…」
そう言って、会議は終わり、指令の詳細は追って連絡する事言い渡される。
みんなぞろぞろと会議室を出た後メグがいう。
「頑張りましょう。リョウマさん」
「はぁ…異世界に来たのに…あぁ…なんか違う」
こうしてリョウマのイグルシア帝国への潜入が決まったのだった。
◇
「なるほど…そういう事に…」
レンコは事後報告にきたリョウマから話を聞いていた。
「いや…そりゃ今回の件は反省しているけど、密偵ってどうよ?」
まるで他の同僚を恨むサラリーマンかのように愚痴を言うリョウマ。
「で、私の所に来たのは?」
「お前も誘いに来たんだよ」
レンコも綺麗な見た目だが、帝国似の顔。どうやら祖先が帝国出身みたいのようだと昔話を聞いていた。
「分かりました。ヒカリは他の乳母に任せるわ」
あっさりと了承するレンコ。
「いいのか?」
そんなあっさりと了承したレンコに確認するリョウマ。戦力としても見込めるから連れて行きたかったが、正直ヒカリを優先するとばかり思っていた。
「えぇ、少なくともヒカリはここに居れば安全だし、ならリョウマを守るのが先決よ」
微笑みながらいうレンコ。
彼女の中ではリョウマとヒカリ…この二人だけが守る対象だ。そして、リョウマの身に危険が及ぶ可能性があるなら断る理由がない。
後、彼女のザッカ戦での記憶の欠落も気になる所だ。それが戦闘で起きたのなら、リョウマ一緒にいる事で何か分かるかもしれない。
「…嬉しい事いうね。」
そう言いながら、彼女に抱き着くリョウマ。
「旅の準備はしなくていいの?」
「まぁ、今晩ぐらいは…」
そういいながら、二人は一緒に夜を過ごした。
◇
一方、魔王城には多くのベランダがあり、一番景色がいいとされるベランダでルカルドは物思いに更けていた。
「…」
彼は別にロウドが死んだことをそこまで悔いていない。
ただ、誰でも…彼の周りで人が死ねば夜にこのベランダで酒を持参して月見をするのが彼なりの供養だった。
そしてそこに来客が現れる。
「どうやってきた?」
意識を研ぎ澄ませなければ気づけない程その者は将軍であるルカルドに近づいていた。
すると、何もなかったその場所に、突然とラウラが現れた。
「お願いがあってきました」
「…ラウラちゃんじゃーん?どうしたの?」
知り合いだったので、普段の口調に戻すルカルド。
そんなルカルドは反対に険しい表情でラウラは言う。
「私にスキルの使い方を教えて下さい」
ラウラは考えていた。先程、リョウマが国を出る事を聞いた。そして、私はそれに同行はできないと。
なら、ここに残って強くなるしかない。そのための適任を探した結果、彼、ルカルドに行きついた。
「…ほう、スキルねぇー、もしかして後天に恵まれた?」
ルカルドは興味深々に聞いてくる。
「それで、俺にここまで近づいたのかな?なるほど…
…強いね」
「有難うございます。でも…それでも…私はロウドさんを死なせてしまいました…」
悔しそうに言うラウラ。
「…言っておくけど、あれは実力も立場も上の俺が守れなかったんだ。それで“私が守れませんでした”は自惚れていないか?」
あまり、彼女自身が彼女を攻めないためにあえて厳しく言うルカルド。
「…私はつい最近まで学生でした。そして今は働いていて、独り立ちしようと思っていたのですが…心はまだどこか学生であり、学ばされている私のままでした」
悔しそうにラウラは言った。
「…今回の事で痛感しました。学ばされたままでは守れない命がある事を、では自分で学ばなければ誰も守れないのではと…
…なので…私を強くしてください」
決意の籠った目でルカルドを見るラウラ。
「ふーん、でもスキルの使い方はあくまで個人で考えにゃ、俺は模擬戦の相手と少しのヒント…後は色々ラウラの方で盗んでにゃー」
「…はい!分かりました」
了承を得て、喜ぶラウラ。
「じゃあ、明日の夕方からね、俺はまだここに居たいからいったいったー」
しっしとポーズをとるルカルド。
「はい、明日から宜しくお願いします。」
そういい、ベランダから中へと戻るラウラ。
再び一人になったルカルドは夜空を見て思う。
「…はぁー、若いっていいなー」
ルカルドもまだ二十代後半だが…それでもラウラのような年ごろに戻りたいと思うのは生命の性だ。
「さて、俺も何か盗めるかなー」
教えを乞うのも何も乞う側が学ぶだけではない、教える側も当然何かが変わる。
それを知っているルカルドは明日からの生活に一つの望みを持つ。
「クックっ…酒が美味しいにゃー」
いつもは味を感じないこの透明なお酒。しかし、今晩はまるで甘い蜜かのように美味しく感じるのだった。
◇
暗い牢屋の一室
そこに一人の男が椅子に座っていた。
「…」
捕まったザッカは現在…城から離れた収監所に全身を椅子に縛られた状態でいた。
育ての親のガ―ジルが亡くなったのを聞いた彼もう何もする気になれなかった。
別に元いた組織に愛着があるわけでもなかった。道を示してくれたが―ジルがいたからいたまで。
なので、彼は大人しく罪が決まるのを待っていた。
「…まぁ、大方死刑だろうな」
人を何人も殺めたのだ。当然の刑だと自分でも思う。なので、そこまで怖くもなかった。
「…?」
すると、視界の端に赤い靄が生まれた。
そしてそれが人の大きさになると…そこから男がでてきた。
「ラルフ…」
それは顔見知りだった。
「ザッカ…残念だよ。君が捕まってね」
ラルフは悲しそうに言う。
「心から思っていない事をいうな」
この男がそんな感情を持ち合わせていない事を…ザッカは知っている、
「さっさと失せろ、助けに来たんだろうが…俺はガ―ジルのいないお前らには興味がない」
ザッカはラルフの目的を察知して断りを入れる。
「ふーん?じゃあ…今ここで死んでもらおうか?」
そして、どこからともなくナイフを出すラルフ。
それは浮いていた。
「………」
何もしないザッカ。このケースも考えてはいた。しかし、この状態ではどうしようもできないので、ラルフに身を任せる事にした。
先程もいったが、ガ―ジルがいない以上、彼は自分の人生などもうどうでもいいのだ。
「嘘嘘。殺さないよ。ただ自白されるのも困るから、魔法だけ打たせてね」
そういい、魔法で自白を止める呪文をザッカに掛ける。
「君は…やっぱいいよね。あのマッコウだっけ?あんなチンピラとは違う意思の強さを感じるよ。だから、スキルに恵まれたのかな?」
「そんな君が新しい目標を見つける事を願うよ」
そういい、元の赤い靄で帰ろうとするラルフ。
殺されない事に安堵する自分がいる事に驚いたザッカ。
しかし、すぐに彼が帰る前に聞かなければいけない事があった。
「なぜ、ガ―ジルさんを殺した?」
「うーん、何のことかな?」
ザッカはガ―ジルが死んだ事を耳にした。
それが正体不明の攻撃だという事も。
しかし、この男は答えないのだとザッカは察した。
「じゃあ、お前らは次は何をする気だ?」
ザッカは質問を変えて、聞いてみた。
今度のは答えた。
「本来はもう部外者の君には話せないけど…特別にヒントを教えてあげるよ。」
そして、楽しそうにラルフはいった。
「“召喚”」
ザッカはその言葉を聞いて、戦慄する。
ラルフが帰った後も、その熱は止まらない。
この世界で召喚と言えば…“異世界間召喚”
異世界の物を召喚する…そして後天的スキルが確実にでる唯一の方法。
でもやつはヒントといった。
(召喚するのは別なのか?それとも召喚が目的ではない?)
「何をする気だ?」
そんなザッカの悩ましい考えをよそに牢獄の窓から覗かせる空は綺麗な夜空が展開していた。
まるで、嵐の前の静けさを表すかのように。
~章終わりの東屋の後書き~
ここまで読んで戴き有難うございました!
面白いと思っていただけたら感想や評価の方を宜しくお願い致します。
これで第一章は終わりです。
情報量の少ない章になりましたね。これからの展開も兼ねて、個人的には家族と死を題材に書き記した次第です。
これを機にリョウマが徐々に成長します。それは悪に転ぶかもしれませんし、善にころぶかもしれません。正直東屋自身も分かりません!(信じるか信じないはあなた次第)
ただ自分がやった復讐とどう向き合うのか。それを掘り下げていけたらとは思っています。
続きの第二章はギャグ多めで行きたいと思っています。
というよりも…これ以上ダークにしてもね…いや、プロローグで復讐相手にあんな事をしておいてだけども…
そんなこんなで続く「復讐の反省」ですが、引き続き宜しくお願い致します。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
ブクマ、感想、評価等いただけると大変励みになりますので、もし良かったら宜しくお願い致します!
東屋