復讐者、舞い戻る
アマンダの処刑の前日
第三師団長のクラウマン・アランポールは普段通りに日の出が少し始まってから起きた。
「特に何にもなかったじゃねぇか…」
明日は魔王の死ぬ日だ。
にもかかわらず、この時までに音沙汰は何も起きていない事にクラウマンはがっくりと来ていた。
彼は余興が好きだ。三大将軍達が果敢に攻めてきて、最後は負けて、散る。そんな余興を彼は楽しみにしていた。
「果たして今から何かして何かをできるのかやら」
魔王城の仮の自室から出てきたクラウマンはそう愚痴る。
すると、廊下の先に同じ師団長であるフレディがいるのを見つけた。
何か兵士と話してるようだ。フレディは落ち着いているが、兵士の方は落ち着かない心境のようだ。
「どうした?フレディ」
クラウマンは話しかける事にした。
「おっ?クラウマンか、丁度いい!おまえ、この兵士と共に監獄の方に向かってくれや」
フレディ・オッポサム
人間だが、その鋭くとがった犬歯が眼につく暗殺者の男。
「監獄?監獄って魔王国の兵士達を詰め込んだあの監獄か?」
レイフィールドの街の外れには監獄が実はある。
そこではレイフィールド内での犯罪、主に盗みや詐欺といった犯罪者が収監されていると事前調査で分かっていた。
「あぁ、なんでも深夜に監獄が何者かに襲撃されてな…兵士達がこの街へと向かっているみたいなんだ。何、あそこは別に凶悪な犯罪者がいるという話は前の調査から聞いていない。別に兵士風情にどうこうされる我々ではないが…まぁ数は数だし、お前のスキルならうってつけだろ?邪魔だから消してきてくれ、移動はローナかレーナに送ってもらえ」
フレディはそう言いながら、クラウマンにお願いした。
お互いに師団長のため、クラウマンはフレディの頼みを断る事もできたが…
「ちっ、なんだ三大将軍のやつら監獄の襲撃で増援を狙っているのか?あそこにいるのは生半可な犯罪者だけだというのに…」
魔王国の要人は全員この魔王城に捕えている。ガモンのような武闘派の実力者もだ。
兵士達の収監されている監獄から仲間を募ったところで意味はあまりないとフレディの話を聞いてクラウマンは思った。
なので、軽い感じでクラウマンは答えた。
「分かったよ…まぁ処刑の前までには帰ってくるから、ラルフ達にはそう伝えておいて」
「あぁ、任せた」
フレディにそういい、クラウマンは戦闘の準備をし、監獄から脱走した兵士の駆除へと向かったのだった。
◇
フレディと別れた後、クラウマンは案内役の兵士と共にレーナの転移の靄で監獄へと向かった。
靄を通り、クラウマンは辺りを見渡した。
クラウマンが出たのは辺りを見渡せる監獄の周囲にある塀の上へだった。
クラウマンが到着した時から囚人達が暴動を起こし、もうすぐの所で門を開けようとしていた。
「じゃあ、私は城にいるから…この靄は私の次に通る人で消えるからそれだけ注意してね」
そういうと、レーナは自分の入ってきた靄へと戻った。
「へいへい…うわ…もうすでに脱走されかけているじゃん、これは急いで演奏しなきゃな…」
そういい、クラウマンは手元に笛を寄せる。
「俺の演奏で酔え」
クラウマンのスキルは【催眠】。
エマと同系統の能力だが、彼のスキルの凄い所は同時に大多数への催眠を可能にしている所だ。
クラウマンは己の長所をよく理解している。
それは演奏が出来る事、故に彼は自身に強い尊厳を持っている。
それはも自身のスキルと掛け合わさり、よりスキルの上達度を上げたのだ。
特に対策もしていないであろう監獄の兵士達なら、一瞬でも笛の音を聞けば操り人形になる。クラウマンにとっては軽い演奏、しかし囚人達は忽ち催眠状態になる。
すると、塀の下にいる囚人が次々に周りの囚人を襲った。
(ふふふっ、まるで人形。愉快!実に愉快!)
クラウマンは自分のスキルに酔いしれていた。
操る事で生きるも殺すも自由。そうして、イグルシア帝国で成り上がり、今の地位も手に入れたのだ。
(まぁただの囚人風情…これじゃあ暇つぶしにもならない)
笛の演奏を続けて10分程たったが、未だに囚人達はクラウマンの下で争っている。
(もうそろそろ全員死にそうだな…うん?)
クラウマンは一番遠くの方にいる囚人に目を向けた。
今外に出たのだろうか、他の囚人よりも身なりは綺麗だ。
(…なんか雰囲気他のとは違うな…でもここにいるからそんな強くないっしょ)
クラウマンにとって彼は見た事のない男だった。
茶髪の毛をした男になどクラウマンには覚えがなかった。
すると、その茶髪の男の視線がクラウマンを貫く。
瞬時、背中に悪寒を感じるクラウマン。
(何?!)
聞こえないはずの声がクラウマンの耳に聞こえた。
それはクラウマンにこう聞こえた。
「あんた遅かったよ…そしてもう手遅れだ」
聞こえた瞬間と同じ時に問答無用で茶髪の男の剣がクラウマンを撫で切りなった。
「な!がはっ!!!」
(馬鹿な!!!あんな遠くに!それに塀の上へどうやって?!そもそもなんでこんなやつがこんな所で収監されている?!)
大量の血が流れるがクラウマンの目に入る。明らかに致命傷だ。
そのまま剣戟の威力で後ろへと飛ばされるクラウマン。
そして、塀の端…一歩も歩けば落ちる所まできた。
(糞!もろに受けた!)
胸の傷口からの血が止まらない。
「な…なにもの?…だ」
クラウマンは切りかかってきた男を睨む。この監獄は比較的軽度の犯罪者しか収監されない。
危険人物は先に見た資料では見つからなかった。
「…あんたらにとってはトカゲのしっぽなんだろうな…だから覚えているわけないか」
茶髪の男は不敵に笑った。
クラウマンは即座にもう一つにのスキル【鑑定】でザッカの能力を見た。
そしてクラウマンは思い出した。
彼の名前を見れた事、それはつまりかつての自分の身内だという事だ。そして彼が…自分らイグルシア帝国が送り出した犯罪者集団がいた事に。
「お前か!…こんな所の監獄にいたのか?なぜ…」
「…例の件で俺は何回も事情を聴取されてな…遠く厳しい監獄を送るよりもレイフィールドに近いこの監獄で収容されていたんだよ」
茶髪の男は不敵に笑う。
元エズカルバンの一味 ザッカ・ラズニール
一味の中でもずば抜けた殺し屋が、監獄から再び自由を得て、出てきたのだ。
(はぁはぁ…!なんでこんなやつがこの監獄にいたんだ!ていうか誰が出したんだよ!)
クラウマンは突然の事態に焦る。
まさか、アマンダの処刑で発生する戦闘を前に攻撃を受けるとは思ってもいなかったのだ。
その焦りを察したのか、ザッカは微笑みながら言う。
「おや、戸惑っているね…なぜ自分がイグルシアと分かったか?どうして出たばっかりなのに武器を持っているのか…たくさんあるだろうね…君の聞きたい事は。」
そうなのだ。
クラウマンはザッカを知っていても、ザッカはクラウマンを知らないはずだ。ラルフが全てのパイプ役をしていたため、ザッカにはクラウマンの顔を知る事はできないのだ。
すると、ザッカは答えた。
「全部あの獅子野郎の言う通りだったみたいだ…。その人はあんたが来るところまで読んでいたよ?でも、一つだけ読んでいなかった事があるんだ」
ザッカは笑顔のまま、クラウマンの首に愛剣である巌切りを向けた。
「あんたは別に倒すだけで殺さなくてもいいと言われていたけど…俺はあんたらに親父を殺されているからさ…」
そういうと、クラウマンの首は彼の胴から離れていった。
跳んだ首は宙へと舞、塀から転げ落ちた。
クラウマンは最後の断末魔すら叫ばせてもらえなかった。
首のないクラウマンの死体を見て、ザッカは心のざわつきがない事を感じ取る。
そして、当初の目的を思い出し、歩みを進めた。
「さて、魔王城に俺も向かおうか…」
昨晩、突然現れた獅子の男…勿論それはルカルドだ。
どうやってか、ルカルドはレイフィールドから少し離れたこの監獄へと訪れた。
そして持ち掛けられたのはイグルシア帝国を国外へ追い出す作戦に加担してほしいという事だった。
一味を見捨てられたと思われているのだとザッカは感じた。しかし、ザッカにとってエズカルバンの一味の事はさほど大切に思っていなかった。
そのため最初はルカルドからの提案にあまりザッカは乗り気ではなかった。そして脱獄も特別にしたいと思わなかった。
断ろうとした時にルカルドが新しい情報を付け加えた
それはガ―ジルの死の真相についてだ。その事を聞き、心が変わった。
「ラルフか…そうかあいつが」
静かにザッカは会わなければいけない男の名を言う。
エズカルバンの一味は大切ではなかった。ただ自分の育ての親はへの義理は果たさないと彼は思った。
別に復讐という等という酔狂なものではない。
ザッカは闇の住人だ。
闇の住人なら、大切は自分一人であり、親子の様な純粋なモノを持ち合わせて生きていけない。
ただ、だからといってその事に何も感じないわけではない。
ザッカも人間だ。人間なのだから、感じない訳がないのだ。
「落とし前付けないと…あんたとあの世で会えないよな…親父」
そして、ザッカは一足先に監獄を後にした。
目指すのは当然、魔王城…そしてあの白髪の首だ。
「ん?」
そして、当然、クラウマンの側の繭を見つけたザッカ。
「こいつは…あの靄か…これは好都合だ」
また不敵に笑うザッカ、そしてゆっくりとその靄へと侵入するのだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋