第015話「勇者VSスライム3」
修正3
クロライトは銀髪少女との戦いが始まってから仲間達の方の援護に回る余裕がなく、自分の戦いに集中するので手一杯になっていた。
「くそっ、素手なのになんでこんなに手こずるんだ」
「ますたーの配下である私があなたなどに負けるわけがないでしょう」
「舐めるな! スキル【斬風】!」
「!」
クロライトが何もないところで剣を振り切ると、エステラめがけて小さな竜巻が発生し、エステラは反射的に躱そうとしたが、わずかに間に合わず、服の一部を切り裂かれた。
「……風の刃ですか」
「良く躱したな、普通は知ってても避けるのは難しいんだぞ?」
「……くも、」
「ん?」
「よくもますたーから頂戴した服にキズを付けてくれましたね!」
「は? 戦いなんだから服なんて傷ついて当たりま、」
「黙りなさい!」
「おわ!」
エステラは翼を広げて低空飛行で接近しながら殴りかかり、クロライトも小盾でそれを防御した。防御と同時に反撃に転じようとしたクロライトだったが、エステラの連撃に隙がなく、どうにかして反撃の糸口わつかめないものかと様子をうかがっていたが、そこで衝撃の光景が目に飛び込んできた。
「…一気に叩くから援護してくれ」
「はい、まかせ、」 ボッ
仲間のリーゼがまるで物か何かのように吹っ飛び、ダーストも深手を負った。このままじゃまずい、そうクロライトは考えたところで今度は自分の視界が大きく揺れた。「なんだ?」そう考えまでもなく理由は分かり切っていた。あの銀髪少女に殴られたのだと即座に理解した。そしてさらに追い打ちとして銀髪少女の回し蹴りが姿勢の崩れたクロライトを吹き飛ばし、岩肌がむき出しの壁に激突した。
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壁に激突し、動かなくなった勇者に対してエステラは油断せずに近づき、とどめを刺そうとした。するとそこで勇者の身体からなにやら光が漏れだしているのを見たエステラは「なんだろう?」という生まれてまだ日が浅いが故の好奇心を抑えきれずしばし観察してしまった。この時、すぐさま勇者にとどめを刺していれば、これからの大地達の未来もまた少し変わったモノになったのかもしれない。
ちらちらと溢れていた光が突然爆発的な量となって辺りに溢れ出しはじめると、さすがのエステラも観察している場合ではないと考え、とどめを刺そうとした。が、時すでに遅く、エステラの手刀は受け止められ、逆に勇者の一撃を食らったエステラは反対側の壁に向かって吹っ飛ばされた。
「くあっ!」
壁に激突する寸前に翼を開いてブレーキをかけ、ぎりぎりのところで衝突は避けられた。そして正面に向き直ったエステラは大地のクリエイトで生み出されて以来、初めて恐怖というものをそれとは知らずに味わう事となった。
復活した勇者の身体からは光が溢れ、先ほどまで戦っていた時以上の圧力をもってエステラと対峙していた。
「わるいけど、仲間がピンチだからすぐに終わらせる」
「出来るモノならやってみなさい!」
エステラは今自分が出せる全速でクロライトとの距離を詰め、連打を見舞った。しかし、そのことごとくを躱す、もしくは盾でクロライトは防ぎ、先ほどは出来なかった反撃までやってのけた。
「スキル【銀光裂波】!」
「うあぁ!」
銀色の光る斬撃がエステラの翼を切り裂き、エステラはたまらず勇者から距離をとった。
「逃がすか!」
さきほどとは立場が逆になり、追い詰めていたハズのエステラが今度は追い詰められようとしていた。
しかし、そこで追撃を掛けようとした勇者に横やりが入った。さきほどまで仲間と戦っていたスフィアスライムが勇者めがけて【ウォーターランス】を発射し、とっさにその場から飛びのいた勇者の元いた空間を水の固まりが通り過ぎていった。しかも攻撃はそれで終わりではなく、さらに数条の水の固まりが勇者めがけて殺到して、強制的に勇者はエステラと引き離された。
エステラはその間に体勢を立て直し、反撃に出ようとしたが、目の前に現れたミストスライムが身体を使って浮き上がらせている文字を見てすぐに、その考えを改めた。
『作戦変更、すぐに戻って来い!』
「了解いたしましたますたー」
そうつぶやいたエステラはそのまま勇者達に背を向けると、一目散に目指すべき主のもとへと飛んで行った。
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勇者が光に包まれた姿になった直後、大地と水野はどうしたもんかと頭を抱えていた。
「なんだあれ? スーパー〇イヤ人?」
「嫌、違うからね? 金髪になってないからね? あれは多分勇者クラスの奴が使うとかいう【光の闘気】ってスキルだと思う」
「光の闘気?」
「あの光を纏っている間はなんか最低でも普段の数倍は強くなるとかなんとか、もっとも常人が習得するにはすげー長い期間修行したりとか苦労がいるみたいだけど、」
「勇者だから持てる必殺技みたいなものか、」
「ま、わかりやすいチートだよな。ハハハッ」
((なんで俺らそのチートと戦ってんのー!?ort))
「待て、落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない」
「どうするっていうんだよ?」
「ひとまず一度引いて態勢を立て直そう。まだ配下のスライム達はいっぱいいるから消耗戦覚悟で行く」
「ならエステラに後退の指示を、」
「じゃあミストスライムに適当な指示を書け、それをそのまま見せるから」
「わかった」
残ったスライム達を囮にしてエステラとスフィアスライムを後退させた大地たちは5階層から新たにスライムの大軍を勇者に差し向けたが、【光の闘気】を纏った勇者はもはやスライムなど羽虫のごとく薙ぎ払いながら進み、まったく侵攻のスピードを緩める事はなくなっていた。
「やばい、あれじゃスフィアスライムでも勝てないかも、」
「……もっちー、このダンジョンって外からここまでのルートは一つだけ?」
「へ? ここから外に通じる道って事か? 3本ほどあるけど、」
「そこから脱出できないかな?」
「脱出って、勇者がダンジョンから出て行くまでどっかに隠れるって事か?」
「可能ならそれでもいいけど、もっちーから見て実際そううまくいくと思う?」
「……難しいだろうな、勇者がうちのダンジョン全クリしたとなったらおこぼれ目当てで王国の連中だってわんさか押し寄せてくるだろうし、そうなったらダンジョンを立て直すどころじゃない、ってまさかお前、」
「ああ、こうなったらもうその方がいいと思うんだけど、」
「ふざけんなよ? せっかくここまででかくしたダンジョンを捨てろってのか!?」
「勇者を倒す戦力がない以上、今は脱出するしか手はないだろ。それともこんな中途半端なとこで死にたいのか?」
「…………そりゃあそうだけどよぉ、だからってそう簡単にこのダンジョンを捨てるなんてできねーよ」
「一度出来たのならもう一回出来るさ」
「気軽言うんじゃねー! ここまで作り直すのにどれだけかかると思ってんだ!? それに新しくダンジョン作れる場所なんてそんなすぐ見つかるわけねーだろ!」
「俺のとこでやればいいじゃん」
「は?」
「だから、俺のとこで一緒にダンジョン作れば再建も早いんじゃね?」
「……マジで言ってんのかお前?」
「冗談でンなこと言うわけないだろ?」
「俺がお前のダンジョン乗っ取ろうとしたらどうすんだよ?」
「え? そんなことできんの?」
「……仮の話だよ」
「ん~、そん時はそん時だ。けど一人でいるよか色々楽しいかもしんないし、やるだけやってみないか?」
「…………ハア~、結構愛着あったんだけどなぁここ。ま、命には代えられないか」
「またここ以上のダンジョンが作れるさ」
「確実に時間かかりそうだけどな、そうと決まればさっさと脱出だ」
「だな」
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「さっきのボールの形をしたスライムか、」
地下へと続く階段を下り、5階層に到達したクロライトは仲間たちに手傷を負わせたスフィアスライムを見つけ、油断なく剣を構えた。
「行くぞ!」
左右から多数のポイズン、ミストスライムが出てくるが、それらは後方にいるゼグやリーゼ達の魔法で撃ち落とされ、クロライトはまっすぐにスフィアスライムに向かって直進した。
スフィアスライムは迎撃のために【ウォーターランス】を連射したが、クロライトはそれを紙一重で躱しながら接近し、至近距離まで接近すると、自身の持つ剣を一気に叩きつけた。
「まだか、」
切り裂かれたボディが徐々に戻り始め、スライム特有の再生能力で元に戻ろうとしている所にクロライトはすかさず二撃、三撃と連続で剣を叩き込み、スフィアスライムは再生するよりも早くその身体を散らし始めた。
「クロ! スライム種なら必ずどこかにコアがあるはずだ! そいつをやれば、」
「わかった!」
ラルフの助言でクロライトは連撃の手を止め、一度距離をとった。そこでクロライトの剣が大きな炎に包まれたかと思うと、クロライトはそのまま剣を振りかぶってスフィアスライムを切り裂いた。
「……今のは、」
「クロライトの奥の手だ、たしか【炎極大剣】とかいう技で、スキルなのに魔力を必要とする変わった技らしい。ただし込めた魔力次第で大剣のサイズがある程度自由に出来るらしいから、便利っちゃあ便利なのかもな」
「……そうか」
【炎極大剣】で切り裂かれたスフィアスライムは炎に包まれて一気に燃え上がり、欠片も残さずに燃え尽きた。
「あとは雑魚スライムばかりだ、一気に行くぞ!」
「おう!」
「まかせてください!」
「お宝さがしも忘れずにな」
「……皆、油断はするなよ」
一番の強敵を倒したことで勇者パーティーは勢いを増し、残るスライム達も次々に討ち倒されていった。
「思ったよりすんなり終わったな、」
「もう一体くらい強いのが居るかと思ったけど、そうでもなかったね」
「冗談じゃありません、普通の剣だったらキズすらつかない特殊な糸で作った私の法衣をやすやすと貫くような攻撃をするモンスターが何体も出てきたら、とても回復が追いつきません」
「たしかに、リーゼが無事で本当に良かった」
「そ、そうですね、私もクロライト様が居たおかげで回復に専念できましたし、助かりました」
「……おい、クロライト、俺の心配は?」
「え? ダーストは傷を負ったの肩だけだろ?」
「そういう意味じゃねー、」
「?」
この日、ドラン王国の王都近辺にある『スライム魔窟』が攻略され、数日後、多数の冒険者が彼のダンジョンに足を運び、まだ残っているモンスターで経験を稼いだりお宝が残っていないかと探し回る人であふれかえったことで、祭りのような盛り上がりを見せていた。
そしてそんなお祭り騒ぎに続々と冒険者や商人達が集まる中、その流れとは反対方向に歩を進める三人が居たことについては誰も気に留める者はいなかった。