第010話「ドラーク大渓谷」
頭では先の話まで出来てるのに書くスピードだけはどうしても速くならない。
なにかいい方法はないものか…。
ダンジョンから出発して約4日、大地たちは特に問題も無く、王都への道を順調に進んでいた。
道中で出くわしたモンスターは全てエステラが一撃で仕留めてくれたので、大地達は怪我もなく、むしろ移動にかかる疲労との戦いが大変なくらいだった。
「メーティア、まだ着かないのか?」
「歩きだと7日はかかるって言ったでしょ? 途中の村で馬を手に入れればもう少し時間短縮できるけど、そんな無駄遣いできるお金ないし、我慢してよ」
「別に我慢できないわけじゃないよ。とりあえず日も暮れてきたし、メシにしようぜ、メシ」
「そうね、お腹もすいてきたし、」
「じゃあメシ調達するか、 エステラ、まわりで食えそうな動物一体だけ捕まえてきてくれ、簡単に処理できそうな奴で頼む」
「畏まりました、ますたー!」
大地の指示を聞いたエステラは翼を広げると、森の中を縫うように飛んで行き、しばらくして戻ってきた。
「ますたー! これくらいの鳥でよろしいですか?」
戻ってきたエステラの手には鶏くらいのサイズの鳥がぶら下がっていた。
「お、ナイスだエステラ、鳥なら血抜きと羽毟って内蔵処理するだけで下処理は済む。 血抜きをしたら羽毟りだな」
「では、私が毟ります!」
「よし、やってみろ」
大地たちが食事の支度に夢中になっている間、メーティアはなんとも気の抜けた会話をする二人を横目に見ながら、この先の道にある障害を見据えてどうするべきか頭を悩ませていた。
日が暮れて移動が難しくなり、夕食として焼き鳥を作っているさなか、メーティアは大地たちにこれからの移動ルートを説明した。
「橋?」
「そう、これから行くところは王国の国土を二つに分かつドラーク大渓谷ってとこで、その渓谷に掛かっている橋は王国の管理下にあるの」
「て、ことは俺やエステラみたいにどっから来たのかもしれない怪しい奴は通れないとか?」
「一応、懸賞金がかかった凶悪な人物でもなければ大概の人は通れるけど、問題はエステラちゃんね」
「エステラが?」
「?」
可愛いを絵に描いたようなこのちびっこが凶悪な人物に見えるってのか?
「このあたりだと、ゴブリンやコボルトなんかは居ても純粋に対話が出来る亜人種ってあんまりいないから、王国の人間から見ると、エステラちゃんって一発でモンスターと思われちゃうかもしれないのよ。現そうだし、」
「あー、なるほど」
そう言われると確かに翼は隠せても角が生えてるのはどうにもごまかしようが…、ん、待てよ。
「メーティア、なんか大きい布ないか?」
「布? あ、そうか」
次の日、ドラーク大渓谷に着いた大地たちは渓谷に掛かる橋に備え付けられた通行門に並んでいた。
「よし、通っていいぞ。 次の者!」
「はーい」
「なにか身元を保証できるものはあるか?」
「はい、商人ギルドの登録証で良ければここに」
「……確かに、後ろの二人はお前の連れか?」
「はい、一緒に王都まで行くところです」
「護衛にしてはずいぶん弱そうだな?」
「い、いえ、彼らは私の商売仲間でして、」
「……なるほど、分かった、通ってよし」
「ありがとうございまーす」
メーティアがうまくやってくれたおかげで大地たちは無事に橋に入る事が成功し、ひとまず難関を突破したことに二人は息を吐いた。
「なんとか誤魔化せたな、」
「こっちは生きた心地がしなかったわよ」
そう話す大地とメーティアの視線はエステラの頭に集中していた。
エステラの頭には今、メーティアが持っていた布の中で一番大きい物を頭全体を覆うように巻き付け、角が見えないように隠していた。
「こうして頭に布を巻いてしまえばそんなに角も目立たないし、翼はもとより隠せるからな」
「そうね、あとはこの橋さえの渡ってしまえば王都まで残りはほぼ街道を一直線だし、ここまできたらやりきるわよ!」
「お、そりゃ助かるな、ここまで岩場や山道ばっかで足が痛くなってたから平坦な道があると助かるよ」
「その前に橋の向こうでもう一度王国兵達の検問があるからそれまでは気を抜かないでよね?」
「はいはい、わかってるよ」
「ますたー、これちょっとむずむずします」
「橋渡るまでの間だけ我慢しろエステラ」
「はーいますたー!」
そんな話をしながら橋の反対側に渡ったところで、三人は再び通行門に設けられた検問に並んだ。
「大分並んでるな」
「王都は物も人も集まるから、王都に抜ける道はだいたいこんな感じよ」
「次の者、前に出ろ!」
「はーい」
検問の担当兵士とメーティアが先ほどと同じようなやりとりをしていると、大地とエステラは傍に居た兵士に突然声を掛けられた。
「おい、そこの二人、」
いきなり声を掛けられたことで大地はびくっとなりながらも怪しまれないように返事をする。
「は、はい、なんですか?」
「お前とその娘はどういう関係だ?」
どういう関係と言われても、ダンジョンマスターとそれに仕えるモンスターですなんてバカ正直に言えるはずもなく、一瞬大地は返答に迷った。
「どうした? ……やはり、そうなのか?」
―――そうなのかって何がだ!? もしかしてバレた!? なんだ? もしかして俺らって普通の人間と違う異質なオーラでも発してたりするのか?
大地のそんな焦りとは裏腹に問い詰めてきた兵士はこんな事を言い放った。
「兄弟にしては髪の色や顔が大分違うし、そちらの綺麗な御嬢さんとお前のような奴隷と見間違いそうな下男では恋人というにはまったく釣り合いがとれていない。普通に考えてお前はただの親代わりをしているだけの男なのだろう?」
「は?」
兵士が何を言っているのか理解するのに大地は数秒を要し、そのわずかな間に大地の隣から凡人の彼にもわかるくらい強烈な殺気が膨れ上がっているのが感じとれた。
「ますたー、こいつ殺していいですか?」(小声)
「待て、ストップ! ここまで来て問題を起こすな」(小声)
「ですが、この蛆虫、ますたーを事を侮辱したのですよ!?」(小声)
「いいから、今は俺の言うとおりにしろ! あとで俺がいくらでも相手してやるから!」(小声)
「おい! 聞いているのか?」
「は、はい、聞いてますが、」
「うむ、では提案なのだが、貴様、彼女を大人になったら…、いや子どもの内だとしてもこれ以上養えないと判断したら私のところに彼女を連れてくると約束してくれないか? できれば遅くとも成人したらすぐの方がいいな」
「……それはまたどうしてですか?」
「私は将来王都に家を持つ男爵位を継ぐ男だ。女性の一人や二人養うなど訳もない。引き換え見たところお前は女商人について行く荷物持ちと言ったところだろう? どっちが彼女を幸せに出来るのかは明白だ」
「だから今のうちにエステラとの接点を作ろうというわけですか?」
「ああ、これだけの美貌だ、将来は絶対に上級貴族の令嬢にも劣らないだけの美人になるだろう。私の愛人にふさわしい」
最後の言葉を聞いた瞬間、大地は自分でも気が付かないうちに行動を起こし、兵士に殴りかかっていた。
「貴様! 何のつもりだ!」
「人の大事な女捕まえといて愛人にしてやるとかぬかしやがって! そんな考え修正してやる!」
「は、バカが」
日本でも平均値程度の運動神経の大地と王国の兵としての訓練を受けた兵士では動きの差は雲泥の違いだった。
連続で繰り出している大地の拳は全て躱されているのに対して、カウンターで大地に飛んできた兵士の拳は一発、二発、三発、と吸い込まれるように大地の顔面や腹に命中していく。
ぼたぼたと鼻血を垂らして動きも鈍ってきた大地だったが、それでもなお、兵士に掴みかかろうとして、いい加減イラついて来た兵士は拳を振り上げて強烈な一撃を加えようとした。
しかし、次の瞬間、顎と腹と両足に謎の衝撃を受け、動きが止まった兵士は大地のタックルをまともに受けて、受け身もとれずに頭から倒れ込んだ。
「お前ら何をしている!」
大地たちの小競り合いに気づいた他の兵士達が周囲を取り囲み、大地とエステラ、そして少し離れたところに居たメーティアも剣を突き付けられた。
「何の騒ぎだこれは?」
メーティアがどうにか言い訳をしようとしていると取り囲んでいる兵士達の間から、一際大きな体躯の厳つい顔をした兵士が入って来た。
「は、兵士長、この男がダイル兵士長補佐を押し倒して気絶させたようです」
「……なんでそんなことになっているんだ?」
兵士長と呼ばれた男がそんな言葉をこぼすと、他の兵士に取り押さえられていた大地がその疑問に大声で答えた。
「こいつがエステラを愛人に迎えたいとか抜かしやがったからだ!」
「おい! 発言は許可していないぞ!」
「いい、それより坊主、詳しく状況を話せ」
厳つい顔の兵士長に事の成り行きを説明し、ダイル兵士長補佐と呼ばれるあの男がエステラを愛人にしたいと言ったこと、そしてそれに怒った大地が殴りかかった事、さらに大地がボコられたあと最後のタックルが決まって現在に至るまでを出来る限り詳細に話した。
「…………ふー、事情はよく分かった。俺は兵士長のウクロスという者だ、そしてそこで寝ている男は兵士長補佐のダイルと言うんだが、すまなかったな、このバカは時折美人を見かけると毎回似たようなことをしでかすんだ」
毎回やってんのかよ。 内心で大地はそう思いながら厳つい顔の兵士長ウクロスの苦労をなんとなく察した。
「大抵は自分より上位の貴族だったり、裕福な家の令嬢くらいしかあいつも気に掛ける美人がいないので分をわきまえて黙っているのだが、たしかにそちらのエステラ嬢はあいつでなくても目に止まるほど美しいな、おまけに平民だと言うのなら王都に向かうこれからの道中は人攫いにも注意した方がいい」
「兵士長、こいつらを解放するんですか?」
「いちいちあのバカの後始末をするこっちの身になってみろ? こんなバカバカしい事の詳細を報告するより、あいつがスッ転んで勝手に気絶したとでも報告した方がはるかに面倒が少ない」
「ですが、ダイル補佐が、」
「構わん、ダイルの親父は俺の親友だ、いざとなればあいつからガツンと言わせて黙らせる」
「俺が言うこっちゃないと思うけどいいのか?」
「むしろこっちが申し訳ないくらいだ、ただ橋を通行しようとした善良な民をあろうことか王国兵士が傷つけたなど、他国に広まれば恥でしかない」
「んじゃ、俺らはこのまま王都に行っても?」
「ああ、通って構わん。だが、くれぐれもこのことは内密で頼む。その代わり『笛吹き猫のたまり場亭』と呼ばれる宿でこの羊皮紙と俺の名前を出してくれれば一回だけタダで食事と宿泊を出来るようにしてやる」
「お、悪いね」
「この程度で済むなら安いもんだ」
ダイルに殴りかかってしまった時はもうだめかと思っていた大地だったが、思わぬ展開と棚ぼたで王都への通行許可と一泊分のタダ券が手に入った。
渓谷にかかる橋から大分遠ざかったところで、一休みがてらとりあえずの血止めだけしていた大地はきちんとした手当てをメーティアから受けながらお説教を食らっていた。
「この考えなし! 爵位持ち兵士の言い分なんて適当に聞き流してまずい約束でなければ「そーですね」とでも言いながら、うなずいときゃいいのよ! さっきは本気で終わったかと思ったじゃない!!」
「いててて! だってそういうやり方知らなかったんだからしょうがないじゃん。メーティア、もうちょっと優しく頼むよ、顔が腫れてきてて痛いんだから」
「知るか! そもそも記章付きの兵士は役職もあって強い奴ばかりなんだから間違っても腕に自信がない奴は戦ったって勝ち目なんかないのよ!?」
「だからそれも知らなかったんだって」
「メーティアさん、退いてください。ますたーの怪我は私が治します」
「え? エステラちゃん治せるの?」
「この程度の傷ならば造作もありません」
そういうとエステラは大地の顔を両手で覆い、呪文を唱えた。
「【ヒール】」
大地がエステラを創るときに設定していた二つの魔法の内の一つ、回復魔法の【ヒール】が発動し、エステラの両手から淡い光が溢れだすと、大地の顔の腫れがみるみる引いていった。
「ますたー、お加減はどうですか?」
「……サンキュー、あと悪いエステラ、カッコ悪いトコ見せちまった。できれば嫌いにならないでくれな?」
「何がですかますたー? ますたーは私などの為にあの蛆虫の発言にお怒りになってくれた上に、ご自身の身の危険を顧みずに戦ってくださったのですよ? 尊敬こそすれ、嫌うなどということは絶対にありえません」
「……そうなのか?」
「はい、ですから差し出がましい事とは思いつつも問題になりにくい範囲で私もあの蛆虫の動きを止める手助けをさせていただきました」
「……手助けって? あの時お前ずっと俺の後ろにいたよな?」
「はい、ますたーが突進していくタイミングに合わせて後ろから小石を4つほど蛆虫の動きを止めやすい個所にまわりから見えないくらいのスピードで投げつけてサポートさせていただきました」
「…………全然気づかなかった」
「本当ならあの蛆虫の両手足をねじ切って自分の行いがいかに愚かだったのかをたっぷりと教え込んでそのあと力尽きるまでますたーにご奉仕させようかと思ったのですが、ますたーから面倒を起こすなと言われていたのですごく憎らしかったですが、やめておきました」
「そ、そうか、色々考えて動いてくれたんだな、ありがとうエステラ」
「この程度でありがとうなどと光栄ですますたー、ですがお気になさらずとも大丈夫です。ますたーの進む先にころがる石ころはますたーが気づく前に私が片付けますから」
この場合の石ころがそのまま意味なのかそれとも別の意味なのかを大地は聞こうかどうか迷ったあと、聞かない事にした。 だって聞くまでもなく怖いんだもん。
「とにかくこれであとは王都まで一直線か、」
「そうね、そうしたらあんた達ともしばらくお別れね」
「ここまで来といてなんだけど、メーティア、裏切らないでくれよ?」
「あの騒ぎと今の話を聞いてそれをする勇気が私にあると思う?」
「……そーだな」
ちょっとエステラが初期状態から超スピードすぎる気がしたので一部修正しました。