モチ~突然の死~
俺の名前は緑田太郎。
埼玉に住んでる何の変哲もない高校生、と言いたいところだが異常性癖を持った高卒のフリーターだ。
特に就職活動もせずに県内のカラオケ屋でアルバイトをしている。
「緑田くん、今日はもう上がっていいよ」
アルバイト先の先輩から帰宅のお許しが出たので、俺は颯爽と仕事を切り上げ帰宅の準備に取り掛かる。
「じゃ、おつかれさまでした」
おつかれ、という先輩の声を後ろに俺は店内を出た。
外に出た瞬間、店内との気温差に身を縮める。
もう春だというのに今日はよく冷える。
通りには誰もいない。
夜中だから当然といえば当然か。
東京の隣とはいえ、埼玉でも田舎の方なので夜になると人通りはぱったりと消える。
こんなに寒い日は帰って温かい物でも食べるか、と考えながら足を進める。
「ただいまー」
と、言っても返事はない。
そりゃそうだ。一人暮らしなのだから。
帰ったところですぐさま冷蔵庫を開けてみるが、先週から買出しに行っていなかったことに気付く。
「うーん…何か食べる物は…」
ほぼ空の状態の冷蔵庫を隅々まで調べてみるが、やはり何もないことに変わりはない。
冷凍庫も開けてみる。
餅だ。
もち。モチ。
おそらく今年の正月に親から貰ったやつだろう。
すっかり忘れてカチカチに凍らせていた。
「これでいいか」
果たしてモチに賞味期限はあるのだろうか。
いや、あるよな。
だが、焼けば温かい。
早速、俺はモチを焼いて食うことにした。
待つこと10分。美味しそうな焼餅が出来上がった。
金のないフリーターらしい晩御飯だ。
テレビを点け、深夜の通販番組をぼーっと見ながらモチを食う。
焼いたモチに醤油をかけると旨い。
なんだ、わりと幸せじゃないか俺は。
遅れてやってきた正月の味を反芻していたその瞬間―――「うっ!」
しまった、モチが喉に引っかかった!
刹那、俺はすぐ傍にあったペットボトルに手を伸ばす―――
ツルッ
手についたモチの粉のせいでペットボトルは無残にも床に転がった。
終わった、もう死ぬ。息が出来ない。苦しい。
(ちーん あたしは死んだ)
心の中でそんなくだらないことを考えたのを最後に俺の意識は途絶えてしまった。