プロローグ1
十一月二十四日。昼休みでの出来事。
「なあ亮。お前ってクリスマスの日に何か予定あるか?」
俺の席の前に座っている隼人がいきなり聞いてきた。
北川隼人。俺の友人である。
「いきなりどうした。まだクリスマスの日まで一カ月ぐらいあるぞ」
「いや、何となく聞いてみただけ」
「まあ予定はあるな。一応」
「もしかして彼女! 彼女と一緒に過ごすのか⁉」
「違―よ。その日はバイトが入ってんだよ」
「ふーん……バイトねー……」
隼人が怪しむようにジーっとこちらを見てくる。
「俺は最近、心理学を勉強してるんだ」
「だからどうした」
「だからお前が嘘をついてるか、ついていないかなんてすぐにわかるんだぞ」
隼人の言葉に一瞬、自分の体がびくりと反応する。
「そ、それで俺は嘘をついてるのか?」
「さっきの俺の言葉に反応がなかったから嘘はついてないと見た!」
「そうか……」
こいつはどこを見てるのだろうか。今、当本人でもわかるぐらい反応してただろ。
「じゃあ、逆にお前は予定があるのか?」
「え、亮? お前は俺に喧嘩売ってんの?」
「それでキレられたら最初に聞かれた俺の立場はどうなるんだよ?」
「誰か遊べる人いないかな……」
「おい、何サラッと流そうとしてんだよ」
隼人は俺の話を無視して話をそらした。
「はあー……彼女が欲しい……」
「作ればいいだろ」
「やっぱりお前は俺に喧嘩売ってんだろ! いいぜ! その喧嘩を買ってやるからちょっと校舎裏に来いや!」
「落ち着け落ち着け。どうどう」
俺はバックの中にあった棒付きキャンディーを無理矢理、隼人の口の中に突っ込んで落ち着かせた。
「実際、お前なら一カ月で作れると思うぞ。顔は悪くないし性格はすごく良いし」
「へー」
隼人は興味がなさそうに適当に言ってるが、顔が徐々に赤くなっている。それを隠すようにキャンディーをぼりぼり噛み砕いていく。
「そんなに顔を赤くされると言ったこっちが恥ずかしくなってきたんだが」
「知らねーよ。それよりもお前が言ってることを信じてもいいのか⁉」
「ああ、お前ならきっと大丈夫。クリスマスは素敵な彼女と過ごしていることだろう」
「お前は本当に良いやつだな……。ぐすっ……俺はお前と出会えて本当に良かった」
隼人は涙目になりながら俺の手を両手でがっちりと握っている。
「何を言っているんだか。それはこっちのセリフだ、馬鹿野郎」
そのあと数分間俺と隼人はお互いの手を握り、お互いに見つめあっていた。
あれ? 昼間から俺は何をしているんだ? これ見られたら絶対に誤解が生じ――。
俺はハッと我に返り周りを見渡した。
するとなんとびっくり! さっきまでいた他の友人たちは皆遠のき半径五メートルには誰もいない。教室にいる誰もが距離を取っていろいろな視線を俺たちに向けていた。
「隼人! 手を離せ! 違う! 誤解だ!」
俺は隼人の手を振りほどき、周りに説得しようとするも、誰も俺と目を合わせようとしなかった。
「大丈夫だよ」
一人の女子が俺の所に近づいてきた。
平野加奈。俺の幼馴染である。
黒髪ロングで黒ぶちのメガネをかけている地味っ子ちゃんだ。
それでも加奈は誰にでも優しくクラスメイトからはかなり人気がある。
「か、加奈なら誤解だってわかってくれるよな?」
「安心して。私はちゃんと良識があるから大丈夫だよ。皆には亮のことは私が説明してあげるから」
「ちょっと待って! それ全然大丈夫じゃないから!」
「冗談だよ。だって亮が好きなのは私でしょ?」
満面の笑みを浮かべてそう言っている加奈がいつもより可愛く見えた。
「よくもそんなに自信満々に言えるな……」
「だって亮の幼馴染だもん」
「あーね」
「なんでそんなに反応がないの⁉ さっきのセリフ言うの結構恥ずかしかったんだけど!」
加奈は俺の素っ気ない返事にショックを受けている。顔色が段々悪くなっているのがよくわかる。
「傷ついてもう誤解解くの面倒臭くなった。頑張って自分で解いてね」
加奈は俺に背を向けて足取りが重たそうにズルズルと自分の席に帰ろうとする。
「ごめん待って! さっきのは俺が悪かった! もう一度チャンスをください!」
その言葉に加奈はピタリと止まった。こちらを向いた加奈の顔に一瞬だけ悪魔の笑みを浮かんだ。
「私の言うことを聞いてくれたら皆の誤解を解こう」
加奈のお願いが気になるのか皆がこちらに注目し始めた。やはり誰も俺と視線を合わせたがらない。
「じゃあ一回だけ言うからちゃんと聞いてね」
「おう」
教室の皆が固唾を飲んで加奈の言葉に耳を向けた。ただ一人いまだ自分の立場が分かっていない隼人を除いては……。
「片膝をついて私の手の甲にキスをする。そして『加奈。俺はお前を愛してる』と言って」