パッチワークの5
リュージはこの世界では嫌でも目立ってしまう存在だ。百九十近い長身、鋭いにもほどがある眼光、その上着ている服はこの世界には存在しないスーツ、向かいから歩いてくる人々にとっては趣味の悪いギャングか盗賊か、とにかく日のあたる場所で生きていくタイプには見えないだろう。
リュージも、それについては生まれつきのものだと割り切っている今更どこに苦情のつけようもないし、生まれまでさかのぼって親に文句をつけるのも億劫だ。
人間ある程度は今いる自分を認めて生きていかねばならないのだ。
だが今日に限っては、普段ならば自身に向けられているはずの好奇の視線は明らかに少なかった。
原因は分かり切っているのだが……。
「ままー、あのおねえちゃんさいほうちょうのおともだちー?」
道行く幼子がすれ違いざまにこちらを指さして隣の母親に尋ねる。
尋ねられた母親は、困った顔をしながら「かしらねぇ」とお茶を濁しつつ、子供の手を引いて雑踏へ消えた。
ここ数分の間に何度も見た光景だ。それこそ数えるのも馬鹿らしくなるくらい。
そろそろ限界かもしれない、そんなリュージの推測が当たりだと告げるように背後から怒声が上がった。
「あああああ!!もう!」
「イ、イナセちゃん!?落ち着いてよ、見られてるよ!」
「うっせぇ!何もしなくても見られてんだろうがこの前髪野郎!」
「前髪野郎!?」
ヴィートの前髪が長いのは、人と目を合わせるのが苦手という彼の人見知り故であり、つまりは結構なコンプレックスなのだが、怒り狂っているイナセにそんなことを気にする余裕はない。
「何でアタシがこんな服着なくちゃいけねぇんだよ!この!この!」
「うわっ!ちょっ!す、脛はダメだって――いたいっ!」
苛烈な八当たりの餌食になったヴィートが脛を抑えて蹲った。それでもなお怒り収まらぬ様子のイナセの肩に、リュージはそっと手をおいた。
「そのへんにしとけ、ヴィートは何もしてねえだろ?」
「何も?ああそうだな、助けてもくれなかったもんな」
キッとこちらを睨んでくるその視線を遮るいつもの帽子は無かった。涙のたまった瞳は怒りに燃えているが、本人の気性に反してイナセの容姿には迫力と言うものが欠如している。
まるで子猫に威嚇されているような居たたまれなさというか、心苦しさのようなものだけがあった。
が、そんなものは一切気にしない奔放シスターが、背後からイナセに纏わりつく。
「わわ!もう!危ないから止めろってば!」
「そんなに怒っちゃやーよ、せっかくそんなにかわいい服着てるんだから」
「だから怒ってんだよ!何なんだよこの服は、動きづれぇ!」
「こら!道の真ん中でスカート持ち上げないの!」
「だって!」
「だってじゃない!」
ぴしゃりと叱られたイナセは渋々引っ張っていたスカートを離した。
今彼女の身を包んでいるのは、薄橙の、一応ドレスと言うことになるのだろうか。これでもかという程フリルがあしらわれており、パニエまで着用させれらているのでスカートは重力に逆らう膨らみ方をしていた。
そしてついでとばかりに取り上げられた帽子の代わりに渡されたシュシュで髪はサイドテールにまとめられている。
見目麗しさのために実用性の全てを投げ捨てたようなそれは、活動的なイナセとはとことん相性が悪いようだった。
そしてリュージには、そのファッションは見覚えがある。日本にいたとき町中で見たことがある、確かロリィタとかいうやつだ。もちろんこちらで見たのはこれが初めてだ。
「……何見てんだよ」
「いや、懐かしいなと思ってな」
「懐かしいって……もしかして旦那の居た世界はみんなこんな服着てんのか?」
リュージが異世界人だということは、イナセも知っている。もともと隠しているわけではないし、一緒に旅をするとなれば事情も説明せねばならないからだ。
「みんな、こんな格好……も、もしかして旦那も――」
イナセが意味の分からないことを言いながらリュージから距離をとる。
「馬鹿言ってんな、そう言う服着てる奴もいたってだけだ」
「だ、だよな!良かったぁ」
「何をそんなに安心してんだか」
「いや、大事な問題よ?リュージがこんな服着たいなんて言い出したら一緒に旅するのを考えないといけなくなるじゃない」
「お前――」
咄嗟に何かを言いかえそうとしたリュージだったが、つい自分がロリィタファッションに身を包んでいる姿を想像してしまいげんなりとした。
確かにそんなのがいたら一緒に旅などできないかもしれない。
「……間違ってもそんなことにはならねえから心配すんな」
「賢明ね、冒険したいって言うのは大事な気持ちだけど、限度があるもの……その点イナセの冒険は大成功よね!いっそのことずっとそのままでいればいいのに」
「嫌だよ!ホントは今だって嫌だよ!でも着てた服直してくれるって言うから仕方なく」
そう、渋々ながらもイナセが今の服装でいるのはそういう理由だった。
フランソワは服飾関係者の性か、破れている服を平気で着ているイナセのようなタイプが許せないらしく、リュージのスーツと並行してイナセの服も数着作ってくれることになったのだ。
イナセ自身着ている服がボロボロなのは自覚があったようで、頷かざるを得なかったというわけだ。
「で、でも似合ってるのは本当だよ?返しちゃうのもったいなんじゃない?フランソワさん欲しいならあげるって言ってたし」
ようやく痛みから立ち直ったヴィートが怖々声をかけたが、イナセはすげなくそっぽを向く。
「……うるせぇ、髪切れバカ」
「か、髪の毛は関係ないでしょ!?」
何とか言いかえしたヴィートだったが、イナセの一睨みですっかり委縮してしまう。子猫の威嚇でもヴィートには効果てきめんのようだった。
「はいはい、いつまでも怒ってないの。どうせこの先服を買い替えることくらいあるでしょう?それが今だったと思いなさい」
「チッ、わかったよ、どうせ明日までの辛抱だしな、ただあの筋肉お化けは蹴とばす、絶対蹴っ飛ばしてやる」
「……あのがたいじゃ足痛めるだけだぞ」
「いやいや、ちゃんと止めてくださいよ!まず蹴っちゃダメですから!」
「冗談だよ、いちいち真に受けんな」
不愉快そうに鼻を鳴らすイナセに、ヴィートはどう宥めたものかとおろおろしている。
リュージも何かフォローすべきかと言葉を探したが、そもそも気を遣うのが苦手な自分が口をはさんでも火に油を注ぐだけになってしまう気がして口を出しあぐねていた。
ここはいっそのこと散策をあきらめて、さっさと宿に籠るほうがいいのかもしれない。人目につかないところに行きさえすればイナセの機嫌も少しは直るのではないだろうか、いつの間にか視線を向けてきていたヴィートが深く頷いた。似たような考えにたどり着いたのだろう。
そうと決まれば――。
「あ!あのお店なんかいいかんじじゃない?見に行ってみましょうよ」
「……少しは察してくれよ」
「なによ頭なんか抱えちゃって、ってあら、ヴィートまで」
「あ、あのぅ、僕今日は疲れてるのでもうゆっくりしたいなぁ、なんて」
「えー!まだこんなに日も高いのに!?さすがに貧弱すぎるんじゃないの?我慢しなさいよ」
「悪いな、実は俺もだ」
「……まったく、情けないとは思わないのかしら、か弱い私たちが平気なのに先に音を上げるなんて」
「だから謝ってんだろ」
か弱いという言葉には、大いに反対したいリュージだったが、ここで話を混ぜ返してもいいことは何もない。
ラフィがしぶしぶといったふうに口にした「仕方ないわね」という言葉に、何とかなったかと、リュージは胸をなでおろした。
「じゃあ私とイナセで見に行ってくるから、二人はここで休んでなさいよ」
「なんでだよ!」
「何怒ってんのよ」
急に声を荒げたリュージに、ラフィは心底不思議そうに首をかしげている。余りのかみ合わなさにリュージはがっくりと肩を落とした。
しかしそれも仕方ないのかもしれない。このシスターは目立つことを忌むタイプではない、周囲からの視線がストレスになるということがイマイチ分からないのだろう。
きっと事細かに説明しても「何も悪いことしてないんだからいいじゃない、それだけ似合ってるってことでしょ?」とでも返してきそうだ。
どう説き伏せたものかと悩むリュージの耳に、小さなため息が聞こえてきた。そちらに目を向ければ、諦めたような苦笑を浮かべながらすでに歩き出そうとしているイナセの姿があった。
「旦那、変に気ぃ使わなくていいから、行くならさっさと行こうぜ?どうせ姐さんが言い出したなら行かなきゃ終わらねえって」
「あ!待ってよイナセちゃん!あんまり急ぐと危ないよ!」
遠ざかっていく背中を、慌ててヴィートが追っていく。
そんな二人の姿を見ながら、リュージは少し咎めるような声音で、
「お前なぁ、少しはイナセのことも考えてやれよ」
「何が?」
「明らかに目立ちたくなさそうだったろ」
「だからさっきから人が入ってないお店選んだじゃない」
言われて改めて店の方を見れば、確かにこの通りの店の中では一番客の入りが悪いようだった。考えなしの行動ではなかったらしい。
だが、そんな遠回しな気の使い方をするくらいなら人のいないところに連れて行った方がよかったのではないだろうか。
あいも変わらず表情にすべてが出ているリュージを見て、ラフィは呆れて首を横に振った。
「言っとくけどわかってないのはあなたたち二人だと思うわよ?」
「……どういう意味だ」
「もう行っちゃったヴィートはほっとくとして、私たちは少し待ってから入りましょ」
「お前の言いたいことがさっぱりわからねえんだが」
「だからね」
そういいながら振り返ったその顔に浮かんでいたのはいつものようないたずらっ子の笑みではなく、雪をじんわりと溶かす日の光のような微笑みだった。
ラフィは微笑ましいものを見るように、店の方を見ながら、
「あのこちゃんと見れてないじゃない?自分の姿」
※ ※ ※ ※
広さの割に人のいない店内で、ヴィートは先に入ったイナセを探していた。吊られている服の値札を見るにここは古着屋のようだ。所狭しと並べられたハンガーラックの迷路がヴィートの行く手を阻んでいた。
こんな店の奥に入りづらい配置をしているから客が少ないのではないだろうかと、特に意味のない心配をしながら前進を続けるもイナセの姿は見えてこなかった。
――これだけ奥に行ってるってことは、よっぽど人に見られたくないんだろうなぁ。
空気を読まずにこの店に入ろうなどと言い出したラフィに、ヴィートは少し腹を立てていた。
人前で目立ちたくない気持ち、ヴィートには人一倍理解できる。だからもしイナセが辛そうな顔をしているならすぐにでもどこかに連れて行ってあげようと思っていた。
ラフィと口論になるのも覚悟の上である。
今回ばかりは何を言われても引く気はない、人見知り代表としてあの人にはびしっと言ってやらねばならぬ。
決意難く歩いていたヴィートの視界に、赤髪が映りこんだ。
「あ、イナセちゃ――」
咄嗟にラックの裏に隠れた自分をほめてやりたい気持ちだった。なぜ隠れてしまったのか自分でもわからなかったが、何故かそうしたほうがいい気がしたのだ。
イナセはヴィートが潜んでいることなどつゆ知らず、目の前のものから視線を外そうとしなかった。
姿見に映る、自分の姿を――。
鏡に映っている少女は、普段とは違いすぎる服装の自分に複雑そうな感情を抱きつつも、仄かに生まれた好奇心と期待を隠しきれていない、そんな表情をしている。
その後もイナセはその場でくるりと回ってみたり。
スカートをつまんで持ち上げてみたり。
振り返っては鏡越しに背中を見たりと、普段の彼女からは考えられないような行動を繰り返していた。
ヴィートの鼓動が少しづつ早くなる
可憐と言って差し支えない姿に胸が弾んだか、否。
普段の彼女とはかけ離れた姿にうっかりときめいたか、否。
今ヴィートの胸中を占めるのはたった一つ、たった一つの感情――。
――見つかったら、殺られるっ……!!
恐怖だった。
恥ずかしがりで、少し……多少……だいぶ手の早いイナセのことだ。結果的にとはいえ覗いていたことがばれようものならどうなるか分かったものじゃない。
ヴィートはようやく自分がなぜ隠れたのかを理解した。生物の本能的な何かだったのだ。
ヴィートはその本能に従いゆっくりと、ゆっくりとその場から離れることにした。お互いなかったことにした方がいい。
そのほうがみんな幸せだ。
不運だったのは、彼が動かした右足のすぐそばに、店員が置き忘れた小さな台があったことだ。
蹴とばされた踏み台が、無慈悲に音を立てて転がる。
「あっ!」
咄嗟に声を出してしまった口を両手で抑えるがもう遅い。
「……………………ヴィート?」
バッチリと、目が合ってしまった。
ああ終わった、ヴィートは穏やかな表情のまま目の端から一筋の涙を流した。
きっとこれから殴る蹴るの暴行フルコースだ。もはやできることと言えば止めてくれるだろうリュージが早く来てくれることを祈るだけだ。
「短い、人生だったなぁ……」
「何言ってんだお前」
「いやだって今から殴られたり蹴られたり――あれ?」
予想に反してイナセは冷静だった。何なら口元に笑みさえたたえている。
「失礼な奴だな、いくらアタシでも殴ったり蹴ったりなんてしねぇよ」
「ほ、ホントに!?ホントにしない?」
「しねぇって、そんなガキみたいなマネするわけねぇだろ?」
どうやらヴィートはイナセという少女のことを誤解していたようだ。ヴィートは安堵のため息をつくと、
「よかったぁ……でもそうだよね、僕がバカだったよ、こんなことで人に暴力振るうなんてありえな――」
直後、ヴィートが身を低くしたのは完全に直感だった。
自分の首があった場所を、駆け抜けていく一筋の銀の閃き。
呆然とするヴィートの前で、イナセが短く舌打ちをした。
「避けやがったか」
「な、な、な、なななな、何するのさ!!今かがんでなかったら――」
その後は恐ろしくて言葉にできない。
イナセはどこに隠していたのか脇差を片手に低く構えている。
明らかに次の攻撃に映る構えだ。
「ちょっと待ってよ!暴力はしないって――」
「殴ったり蹴ったりはしてないだろ?」
「そんなの無茶苦茶だよずるだよ!!」
「問答無用!」
イナセは強烈な踏み込みで一気に距離を詰めてきた。強化魔法は使っていないようだが、それでも十分な脅威だ。
ヴィートは腰から剣を引く抜きながら叫んだ。
「頑固一徹!」
ヴィートは生み出した黒色を細長い円柱形にすると、自身の剣にくっつけた。あたかも刀身のない剣に、黒色の刃が現れたように。
ヴィートはその場しのぎの剣でイナセの刃を受け止めた。
「ずいぶん器用な真似するじゃねえかヴィートぉ!」
「こういう狭い場所だと大きなものは出せないからね――ってそうじゃなくて!」
つばぜり合いの形ならば、体格的にヴィートに分がある。
イナセも形勢不利と見たのか、後ろに飛びのいた。
「もう止めようよ!僕何も見てないから!」
「……ほんとか?」
「ホントだよ!ちょっと嬉しそうだったイナセちゃんとか見てないから!!」
「やっぱ見てんじゃねえか!てか嬉しそうな顔とかしてねぇよ!!バーカバーカ!!このっ!バーカ!!」
顔を真っ赤にしたイナセは地団太を踏みながら、涙目でヴィートを睨み付ける。
「あんな姿見られたからにゃ、生かしておけねぇ……」
「そんなに気にすることないよ、ホントに似合ってるよ?鏡を見たくなるだって普通のことだよ」
「うっせぇ!そんな見え見えのお世辞はいいんだよ!こんな、こんなかわいいのなんか、アタシに似合うもんか……」
「そんなことないよ!」
ヴィートの大声にイナセは驚いて顔を上げた。
「こんなことで嘘なんかつかないよ、ホントに似合ってるよ」
「で、でも――」
イナセは口の中でもごもごと何かつぶやいていたが、やがて観念したようにモトマルを鞘に戻した。
「う、噓ついてたら、許さねぇからな」
「こんな最低な嘘つく男だったら、八つ裂きにしてよ」
「……そっか」
スカートをぎゅっと握って、俯いているイナセの顔はヴィートからは見えないが、それでも自分の行いが間違いじゃなかったと思うのはうぬぼれが過ぎるだろうか。
とりあえず命の危機を脱したヴィートは、妙な気恥ずかしさも手伝ってイナセから視線を逸らしながら口を開いた。
「そ、それにしてもラフィさん達遅いね、行こうって言ったのあの人、なの、に……」
言いながら逸らした視線の先にいるものに、ヴィートは気づいた。
気づいてしまった。
少し離れた棚の陰から、身をのぞかせている二人に。
片方は目を輝かせ、口元をにやけさせながらヴィートたちを眺めているラフィ。
もう片方は、そんな相方に失望と諦めのこもった視線を送っているリュージ。
見つかったことに気付いたラフィは力強い瞳でヴィートに語り掛けた。
――そこよ、抱きしめなさい!
「するわけないでしょ!?」
「うわ!なんだよ急に大声だし、て……」
ヴィートの声に顔を上げたイナセもまた、二人の姿に気付いた。もっと言えば、一部始終見てましたと言わんばかりの、ラフィのにやけ面を――。
冷めたはずの顔が急速に熱を取り戻す。プルプルと震えるその手が脇差に伸びた。
ヴィートは無駄とわかっていながら、一応制止を試みた。
「あ、あの、一回深呼吸するとか――」
「お、おお、おおおおおお、お前らぁー!!」
小さな台風が、店内に巻き起こった。




