表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
85/165

アルカディアの30

二話連続投稿です。

調整が難しいです。こっちは長くなってしまった。

 自他共に認めることだがリュージは頭を使うよりも体を動かす方が得意だ。

 だが頭を使うのが極端に苦手と言うわけではない。暗記は苦手だが思考能力が低いわけではない。

 現に今もいつでも追いつくことができる男を見失うかギリギリの位置取りで追いかけ続けていた。

 無論アジトまで案内してもらうためだ。

 とはいえ気付かれる前提の小細工だったし、いつでも追いつけるという余裕からとった作戦だったが、相手は予想以上に焦っていたらしい。



 ――まさか敵がいるのに本当に逃げ帰るとはな……。



 意外と近かった五階建てのビルの前にリュージは居た。

 飛び込んでいくところを目の前で見たので間違いない。

 遠目から見るに一階には人はいなかった。いや、受付にすら人がいないところを見るに先にたどり着いた男が連れて行ったのだろう。待ち伏せする人数を増やすために。

 狙ってやったわけではないだろうが、状況的には釣り野伏せと言えなくもない。



 事実正面から突撃するのは上策とは言えないだろう。

 全力を、本当の意味での全力を出せば間違いなくできるが素手喧嘩魂(ステゴロソウル)は手加減が上手くできないという弱点がある。

 囲まれた状態で相手なんてしたら間違えて洒落じゃ済まないことになってしまうかもしれない。



 「……ま、方法がないわけじゃないな」



 相手をするのが難しいなら、相手をしなければ問題ない。

 つまりはそう言うことだ。

 リュージは軽く屈伸をしてから目を閉じると素手喧嘩魂(ステゴロソウル)を発動、その身に銀色の輝きを纏った。

 その視線の席は天井である。



※    ※    ※    ※    ※    ※     ※  



 「おい、ホントにこんな準備がいるのかよ」



 魔法のためにこの世界では遠距離兵器の発達が遅れている。

 文句を言う男たちが机を盾に階段に向かって構えているのはこの世界では最高級の遠距離兵器と言えるクロスボウだった。

 階段を取り囲むように構えている男たちの後ろで震えているのはつい今しがた逃げ帰った男だった。



 「ばっか野郎!何度も言わせんな!ナイフ持った奴が四人がかりで十秒持たなかったんだぞ!普通じゃねえよ!」

 「だからってよぉ、こんな人数は大げさだろ、しかもお前さっき他の階でも同じことさせに行って怒鳴られてたじゃねえか」

 「うっせぇ!くそ、あいつら俺がただの臆病ものだっていって笑いやがった!」

 「だって客観的にみて明らかにお前がおかしいんだって」

 「分かってるよ、分かってるけどあいつはまともじゃないんだって!」

 「おい、これいつまでやってりゃいんだよ、仕事があんだぞ!」

 「何が仕事だ女の尻追いかけに行くだけだろうが!黙って構えてろ!」

 「だとテメエ、てかさっきから何でお前が仕切ってんだよ!」

 「いいから黙って言うこと聞いてろ!死にてえのか!」



 険悪な雰囲気がフロア全体に広がる。

 もともとこのフロアの人間は全員立場的には同じ程度なのだ。

 それでも従っていたのは男の表情がそれほどまでに真に迫っていたからだ。

 だがいつまでたってもやってこない相手に全員痺れを切らし始めていた。

 この調子なら放っておけば数分後にはお互いで殴り合って勝手に人数が減るかもしれない。

 結果的にそうはならなかった。

 彼らの背後の地面が凄まじい音とともに砕け散ったからだ。



 「は?」



 十数人の声が重なった。

 彼らが振り返ると、そこには見なれない服を着た目つきの悪い男が服に着いたコンクリートの欠片を払ってるところだった。

 一階からジャンプして天井を突き破ってきた。状況的にはそれで間違いないのだが、そんなわけがないという思いが認識を阻害する。

 現れた目つきの悪い男は呆然と立ち尽くしている男の一人に声をかけた。



 「おい」

 「は、はい!なんで、しょうか……」

 「お前らのボスはどこにいる?」

 「ご、五階にいるかと」

 「そうか……このまま真上に進んで行ったら会えるか?」

 「た、多分?」

 「分かった、ありがとな」



 男は目の前で体を縮めると、思い出したように男たちに告げた。



 「ここ今日でつぶれるから、暇なら転職先でも探しにいったらどうだ?」



 次の瞬間男の姿は消え、さっき聞いたような轟音と同時に天井に穴が開いた。

 逃げかえった男はぽつりと呟いた。



 「俺、明日から真面目に生きるよ」

 「……それがいいかもな」



 隣にいた男が真顔でそれに同意した。



※    ※    ※    ※    ※    ※     ※  



 無茶苦茶な登場の仕方をすれば何もせずとも戦意喪失させられるんじゃないかと予想しての作戦だったが驚くほど上手く行った。

 どの階でもリアクションは似たようなものだった。

 例外として三階から四階に上がった時には四階にいた奴らが三階に降りてきてしまうという事態には陥ったものの、リュージに向かって放たれたクロスボウの矢を掴み取ってやると途端に静かになった。

 というか全員逃げて行った。



 おかげで悠々と階段で最上階へ向かうことができた。

 部屋は結構な数があったが人はおらず、一つずつ開けていけば案の定一番奥の部屋が残る。

 リュージは自然な動きでドアを蹴破った。

 中には小太りの男が一人机に向き合っている。小太りの男はリュージの姿に驚いて叫んだ。



 「な、なんだ貴様は!?」

 「聞きたいことがある」

 「くそ!下の階にいた奴らは何をやってるんだ!」

 「全員帰った、今頃再就職先でも探してる頃だろうよ」

 「ふ、ふざけるな!このぉ!!」



 男は机の影から他の男たちが使っていたものよりも巨大なクロスボウを取り出した。

 見れば矢の代わりに拳よりも大きな鉄球がセットしてある。射程は落ちるが威力は驚異的なものになるだろう。



 「ふ、ふふふ!どんな手を使って忍び込んだのかは知らんがのこのこと現れたのが運の尽きだったな!」

 「……チッ、面倒だな」

 「何を余裕ぶってるんだ!もうお前の命は俺の指先に掛かってるんだぞ!少しは命乞いでもしてみろこの愚図がぁ!」

 「お遊びに付き合ってやってる暇はねえんだ。撃ちてえならさっさとやれ」

 「この野郎!そんなに死にてえならお望みどおりにしてやらあ!!」



 男の指が引き金にかかった瞬間、リュージは再びその身に銀色の輝きを帯びた。

 強化された感覚が高速で飛来する鉄球を捉える。

 寸分たがわず頭に向かって飛んできたその鉄球に向かって、頭を振りかぶった。

 人体に当たったとは思えない音をたてて、鉄球と額が激突する。



 鉄球は砕け散って地面に落ちて行った。



 「……流石にちょっと響いたぞ」

 「はぇ?」



 小太りの男は目の前の光景が理解できないのか素っ頓狂な声をだす。

 それでも首を回して調子を確かめているリュージを見て徐々に状況を理解したのか、青ざめて腰を抜かした。



 「ひぇ!あ、だ、ば、化け物!」

 「本物の化け物と戦ってる身としちゃあんなのと一緒にされんのは心外だ……気がすんだなら質問に答えろ」

 「し、質問?」

 「フィリーネ・ドゥーゼ」



 その名前を出した途端、男は一瞬視線をリュージから逸らした。



 「聞き覚えがあるみたいだな」

 「し、知らん!そんな名前の奴は知らん!」

 「今更恍けんじゃねえ、イナセとフィリーネを襲ったのはここの連中だ違うか!」



 リュージは男のすぐ傍まで移動するとその胸倉を掴んで強引に持ち上げた。

 男はじたばたと手足を動かして抵抗するが抵抗にもなってない。

 リュージは眼光鋭く男を睨みつけると地獄から這い上がってきた鬼のような声で怒鳴った。



 「言え!知ってること全部だ!」

 「そ。そうだ、そうだよ!あの女を攫いに行ったのはうちの若いのだ!」

 「何が目的だった!」

 「仕事だよ仕事!女一人攫うなんて簡単な仕事なのに報酬が馬鹿みたいに良かったから引き受けたんだ!」

 「……イナセを狙ったのは何でだ?」

 「イナセ?ああ、あのガキか、あれはあいつ等が間違えただけだ、あのバカ共二人暮らしだって教えといてやったのに確認もせずに攫おうとしやがった」



 まさかラフィの推測が答えだったとは、呆れてものも言えなかった。

 イナセは本当に間違えられただけだったみたいだ。まあそのおかげで自分たちはここにいるのだと考えると巡りあわせとは不思議なものだ。

 場違いにも浮かびそうになる笑みを抑えて、リュージはとうとう核心に踏み込んだ。



 「聞かせてもらおうか、誰に頼まれた?」

 「誰に?誰に、あ、あ、ああ、あああああああああああああああああああああああ!!!……は、は、はははははははは!!」



 急に叫んだかと思えば狂ったように笑い始める男、その瞳に冷静さはなくただただどす黒い何かが渦巻いていた。

 狂気なんて大層なものではない。

 これは、ただの自暴自棄だ。

 眉を潜めるリュージに向かって男は狂った笑みのまま、場違いに陽気な態度で語る。



 「そうだ、そうだよ!どうせもう駄目なんだ。こんなことになっちまったら、もう誰一人助からないんだよ」

 「っ……何言ってんだ、いいから早く誰に頼まれたか言え!」

 「どうせ助からねんだから、お前も道連れだよ」



 男は虚ろな目のままポケットから何かを取り出した。

 それは、一見リュージにはとても見覚えのある代物で――。



 「ジャンクスピリット!?」

 「あぁ?なんだそりゃ」



 男の心底不思議そうな声に、改めて見てみれば自分の知るそれとは明らかに違った。

 形こそ一緒だがあの不気味な輝きはなりを潜めている。代わりに内側で炎が燃え盛っているような赤色に輝いていた。



 「これはな、最近アルド(東の)大陸で出回ってる『魔石』って呼ばれる物だ。なんとぶつけた魔法を一発だけ中に封じ込めることができるんだよ凄いだろ!」

 「……そうか、それがヴィートが言ってた」

 「ああ……そうかあいつらが言ってた邪魔してきた連中ってのはお前のことだったのか、じゃあ見たはずだなこれの威力を」



 正確にはリュージは見ていない。

 だがヴィートの怪我の様子から相当な威力があるのは知っている。

 リュージの顔を見て男はなおも愉快そうに語った。



 「そこで面白いこと教えてやる、あれはな魔石のなかでも一番威力が低い安物だ」

 「なに?」

 「そこで問題だ、俺が今持っているこれは、あれの何倍の値段でしょうか?」

 「……止めろ、死にてえのか」

 「だから、どうせ死ぬんだよ!俺も!お前もなぁ!!」



 男が三角錐の先端を折る。

 刹那、男の手首があらぬ方向を向いた。

 リュージが凄まじい勢いで魔石を奪った結果、腕が耐え切れなかったのだ。気の毒だがそこまで気にする余裕はない。

 魔石を奪ったリュージは、悲鳴をあげる男を無視して近場にあった窓を突き破って空に飛び出した。

 空中で強引に体を捻って仰向けになってリュージは、手の中で温度を増していくその石を力の限りに上空に投げ飛ばした。



 魔石はまっすぐな軌跡を描き目にもとまらぬ速さで空高く上がっていく。

 その高さが周囲の建物の高さを超え、並ぶものが何もなくなる。





 見計らったように、轟音ととも空に真っ赤な炎が咲き乱れた。






 凄まじい爆発音が周囲に響き渡った。

 あれだけの高さに投げ飛ばしと言うのに爆風がリュージの体を襲い、その身を地面に叩きつける。

 濛々と舞う土煙りの中、スーツに着いた汚れを払う不機嫌なリュージの姿がそこにはあった。



 「……被害は、出てないか」



 とりあえず一安心だ。

 流石にもうこれ以上の切り札はないはずだ。そう信じたい。

 今度こそ中に戻って話を聞きに行こう。

 あと確実に手首を折ってしまったので全部終わったら病院にでも連れてってやろう。

 そうやって建物の中に戻ろうとしたその時だった。

 複数の足音がリュージへと向かってきたのは。



 最初にリュージに聞こえたのはその内の一つだけ、軽くて速い足音だ。



 「旦那!?大丈夫かよ!」

 「イナセか、見ての通り服が汚れちまってな」

 「……つまり無事ってことだな」

 「無事なもんかよ、これ一着しかねえんだぞ」

 「はぁ、焦ってきて損したぜ……で、さっきの爆発は何だったんだよ」

 「ああ、ちょうどそのことも含めて話聞きに行くところだ。お前も一緒に――」



 肩を落としているイナセに事情を説明しようと口を開いたリュージは、二つの足音を聞いた。

 たくさん足音を聞いた。



 「あそこだ!!」

 「くっ!遅かったか!半分はこのまま犯人確保に!半分は周辺の被害状況を調べろ!」



 イナセが走ってきたのとは逆方向から、いく人もの騎士たちがこちらに駆けてきた。

 その先頭に立つ年配の騎士はリュージの目の前に立つと安心して胸を撫で下ろした。



 「良かった!ご無事だったんですね」

 「無事?なんのことだ、随分来るのが早かったみたいだが」

 「当然です!あなたのお仲間のシスターが血相変えて飛び込んできたんですよ!それで?爆発を起こした奴はどこに!」

 「……またあいつ何かしやがったな」



 誰にも聞けないように口の中だけで呟きを消す。

 ラフィが何をしたのかは知らないが、結果として非常に困ることになった。

 素直に全てを伝えれば魔石を使った男は騎士団に連れて行かれてしまう。

 リュージ達が話を聞く時間は限りなくゼロに近くなるだろう。

 だからと言って誤魔化すかと言われれば、そんな器用な真似が出来ないことくらい自覚しているし何より――。



 「どうしたんですか!早く教えてください!あの規模の魔法が使える人間が犯罪者側にいるなんて悪夢そのものなんです!早く捕らえなければ都市がどうなるか分からない!」



 血相を変えて詰問する騎士。

 彼らの思いももっともだ。一定水準以上の魔素保有量(インベントリ)があれば騎士団か教会への所属が義務化されるこの世界において、あんな爆発を起こせる人間が野放しにされているというのは稀に見る異常事態だ。

 騎士たちの必死な様子に隠すことは不可能だと諦めたリュージは正直に白状した。

 話を聞き終えた年配の騎士が顎に手を当てて考え込む。



 「『魔石』ですか、聞いたこともありませんな。とにかくその男の持っている情報は貴重です。すぐにでも連行を――」

 「待ってくれ、俺はそいつにどうしても聞かなくちゃいけないことがあるんだ。中に入るなら俺も連れて行ってくれないか」

 「それはできません、あまりにも危険だ」

 「自分の身は自分で守る、何かあっても俺の責任にしてくれて構わない」

 「申し訳ないがそう言う問題では――」



 予想どおりの反応に歯噛みしてしまう。

 それでも簡単に引くわけにはいかない。フィリーネの命運がかかっているのだ。

 何とか説得できないかと頭を回転させるリュージの耳に三度足音が飛び込んできた。ついでに自分を呼ぶ声も――。

 騎士団の後方から向かってくるのは緑の服の少年。

 少年は騎士団の邪魔にならないように道の端っこを通りながらリュージもの途へやってきた。



 「リュージさん!イナセちゃんも」

 「ヴィートか、そっちはどうだった?」

 「それは十分に話聞けました……ってそれより何があったんですか今の爆発!」

 「ああ、それは後で説明する、それよりもいい所に来てくれたな」

 「ええ?」



 リュージはヴィートの肩を持つと前に押し出しながら言った。



 「ほら、ブロックスの騎士も一緒、俺の仲間だ。こいつも連れていく、それなら良いだろ」

 「……良くはないんですが、諦めてくれそうにありませんな。できる限り私たちから離れないように、あとそんなに長話をする時間は上げられませんよ?」

 「構わない、恩にきる」



 中に踏み込んでいく数人の騎士に続いて中に入る。

 各階にいた男たちは奇麗さっぱりいなくなっていた。

 冗談のつもりで言ったのだが本当に全員逃げていたらしい。

 そこまで恐れられると流石に複雑な気持ちになる。

 何事もなく最上階に着くころには、ヴィートとイナセへの説明も終わっていた。



 「そ、それじゃあこの先にいる奴が全部知ってるかも知れねぇんだな」

 「ああ」

 「うまくいけばこれで全部解決ですよ!良かったねイナセちゃん!」

 「ああ、ああそうだな!これでフィリーネの疑いも――」

 「……そう簡単に進めばいいけどな」



 舞い上がる二人に水を差すようで悪いが、リュージの胸中には言葉にしがたい予感のようなものが湧きあがっていた。



 「ど、どういう意味ですか?だってその人に雇い主を聞けば一件落着でしょう?時間はかかるかもしれないけどきっと――」



 ヴィートが疑問を言い終わる前に一同は扉の前にたどり着いた。

 先頭に立つ騎士がドアノブに手をやると周囲の二、三人に目で合図を送る。

 彼らは手際よく扉の傍で突入周囲やすいように配置を変えると、呼吸を整えてから部屋に飛び込んだ。



 中では男がうつぶせに倒れていた。



 「え……?」



 イナセかヴィートか、どちらかの口から隠しきれない動揺が声となって漏れた。

 真っ先に正気に戻ったのは何かを予感していたリュージ。

 リュージは急いで男に駆け寄るとその体に触れた。

 体温は低くなっているもののまだ感じられるし脈もある。

 リュージは男を仰向けに治した。

 男の様子は酷いものだった。顔色は青く、唇は紫とも黒ともいえない色に変色し、口の端からは泡を吹いている。

 明らかに尋常ではない。



 遅れて我に返った騎士たちもこの惨状にはどうしていいのか分からずにおろおろとしている。

 そんな中年配の騎士だけは冷静に慌てている騎士たちに指示を飛ばした。



 「おい何をしている!早く治療師を呼んで来い!」

 「その必要はないわよ」



 聞き覚えのある声にリュージは振り返らずに声をかけた。



 「言いたいことはいろいろあるが、とりあえず最高のタイミングだ」

 「でしょ?外さない女って言われてるからね」

 「ラフィさん!」

 「姐さん!」



 同時に自分を呼ぶヴィートとイナセに手を振りながら、ラフィはリュージの傍で屈んだ。

 そして痙攣している男の額に手を当てて目を閉じる。

 その手が輝きを放つと同時に男の呼吸が少し落ち着いた気がした。

 対してラフィは不機嫌そうに柳眉をつり上げる。



 「リュージ、一応聞いとくけどこいつから何か情報を搾り取るつもり?」

 「搾り取るって……まあそうだな」

 「そう、じゃあ残念なお知らせだけどそれは不可能よ」

 「どういうことだ」

 「相当強力な毒を飲んでる。死なないようにはできるけど、当分の間目は覚まさないでしょうね」

 「そんな!なんとかならねぇのかよ!」

 「ごめんねイナセ……」

 「……いや、まだあいつがいた!」



 落ち込んで俯いていたイナセがハッと顔を上げた。

 そしてポケットから小さなケースを取り出すと中から小さな紙を一枚取り出した。

 ヴィートが横からそれを覗き込む。



 「それ……名刺?いったい誰の」

 「これはフィリーネを監視してた奴のだ!」

 「監視!?監視ってどういうこと!?」

 「詳しくは聞いてねぇけど、誰かに頼まれてフィリーネを監視してたって、あいつに話を聞けばきっとまだ何か手がかりが――」



 何とか希望を繋げようとするイナセ。

 その姿は非常に健気でひたむきだった。

 だがそんな頑張りは無駄だと嘲うように事態は進行する。

 一人の騎士が部屋に飛び込んできた。



 「大変です!」

 「どうした!まだ何か起こったのか!」

 「はい、酷い怪我を負って倒れている男性がいました!意識もなく非常に危険な状態です!今一人が治療師を呼びに行きました」

 「お、おいアンタ!その男ってどんな奴だ!?」

 「な、何だい君は――」

 「いいから教えてくれよ!特徴だけでいいから!」



 イナセの剣幕に圧されるまま、騎士は自分が見た男の特徴を語り始める。そうして騎士たちは話を終えると部屋にいた仲間を連れて何処かへ消えた。

 これだけ立て続けに事件が起きているせいで一か所に留まる時間がないのだろう。

 話を聞き終えたイナセは、騎士がいなくなると同時にフラフラと揺れてその場に倒れそうになった。

 


 「イナセちゃん!しっかり!」



 寸でのところで倒れる前にヴィートがその小さな体を支える。

 しかしそのヴィートの呼びかけもイナセには届いていないようだった。

 やったことは全て無駄だったのか。

 フィリーネを助けることは自分には不可能なのか。

 頭の中をグルグルと回る不安が急速に膨れ上がり、少女の小さな体を押しつぶそうとしていた。

 無力感と徒労感で立つことさえできない。



 「もう、もう無理だよ。これ以上どうすればいいってんだ、どだいアタシなんかにどうにかできることじゃなかったんだ……」

 「無理だと思うなら諦めるか?」



 リュージは振り返りもせず、淡々とそう告げた。

 イナセは勢いよく顔をあげると信じられないものを見る目をリュージに向けた。

 イナセを支えたままヴィートが言う。



 「ちょ、ちょっとリュージさん、何言ってるんですか!」

 「今イナセに聞いてんだ、どうするんだ?」

 「アタシは――」

 「きっとフィリーネは怒りはしないだろうな、ここまで一生懸命やったお前に感謝だってするだろう」

 「……」

 「諦めたって誰も文句は言わない」

 「……だ」

 「聞こえねえ」

 「……ゃだ」

 「聞こえねえよ!」

 「嫌だ!」



 張り上げた声が空気を震わせる。

 叫んだ本人は帽子を投げ捨てると真紅の瞳でリュージを睨みつけてなおも叫ぶ。



 「いやだいやだいやだ!!諦めんのは絶対に嫌だ!アタシはフィリーネを、友達を助けるんだ!!このくらいの手詰まりで諦めたくない!」



 言い終わって肩で呼吸をする少女にリュージは小さく微笑んだ。

 


 「……お前の言う通りだ。立ち止まってる暇なんかねえ、それに立ち止まる理由もねえ」



 リュージは立ち上がるとイナセのすぐ傍まで行き、その頭に大きな掌を置いた。



 「イナセ、お前一人で現実に立ち向かってるわけじゃないだろ。俺もラフィも、ヴィートもいる。今日一日あいつらだって遊んでたわけじゃないんだ。そうだろ?」

 「はい!」

 「勿論よ」

 「みんな……」

 「諦めるのは早すぎる。とりあえず全員が掴んできた情報をまとめるんだ」



 宿に帰ったらという話だったが、偶然にもここにこうして揃い都合良く騎士たちはいなくなっている。

 だったら作業と同時進行で行うのが効率的だ。

 ヴィートがおずおずと手を挙げると口火を切った。



 「えっと、じゃあ僕から話しますね」



 この場のだれ一人として諦めてなどいない。

 たとえ一見八方ふさがりな現実のなかでも、たとえ頑張りが届かない世界のなかでも、決して諦めずに歩みを止めない限りは道は続いていく。

 どこにたどり着くかなんてどうでもいい。そんなこと考えたって栓のないことだ。

 言えることはただ一つだけ――。

 辿りつけるのは、足掻き続けた者だけだ。



 「――報告はこれで全部か……ラフィ、どうだ?」

 「あら丸投げ?」

 「情けねえけど俺たちのなかで頭使って真実を導き出せるのはお前くらいだ」

 「そこまで行くと清々しいわね」



 ラフィはカラカラと笑っていたかと思うと急に真面目な表情に戻った。

 そして「いつまで肩持ってんだこのむっつり!」とイナセに手を払われてあたふたとしているヴィートに問いかけた。



 「ヴィート、あなたの話一字一句間違えてない自信ある?」

 「……あります、だってラフィさんがわざわざメモまで渡してくれたじゃないですか、忘れないうちに会話の内容も全部書きとめましたから」

 「なーるほどね……」



 こめかみを指で叩きながらラフィは長考の姿勢に入っていた。

 リュージは知っている。

 ラフィはいつもはただの飲んだくれシスターだが、ここぞというときは非常に頼りになる存在だということを。

 信じて待つこと数分、ラフィが口を開く。



 「ねぇリュージ」



 リュージは緊張の面持ちでそれに答えた。



 「おう、どうした」



 ラフィは真剣そのものな顔でこう言った。



 「今晩飲みにいきましょうか」


裏設定No.013

 治療師

  治癒魔法を得意とする教会関係者を治療のみを目的として呼ぶ際に用いる名称。

  信仰を広め、深めることを信条とする彼らの中にはこの呼ばれ方をひどく嫌うものもいるので使う際には注意が必要である



 あ、ナンバーは適当です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ