復讐者、敵から逃がされる
「ロウドさん、さっきは一緒に戦えて楽しかったよ」
短剣を指した男、ザッカ・ラズニールは先ほどロウドと話していた時と変わらない口調で話す。
「でも、あんた強いからさ…こういう手で打たせてもらったよ。」
ザッカは地面に倒れる男の姿を見る…
その男は信じられないとばかりにザッカの方へ顔を向けていた。
「分からないだろう?さっきまで一緒に戦っていたもんな…」
ザッカは初めて表情を少し歪ませた。しかし、すぐに元の笑顔へと戻る。
「ザッカ…、どうして?」
「…」
ロウドの問いに答えないザッカ。
「ローナ、後はこいつに眠り魔法でもかけておけ」
「でも、正直いらないでしょ?何なら今ここで殺しても…」
すると、ローナは目の前の男から殺気を感じる。
先程と変わらない表情。
しかし、彼の体から出て来る気迫は先程とは違う物、いう事を聞かないのなら切ると肌を通じて伝わる。
「ここの指揮は俺が任されている。俺の言う通りにしろ」
「わ、分かったわよ」
納得しないながらも、殺されたくないので眠り魔法をかけるローナ
「ロウドー!!!!」
彼の妻であるマリアンが馬車の方からかけてきた。
「ちっ…見られていたか」
ローナが舌打ちをする。
「こいつを人質にすればいいだろ。」
そういい、ザッカはロウドの巨体を持つ。
それを見たマリアンは驚いた。いくら男性とはいえ、細身のザッカがロウドの巨体を軽々と持ったのだ。
しかし、それよりもロウドを心配に思うマリアンはザッカとローナへと問い詰める。
「ザッカさん!あなた何をしているの!?今すぐ主人を返して!」
声を荒げて言うマリアン。
「そうですね」
そういうと、剣をザッカの首に当てて言う。
「大丈夫、後で止血します。今は馬車に戻って話でもしましょうか…」
ロウドは寝ているのか剣を皮膚に触れていても起きる様子はない。
(ロウド…)
マリアンは悔しいと思いながらも、その要求に従う他なかった。
◇
馬車へと戻ったマリアンはそのまま他の馬車の客達と一緒に一か所へと集められた。
皆、両手を縄でしばられ、足は立てるが走れないようにそれぞれの歩幅で縄が括りつけられた。
「我々をどうするつもりじゃ!!」
御者の男はザッカ達に向けて聞く。
「あんたたちはこれから誘拐されるのよ…正確には子供達だけどね」
「なんですって!」
他の家族の母親が言う。
「私たちはとある理由で子供を集めているのだけど…まぁそれはあなた達が知る必要はないわ」
「わしは別に一人じゃ!子供なんておらんぞ」
御者の男は叫ぶ。彼は仕事でここにいるだけなので、一人でいるのは当たり前の話だ。
「あら、そうね…」
ローナはあっとした表情で御者の言った事に反応する。
「ここでの事を言わんから…見逃してくれ~!」
「そうね…なら」
ぱしゅっ
「え?」
御者は自分の眉間から血が垂れるを感じる。
そして、そのまま魂が抜けるかのように倒れる。
ローナの手元には銃があった。その銃は黒光りに光っており、撃ったためか銃口から煙が出ていた。握る部分にどこかで見た事のある紋様があったのをマリアンは思った。
「じゃあ、あんたはいらないよ、ここで置いていく」
ローナはにんまりと笑いながら言う。
「き…」
「あー私…うるさいのも嫌いだからわかるわよね?」
ローナは泣きそうだった母親と子供達に向かって言う。
「そのぐらいにしろローナ、銃はしまえ」
「はいはい」
ザッカがローナを止める。
「それと、さっさとあれ出してくれ」
「了解」
ローナに命令したザッカは彼女に何かを出させるようだ。
両手を前へとかざしたローナ
すると、その手の先に彼女と同じ大きさの青い靄が浮かび上がってきた。
「こんなもんかい?」
「上出来だ」
手をかざしたままいうローナ。
そして、ザッカはマリアン達にいう。
「今からお前らはこの中に入れ、俺らのアジトに繋がっている。後、無駄な抵抗はするな、死ぬのが早くなるだけだ。それとも死にたいなら止めはしないがな…」
誰もその命令には逆らえなかった。
そして淡々と順に青い靄へと通す。
そして最後のマリアンとジェム、そして動かないロウドの番になった。
そこでマリアンはザッカに聞く。
「子供達をどうする気なの?」
先程のローナの言い分を信じるなら、子供だけを誘拐すればいい話だ。
しかし、彼らの行動を見ると、子供だけではなくその家族も誘拐の標的であるように感じる。
「さぁな…俺らはただ今回は家族も誘拐しろとした言われていないのでな」
「あなた…本当にそれでいいの?」
「あ?」
「ザッカさん…あなた、ロウドとさっき一緒に戦っていた時とても楽しそうだったわ。どういう事情があるか知らないけど、少しでも嫌な気持ちがあるならこんな事はやめましょう」
マリアンはザッカを問いただそうとした。
衛兵の妻。これを前の世界でいうなら軍人の妻である彼女はロウドと同じぐらい肝っ玉が据わっているのかもしれない。
「おばさん、勘違いしているのかもしれないけど、こいつに何を言っても無駄よ」
すると、横からローナが口を挟む。
「おばって…言っても無駄ってどういうこと?」
ローナはくくくっと笑いながらマリアンにいう。
「まず、おばさんにネタ晴らしすると、私たちは国外の者だ」
「その国は中々の治安が悪くてね、私もザッカもそこで育ったのよ」
「私はこの能力で生計を立てていたわ、まぁ便利な能力よねこれ…」
そういい、靄へと目を配る。
「そして、そこのザッカはどうしたかっていうと、殺しで生計を立てていたわ」
たんたんとローナがザッカについて答える。
「それが彼の本性よ。だから、何を言おうと今回の事で彼が嫌な気持ちはこれっぽっちもないのよ。なんたって殺しを何回もしているんだから、多くの命を奪っているのだから、今更誘拐なんて屁でもないのよ」
それを聞いていたザッカはそのまま口にを動かす。
「話し過ぎだローナ…さっさとその靄の中へ入れろ」
自分の過去をばかりにばらされてローナを睨むザッカ。
がたっ
すると、肩にいた者が動くのを感じたザッカ。
「」くっ!!!」
突然、暴れたその男を対処できなかったザッカは一旦距離を置く事にした。
そして目の前にはロウドが立っていた。
「妻から離れてもらうか!ザッカ!」
後ろにはローナを腕で首をしばるようにし、ザッカを睨みつけるロウドの姿があった。
「ぐっ…あなた…寝たはずじゃ!!」
ローナは目を大きく開き、心底驚いた表情をする。
軽く首を絞められたせいで口には泡が少し出る。
「まぁーな、魔法には耐性があってな、隙を伺っていたのだよ誘拐犯」
「くそ!耐性のスキル持ちか!」
スキル持ちがこんな離れた町にいるとは思わず、スキルの確認を怠った油断を悔いるローナ。
「さっきの話を聞いて分かったが、おまえらは最近、国を騒がせている子供の誘拐事件の犯人だな。」
何も答えないザッカ。
「どうしてか足取りがつかめなかったみたいだが、これで合点がいった。この女のスキルかなんかで移動していたんだな。これじゃあ現場を抑えない限り、絶対に分からないな」
ロウドは汗を掻きながらいう。魔法は効かなかったが、まだ刺された部分が痛むのだろう。止血はしたがまたいつ傷が開くかは分からない。
「こいつを殺せば…少なくともこれまで通りにいかないな?ザッカ」
ロウドはしたり顔でいう。これにはザッカも計画が狂ったと言わんばかりに苦い顔をする。
「何がしたい」
「人質を解放…といいたいが、まずは俺の妻と息子をレイフィールドの衛兵団の前へと送れ」
そうしなきゃと言わんばかりにローナの首を再び強く締めるロウド。
「ロウド!あなたは!」
「マリアン、今はお前らの安全が優先だ」
ロウドはきっぱりという。最悪、マリアンとジェムには辛い思いをさせるかもしれない。それでも今は彼女らを優先するとロウドは決めていた。
そして、これは勘だがロウドは気づいていた。
目の前の男が自分よりも強いという事を
なので、まずは己が優先したい家族の安全を選んだのだ。
連れ去られた人には悪いと思うが、勘弁をと思う。
「…二人はだめだ。どっちか選べ。」
すると、意外な答えが来た。
これにはロウドは悩む。衛兵団に事情を話させるならマリアンだ。しかし、ジェムの、子供の命を最優先したい親心もある。
すると、声が二つ重なり、一方が言い切った。
「ロウド!私は…「おとうさん!!!おかあさんをにがして!!!」
それは彼の息子のジェムの一声だった。
「お母さんお父さんの仲間に事情を話せるでしょ?僕は強い男になるって決めたんだ!こんなやつらどうってことない!」
ジェムは笑顔でロウドに向かって言い切る。
それにロウドは思わず笑う。
「はっはっは…そうだなジェム!お母さんを守らなきゃな!」
「あなた!何を言っているの!ジェムにしてお願い!」
マリアンはロウドの答えようとしている事を止めようと声をかける。
「マリアン、すぐに移動したら衛兵団に報告してくれ。おまえならジェムよりも早くいけるだろ。大丈夫だ!ジェムは責任もって俺が守る!」
「…それでいいな?」
ザッカが確認とばかりに聞いてくる。
「あぁ」
ロウドは真剣に答える。
突然の発言にマリアンは困惑する。
自分だけ助かるの?という安堵よりも夫と息子が連れ去られる恐怖が心からこみ上げてくる。
「お母さん!しっかりして!」
そこをジェムが声を上げる。
ジェムは笑いながら母であるマリアンに向かって、立ち直らせた。
「お父さんを信じて!」
彼も怖いはずだ、だが困惑するマリアンを見て心を強く保とうとしているのだろう。
体は震えているが、目はしっかりとマリアンをとらえている。
それはロウドと同じ目だ。
彼女は決心する。
「ジェム…絶対に助けに戻るわ」
「おい、確かローナっていったな…レイフィールド近くに門を出せ」
「な!それだとすぐに追手が!」
嫌そうにいうローナだが、それをなんとザッカが止めた。
「かまわん、ここで時間を盗られる方がきつい」
「くっ、分かったよ!ほらぁ」
ローナは言われたままにまた別の靄を出す。
それへと足を踏み入れる。
マリアンは安全だと確認をしてから再び靄の前に立つ。
「マリアン、後は頼んだぜ。」
「すぐに…すぐに助けを呼ぶから!」
涙目でマリアンがロウドにいう。
「さっさとそこを通れ…」
そういい、首に手刀を当てるザッカ。
「うっ」
そしてそのまま倒れるマリアン。
「!ザッカ!」
「別に殺してはいない。気絶してレイフィールドの門の前へ出す。これで約束は守っているだろう?」
そういい、今度はジェムへと剣を向ける。
マリアンを靄に投げ入れたザッカをレイフィールドの門の前の靄を消す様に支持する。
マリアンが出た後の馬車の中でザッカは言う。
「ロウドさん、それでローナのやつは離せ…まぁもう持たないだろうがな」
「…よくわかってんじゃねーか」
そういい、ロウドは首をしめていた腕の力を緩める。
そして、そのまま倒れた。
「お父さん!」
ジェムが声を父親にかける。
もう彼は脇腹の傷で力を満足に出せずに、気絶寸前だったのだ。
魔法耐性があるにも関わらずすぐに動かなかったのも、体に痛みを慣らすため…
「はぁー!はぁー!はぁー!」
ローナは久しぶりに新鮮な空気を吸えて深呼吸をする。
「さっさと靄をだせ、至急、親分に連絡入れるぞ…このぐずが…」
ザッカは思う、この女は自分のスキルに過信しすぎていると、さっきのも彼女がしっかり気をつけていれば起きなかった事だ。
彼女が移動のスキル持ちじゃなければ、とっくのとうに切っていた。
先程まで彼女の指揮でゴブリンを狩っていたのが恥ずかしいと思うぐらいだ。
「分かったわよ…」
そんな事ザッカが思っているとは知らずに、ローナは青い靄を出す。
「ロウドさん、奥さんを逃がしたのはほめてやるよ」
ザッカはそういいながら、ジェムについて話す。
「俺らが用があるのは子供、そしてその関係者一人だ。これで、子供を選ばれたらそのまま、あんたらを殺すしかなかったよ」
「ふん、今に見てろ、すぐに妻が衛兵団を連れてきてやる。どうせ、おまえらのアジトはレイフィールドなんだろ?」
ロウドはこれまでの話でそう思い至る、そしてそれはマリアンも察しているだろう。
「あぁ、だが見つかったとしても、俺らには勝てないよ」
そういい、ザッカはもう一つの剣の鞘の裏の部分を彼に見せる。
そして、そこにある紋様にロウドは驚く。
「!!!!!!てめぇ…いや…あんたらはこの国で何をするつもりだ」
「さぁな、俺も詳しくは知らない…俺らはあくまでも実働部隊…細かい事は上や親方しか知らないんだよ」
そういい、彼はジェムを抱え、靄の方へ投げ入れる。
「うげっ」
ジェムが靄の向こうで声をあげる。
「次はあんただ…って気絶してるか、縄の手間が省ける…」
仕方ないので、再び止血し、息子と同じように投げ入れた。
「じゃあ、火つけろ、ローナ」
「了解」
そして、持っていた火薬をばらまくそこに銃を撃つ事で火を出す。
火は大きくなり、やがて馬車を飲み込む。
ザッカはある程度見届けるとそのまま靄へと入った。
誰もいなくなった道でゴブリンの死体が散乱としている中、残った馬車とそこになる御者の死体が燃えているのかどこか哀愁を感じさせた。
◇
その後、マリアンは倒れこんでしまった。
レイフィールドの門にいた衛兵に運ばれて、うわ言で誘拐とつぶやいていたみたいで彼女はレイフィールドの衛兵団の医務室で寝かされた、
パチっ
目を覚ました彼女はあたりを見るとどこかの医務室なのだろう察した。
横に女医さんなのか白衣を着た女性がいた。
「あっ起きましたね。」
女医さんは丁寧にいう。
そして、ロウドとジェムの事を思い出す。
「!…私どれくらい寝ていました?」
「?…まだ来て一時間も経っていないけど。」
「実は!主人と息子が例の誘拐事件の被害にあったんです!他にも乗客が数人連れ去られて…私は主人と…息子に助けられてここまで来ることができました!早く衛兵団にこの事を伝えてください!」
そういい、ベッドから飛び降りようとするマリアン。
伝えようとする気持ちが行動に出ている。
しかし、それを女医さんは抑えた。
「待って、事情は大体わかったわ、それでも今は落ち着いて…あなた誘拐と気絶している時につぶやいていたから誘拐事件の参考人としてさっき団長を呼んでるよ。そこで詳しく話してほしいの」
すると、タイミングよく医務室のドアが開いた。
「例の誘拐事件の被害者だって?ミルダ?」
ガモンだ。そして、後ろにはリョウマもいた。
ミルダという女医はガモンに説明する。
「えぇ、団長…どうやらこの方、ルージュさんなんですが、そのご主人と息子さんが今も囚われているみたいで、隙をみて彼女を逃がしたそうです。」
「お願いします!主人と息子を助けてください。」
マリアンは涙ぐみながら答える。
「…最大限の努力をこのレイフィールド衛兵団団長のガモンが約束します。ではそいつらを見つけるためにいくつかお話を聞かせてください。その際、隣にいるこいつも聞きます。」
と、ガモンは横のリョウマを紹介する。
「魔王国三大将軍を任されているのリョウマだ。この国において人族の最高責任者でもある。俺にも詳しく話を聞かせてください。マリアンさん」
「はい」
そして、マリアンは事の詳細を彼らに話した。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
ブクマ、感想、評価等いただけると大変励みになりますので、もし良かったら宜しくお願い致します!
東屋