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束ね鬼怪奇譚  作者: ばち公
『戸籠』
66/66

おまけ 一段落で帝釈がデレる

 色々あった二日後。制服が夏服に変わった。


「(……なんか、心もとない)」

「シオンくん、どーかした?」

「いや」

「このセーラー、どっか変?」

「弱そう」


 謎の感想に、舞夜は自分のセーラー服を見下ろした。

 自分だって半袖のシャツに変わったくせに、何故か紫苑は、舞夜のサマーセーラーに対して妙に不服げだ。舞夜自身は満足している。ブレザーと違い、基本の上下を着るだけなので、すぐ着替え終わる。簡単でとてもいい。

 こうなって、ようやっと男子が学ラン、女子はブレザー、という一風変わった装いでなくなる。学生服を着た男子と女子が並んでも浮かなくなる。


「元々は女子も一年中セーラー服やったらしいよ。でも制服人気とか考えて、冬服にブレザーも取り入れた結果こうなった……らしい」

「へー。男は放置? ひどいね。男子生徒の制服なんて、どうでもいいってことかな。……確かに僕もどうでもいいと思ってるけど」


 紫苑は結局徳幸と和解したらしい。というか徳幸が紫苑の家の客になったらしい。あの諸悪の根源たる”御札”の管理が、紫苑に任せられたらしい。念願かなったはずの紫苑はあまり嬉しそうではなかった。「思っていたのと違う」、らしい。

 確かに触った感じ、ふつーの紙でできた御札だったし、紫苑が思っていたものとは違ったのだろう。まあ舞夜にはよくわからないことだ。

 とにかく徳幸は困った御札の管理から開放され、福美子とあと見えない人と、三人揃って仲良くやっている。ハッピーエンドだ。しかも福美子は、それでもまだ柊家に遊びにきてくれる。紫苑とも仲直りできた舞夜には、これ以上望むことはなかった。

 ただ一つだけ気になることがあった。

 最近気になったことでなく、ずっと気になっていたことだった。


「そういえばシオンくん、」

「ん?」

「シオンくんてなんで――」


 と、そこで舞夜は言い淀んだ。なんでもない、と誤魔化すも、まさかそれが目の前の少年に通用するはずもなく。


「なんだよ! そこまで言われたら気になるだろ!」


 まあそれは確かに、最もではあるが。

 舞夜はなんとなく、どこか気まずげに頬を掻いた。


 紫苑は普段の放埓とした話しぶりとは対照に、いつだって慎重に物事を進める。些細な噂にも注意を向け、浮かんだ疑惑は丁寧に潰していく。

 そこで疑問は最初に戻る。

――なんだって、彼は『顔剥ぎ』に負けたのか?

 舞夜がネムレスと呼ぶ、今はもういない彼のことである。化け物相手でも常に悠と構えた紫苑があっさりと敗北を喫す様なんて、まさか舞夜には想像できなかったのだ。


「あの、大したことじゃないんやけど……。なんでネムレスに最初、顔盗られたのかなーって、ちょっと考えて……。わ、私、足引っ張ったり……したんかなって、その」


 舞夜が最も気にしている点はそこにあった。記憶にはないが、心当たりは非常にある。例えば怖いだのなんだの騒いで大声を出したり、蹴躓(けつまづ)いて転んでめそめそしたり。

 それならば、紫苑が顔剥ぎに負けたのも納得ができた。彼本人に原因はなく、足手纏いがいたせいだ、と。

 紫苑からその点を楽しげに責められるのが怖くて、先ほど尋ねかけたときも、つい口を噤んでしまったのだが。


「…………」


 しかし舞夜の予想に反して、紫苑は何も言わなかった。人の弱みに嬉々としてつけ込む彼にしては珍しい。


「……シオンくん、どうしたん?」

「なんでもない。なんでもないし、とりあえず君が悪いよね……。悪くないにしても原因……諸悪の根源……」

「うわーっやっぱりー。ごめん! 私何した?」

「……」


 紫苑は何とも言いがたい、複雑な表情を浮かべたまま口を結んでいた。

 焦る舞夜の横、紫苑の脳裏には、思い出したくもない過去の記憶が浮かび上がっていた。



 紫苑は舞夜を連れて、旧校舎へと向かっていた。紫苑はいつも通りすたすたと足を運び、普段なら焦って彼の後を追ってきているだろう舞夜は、今は遠慮がちに距離を取っている。

 初めて舞夜の協力のもと、化け物退治をしてみせたのも此処だった。

 あの頃の彼女は怯えて逃げ腰だった。それは今と変わらない。しかし今の舞夜は、紫苑に助けを求めてこないだろう。普段どうでもいいようなことをわいわい語るその口元は静かに結ばれていた。


「なに黙ってんの」


 旧校舎の鍵を開けたあと、振り返って問えば、手を伸ばせば届く程度の距離で、舞夜はふと顔を上げた。躊躇うように口が微かに開いたが、それだけだった。紫苑は唇にだけ笑みを浮かべた。


「僕が怖い?」


 舞夜はその問いには何も答えなかったが、それはつまり肯定ということだろう。紫苑は冷めた瞳のまま踵を返す。

 しかしそんな彼の推測とは裏腹に、舞夜はぱっと顔を上げると手を伸ばし、先へ進もうとする彼の制服の裾を引いた。


「っ……あ、の、シオンくん」

「――なに」

「わたし、……私………」


 紫苑は己の制服から彼女の手を外した。それから辛抱強く、その言葉の続きを待った。

 悔いるように舞夜は俯き、その顔は髪に隠されて見えない。「……」泣いているようには見えないが、どこか溺れるように苦しげだ。

 この長い髪のせいだろうか、と紫苑はふとそんな夢想に駆られた。

 咄嗟に手を、指先を伸ばしていた。さらさらとした髪に触れたかっただけかもしれないし、彼女の顔が見たかっただけかもしれなかった。

 絹のように柔らかな一房を耳にかけてやると、舞夜はふと目をあげた。戸惑い揺れる幼い瞳に、紫苑は自分でも気付かぬうちに微笑んでいた。


「泣いてるのかと思った」


 そう言ったところで。

 『顔剥ぎ』に襲われたのだった。




(あんなクソみたいなやり取りしててやられましたなんて言えるわけねーだろーがっ!!!)


 額に手を宛てがい、どうしようもないことを考え一人勝手にダメージを受けている紫苑の――友人のどこか苦しげにすら見える姿に、舞夜は勘違いをした。言葉に出来ないほど深刻な何かが、あの時に起こったのではないか、と。


「えっと、ごめんシオンくん、私のせいで――」

「はあ!? 誰がっ……何がお前のせいだよ!! ふざけんな!!」

「!?」


 いきなり八つ当たられて驚く舞夜の表情に、紫苑は少しばかり落ち着きを取り戻さなければ、と冷静になる。


「いやごめん、なんでもない。……ちょっとよそ見してたら負けたんだよ。よそ見って言っても大したもんじゃないけど、うっかりね。それだけだから。うん」

「そっかーよかった。よそ見って、あそこってなんか面白いものあった?」

「ふざけんなよお前」

「なんなんさっきから」


 意味も分からないまま勢いで唐突に罵倒されているのだから、さすがの舞夜もむっとした。

 紫苑はとりあえず、彼女が一生涯この記憶を取りもどさないことを願ってから、これが消えたのだからあの顔剥ぎ野郎に感謝してやってもいいなんて都合よく思いかけたが、色々ひっくるめてやっぱりあの糞野郎は死んでよかったと思い直した。


「うん、やっぱりあの『顔剥ぎ』野郎は消えてくれてよかった」

「……もうおらんのに、そんなこと言わんでもさぁ…」


 舞夜は悼むように目を伏せ、拗ねたような声音でそんなことを言う。彼女は今でもあの化け物の死を悼んでいる。紫苑としては正直それすらも気に喰わないが、まあ許容範囲である。

(――いや、本当によかったよ。わざわざ整えてやった舞台で消えてくれて)

 あいつが舞夜ときちんとお別れを済ませて、そして彼女の目の前で消えてくれて――いや、大げさなほどの演出で消してやったのだが。

(だからマイ、あいつがもういないって、ちゃーんと理解してくれているもんねえ?)

 『顔剥ぎ』自体ではなく、アレの死を想って悼んでいるのだから、変わらず隣にいる紫苑もそれを許容することができるのだ。


「…………それで、なんで私が諸悪の根源なん? 私がよそ見させたってこと?」

「蒸 し 返 す な よ !!!」

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