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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
開拓都市アルビオン
9/165

アルビオンの8

2017/11/15

 加筆修正バージョンを投稿します。

――やっちまったか。




 龍二は反省を余儀なくされていた。

 いくら気が動転していたからって、思っていることを全て口に出すとロクな事にならないなんて、学生時代に学んだレベルのことだ。

 今彼が居るのは約一日ぶりの執務室、書類の向こう側に居るルイスと、机の横に控えるアロマ、そして忌々しそうにこちらを睨むバンゴ。

 部屋の空気は明らかに龍二に好意的ではなかった。




 数時間前、気が動転していた龍二はこんな事を言ってしまったらしい。

 『魔法なんて使えない』

 それが良くなかった。

 と言うのも、どうやらこの世界は魔法が使えない人間と言うのは存在しないからだ。

 ――呼吸ができない人間はいない。そんな次元の話だったのだ。




 はいた言葉は戻せない。その言葉に驚いたアリスは、城に帰るとアロマにそのことを伝えてしまった。

 彼女を責めるつもりは全くない。あまりに常識の外にいるものと出会ってしまったとき周りの人間に相談するのは当たり前だ。

 むしろおかしかったのはその後だった。アリスは部屋に返され、龍二は一人執務室に連れて行かれ、この状況の出来上がりと言う訳だ。

 連れてこられてからかれこれ数十分、部屋を支配していた静寂を破ったのはバンゴだった。




「おいルイス、これはどういうことだ」

「市長にその言葉づかいはいただけませんな、騎士団長殿」

「黙れ! 貴様らが一日様子を見ると言うからこんな得体のしれん奴を城の中に入れたんだぞ! それがなんだこの様は!」



 言葉遣いに苦言を呈されたバンゴは、近くにあった壁を殴りつけてさらに怒号を上げる。

 ますます顔をしかめるアロマを手で制して、ルイスが疲れたように目元を揉みながら口を開いた。




「すまないなバンゴ、私にも予測できなかった事態だ」

「ハッ、予測できなかったか、便利な言葉だな、そりゃ誰も予測はできんだろうさ、女神様の神託なんざな」

「……神託?」



 

 突然聞こえた気になる単語に、思わず龍二が呟いた。

 それに気づいたルイスは、ひとつ咳払いをすると、バンゴに語りかける。





「……バンゴ、すまないがそれは極秘事項だ。ここでいうのは止してくれ」

「そんなことはどうだっていい!!」

 



 バンゴが書類の積んである机をバンと叩いた。

 崩れ落ちそうになる書類の山を、アロマが素早く支える。

 バンゴの怒気が部屋に充満していく、ただでさえ広くもない部屋は更に息苦しい雰囲気になった。





「だがそんな言葉で誤魔化されたんじゃ騎士団にも面子ってものが有る、とりあえず即刻そこの『平民』には城から出てってもらおう」

「騎士団長殿、その言葉はとっくの昔に差別用語です、仮にも都市の要職に立つ人間が軽々しく使うのは控えた方がいい」

「揚げ足取りは結構だアロマ、とにかくそこのお客様には今すぐこの城から出て行ってもらう」






 急な話の流れに龍二は口を挟むことさえできない。怒りよりもと戸惑いが先行して、何から口にすればいいのか分からない。

 追い出されるのが不満なわけではない。もともと一泊させてもらっただけでも御の字なのだからーー。

 むしろ困るのは彼らがなにかを知っていそうだということか。何とかしてそれだけでも聞き出せないものか……。

 その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。そこにいるのは当然ドレスに着替えたアリス。


 

 扉の外から話を聞いていたのだろう。

 アリスは一番近くにいたアロマに駆け寄ると、食って掛かった。




「ちょっと待ってよ! どういうことなの」

「アリス様、お部屋におられたはずでは」

「そんなことより、何で龍二が出て行かないといけないの!」




 アロマが言いづらそうに視線を伏せる、なお食い下がろうとするアリスに、代わりに答えたのはバンゴだった。




「申し訳ありませんが手違いがありましてな、そのお客人は本来泊まってはいけなかったんです」

「昨日はそんなこと言ってなかったじゃない!」

「ですから手違いがあったのです」

「うそよ!」

「うるさいぞ、大人の事情に口を挟むな!」




 厳めしい顔に更にしわを増やし、バンゴはアリスを睨みつける。怒りと侮蔑を顔一面に貼り付け、バンゴはかよわい少女に容赦をしない。




「もう決まった事だ、さっさと部屋に帰っていろ! お前は他の都市の人間が来た時に愛想を振りまくことだけやってれば良いんだ!」



それは十ばかりの子どもに向けるにはあまりにも加減を知らない言葉だった。

 同時に龍二は、バンゴの視線に違和感を覚えた。

 アリスに向けられたバンゴの視線は、単純な怒りや侮辱だけではない、もっと他のものが混じっているように感じたのだ――強いて言うなら、苦々しさとでもいうべきか。

 だが言われた側にとってはそんな感情の揺れは些細なものでしかない。アリスは俯いたまま、ポツリと漏らした。

 消え入りそうな、声だった




「私のせい?」

「アリス……」

「私が、余計な事言ったから、リュージは出て行くの?」




 大きな瞳から涙があふれて落ちる。すすり泣くこえが部屋の中にいる人間の鼓膜を揺らした。

 さすがのバンゴも、いい気分はしないのか、無言でアリスから視線を外した。机の向こうにいるルイスに至っては、一言も発していない。

 アロマは歩み寄ってアリスの肩をなでるが、彼女が泣きやむ気配はなかった。

 ーーブチン、と何かが切れた音がした。




 「揃いも揃ってしょうもねえ連中だな」




 何かを考えるよりも先に口が勝手に動いていた。

 はっきりとした声で、部屋に入って来てから一言も発していなかった龍二は吐き捨てるように言う。

 その言葉に呆気にとられていたバンゴだったが、すぐに龍二の言葉が染み込んできたのか、どすの利いた声で咽を震わせた。




「……おい若造、今何と言った」

「そんな場合でもないってのに、正直ちょっと期待したんだぜ、騎士って呼ばれる人間に合うのは初めてだったからな」




 バンゴを無視して、龍二は部屋中に居る『大人』を睨みつける。アリスが泣かせた、相手が子供だからと相手にする姿勢すら見せない『大人』たちを――。

 そしてその筆頭であるスキンヘッドの男に、龍二は言葉を重ねる。




「子ども泣かせて偉そうにしてるやつがトップなんざ、組織もたかが知れるってもんだな」

「貴様!」

「親切で泊めてもらっただけだから、出てけって言うなら素直に出て行くつもりだったが、気が変わった」




 龍二は椅子から立ち上がると、バンゴの正面に立つ。

 怒りで赤く染まった顔から目をそらさずに、龍二は相手を睨み付ける。




「悪いがこちとら図体だけでかくなって中身はクソガキのままなんでな、あんたみたいな気に食わない奴の言うことなんか聞いてたまるか」

「貴様に選択肢などない! 自分から出て行くか、足腰立たない状態になって放りだされるかだ!」

「やれるもんならやってみやがれ」

「ちょっとお待ちください!」




 両者一歩も引かぬ睨みあいに、終止符を打ったのはアロマだった。右手でおろおろと様子を見守っているアリスを撫でながら、




「黙っていろアロマ! 俺は今この暴漢の相手で忙しい!」

「このままではお二人とも納得できないでしょう」

「何度も言わせるな、納得など必要でない!」

「そうはいっても、龍二殿を腕ずくで追い出すのは骨が折れると思いますな」

「――何を、魔法も使えん、生き物として出来損ないだぞ、てこずるわけがない」

「バンゴ君」

 



 忠告を一笑に付すバンゴに向かって、アロマはそう呼びかけた。

 それまでとは違ったフランクな呼び方、しかしバンゴはその呼称に、にやにやとした笑みを消して、神妙な顔になった。




「……本気で言っているのか」

「長い付き合いでしょう、私の人を見る目が間違っていたことがありましたかな」




 深く頷くアロマに、バンゴは顎に手を当てて考え込む姿勢を見せる。

 龍二は龍二で、突然の話の展開に面食らっていた。

 どうやら、この二人は昔からの付き合いであるらしい――それに、どうやら立場と発言力は比例していないらしい。

 アロマは、龍二に向き直ると、できるだけ穏やかに微笑みかけた。




「リュージ殿は、腕に自慢がおありでしたな」

「……ああ、そうだな」

「でしたら、こういうのはいかがでしょうか、古来より違いの主張がぶつかったときには、決闘と相場が決まっております」

「……決闘?」





 老人が口にしたその折衷案とやらを聞いて、笑みを浮かべたのはバンゴだけだった。


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