復讐者、己を顧みる
ラウラは自らの神経を削りながらロウドの元へ向かっていた。
命が掛かっているこの状況。
その緊張のあまり、汗が額から垂れて顎から落ちそうになる。
すっ…
それを丁寧に拭うラウラ。
汗の落ちる音で気づかれるかもしれない。
そう思っての行動だった。
先程まで会話していた二人も、今はそれぞれの位置に座りながら、彼らの仲間が来るのを待っている。
茶髪の男、マッコウは手元にあった煙草を出し、火をつけて吸っていた。
一方、ローナはたばこが嫌いなのか、目を閉じて煙を避けるために入り口の方へ移動した。
そこはすでにラウラが通った後だった。
(あぶないあぶない!数秒決断が遅くなっていたら、見つかっていたかも!)
今はそれぞれの死角である棚の裏まで来ている。
そこから、マッコウを中心に迂回するように回り、ロウドのところまでもう少しあるかないか。
(地味に広いのよここ…おかげでばれていないけど…)
おかげで隠れながらロウドの所まで行けるが、同時にこの距離がひどく恨めしいとラウラは思う。
それに彼らを助ける時にどうせ気づかれるのだ。その対策をなにもせずに彼女は突っ込んでしまった。
(なんで私はここにいるの~!後先考えない私の馬鹿!)
内心、ラウラは己の行動を自身で悔いた。
流れというのもあるが、断るチャンスはいくらでもあったはず。
「自分は戦力になれないとか」や「力不足です」とか…
それか黙って自ら残りますというアピールでもすれば、ここにはいなかったかもしれない。
しかし、その行動よりも先に、彼女の足はメグとヒカリを助けるために動いていた。
それはなぜかと自らに問うラウラ。
(やっぱり…周りのせいよね…)
すると、ラウラは最近の自分の周りに起きた事を振り返った。
今の仕事は大変だが、それでも学生時代にはなかった充実感がある。
メグやレンコさん、時には魔王と一緒に過ごせている。
学園にいる時にはなかった友達との交流。
いや、あったはあったのだ。しかし、それは恋愛という形で裏切られた。
そして、その裏切りのおかげで憧れであるリョウマの側で過ごせている。
ぱっと考えても何も不自由はしていない。
むしろ、過去を振り返っても今の充実した生活は恵まれている方だ。
では、なぜ今ラウラはそれを手にしているのか?
ラウラはそう自問した。
忘れている人もいるかもしれないが、ラウラは元々エマへの復讐に協力した時の対価でリョウマの側室候補になっていた。
その純真な復讐心に当てられた彼女はリョウマと共に生きたいと思った。若い女性らしい…実に純粋で青い気持ちだ。
そして、エマへの復讐が終わった時もそのまま側室をしていくのだと自らが思った。
家族にもそう伝えてある。自国を屠った重要人物へと嫁ぐ事に父は反対したが、ラウラの母は賛成してくれた。
そして、見送られる形で家を出て、この魔王国にやってきたのだ。
そして王国がなくなり、リョウマは将軍となり、そして同じ学園にいたメグと秘書になって交流するようになった。
その時間で彼女は気が付いたのだ、自分のスペックの低さに。
メグには事務関連の作業で敵わなかった。
合間に行なう戦闘訓練でも彼女には勝てていない。
一般的な女性としてのスキルでは、確かにメグよりも上だと思うラウラ。
しかし、単純に生きていく事のみでお互いを評価するならば、メグに軍配が上がるだろう。
そして、レンコとアマンダだ。
アマンダはこの国の王女。
レンコは元王国を代表する冒険者。
そんな人ともし一緒の立場、リョウマの嫁になる事を考えた時、
彼女はそこから怯えを感じた。
結局、女でも自力が大事なのだ。
自身が凡才だと自覚させられる毎日。
なのに将軍という国の象徴と共にいて良いのか?
このまま利用された事を理由に、甘い汁を吸い続けるだけで良いのか?
思えば…メグと会う前から彼女はずっと失敗続きだ。学園の前も、何かを達成した事はなかった。
そんな悩める日が続く中…ある時リョウマの過去を少しだけ聞いた。それは二人っきりで魔王城で仕事をしている時だった。
彼曰く、前の世界では人殺しはご法度だったらしい。
では、そんな彼がなぜ人を殺せたのか?
「なんてことはない。ただ怒りが限界を超えてたまっただけだ。」
人は怒りに耐えられても逆らえない。だから、怒りを溜めるなと彼は言う。
なんて子供染みた話なんだとラウラは思った。そして彼女の中でリョウマへの意識が少し薄れた。
しかし、よく考えてみると彼の言い分には説得力がある。
突然、友と断ち切られて飛ばされた知らない世界。
いきなりの他の人種との生活。
その後、王国に召喚され、貴族の…人間の闇を見させられる。
その矛盾の中、争いをさけ魔物討伐に勤しむ。
最後に、仲間の裏切り。
徐々に、そして許容できないぐらいに彼はその理不尽さに怒りが溜まっていったのだろう。
レンコ達の裏切りは切っ掛けに過ぎない。
だからリョウマも最後はレンコさんを生き残らせたのだろう。
本当に悪いのは何者でもなく、しいて言うならこの世界そのものだったのだから…
「同時にこの世界で俺はああなって良かったよ、前の世界だと俺は死刑だ」
リョウマは笑いながら言った。
確かに、この世界での殺しに対する意識は比較的ゆるい。
相手が犯罪者なら殺しても問題ないという法律があるくらいだ。
又、当時は戦争中という事もあって、リョウマの個人的な復讐はその一環とされた。
それでも…前の世界を引き合いに出すという事は…恐らく彼の中で後悔の感情も残っているのだろう。
普段はそんなのは見せないリョウマ。
そんなリョウマの過去に触れ、ラウラは確信した。
私はこの人を側室として充分に支えられない。
あまりに抱えている物が大きすぎる。今は気丈に振る舞っているが、
彼はまたその苦しみを周りに吐き出すだろう。
その時、ラウラは支える事ができるのか?
凡才な彼女に…何ができるのか?
好きという思いもある中…同時に自分では無理だと思ってしまう矛盾。
だから彼女はその場で言った。約束を変えてほしいと…
「側室ではなく、このまま側で働かせてほしいです」と…
「あなたを支える事はできないです。でも、見届ける事はできます」と…
色々考えた末に出したラウラなりの答えだった。
「リョウマさんは自分の壁を越えたけど、私ははまだ超えていない…だから私はまだ貴方と一緒には戦えない」と。
その時、リョウマが少しほっとした顔をしたのを私は忘れない。
やはりとラウラは思った。
リョウマはラウラを特別に思っていない。
ただ復讐のために利用しただけなのだと。
そして、その彼女を傷つける必要がなくなった事に安堵したのだと…
彼は優しいのだろう。
だが、それは同時にラウラの心を傷つけたともいえる。
女性としての意地を
こうしてラウラは今の立場を得て、今日までリョウマと共に立てる存在になろうと側にいる。
それを改めて思い出し、ラウラは一言思った。
(メグの事、言えないじゃん、私も全然だ、変わってなんかいなかった。)
(これではどこかのヒロインだ、自分でやらなきゃ)
学園時代から何も変わらないでいる選択を自分でしてしまった事
それでエマをそのままにしたのだ。
(私があの時彼女を変えていたら、あの子は今も生きていたのかな…)
そしてリョウマは許していたのだろうか…
自分を変えずに、恋に負けても、怯えて落ち込んでいるだけだった学園時代。
理由は違うが、リョウマの様な人の側にいられる自信がなかったが故に逃げた挙げ句の秘書生活。
その時に最善だと思った事は…結局自身の自己満足ではなかったのか?とラウラは思う。
こんな、自身の責任から逃げるのは、死んだエマと同じだ。
ただそこに犠牲を出しているかいないかの違いでしかない。
ではここでも同じ選択をするのか?
(ビビってちゃだめよ、私!)
自分でそうなる事を決めたのに…、また忘れて同じ失敗の繰り返し。
その事を気にしていた彼女の無意識が今の彼女の範疇を超える行動をとっているのかもしれない。
彼女はどこかで気がついていたのだ、この生活の限界に。そして何よりも自分がまだ納得をしていない事に。
誰でも逃げる、しかしずっと逃げ続けた所で何も変わらない。それがこれまでの人生。
どこかで向き合わなければ、本当の意味での幸せは手に入らない。
そのために今この場にいるのだと彼女は思い至った。
(前の様な毎日で良い訳がないわ、このままで終わってたまりますか!)
ようやく、なぜ自分がこの場にいるのかを納得するラウラ。
そして自らを鼓舞し、そのための最善手をこの極限状況で考える。
再びロウドの方を覗いたラウラ。
少なくとも今の彼らの命はラウラに掛かっている。
医務室にいた彼の妻であるマリアンさんの心境を思うと無事に帰らせてあげたい。
彼女の泣き顔は勿論、悪い知らせをリョウマに報告させるのはもっての外。
(私がここでやらなくてどうするの!このままでいいの?ダメでしょラウラ!ずっと責任から逃れて良い結末なんてないわ!)
そして、自らを熱い思いで包む。
その彼女の強い感情により、芽生えた決意。
彼らを助けたいと思う感情。
自分は変わりたいという強い感情。
それが奇跡か何か…ある変化を彼女にもたらした。
そして、ふと何かが体の中で生まれた感触がする。
(えっ…これって…)
ぼわっと体が熱くなる。
その初めての感覚にラウラは戸惑いながらも、何かが頭に流れ込んでくるのを感じる。
そしてそれが何かを理解するまでにはそこまで時間がかからなかった。
ここで突然ではあるが、この世界でのスキルの話をしよう。
大きく分けてスキルの種類には二つある。
先天的である場合と後天的である場合だ。
先に先天的スキルの説明をしよう。
スキルの殆どは先天性だ。しかし、先天的なスキルの殆どはそこまで有用ではない。
例えばメグの「高速書類処理」なんかは先天性だ。
便利だが、大人になるまで書類などは恐らく使わない。
さらに言えば、スキルじゃなくても同じ速さの人は存在するのだ。
確実にその子の才能が分かるだけで、スキルがなくても使える場合はごくまれにある。
このような例があるためスキル持ち=特別ではないのだ。
多少の優遇はされるが、それは普通よりはいいねとされる程度。
これが一般的なスキルの常識だ。
そしてそれは先天的スキルだけだ。
ここで後天的スキルの話をしよう。
スキル保持者の強者の殆どは後天的にスキルを会得した場合だ。
多くある後天的スキルの学説の中、最も有効とされる後天的スキルの発現条件は教科書に載っていた。
“後天的スキルは一部の例外を除いて、自らの変化を望むものに授かる”と
心から変わりたい。何かを覆したい、そんな思いにスキルは応える。
それは生半可の思いでは発現しない。
この説明は非情に抽象的で具体性に欠けている。
まるでそうある事を望まれるように。
そして、ガ―ジル達の一味はこれを拡大解釈した。
子供を利用した実験で後天的スキルを会得した子供を生産しようとしている。
そこまでするのに魅力もある。
身近な例であげるとやはりここでもリョウマが出る。
彼も分類するなら後天的スキル保持者だ。
リョウマの持つスキル【復讐】や【英雄】
これは環境の変化により会得したとされ、分類的には後天的スキルに該当される。
そして、彼のチートぶりはここまで読んでお分かりいただけただろう。
それを創れるなら、挑戦するやつらがいてもおかしくはないのかもしれない。
閑話休題
とにもかくにもそんなラウラはその珍しい後天的スキルの保持者になったのだ。
そして、初めて知る、スキルを持つという事。
(なにこれ?これスキルの簡単な説明だけで…何ができるか分からないじゃない!)
スキルはそこにあるだけ
誰かがそう言っていたが…まさにそうだとラウラは思った。
これをどう使うかが全く分からないのだ。
理解はできても、工夫するのに考える時間が必要だ。
しかし、考える暇の少ないこの状況。
それでも落ち込まないラウラ。
初めて、自分の力というものを得る事ができたのだ。
今は、どうその力を使うか考えていた。
さながら、リョウマが“復讐”するように
少女は自らの証明のために、追う人へと追いつくためにこのスキルを使う。
「よしっこれで行こう。」
小声で彼女は言い、そして行動に移るのだった。
その顔には先程までの怯えた顔はもうなかった。
変わりたいのに変われていない少女。
それにも関わらず、同じ思いを抱く同僚を…少し見下してしまった。
そして三度、変わろうと努力する。
周りには滑稽に映るのかもしれない。
しかし、多くの人はこれを体験しているのだろう。
なぜなら、自分を理解するというのはつまり…存外に難しいものだからだ。
それが誰であろうと
そしてその後にも成功と失敗がある。
そんな道なき道を歩くために、ラウラは一歩を踏み出し、ここで一人の少女の悲嘆が変わろうとしていた。
果たして、その先は成功か失敗か。
それはまだ誰にも分からない。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋




