パッチワークの6
旅には金がかかる。元の世界でさえ長距離移動は結構な金額が飛んでいくものだったのだから、こっちは猶更だ。
一人旅だったものが四人になればもはや言わずもがなである。なので節約できるところは節約しなければならない。
暴飲暴食は以ての外、生活必需品も安くて丈夫そうなものを、宿だって一部屋で足りるときは一部屋だ。普段は同じ馬車の中で寝食共にしているので今さら気にすることもない。
そんな倹約かな一行だったが、今日に関しては珍しく二部屋に分かれていた。原因は今まさにリュージの前でふて寝を決め込んでいるイナセだ。
フランソワからもらった服はさすがに脱いでおり、質素な寝巻に身を包んでいる。
もう何時間も枕に顔をうずめているイナセに、リュージは声をかけた。
「あのな、ラフィも悪気は……なかったはずだ、多分。だから――」
ボスン!とイナセがベッドを蹴った。取り付く島もない。
リュージは何度目になるか分からないこのやり取りにどうしたものかと頬を掻いた。
ラフィの覗きのせいで、イナセは大層ご立腹だ。ここまでくると時間に任せるしかないかもしれない。
ちなみに当のラフィは隣の部屋でヴィートから延々と説教されている。
薄い壁の向こうからは「だからあなたという人は!」だの「やっていいことと悪いことの区別を――」だの、ヴィートの説教が漏れ聞こえていた。
どうせラフィは聞く耳を持ってないだろうに、ヴィートもある意味律儀な奴だ。
と、部屋の扉が三度叩かれた。
「お客さん、夕飯だよ」
体格のいい男がトレイを両手に部屋に入ってくる。
部屋で食べたいから持ってきてほしいと頼んでいた夕飯がやってきたようだ。
体格のいい男が背で扉を開けて部屋に入ってくる。両手がトレイでふさがっているからだ。その上に乗っているのは部屋で食べたいから持ってきてくれと頼んだ夕食だろう。
「机に置いとくよ」
「ああ、ありがとう」
「……お連れさん、具合悪いのかい?」
「大丈夫、少し疲れてるだけだ、寝てれば直るさ」
「そうか、そりゃあんな服着させられたら疲れるわな、どうせまた裁縫長の仕業だろ?あの子も気の毒にな」
「また?何の話だ」
「だからよ、おたくらも被害者なんだろ?あの変態の」
「まぁ、間違っちゃいねえが、被害者ってのはいくら何でも言いすぎだろ」
服を押し付けてきたのは確かだが、そこに悪意があったようには見えなかった。悪意がなければ何をしてもいいわけではないが……。
宿屋の店主は苦々しく首を横に振る。
「あってんだよそれで、作った服が売れねぇからって外から来た奴に押し付けてるんだ、正直都市の評判にかかわるからやめてほしいんだよなぁ」
「……なぁ、あの服ってそんなに売れないもんなのか、あいつの服のデザインが独特すぎるのはわかる、でも作りは悪くないだろ?」
「お客さん、パッチワークに来るのは初めてなんだな、だったら知っといてくれ、ここが世界から求められている役割は『安価量産』だ。あいつの作る服はその真逆に位置してるんだよ」
一着作るのに時間も金もかかりすぎる、と店主は頭を抱えた。宿屋の店主に見えても、この裁縫都市の一員だ。きっとこの男も何らかの形で服飾に関わっているのだろう。
「そもそもパッチワークに来る人間も、住む人間も、あいつの服を必要としてねぇんだよ」
リュージは昼間歩いたパッチワークの街並みを思い出す。
思えば服屋は数えきれないほどあったというのに、並んでいた服はほとんど似たようなものばかりで、色鮮やかなものを見た覚えはない。
店主は話しているうちに感情が高ぶってきたのか、徐々に語調を荒げて吐き捨てた。
「ったくよぉ、押し付けるくらいなら売れもしねぇ服作るなってんだ、皆迷惑してんだよ!」
「おい、流石に言いすぎだろ、好みは人それぞれで――」
「人それぞれ!じゃあこのシチューに今から山ほどの砂糖をぶち込んでも、好みは人それぞれで済ましてくれるのかよ!」
急に声を荒げた男は、すぐに自分の非礼に気付いたのか、気まずそうに目を逸らした。
「悪かった、でもあいつがこの都市でやってるのはそういうことなんだ、いち職人が革命興そうとしてるのとはわけが違うんだ、トップが率先して伝統を否定してる、住民にとっては受け入れがたいんだよ」
悪かったな、もう一度そう呟いてから、男は部屋から出て行った。
机の上に置かれたシチューから立ち上る湯気を眺めながら、リュージは昼間あったフランソワを思い出していた。
見た目と言動こそ変わってはいたものの、瞳の奥に宿る輝きは、自身の作品に送る視線は、間違いなくそれらを愛する職人のものだった。
ただ生まれたのがこの都市だった、ただそれだけだ。
防衛都市、建築都市、裁縫都市。
この世界の都市は、おおよそ全て何か一分野に特化している。世界中の人間は――厳しい審査こそあれど――自身の才能が生かせる都市に移動する権利も与えられている。
しかし、フランソワのように移動することが許されない立場の人間もいるのだ。
許されないのに、都市と自身の考え方が違う者だって当然いるのだ。そういう人たちは、いったいどうやって生きていけばいいのだろう。
生まれる場所を選べないのが人間として当然だというのなら、どうやって――。
「旦那……」
「ん?ああ、悪い考え事してた、なんだ?」
数時間ぶりに声を出したイナセの方へ、リュージは向き直った。
枕に顔を埋めたまま、イナセはぽつぽつと語る。
「あのさ、あの服、やっぱり変なのかな」
「……」
「あのさ、ちょっとだぜ?ほんとのほんとに、ほんのすこしだけだけどさ……かわいい服だなって思ったんだよ」
「おう、そうか」
「でも、あんなに言われるんだったら、もう着ない方がいいよな」
「……」
「アタシが変な奴だって思われるのはいいんだ、でも、一緒にいるみんなまで変な目で見られるんだったら――」
「バカ、なにどうでもいいこと気にしてんだ」
「え?」
「お前こそ、冷静に考えろ、刃のついてない剣を持ってる騎士に、飲んだくれの不良シスター、何よりよくわからねえ服着てる強面、俺たちは元から変な連中の集まりだ」
「だ、旦那も結構言うな……」
「本当のことだからな」
苦笑するイナセに、リュージも似たような笑みを返しながら続ける。
「だからな、変な心配しなくていい、良いって思たんなら、その気持ちを大事にしとけよ、くれるってんなら貰っとけ」
「……うん」
「ついでに正直な感想でも言ってやれよ、きっとフランソワも喜ぶはずだ」
「そう、だな、明日ちゃんと言ってみるよ」
ようやく柔らかい笑みを浮かべたイナセに、リュージは胸をなでおろした。
そしてこれがフランソワにとっても励みになればいいと切に願う。
フランソワのやっていることは、この都市では理解されないのかもしれない。迷惑をかける行為なのかもしれない。
それでも、たとえ理解が得られなくとも突き進む勇気があるのなら、それは素晴らしいことなのだと、リュージは思う。
真っ赤になって礼を言うイナセと、感激してむせび泣くフランソワの姿が容易に想像できて、リュージは思わず頬を緩め――。
『わ、わかりました!!今すぐ買ってきますから!』
隣の部屋から聞こえたそんな大声に、持ち上がりかけた頬が下りた。
その直後、すさまじい勢いで扉の開く音がしたかと思うと、誰かが廊下を全力疾走していった。
いや、だれか、なんて言い方は予想、十中八九ヴィートだ。
リュージはイナセと顔を見合わせると、徐に部屋を出て隣の部屋に向かった。
開きっぱなしの扉から、内側をうかがうと、ラフィがベッドに腰かけて窓の外を眺めているところだった。
「……姐さん?いまヴィートが――」
「ええ、ちょっとお使いに行ってくれたのよ」
「こんな時間にか?お前何言ったんだ」
「怖いわ、こんなに掌で人を転がせる、自分の才能がね」
ぽつり、と漏らしたラフィの頬が、意地悪く緩んでいた。
言っている意味はまるで分からないが、とりあえずヴィートはまたしてもいいように使われているらしい。
リュージは深く、深くため息をつきながら、行っても無意味だと理解していながら、
「あんまりいじめてやるな、素直な奴なんだから」
「あら心外だわ、これ以上ないくらい優しくしてるのに」
「もういい」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふぅ、こんなところかしらん」
フランソワは太い指で額の汗をぬぐった。
目の前に並ぶ十セットのスーツ一式を見て、満足そうに頷く。
なかなか作りごたえのある服だった。針は魔法で動かしているので実際に体を動かしているわけではない、それでも長時間の作業は確実に疲労感を与えていた。
「少し生地が荒くなっちゃったけど、こればっかりは勘弁してもらうしかないわねん」
異世界の布が持つ滑らかさを完璧に再現することはできなかった。服飾関係において値を上げるのは初めての経験だったフランソワは、悔しさを隠せなかった。
とはいえ、それは一見どころか、着た人間でさえ気づくのに時間がかかる程度のものだ。リュージが見れば驚くことは間違いないクオリティだろう。
しかしフランソワにとってはそんなことは知る由もない、生まれて初めての挫折に少しばかり気持ちが沈んでいた。
「……まぁいいわ、頼まれたものは全部完成したわけだし」
そういう彼がちらりと目をやるのは、イナセという少女のために作った数着の服、元彼女が来ていたものを模して作り上げたものだ。
我ながらいい出来だ。何の不満もないしあの少女も間違いなく納得する出来だろう。
そして――。
「私の作った服は返ってくる、いつも通りに」
暗くなる思考を、頭を振ることで追い出す。
いいのだ、それがお客様の望みならばいいのだ。望まれたものを提供して望まれないものはクローゼットの奥で腐っていく、それで、正しい。
フランソワは部屋を出た。思えば久々の大仕事に朝から籠りきりだった。この暗い気持ちは空腹のせいでもあるかもしれない。
フランソワは廊下を歩きながら窓の外を見る、作業は深更に及んでいたため、もう空いている飲食店はないだろうが、隣接している自宅に戻ればなにか食べるものがあるはずだ。
そう考えながら、二階から一階へ降りた直後だった。
受付の方から話し声が聞こえてきた。
――こんな時間まで、働いてるのかしらん
ずいぶん勤勉な職員だ。労いの言葉の一つくらいかけて然るべきだ。ふっと目尻を下げて声の方へ歩を進め――。
「まったく、裁縫長にもいい加減にしてほしいわ」
慌てて足を止めた。この声は、自分の秘書だ。
「おいおい、あんまり大声でそういうこと言うもんじゃなよい」
それを嗜めているのは男の声、聞き覚えがある。いつも自分に笑顔で挨拶をしてくれていた新人だ。
「どうせ誰も聞いてないじゃない、それにあなただって似たような愚痴言ってるでしょ」
「いや、俺はただ恥ずかしいからやめてほしいって言ってるだけで」
「嘘おっしゃい、この前聞いてたわよ、あんな需要のない布切れに時間を割くのはバカだけだって言ってたでしょ」
「き、聞いてたんですか!?」
「どうせ誰も聞いてないんだからはっきり言いなさいよ、あんなのが都市のトップなんて納得できないでしょ?」
「まあそれは、その通りだと思いますけど」
気づけば音を立てないように、その場から離れていた。
二階の廊下にもたれかかって蹲っていた。
自分の評判がよくないのは知っている。あんなことは言われなれている。だから今さら何を気にすることがあろうか、わからない奴には言わせておけばいいのだ。きっとこの都市の人間は特別に頭が固いだけだ、
わかる奴にはわかる、わからない奴なんて放っておけばいい、自分は自分の美しさを追求すればいい。
それを理解してくれる人に向けて、送り続ければ――。
理解してくれる人に――。
「いるのなら、今すぐ出てきてよ、私は間違ってないって、誰でもいいから間違ってないって言ってちょうだい……!」
口惜しさとやるせなさが雫となって目の端から落ちた。
その雫が落ちていった先に、フランソワは『それ』を見つけた。
『それ』は不気味に輝く三角錐の水晶のようだった。明らかに不吉な輝きを放つ『それ』に、フランソワはなぜか目を奪われた。
その手が自然と水晶に向かって伸びる。
手と水晶、二つの距離は徐々に縮まり、いつしかゼロになる。
そして、そして――。




