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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
89/165

アルカディアの34

二話連続投稿です。

 一回目戦った悪魔は巨大なものの辛うじて人型を保っていた。

 二回目戦った悪魔は空を飛ぶという人間には不可能な動作をしていたものの小型だったしやはり人型だった。

 だが今回は――。



 「どこをどうやって攻撃すりゃいいんだ!」



 必死に球体悪魔と併走しながらリュージは叫ぶ。

 元々リュージの強さというのは誰かから習ったものではなく、必要に応じて身についていったもの、つまりは経験によるところが大きい。

 だからこうして自身の経験にまるで当てはまらない形の相手を前に攻めあぐねていた。



 ――適当な角度から殴るのは危険だ。どっかに飛んでいけば被害が広がる。だったら……。



 リュージはすでにかなりの速度に達している球体悪魔の前に飛び出した。そして腰を低くして衝撃に備える。

 乗用車と衝突したような衝撃がリュージの体に襲い掛かった。地面を削りながら悪魔はそのまま直進しようとする。



 「おおおおおおおおおおおおお!!」



 吼えるリュージ。

 それに呼応して全身の輝きが増していく。

 徐々に、徐々にだがスピードが落ちていく手ごたえがあった。

 いける。リュージはそう確信する。

 そしてこの悪魔の脅威はこの移動速度だけだ。止めてしまえば何とかなる。

 そんなリュージの安堵を読んだように、触れている球体から声が響いた。



 『驚きました。壊せないなんて……全部壊さないといけないのに』

 「残念だったな。そりゃ無理そうだぞ」

 『無理じゃ、ないです』

 「なに?」

 『壊します』『壊れなくても』『壊したいから』『壊すから』『壊れるから』『壊れるのです』

        『だから……苦しい』



 再び球体悪魔の全身に存在する口が開いた。

 いっせいに喋りだした口々は。苦しいという一言を最後に一斉に口を閉じた。

 と、同時に悪魔そのものも動きを止める。



 「なんだ……?」

 『もっと壊せるように、なら、ナクチャ……』



 後ろから飛んでくる『何か』の気配を察知したリュージは頭だけ動かしてそれを回避した。

 正体はすぐに分かった。それは球体悪魔が今まで破壊してきた家や道の残骸。それらが球体悪魔の小さな口に次々と吸い込まれていく。



 ――何か、まずい気がする!



 直感的に危険に気づいたリュージはその場で大きく跳躍すると、真上から球体悪魔に拳を叩きつけようとして――。



 正面から襲い来る衝撃に弾き飛ばされた。

 痛みは無い。ただただ、押し返されたという感触。



 「この、野郎。ありかよそんなの……!」



 空中で体勢を立て直したリュージは地面に着地すると同時に何が起こったのかを理解して毒づいた。

 眼前に広がる異形が塞ぐ視界は、明らかに狭くなっていた。

 一回りも大きくなった球体悪魔が、そこにはいた。理屈は分からないが破壊した物質を吸収したとでもいうのだろうか。

 大きくなった分の面積に比例して増えた口々が一斉にわめき始める。



 『コワ、す。壊すコワスこわすこわす――』



 その言葉は明らかに知性をもって話しているそれとは一線を画していた。

 喋るということを忘れた獣が、音を発しているだけだ。



 「もう言葉は通じねえってか」



 リュージは首を鳴らすとため息を一つついて拳を構えた。

 増した脅威を前にしてもリュージは一切退くことは考えない。逃げたら、いったいどれだけの犠牲が出るか分からないから。



 「スヴェン、お前がどんな人生を歩んできて、どんな苦悩を抱えて、そしてこんなことをしたのか。俺はまるで知らねえ」

 「こわすこわす壊すこわすコワス壊す――」

 「でもな、一つだけ言ってやれることがある」



 リュージは球体悪魔の内側にいるはずにスヴェンに向かって宣言した。



 「これ以上好き勝手してえなら、俺を倒してからにしろ!!」



 返答は突進に代えられた。

 流石にこれを正面から受け止めることは出来ない。

 リュージは素早く飛び退くと再び併走を開始した。

 だが時間はかけられない。球体悪魔は破壊した物質を取り込んで更に巨大化を繰り返している。このままではそこらにある家より大きくなるのも時間の問題だ。

 今すぐ止めるしかない。普通に止めてもダメなら完全に地面から離してみるしかない。



 「サッカーって知ってるか?俺はやったことねえけどな!」



 リュージは隙を突いて球体悪魔のすぐそばまで行くと球体を真上に蹴り上げた。

 勿論サッカー未経験の男にそんな器用な真似は出来ず球体悪魔は逸れた方向に飛んでいく。

 リュージは先駆けて落下地点に移動すると落ちてきた悪魔を両手で受け止めた。



 「これなら動けねえだろうが!」



 大きさに見合う質量を全身の筋肉を総動員して支えるリュージ。

 当てずっぽうだったがやはり持ち上げるとあの吸収能力は使えなくなるのかもしれない。

 ――あまりにも虫の良すぎる推測だと思い知らされるのに時間は要らなかった。

 ケラケラと笑い声が聞こえた。

 嘲笑という言葉を体現したような笑い声だ。

 無数の口がリュージを嘲っていた。



 『ばか』『馬鹿』         『間抜け』『なんで』

       『分からないの』



 リュージの掴んでいた部分が開く。

 そこが口だったのだと気づくも遅い、すでに両の腕はひじ近くまで咥えられていた。

 挟まれた腕に恐ろしい圧迫感が生まれ、口からは苦鳴が漏れる。

 球体悪魔はその姿を見て、不思議そうに喚きたてた。



 『千切れない』    『壊れない』『おかしい』 

     『壊さなきゃ』『やり方』       『変える』



 悪魔はリュージの腕を捕らえたまま強引に回転した。流石にその体制では抵抗も出来ずに回転に巻き込まれて地面に叩きつけられる。

 大地を取り戻した球体悪魔はその体を平たくし始めた。

 この姿はさっき見たばかりだ。頭が警鐘を鳴らすがいくらもがいても腕が外れる様子は無い。



 『落として壊せば、壊れる?』



 どの口が言ったことかなんて確認する暇も無い。

 飛び上がる球体に引っ張られるままにリュージは遥か上空に連れて行かれる。

 強烈な負荷に襲われながら、真っ青な空を眺めた。それは今のリュージの現状など何も興味がないとでも言いたげに、いつも通りの空だった。

 リュージはうんざりした顔で喉を震わせる。



 「よく飛ぶ日だなちくしょう!」



 世界の常識だ。上がれば落ちる。

 球体悪魔はその巨体をリュージに被せる角度で落下していった。徐々に上がる速度にもがく暇もなく地面に吸い込まれる。

 振動、間違いなくあたり一帯を揺らす衝撃。

 運悪く落下地点の近くにあった家が数軒崩れ落ちる。



 『壊れた?』『壊れた』『壊れた?』



 質問の形をとってはいるが質問ではない。悪魔は確実に面白がって呟いているだけだった。

 返事があるなどとは少しも思っていない。

 それにこたえるように、悪魔の体再び持ち上がった。



 「なめんじゃ、ねえよ……!」



 リュージは球体悪魔の下でなんとか声を上げた。口の中を切ったらしく、たまった血を吐き出してリュージは立ち上がる。

 正面から受け止めたときとは次元の違う衝撃、三トントラックが突っ込んできてそのまま爆発したような。

 ここまでダメージらしいダメージを受けたのは久しぶりだ。

 時間の猶予はない。なんとか両腕を脱出させるべく限界まで力を籠める。

 球体悪魔は面白くなさそうに喚き散らした。



 『壊れない』    『なんで』   『まあいいか』

       『もう一回』

 「ふざけんな……」



 こんな攻撃をもう一度もろに喰らえば流石にまずい。

 死ぬかどうかは置いといて確実に行動不能に持っていかれるだろう。

 出せる力を全て籠めて腕を咥えている口を内側から開こうと試みると、ぎちぎちという音とともに歯がぐらぐらと揺れ始めた。

 リュージはその感触に確かな手ごたえを感じた。

 そして当然、球体悪魔がそれを手招きしているはずが無かった。



 『あれ』   『壊そうとしてる』    『おかしい』

    『壊すのはぼく』



 脱出よりも一歩早く再び体が宙に浮く感覚を味わった。

 それでもリュージは脱出を諦めない。諦めずに腕を動かし続ける。

 執念が届いたのか、リュージの腕をがっちりと挟み込んでいる臼のような歯が一本砕け折れた。

 リュージの右腕が解放される。しかしそこまでだった。歯を砕かれた悪魔だが、ダメージを受けている様子はなく、純粋に不機嫌そうな声をあげる。



 『あれ?』       『出て行っちゃう?』  『ダメ』

     『壊す』       『もっと壊す』

 「うお……ああっ!」



 体を振り回される感覚にリュージが思わず声を上げる。

 悪魔は空中に浮いたまま高速で回転を始めた。落下の衝撃と回転を掛け合わせて今度こそリュージを破壊するために。

 回転に振り回されるリュージは、力任せに右腕を球体に叩き付けるが、効果は見込めなかった。

 無駄な抵抗を嘲笑うように、徐々に地面がリュージの体を吸い込んでいく。



 そして過去最大の衝撃がリュージを襲う――。



 「温柔敦煌(しろいろ)!」



 ――ことは無かった。



 「リュージさん!?生きてますか!」

 「ああ、やっぱり頼りになるよお前は」



 視界の端で刃の無い剣を構えるヴィートの姿に、リュージは力強く口角を吊り上げた。

 覚えのある感触に受け止められ、ダメージはほぼ無い。

 つまり、最大のチャンスということだ。

 リュージは左手を挟む口に強引に右手をねじ込むと、その口を開き始める。



 「うおおおおおぉらああああああああああ!!!」



 荒々しい雄たけびを上げて力任せに口をこじ開けた。

 腕一本を咥え込む程度の大きさだったそれは一気に裂けて痛々しい裂傷となる。その内にリュージは不思議なものを見た。

 球体の内側空洞のようになっている奥のほうに、いたのだ。



 ――下半身と腕を壁に埋められたような形の人影を。



 「あれが、弱点か……!」



 完全な直感だがあながち間違いでもないはずだ。でなければあれだけ厳重に守る必要はない。そしてさっきから殴っても引き裂いても球体悪魔が痛みを訴えないのは、外側が唯の飾りだからに他ならない。

 球体悪魔の口が一斉に悲鳴を上げた。

 左ひじに走る激痛に追撃は不可能だと判断する。リュージは形振り構わず転がって距離をとった。



 「くそ、流石にきいた……」

 「大丈夫ですか!?すみませんラフィさんと一緒なら良かったんですけど……途中で走れなくなっちゃって」

 「あいつには最悪な相性の敵かもな」



 苦笑いでごまかすが左腕の痛みが深刻だ。

 骨の内側で銅鑼が鳴らされているのかと思うくらいには痛い。

 だが弱音を吐いている場合でもない。今のうちに追撃を――。



 『ばれた』    『ばれた』   『きけん』 

『にげる』        『にげる』   



 悲鳴と怨恨を撒き散らし、球体悪魔は一目散に逃げ出した。

 自らのすべきことは戦闘ではなく破壊だと思い出したのだ。この場合一番厄介で、一番最悪な手段を悪魔は選んでしまった。

 リュージは左腕を抑えて走り出そうとする。



 「逃がすわけねえだろうが……ぐっ!」

 「無理ですよ!すこし休まないと」

 「そんな暇ねえのは見れば分かるだろ……あいつの転がっていった方向にだって人が……ひと、が」



 突如勢い良く顔を上げたリュージは慌てて近くに残っていた建物の屋根に飛び乗った。

 そして球体悪魔が転がっていった方向を見て忌々しげに呟いた。



 「ヴィート、やっぱり時間がねえぞ」

 「な、なんでですか」

 「転がっていった方向、騎士団の本部がある」



 ヴィートの顔から血の気が引いた。

 騎士団の本部には、捕まったままのフィリーネがいる。

 本部に何人の騎士が残っているのかは不明だが、あの悪魔の進行を止められる者がいるのは思えない。



 「……気合入れて走るしかなさそうだな」

 「で、でも――」



 無理をするリュージを止めたいが、ヴィートには代替案など考え付かない。不甲斐なさに歯を食いしばるヴィートの後ろから風鈴のような声が聞こえてきた。

 リュージは屋根から飛び降りると、ヴィートとやってきた人物の間に着地する。



 「状況は大体分かったわ」

 「ラフィ……遅かったな」

 「元々走るなんて言葉は私の辞書に無いのよ」

 「ないと困るって良い教訓になったろ」

 「遊んでる場合じゃないですよ二人とも!」

 「ぴぃぴぃ騒がないの。作戦なら今考えたわ……リュージ、とりあえずあなたは来なくて良い。代わりにあの辺にいて」



 そういってラフィが指差すのは球体の進んでいった方向とは間逆。本部から見て対角線上にある場所だ。

 あの辺りはちょうど大きな通りになっていて、そのまま一直線に本部まで迎える道になっている。

 突然の指示、それも前置き一切なしの命令に、さすがにリュージも眉間にしわを寄せた。



 「何でだ。俺がいないと止められねえだろ」

 「あなたには別の役目があるのよ」

 「別の役目?」



 ラフィは人差し指をリュージに突きつけて言った。



 「とどめの一撃よ!私たちがあいつをリュージのとこまで転がして見せるから、一撃で決めなさい!じゃなきゃ後は消耗戦だわ!」



 そうなったら確実に負ける。

 よしんば負けないとしても都市は壊滅的なダメージを受けることになると、言葉にはしないもののラフィの言いたいことは伝わった。

 あいにく長々と考えている時間も無い。

 リュージは一つだけ問おうとして、ラフィの自信満々な瞳に質問するのを止めた。侮辱になると思ったからだ。

 だから代わりに一言だけ言っておいた。



 「あんまり待たせんなよ」

 「そっちこそ、しくじらないでね……いくわよヴィート!」

 「え!?作戦は!?」

 「走りながらに決まってるでしょ!ていうか担いでよね!」

 「えー!?」



 どたばたと遠ざかっていく背中を見ながら、リュージは指定された場所に急いだ。

 作戦も聞いてないからうまくいくかどうかなんてわからない。

 根拠も保証も何もない。

 だが指定された場所へひた走るリュージの胸中には焦りはあっても、不安はそんなに無かった。

 理由は、よく分からなかったが。

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