復讐者、死者の思い
マリアンはその知らせを衛兵団の医務室で聞いた。
突然、衛兵の一人が駆けつけて、ミルダさんに報告を何やらしていた。
一旦外へと出て、話を聞くミルダさん。
その衛兵の表情から不吉な予感が彼女は感じていた。
しかし、それがどうか杞憂であってくださいと願う。
再びミルダさんだけが入ってきて、そして言われた。
「マリアンさん、落ち着いて聞いてください。」
「ジェム君が無事に保護されたようです。一応、今晩は体の具合や健康診断をして別室で待機してもらいますが、早ければ明日の朝には会えると思います。」
「そう…良かった…本当に良かった。」
最愛の息子の無事の知らせを聞き、安堵するマリアン。
目には涙が溜まり、それを拭うために手を付ける。
そして、当然だが…もう一人の方も聞く。
「では…主人も無事なんですね?」
ロウドの身を確認するマリアン。
しかし、そこでミルダさんの顔が少しだけ曇る。
まるで、表情で…少しずつこれから言う事を知らされるかの様に…
あぁ…とマリアンは分かってしまった。彼女の口から何が言われるのか。
そしてミルダさんは続けていった。
「…ロウドさんは事件の最中に亡くなりました。」
ロウドの訃報を知り、彼女は言い表せられない心境に至った。
泣きたいのか、怒りたいのか、嘘だと思いたいのか…
はたまた…その全ての感情なのか。
「…」
次に出る言葉が言えない。
ロウドが帰ってこない。それは彼女の中でとてつもない絶望を引き起こしていた。
その後の事はよく覚えていない。
まず、遺体の確認という事でロウドの亡骸を見させられた。
そこで彼女はロウドの死が現実だったと認識する。
ロウドのまだ少しだけ暖かい遺体の手を触れて、マリアンはミルダさんに聞く。
「主人は…どうして死んだのですか?」
まだ詳細を話す段階ではないと思い、ロウドの死に際は話していないのだ。
しかし、当人から聞かれて答えない訳にはいかない。
言葉を選びながら、ミルダは答えた。
「はい、報告によると…ジェム君に向かった刃を受け止める形で亡くなった様です。」
「そうですか……」
彼女は微笑みながら言う。泣きたい気持ちもあるのだろう。
しかし、彼女はまだ泣こうとは思えなかった。
しかし、彼女には分かるのだ。
ロウドは自分の涙を望んでいないと…
これでも衛兵の妻…多少の覚悟はしていた。
だから、彼女は気をしっかりと保ちながら言う。
「夫をここまで運んで下さって、有難うございます。」
まずは感謝。殺したのは敵の一味らしい。
国に仕えていたロウドの事も考えると、衛兵団を恨むのは違う。
「マリアンさん…」
すると、ミルダさんが彼女に声を掛けた。
「今晩はここでお泊りください。ジェム君とも早く会えると思います。」
ミルダさんの好意…彼女の医者として立場でだと思うが、私の心情を察して残らせたのだと思う。
母としては父を亡くした息子に配慮しなければいけない。
しかし、妻として夫の死を嘆かない訳がない。
でも、泣かない強い母。
それにミルダは危険を感じた。
これが何か彼女の心を変えるとは思わない。ただ、本当の意味でロウドの死を受け入れるために…これからジェム君を支えるためにも、この一人の時間は必要だと医者の立場として感じた。
少しだけマリアンは考えた。しかし、ジェムを待たなければいけない事を思い出し、返事をする。
「はい、有難うございます。」
その後は簡単な翌日のスケジュールを聞いて、彼女は元の医務室へと通された。
◇
今、医務室には一人で夜の月を見ながら、ロウドとの思い出を振り返っていた。
ただの村人だったマリアンに多くの世界を見せてくれた。
初対面のあの告白は本当に度肝を抜かされたものだ。
「ふふふっ」
また話したいと思ったが…もう彼はこの世にいない。
まだ数時間しか経っていないが、段々と心に馴染んできた。
「あれっ…」
すると…目から涙が垂れてくる。
「おかしいな―…泣いちゃダメなのに…」
それが死んでしまった彼の彼女なりの供養なのに…
「あ…う…うぐっ…」
すると、どんどん涙が溢れてくる。
それは下のベッドの布団に大きな円を作り、広がっていく。
「あっ…ロウド…なんで…ロウド…」
どんどん出てくる涙に合わせて出てくる彼への思い。
それらを吐き出すかのように…溜まっていた思いが爆発したかのようにマリアンは泣いた。
もう彼はいない。
それが心を広く響いているかのように、彼女の顔の下にあるベッドのシーツはその濡れた部分を増やしていった。
◇
(どのくらい泣いていただろう…)
時間にしては短かったのかもしれないが…マリアンはまるで一日中泣いたぐらいに疲れを感じていた。
もう涙は出尽くして、目の周りが赤くなっているとマリアンは窓に反射している自分を見て思う。
すると、扉を叩く音がする。
ミルダさんの声が聞こえた。
「マリアンさん、将軍のリョウマ様がお話したいそうです。よろしいですか?」
リョウマとは先ほどあった若い男性だと思い出すマリアン。
「はい、大丈夫です。」
そして入ってくるミルダさんとリョウマ。
後ろに若い…学生ぐらいの女の子と猫?の獣人もいた。
「リョウマ様が今回の件で謝罪をしたいという事で、こちらへお招きしました」
「将軍のリョウマです。今回はこちらの失態でご主人を助けられず申し訳ありませんでした。」
リョウマが腰を直角に降り、丁寧に謝罪をする。
「いえいえ、リョウマ様達は本当によくしてくれたと思います。夫の死は悲しいですが、息子を無事に返してくれたのもリョウマ様のおかげです。謝罪なんていらないですよ。」
「…有難うございます。しかし、本来…俺は三大将軍であり、民を守らなければいけないのです」
リョウマはロウドの死に責任を感じていた。
己の復讐を優先して、ガ―ジルを懲らしめていた。
しかし、それがなかったら…おそらくどうも変わらなかったとは思う。
それを彼女には言えないが、彼の心ではその可能性を拭いきれなかった。
「…ちなみに、ロウドの最後の場にはもしかして後ろの二人がいたのかしら?」
マリアンはリョウマに聞く。
「はい、私の部下のラウラと…同じ将軍のルカルドです。」
そういい、前へと出る二人。
「マリアンさん、すみません…私が先陣として救出に向かったのですが、力不足でした。」
泣きながら、ラウラはマリアンに謝罪する。本当は良くないのかもしれない。
謝罪をする立場が泣きながら謝っているのだから、謝られる側は対応に困る。
しかし、年下の彼女にマリアンは怒らない。
「いいのよ…よく頑張ってくれたね…有難う、主人は最後…どうやってジェムを守ったのですか?」
そう言われ、今度はルカルドが答える。
「敵に高速で剣を三つ飛ばされ、そこのラウラ、ロウドさん、ジェム君に行きました。私は一番身近にいたラウラの分を抑えましたが…遠くにいた2本の剣をロウドさんは受けていました。それでジェム君を救いました。」
ルカルドは淡々という。
ここで泣きながら言っても意味をなさないと分かっているのだ、
「そうなのね…そうやってジェムを守ったのね…」
マリアンはその事を聞いて、納得をするかのように聞いていた。
「すみません…マリアンさん…本当にすみません。」
「いいのよ…ラウラさん?でしたっけ?…私の主人も衛兵…きっと息子を守れて死ねた事は誇りに思いますし、何よりも彼は笑うのが好きでした。」
だからあなたも泣かないで。
それを聞いたラウラはすぐに笑えなかった。
彼女の中で罪悪感でいっぱいなのだろう…
マリアンに許しを与えられても、ラウラの心は晴れなかった。
「そうね…では…私が許さないと言いましょう。」
すると…突然マリアンは言い方を変えた。
「夫は衛兵でした。これから多くの人を守り、助ける存在だったはずです。きっとそうです…」
マリアンは噛み締めながら言葉を紡ぐ。
「なので、ラウラさんにルカルド様…それとリョウマ様も…夫を超えるぐらい人を助けて下さい。そうすれば私はあなた達を許します。」
「…はい、やってみせます。」
ラウラは涙をこらえながら、マリアンの望んだ償いをする事を誓う。
「分かったにゃー」
ルカルドは軽く返事をしているが、目は真剣にマリアンを見つめていた。
「はい、俺も今回の件をこのままですませるつもりはありません。いずれ、今回の犯人は捕まえます。」
「はい、よろしくお願い致します。」
マリアンは三人の返事を聞いて、満足気に喜ぶ。
すると、リョウマはある提案を彼女にする。
「マリアンさん…これからの予定はどうされますか?」
リョウマは主人が亡くなった事で仕事の心配をしてくれているのだろう。
「内職はしているのですが…」
「…今、治安改善の目的で孤児院の設立と初期の人員の募集しています。さっそくというのは難しいのは承知していますが…時間を空いてもらってからでかまいませんので…良ければやってもらえませんか?」
「えぇ…しばらく考えさせてください。有難うございます。」
仕事の当てが見つかって、ほっとするマリアン。
「では、俺らはここらで退室します。これから先、何かありましたらご連絡下さい。可能な限りではありますが、助けさせてもらいます。」
「はい、有難うございます。」
こうして、リョウマ達は部屋から出る。
最後までラウラは謝っていた。
そして、そのまま夜は過ぎていった。
マリアンはもう泣いてはいなかった。
ただ、息子に会いたいという気持ちが段々と強くなった。
◇
翌朝
マリアンはジェムと再会した。
「おかぁーさん!」
「ジェム!」
親子の感動の再会。
絵にもなるぐらい美しい光景だが、そこには父親の存在がなかった。
「ジェム…よく頑張ったね。怖かったでしょ?」
「うんうん…でも…お父さんが…お父さんが…」
「お父さんはね…お空に旅立ったの。今もきっと見守ってくれているわ…。」
そういい、衛兵団の馬車で家へと帰るマリアンとジェム。
しばらく無言の空間が馬車の中で続いた。
そして…しばらくした帰りの道中でジェムはマリアンに言った。
「お母さん…実はお父さんがお母さんに伝えたい事があるみたいなの」
「え…」
突然、ジェムが言う。
「お父さん…最後にお母さんにこう伝えてって…」
”マリアン先に逝って待っている、そして愛している、有難う”
父の死に目を思い出したのか、泣きながら言うジェム。
「……うん…うん」
「それと…俺の分も生きろだって。」
「うん…」
すると、マリアンの目からどんどん涙が出てくる。
しかし、それは昨晩流した涙とは違う。
今、彼女の心には旅立った男の熱い思いが流れていった。
“俺の分も生きろ”
その言葉でどれだけ彼女は未来を歩けるか…
もう彼はこの先の道にはいないけど、そこを歩くための力を残していった。
またしばらく…時間が過ぎた。そして、涙を流し終えたマリアンが言う。
「有難うジェム。お父さんの最後の言葉を伝えてくれて。お母さん元気になったよ。」
マリアンは涙を拭いながら、ジェムに感謝する。
そんなジェムはマリアンの目を見て言った。
「お母さん、僕、衛兵になる。」
「え?」
ジェムの突然の告白に驚くマリアン。
「絵も好きだけど、それよりもお父さんが好き。そんなお父さんの様に僕はなりたい!」
笑顔でジェムは言う。
「だから…これから訓練するよ!で、絶対お母さんを守る!それがお父さんとの約束だもの」
その目はまだ涙を流しているが、悲しい表情ではなかった。
「うん…そうね…お父さんとの約束だものね」
マリアンはそういって、息子の将来の目標に賛成する。
そして、家についた二人の顔にはもう悲しい顔はなかった。
周囲は少し、それに驚くが…その後の彼女らの活躍に皆が喜ぶ事になる。
数年後、マリアン・イマージュは魔王国が建てた新しい孤児院にて管理人になる。
初めは苦労をするも、マリアンの暖かい愛から、多くの子供たちは次第に元気に育っていき、その功績で初代院長を務めた。
彼女は分け隔てなく、親のいない子供たちを正しく導いていき、多くの子供たちを救済した。
また、そして彼女は夫を早くに亡くしたが、後の生涯を独身で身を通した。
マリアン・イマージュの名前は教育の世界で知る人ぞ知る人格者として後世の人にも伝えられるほどになるが…それはまた別のお話。
そして、その息子のジェムはこの事件の後にAランク冒険者からの訓練を経て、無事に衛兵になった。レイフィールドの衛兵団に努め、宣言通りに強い男へとなるが、同時に街の人と仲の良い衛兵という事で多くの民に慕われた。
その姿はまるで彼の父親の様に…
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋