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束ね鬼怪奇譚  作者: ばち公
『戸籠』
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 『見えない人』に抱えられて洞窟から出たあと。福美子は徳幸の長髪を引っ張って遊んでいた。徳幸は、基本彼女の好きにさせていたが、


「白髪、はっけーん」


 白髪を見つけては片っ端から抜こうとするので、その度にやめさせる必要があった。

 徳幸は、紫苑と舞夜が来るであろう洞窟の入口に、背を向けて座っていた。意図的なものだ。

 最初――『見えない人』に洞窟の外に連れ出されてすぐ、徳幸は当然ながら、舞夜(とついでに紫苑)を洞窟内に探しに行く必要があると考えた。洞窟内の崩壊は収まったが、何が危険になるかも分からない。『見えない人』に頼んで、洞窟の中に入ってもらった。

 しばらくして、『見えない人』は一人で帰ってきた。そして()に会った、という。


「狐?」


 『見えない人』は頷く。彼は嘘を吐かない。事情を聞くと、本物の『札』の在り処へ繋がる隠し通路の前で、狐が陣取っていたらしい。そして彼女に事情を聞くと、


「彼が死んだ様子はない。それでいて戻る様子もない。『札』のおぞましい気配も消えた。きっと二人で何かしている」


 とのことだった。ひどく力強い言葉だったという。

 『見えない人』が、狐に断りを入れてからそっと通路の様子を覗くと、紫苑と舞夜は座ったまま、抱き締めあっているようだった。じっとして、焦っている様子もない。『見えない人』はそのことを身振り手振りで狐に伝えたあと、一度徳幸に指示を仰ぐため、とりあえず、洞窟の外に帰ってきたのだった。

 徳幸は少し考えた。そして二人を、そっとしておくことにした。

 彼らが何をしているのか――あるいは何をし始めるのかは分からないが、狐という味方も仕えているのなら、恐らく助けは不要だろう。紫苑に『札』が盗られたとしても、どうせこの入口に現れることは分かっている。

 とりあえず福美子には、二人は今ちょっと忙しいらしい、とだけ伝えておいた。福美子は訳知り顔で「うんうん」と声に出しながら頷いていた。

――本音を言うと舞夜に、男は選んだ方がいいと忠告したかった。が、自分もろくでもないにも拘らず、妻の美祝に選ばれているので、忠告できるような立場ではなかった。

 我が友、つまり彼女の父に内心で謝罪しつつ、徳幸は知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。

 そのまま暇そうな福美子を呼び寄せて、二人に会いに行くなどと言い出さないよう自分の髪を弄らせて、今に至る。


「福美子」

「んー?」

「……あの『御札』のことを、私はそろそろ、お前に説明しなければならなかった。……だが、とても危ないものだから、お前には近付かせたくなかったんだ」

「そのオフダって、どういうやつ?」

「紙だ。木箱に入っていて、字の書かれている、小さな長方形の、古い紙……」

「えー、そんな紙いらん」

「しかしお父さんは、それを守ってくれと、お母さんから頼まれている」

「お母さん?」


 ふと福美子が、徳幸の髪から手を離して顔を上げた。


「それ、フミもやる!」

「いや、まだ早い」

「えー。いつからしていい? フミもオフダ見たい」

「……それは、」


 徳幸はそこで口籠る。いつから? いつかは福美子が、この危険で厄介な札に関わることは、確定している。

 妻の血を引く『戸籠』の子。いつかきっと、福美子はあれを継ぐのだろう。福美子もきっと、それを素直に受け容れる――。


「私は……その()()()が永遠に来なければいいと、本当は思っていたんだよ」

「なんで?」


 戸籠の末裔、福美子であれば、札に近寄っても問題はないだろう。代理に過ぎない徳幸とは違う。分かっていた。もっと早い時点で、この場所に連れて来てもよかった。福美子なら大丈夫なはずだった。

 しかし、徳幸は福美子を遠ざけた。この場から。自分から。全てから。こんなものに、関わらせたくなかった。事情の説明すらしなかった。

 伝承から取り残された不吉な紙札、亡き妻に囚われたままの愚かな男。福美子という祝福された名の幼子にとって、どちらも、あまりにも、


「……ふさわしくないと、思ったんだ。お前には」

「なんで?」

「私が勝手に、そう思っていただけなんだ」


 福美子は「へー」、と、あまり分かっていない声で言う。


「そお母さんのオフダ、どうやって守んの? 『見えない人』と守るの?」

「分からないな。私には――私達には少し、難しいようだ。前から薄々、分かっていたことだが、認めたくなかったんだ」

「なんで?」


 常人では触れることも危うい、永きにわたり『里』の中だけで隠してきた、災厄を振りまく紙札。管理といえば木箱に収めて、この不可思議な力の働く祠の奥に置いておくだけ。何かの役立つわけでもないが、ただ、恐ろしく強力なものであることに変わりはない。こんなもの外に出すわけにはいかないと、それだけの使命感で守られ続けてきた代物。

 そのため、今日のようなことが起こっても、徳幸などに出来ることはほぼ何も無い。懸命に立ちはだかって、それで終わりだ。その後に救援が来てくれるわけでもない。完全に力不足だった。


「頑固者なんだよ、私は」

「がんこか……」


 福美子は意味がよく分かってないようで、首を傾げている。そんな娘の姿に、徳幸はそっと口角を緩めた。


「……マイちゃんと紫苑くん、遅いねえ」

「ああ。彼らにも色々、あるんだろう。きっとすぐ出てくるさ」

「フミ、マイちゃんにもオフダ見せたいなー。紫苑くんも、マイちゃんと仲直りしたら、一緒にオフダ見てもいいよ。いい?」


 無邪気な娘の言葉に、徳幸はつい苦笑を浮かべた。この素直な優しい子どもはいつの間にか、紫苑とも仲良くなっていたらしい。


「いや、紫苑くんは止めておいた方がいいかもな。彼の身の安全のためにも」

「んー、マイちゃんはいいの?」

「ああ。……あの子はきっと、大丈夫だろうから」




 顔色を変え、彼女の細腕を握りしめたまま。紫苑はまるでおかしなものを見る目で、舞夜を見た。

 舞夜も紫苑のただならぬ様子には気付いたが、その理由は分かっていない。


「な、なに……?」


 戸惑う舞夜の声に答えられぬほど、紫苑は唖然としていた。

 舞夜が()()()しているからだ。手の中の『札』に、普通の人間なら死んでもおかしくないほど力を吸われ、奪われながらも、きょとんと紫苑の顔を見て、まるで何も分かってない子どものような間抜け面で突っ立っている。

 紫苑はその時初めて、彼女の霊力が桁外れに大きいことを知った。異常だった。普通の人間より多少は多いだろうと踏んでいたが、まさかこれほどまでとは予想もしなかった。普段、何もしていない状態では分からないが、こうして馬鹿みたいに流れ出る動きを見れば、まるで無限に力を湛えているかのような。

 有り得ないと頭では思うが、舞夜はなんの自覚もないらしく、ただただ不思議そうに紫苑を見ている。


「…………なに、お前」

「?」


 紫苑は思わず、ぞっとして尋ねたが、舞夜自身は何も分かっていないのだった。

 彼女はというと、『札』を触っても何も起こらないので、今まで聞いた話は全て誇張されたものだったのか、と内心がっかりしていた。まあそんなもんだよな、という気分でいた。寧ろ紫苑に掴まれた腕の方が気になるので、彼がそれを離してくれるのをじっと待っていた。

――そんな馬鹿みたいにのん気な、いつもどおりの顔だから。本当に彼女は何も知らないのだと、疑り深い紫苑でもありありと理解できた。

 『札』は、舞夜から吸い取った分の力だけで満たされているのか、非常に安定しているように見えた。


(だとしても、こんなの、…………)


 紫苑がそのまま動けないでいると、舞夜がそっと彼の顔を覗き込んだ。なに、と尋ねる前に「腕……」と恐る恐る呟かれ、紫苑は「ああ、」と固い表情のまま舞夜の腕から手を離し、身を引いた。

 紫苑は、自分でも珍しく戸惑っていた。何かを考える以前の問題だ。思いも寄らない事態に、うまく頭が働かない。まとまらない。

 ふと舞夜を見れば、手の中の札を引っ張って伸ばしたり、ぴろぴろ宙に揺らしたりと、まるでくたびれた紙切れ同然に弄んでいる。紫苑の気味悪げな視線に気付くと、それをちょいと彼の方につまんでみせた。

 親切に銃口を向けられた気分だった。


「シオンくんも触る?」

「一瞬でも僕にそれを近付けるな」

「なんで? これってあの『御札』なんやろ?」


 吐きそうな声で言われ、舞夜は不思議そうな声をあげた。誰かから奪い取ることも厭わないほど欲しがっていたくせに、といった顔だろう。


「そう、だけど。落ちたくせに、なんで上から――?」

「風でふわーって巻き上げられたとか?」


 言いながら舞夜は上を見た。紫苑も見たが、当然何もない。ただの空洞と暗闇だ。

 舞夜は首を傾げていたが、とりあえず、といった様子で『札』を胸ポケットにしまった。が、紫苑がそれを見てまた変な顔をするので、彼女もまた不思議そうな顔をする。


「どうかした?」

「――なんでもない。いや、色々と考えることはあるんだけど、なんかもう何も分からない」

「シオンくんて、色々やることあって大変やね」


 他人事みたいに感心する舞夜に、まさかお前のせいだとは言えなかった。




「遅くない? 何してたの? 二人で何してたの?」


 再会した狐が、真っ先に尋ねてきたことがこれだった。紫苑の足に纏わり付くように歩き回りながら、「ねえ何してたの? ちょっと? 何してたの? ねえ……」と煩いので蹴飛ばそうとすると、「あぶねえ!」と転がるように避けられた。

 狐の姿が見えていない舞夜にきょとんとされ、紫苑は靴紐を結び直すふりをしてしゃがみこんだ。狐はうろうろといつも以上に落ち着きがない。


「とりあえず二人で何してたの? ちょっとあんたから彼女の匂いがする。するなー。匂いする……」

「それより気にすることあるよね?」

「いや待ってくれ。……それよりナニしててこんなに遅れたの? ねえ? お祝い? お祝いする? 狐お祝いする?」


 狐は一人でころころ転がって、うっかり舞夜の方へと近づいていった。彼女の足に気づいた瞬間ぱっと立ち上がって、それからじっと舞夜の顔を見て、それから紫苑の顔を見た。そして、


「こっちからはあんたの匂いがする! ねえ! 匂いするねぇ!? ねえ!」


 紫苑は説明を放棄し、一人飛び跳ねる狐を無視した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 舞夜ちゃんもやっぱなんかすごい子だった! いや、でも紫苑くんはそれを知らずに付き合ってたのだから、それが目的ではないのですね……。 お札はこの後どうなることやら。 狐ちゃん、うざ可愛い………
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