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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
88/165

アルカディアの33

二話連続投稿です。

 ずっと奥上の入り口付近で口を開かなかったブルーノが、人ごみを掻い潜りオットナーの前まで移動してくる。

 スヴェンはそんな男の姿を見て一瞬目を見開いたものの、すぐにその行動をせせら笑った。



 「意外だな。真っ先に貴方が庇いに来るなんて、貴方だけはむしろ僕の味方してくれるかと思ってましたよ。でもそりゃそうですよね、その男の罪を認めれば一緒の会社にいたあなた自身の罪をも認めることに――」

 「それを否定するつもりは最初から無い」

 「……なに?」

 「あれは、間違いなく罪だった。こいつと俺が二人で背負わなきゃいけない罪だった」

 「ブルーノ、お前……」

 「でもなスヴェン、こいつは昔からずっと自分のことなんか考えてなかったんだ……こいつはずっと一緒に働いてる仲間と、この都市のことばかり考えてたんだよ」

 「……だからなんです?この仲良しごっこに免じて許してくれとでも?ふざけるなよ――!」

 「そうじゃない、復讐だというのなら、殺すのは俺一人にしろ」



 オットナーが勢い良く顔をブルーノへと向ける。

 位置の関係上その後頭部しか見えなかったが、その言葉が嘘やだましの類ではないことくらいは理解できた。

 その言葉に反応したのはオットナーだけではない。ナディヤもヴィートも見ていた騎士たちも、焦ってブルーノを止めようとする。

 が――。



 「何もするな!」

 「リュージ、さん?」

 「今はまだ、黙ってみてろ」



 有無を言わさぬリュージの言葉に、迫力に全員が沈黙させられた。

 彼らの視線の先でスヴェンの体が大きく震えた。



 「なんで、なんでそんなことを言うんです」

 「最初から最後まで全てを見ていたのは俺だけだ。だったら俺の罪はこいつと変わらん。だがこいつはこれから先のアルカディアにも必要な男だ。だから頼む俺の命だけで収めてくれないか……!」



 ブルーノは膝を折ると地面に頭を擦りつけた。

 呆けてそれを見ていたスヴェンの前で、オットナーが叫んだ。



 「な、何を言ってるんだお前!」

 「オットナー、十年間も馬鹿な意地を張って、お前だけに重荷を背負わせたのは俺だ。これが償いになるとも思わんが」

 「そうじゃない!あの時の俺はお前の言うとおり自分の利益のことしか考えてなかったんだ!だからこれは全部俺の責任だ。お前が死ぬ必要は無い!」

 「やめろ……なんでお前ら今更そんな姿を見せるんだ!そんな言い争いは無意味だ!僕はどっちも生かして返す気は――!」

 「だったら私も同罪ね」



 何かを決意した目でナディヤが二人の下へと歩いていく。

 はっきりとした足取りで向かってくるナディヤの姿に、スヴェンが露骨に動揺した。



 「なんで貴方まで来るんです……!」

 「だって私だってこの二人と一緒に働いてた。だったら貴方の怒りは私にも向いているはず、そうでしょ?」

 「……」

 「……ごめんねスヴェン、姉のような顔をしておいて、貴方の辛さに十年も気づけなかったのね」

 「ッ!?ぐ、ぐぎ、あああ!!」



 進んで犠牲になろうと微動だにしない三人を見て、スヴェンが激しく頭を掻き毟った。

 彼の中にどのような感情が生まれているのか、見ている誰にも推し量れない。

 強く握られた拳から血が垂れる。



 「は、は、ははははははははは!!心配ありませんよ。頭なんか下げなくても僕が全員――」

 「できもしねぇこと言ってんじゃねえよ」



 聞こえてきた声はスヴェンには聞き覚えが無いはずだ。

 リュージはすぐ隣から聞こえてきた声に驚いて見下ろした。

 この場で一度も口を開いていなかったイナセが呆れたように頭を振る。



 「なんですか貴方は」

 「正真正銘巻き込まれただけの一般人だよ」

 「だったら黙っていなさい。遊びじゃないんです」

 「黙ってようと思ってたぜ、アタシは今回の件について何も知らねぇからな、でも今のアンタの目ぇ見てたら気が変わったんだよ。アタシの良く知ってる奴とおなじ目ぇしてるぜ」

 「何を言ってるんです……?」

 「見てるだけで腹立つぜ。一人は嫌なくせに強がって、目的に執着してる振りして孤独から目ぇ逸らしてる。ほんとは誰よりも寂しくて、周りにいる奴のことだって大事に思ってるくせによ!!」

 「イナセ、お前……」



 小さな喉を震わせて激昂するイナセ。

 鏡を見て失望と苛立ちを隠せずに思いのままに叫ぶ子供のような姿だった。

 実際にその叫びはスヴェンに小さくない衝撃を与えたようだ。今の今まで意識にすら入ってなかった少女からの一喝に、スヴェンは口をパクパクと開閉させる。

 しかし、そこから言葉は出てこなかった。それがイナセの言葉が図星であることを如実に示していた。

 リュージはスヴェンに、憔悴しきった青年に告げる。



 「スヴェン、復讐の道ってのは人間を捨てた先にしかねえ。少しでも何かに愛着が持てるような奴に、進める道じゃねえんだよ」

 「……」

 「お前はまだ取り返しのつかないことはしてない。まだ、戻ってこれるはずだ。お前を待ってる人がいるところに」



 スヴェンは生気を感じさせない顔を上げる。

 そして自分を見ているナディヤとブルーノの顔を交互に見た。

 この都市で出来てしまった繋がりを見て、完全に肩を落とした。

 その姿を見た騎士の一人がリュージに話しかける。昨日他の騎士を指揮していた年配の男だ。



 「もう、いいですかな」

 「……ああ」



 リュージの肯定とともに、控えていた十数人の騎士がスヴェンのもとへ向かった。



 「悪かったな、終わるまで待ってくれなんて無茶言って」

 「構いません。きっとこの方がここにいる全員にとっていい終わり方でしょうから」



 微笑む騎士に軽く頭を下げる。

 そうしていると移動する騎士たちに紛れてラフィとヴィートがやってきた。



 「……これで終わりかしらね。後半私たち出番無かったけど」

 「そ、そんな残念そうに……もともと僕たちは部外者なんですから、出番なんか無いほうが良いんですよ」

 「だな。とにかくこれで都市の外にも出られる。出発は近いうちになるな」



 何気ない一言に『あ……』と声を漏らしたのはイナセだ。

 イナセは顔全体を隠すように帽子を被せると、『そっかぁ』と呟いた。

 リュージはそれには気づかずに両脇を抱えられて進むスヴェンの姿を見ていた。



 ゾクリ



 と、何の前触れも泣く悪寒が走った。

 何かは分からないが今すぐ何とかしなければならない。何故かは分からないがスヴェンから目が離せない。正体不明の尚早がリュージを襲った。

 突然様子が可笑しくなったリュージに、心配した三人が声をかける。



 「どうしたんですかリュージさん!?」

 「そんなに不安な顔すること無いはずだけど?」

 「まだなんかあるのかよ?」

 「……わからねえ。けどスヴェンが何か持ってる!」



 言い終わると同時にスヴェンの服のポケットを突き破って何かが飛び出した。

 そのこの世のものとは思えないおぞましい輝きをリュージは知っている。

 この世の残酷を形にして詰め込んだような、見ているだけで不安と絶望に囚われそうになるあの水晶は――。



 「ジャンクスピリット!?」



 叫んだのはヴィート。

 現れた三角錐は呼ばれたことなど意に介さずに自在に飛び回ると、スヴェンの両脇を抱えている騎士に一直線に向かっていった。

 あまりに急な事態に唖然としていた騎士は飛来する脅威に対抗できない。

 小さくとも鋭利な物体が高速で飛びまわれば威力は馬鹿に出来ないものになる。ジャンクスピリットは左腕を抱えていた騎士の肩を貫通し、返す刀で右腕を抱えていた騎士の腹部を背後から貫いた。



 「ぐぁ!!」

 「あぐっ!!」



 騎士の束縛から解放されたスヴェンの手元に三角錐は移動する。

 まるでそこに行くがために生まれてきたような、不自然にもかかわらず調和している風景だった。

 血まみれのジャンクスピリットを握るスヴェンが顔を上げる。

 そこには先ほどまであった葛藤や苦悩がきれいさっぱりと消え失せていた。

 スヴェンはやけに晴れ晴れとした様子でリュージへと顔を向ける。



 「そうか、そうですよね。僕は確かに虫が良すぎることを考えてたんですね」

 「……聞きたいことが増えちまったが、とりあえずそれを置け」

 「あなたの言うとおりです。僕は自分が人であることに固執したまま人の道を外れようとしてたんですね」



 会話は当に成立していなかった。

 事情を知って焦っている三人とは違い、周囲の騎士たちはスヴェンに剣を向けていつでも飛びかかれるように準備している。

 圧倒的不利の中、スヴェンは朗らかともいえる口調で一方的にまくし立てた。



 「だから、全部壊します。都市も絆も人間性も愛情も僕自身も、全部、全部全部全部!!」

 「やめろ!!」



 静止の声を無視して、スヴェンは邪悪の塊を腰に突きたてる。

 見る見るうちに体に吸い込まれていくジャンクスピリット。

 そしてスヴェンの体は握った水風船のようにグニャグニャと輪郭を歪めていく。

 ことここに至っては出来ることはもはや無い。

 リュージは一人意識を切り替える。

 ここから先は、一瞬の油断が命取りだ。



 変化は次第に収まっていく。

 そしてその場に残ったのは――。



 「ボー、ル?」



 見ていた誰かがそう言った。

 目の前に現れたのは白濁色の球体だった。

 当然ただの球体ではない。大きさは三メートル近い巨大な球だ。

 これには流石のリュージも拍子抜けしてしまった。

 今まで現れた悪魔が全て精神衛生上よろしくない姿だったために今回もそれを予想していたからだ。



 一瞬の油断が命取りだと、つい先ほど考えたばかりだというのに――。



 突如球体が凄まじい速度で回転し始める。次の瞬間にはその姿はリュージの視界から消えた。



 「――くっ!?」



 瞬時に振り返るももう遅い。

 初速から目に見えない速度を叩き出した球体は取り囲んでいた騎士たちをボーリングのピンのように吹き飛ばした。

 悲鳴を上げる暇も無く意識を失い宙を舞う騎士たち、勢い良く飛ばされた何人かが屋上の枠を越えそうになる。



 「まったく世話が焼けるわね!」



 ラフィが風で一人を押し戻す。



 「自業自得(きいろ)!」



 ヴィートが二人をはじき返す。

 しかし敢無く残された二人が屋上から姿を消した。



 「くそ!!」



 リュージは駆け出すと迷わずに淵から宙に向かって飛び降りる。

 途端に重力がリュージの体にも平等に襲い掛かる。

 増して速度の中、先に落ちていった二人は少し下にいた。このままでは間に合わない。



 「素手喧嘩魂(ステゴロソウル)!」



 銀色の輝きを纏ったリュージは壁面に足をかけると、垂直の壁を強引に走り出した(・・・・・)



 「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 三歩で気を失う騎士のもとへと辿りついたリュージはジャンプするように壁を蹴ると二人の騎士を捕まえる。

 そして聞こえているかどうかも確認せずに大声を張り上げた。



 「ヴィートォ!!」

 「自業自得(きいろ)ーー!!!」



 屋上から絶叫が聞こえた。同時に現れた黄色の楕円形を何とか足で踏む。

 黄色は落ちてきたリュージを受け止めて伸びると、勢いそのままに真上に吹き飛ばす。

 空中で何とか自身を下に敷いたリュージは二人の騎士を抱えたまま背中から屋上に落下した。



 「リュージさん!無事ですか!?」

 「ちょっと生きてる!?」

 「……生きてるけど無事じゃねえ、服が汚れちまったじゃねえか」



 キッと球体を睨みつけるリュージに、二人は胸を撫で下ろす。

 遅れて近寄って来たイナセが、球体から目を離さずにリュージに訊いた。



 「旦那、ありゃ何だ?もしかしてさっきの兄ちゃんか?」

 「……半分当たりだ。あれは悪魔だよ」

 『そうか、思い出しましたよ』



 リュージが忌々しげに言いきると同時に球体からくぐもった声が聞こえてくる。

 その声は紛れもなくさっきまでと同じスヴェンのものだった。



 『僕の邪魔をする人が現れるというのは貴方たちのことだったんですね』

 「……俺たちのことを聞いてたのか、いったい誰に」

 『そんなことどうでもいいでしょう?どうせ今から全部壊れるんだから』



  『そう!全部壊れれば』『壊れる時』  『壊れるなら』

         『壊れるとして』

『壊れるべく』    『壊れてみれば』 『壊れるように』

 『壊れてくれたら』          『壊れるのに』

          『壊れちゃって』『壊れて』

 『壊れろろろろろろろろっろろろろっろ――』



          『壊イで、すカぁ?』



 一単語喋るたびに体のあちこちが避けて小さな口がいくつも生まれる。その一つ一つが際限なく怨嗟を吐き出すその光景は、見るものの正気を容赦なく削っていった。

 辛うじて残っていた数人の騎士たちも体の震えを抑えきれず、一度は悪魔と戦ったヴィートでさえ一歩後ずさるほどだ。

生理的な嫌悪感を抱かせる音とともに球体が真っ二つに裂けた。

 違う。開いた中には臼のような白い物体がいくつも並んでいた。まるで人間の歯のように――。

表面上は何とか取り繕いながらも、ラフィは額に冷や汗を浮かべて乾いた笑い声を漏らす。



 「ちょっと、情緒不安定すぎない?」

 「ただ自棄になってるにしちゃ様子がおかしすぎる……」

 「ももも、もしかしてあの石のせいとか、ないですか?」



 その可能性はある。その場合前に戦った二人が正気を保っていたのが気になるが、今は深く考え込んでいる余裕は無い。

 とにかく先手必勝だ。

 距離をつめようと身を低くしたリュージの視界に信じられないものが映った。



 「スヴェン?スヴェンなんでしょ……?」



 一歩一歩覚束ない足取りで球体悪魔に向かっていくナディヤの姿が――。



 「ナディヤ!止せ!」

 「戻って来るんだ!」



 必死に呼びかけるオットナーたちの声も耳には入っていないようで、少しずつ悪魔との、義弟との距離を消していく。



 「スヴェン、お願いだからもうやめて……家に帰りましょう?今日は貴方が好きなビーフシチューを――」

 『……そうだね。もう止めよう』

 「分かってくれたのね……!」

 『止めるよ。止める。今日でスヴェン・アッカーマンを止めるんだ』

 「え……?」

 『だからばいばい、お姉ちゃん』

 「まずい!」



 球体は急激に平たくなったかと思うと空に飛び上がった。

 落下地点にいるナディヤに向かって、その巨大な口を開いたまま飛び掛る球体悪魔。

 大事な弟からの拒絶と命の危機を同時に迎えたナディヤにはかわすことさえ出来ない。

 爆発的な脚力で地面を砕いて飛び出したリュージは間一髪球体悪魔を横から殴り飛ばした。



 「ナディヤ!無事か――あ?」



 着地したリュージが振り返るとナディヤはそこにはいなかった。首を回して探していると離れた場所から声が聞こえる。



 「旦那!こっちこっち!」

 「イナセ!」



 見ればイナセがナディヤの襟を掴んでオットナーたちの元にいた。

 得意の強化魔法だろうが相変わらず恐ろしい速度だ。

 ただ持ち上げるほどの筋力が無かったためか引きずられたナディヤは細かい傷だらけだったが。



 「悪いな助かった」

 「何言ってんだよ。アタシ必要なかったじゃねぇか」

 「そんなことはねえ……ナディヤ、無事か?」

 「……はい」



 ナディヤは明らかに気落ちした様子だった。返事もどこか虚ろだ。

 なんと声をかけたものか。頭を悩ませるリュージのもとへ聞きなれた悲鳴が届く。



 「ほわああああああああああああああ!?」

 「どうしたヴィート!?」

 「下がまずいことになってる!」



 叫ぶヴィートに代わって一緒に見ていたラフィが悪魔が落ちていった方向を指す。

 嫌な予感に身を焼かれたリュージはヴィートの見ているものを見るべく彼のもとへ走った。



 「……くそ、冗談だろ」



 眼下に広がるのは猛烈な勢いで転がる球体悪魔。

 そして悪魔は自らの質量と速度に任せてでたらめな破壊を繰り返していた。

 もうもうと舞う土煙が刻一刻と増えていく。すでに一軒二軒の倒壊で済む話ではない。秒単位で破壊は進行していた。

 リュージの頭の中を濃い焦燥が蔓延する。

 いったい何人の住民が――。



 「……ヴィート、お前クッションみたいなの出せないか」

 「へ?」

 「良いから答えてくれ!」

 「だ、出せますけど、慣れてないから上手くいかないかも……」

 「ぶっつけ本番で構わねえ。信じるぞ」

 「ちょっとリュージ!?何するつもり!」

 「階段下りてる時間なんかねえって話だ!」



 リュージはネクタイとジャケットを投げると、再び屋上から宙に身を躍らせた。

 上に戻るためではない。地面までたどり着くための落下。

 この高さから落ちて大丈夫かなんて勿論試したことは無い。

 落下の終着点が眼前に迫ったとき、屋上からヴィートの声が聞こえた。



 「温柔敦煌(しろいろ)!」



 直後、リュージの視界が真っ白染まった。

 傍から見れば突然湧き上がるように出現した白色の物体にリュージの体が埋もれたのだと分かる。

 次の瞬間には白色から飛び出したリュージは一直線に球体悪魔のもとへと走った。



※    ※    ※    ※    ※    ※     ※  



 「無茶苦茶しすぎでしょまったく!」

 「ま、まぁまぁ、僕たちも急ぎましょう!」



 憤慨するラフィを急かしてヴィートは階段へ向かう。

 確かに降りている時間ももどかしいというリュージの気持ちは痛いほど理解できた。



 「皆さんはここにいてくださいね!」

 「あ、ああわかった!」



 オットナーたちに声をかけ終えたヴィートは屋上にいたはずの人物がいないことに気づいた。



 「あれ?イナセちゃんは……」

 「なにやってんの行くわよ!」

 「は、はい!!」



 結局それを気にする間もなく、ヴィートは階段を駆け下りていった。


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