アルカディアの25
「ブルーノ!見てくれこれならいけるはずだ!」
「ああ?どれ……お前また無茶苦茶を、これじゃ耐久力に難がありすぎる」
「そこは大丈夫だ、ほら三枚目見てみろって!」
紙束とにらめっこしている二人は製図室の扉が開いたことにも気付かない。
現れたのは二十歳を超えたばかりのナディヤ、彼女は部屋の散らかりようを見て溜息をひとつ零すと手に持ったトレイを落とさないようにゆっくりと机の前まで来た。
「――ていうことで実現可能だと思うんだ!」
「……ああそうだな、これならいける、もう時間がない早速――」
「ほら二人とも!食事くらい取ってください!いい加減にしないと倒れますよ!」
「うわ、ナディヤだ」
「うわとは何ですかうわとは!もう!ブルーノさんもしっかり食べないと!」
「悪いな、忘れてたよ、少し熱中し過ぎたか」
「少しじゃないですよ、お二人が急ぐ気持ちは分かりますけど、そのために二人が倒れたら元も子もないんですから」
母親に説教された子供のように、男二人はばつの悪そうな顔で頭を掻いた。
実際は十も年下の相手はわけだが。
オットナーは口元に手を当てて咳払いを一つすると、急に真面目な顔になった。
「確かに自分の身を省みることも大切だ、でも君も言ったとおりこの件については急がなくてはならない、人の命がかかっているからね」
「オットナーさん……」
「分かってくれたかい?」
「それとこれとは話が別です」
「おぉっと」
おどけた仕草で肩をすくめるオットナーに、くすくすと笑いをこぼしながらナディヤは部屋から出て行った。
ゆるやかに手を振ってそれを見送るオットナー。
扉が閉まると同時にブルーノが話しかけた。
「それで?あっちの方はどうなってるんだ」
「まだ、どれくらいかかるのか分からない」
「あんまり口うるさく言いたくはないがもう時間がないぞ。なにせ初めての試みだ。何年かかるか分からん」
「分かってる、分かってるよ、俺だって分かってるんだ、小さいとは言え川を塞き止めようっていうんだ。時間がかかるのは百も承知さ」
そう、この時二人が考えていたのは川の氾濫を抑える建築物についてだった。
この時期アルカディア近辺の村は数年間増え続ける雨量によって、従来の土嚢だけでは抑えきれず、毎年のように氾濫の危機を迎えていた。
そんな危機に立ちあがったのが二人の会社だった。
中堅ながらも腕の良い職人たちを集めたオットナーの会社は、川の氾濫を抑えるため、新たな何か――コンクリート製の堤防――を作ろうと画策し、それもあと一歩のところまで漕ぎつけていた。
だが残り少ない障害が、それを阻み続けていた。
「協力者は、まだ見つからないのか」
「ああ全然だよ、くそ!あいつら、金金金金そればっかりだ!人の命がかかってるって言うのに!都市の上層部の奴らもだ!」
満足に報酬を払うことができない村からの依頼、ほとんどボランティアになってしまうこの計画に快く乗ってくれる者などいなかった。
ならばせめてと、近辺の村の住人をアルカディア内に避難させるように都市に掛け合っているのだが、そちらも反応が鈍い。
怒りに震えるオットナーを、ブルーノが宥める。
「落ち着け、それなら尚のこと急がなきゃならないだろう、それでもう片方は?」
「そっちも、目途が立たない」
「なぁ、本当に必要なのかその――」
「著作権、連盟で作られたばかりの考えだからな、良く分らないのも仕方ない。だが必要だ。特にうちみたいな発想で戦うタイプの会社には」
当時、連盟法によって誕生した著作権、しかしそれは建築物に適用されてなかった。
小さい会社がどれだけすぐれたアイデアを創作しても、もっと人数がいて腕のいい職人が揃っている会社に奪われる。
オットナーはそんな現状を打破すべく、連盟本部に掛け合っている最中だった。
「今回作るものは今までにない画期的なものになるんだ、この権利を主張できるようになればうちの会社もさらに成長することができる」
「人命優先なんじゃなかったのか」
「……そうだな、矛盾したこと言ってるよ。でもうちだって慈善事業じゃない、このままじゃいつか潰れちゃうんだ」
「だが――」
「もう少し、もう少しだけ待ってくれよ、今年中に無理だったら諦める」
「……今すぐ動くべきだ、とは言っておくぞ」
「ありがとう、きっと上手く運ぶさ。俺とお前が揃えばなんだってできるんだ。なんたって黄金コンビだからな」
「町の連中が勝手に行ってるお遊びに付き合ってんじゃねえよ」
お互いに対する信頼がそこには確かにあった。
オットナーは村々のため、会社のために必死に動き続けた。
ブルーノもただ待っていることはせず、自分にできることをこなした。
そして一年の時が過ぎる頃には、オットナーは宣言通り建築物に対する著作権をアルカディアに認めさせた。
約束を確かに果たしたのだ。
ただ一つ誤算があるとすれば――。
――その年凄まじい豪雨がアルカディア付近に襲いかかったこと。
ブルーノが部屋に入ってきた時、オットナーは窓から外を眺めていた。
静かに近づいてくる足音に、オットナーが口を開いた。
「今回のことは、運が悪かったんだ」
「言いたいことはそれだけか」
「それ以外何を言えばいい?タイムリミットは一年しか無かったんだぞ?言っておくが去年から始めたって間に合う訳なかったんだ!」
「……」
「幸いにも今回流された村は一つだけだ、他の村はこれから――」
ぴくりと動いたブルーノの眉に、オットナーは気付けなかった。
「幸いにも、だと?」
「ああだってそうだろう、あれだけの雨が降って被害は一つだけ――」
「ふざけてるのか!何人死んだと思っている!?」
「それは俺のせいじゃないだろう!?こんなこと誰にも予想できなかったじゃないか、それとも何か、お前は分かってたとでも言うのかよ!」
「ずっと言ってただろう、今すぐ始めるべきだと俺はずっと言ってたじゃないか!始めさえすれば住人を一時的に他の村に移すことだってできたかもしれない!」
「できなかったよ!俺たちが工事にかかれるのは一回に着き一つの村が限界だ!去年の内からどの村が沈むのか予想してそこからとりかかれば良かったってか!できるわけねえだろ!」
「それでも――」
そして決定的な一言を、ブルーノは言った。
「それでもお前が会社の利益なんかに固執しなけりゃ、何か変わったかもしれないだろ!!」
オットナーの顔から血の気が引いた。
目は血走り、体はぶるぶると震え、血が滲むほどに手を握りしめる。
そして叫んだ。
「俺が自分の金のためだけに、必死だったって、お前はそう言うのかよ!」
あまりの剣幕に、ブルーノは一瞬怯む。
その間にもオットナーは止まらなかった。
止められなかった。
「俺はこの都市の未来と、うちの従業員たちのことを考えて頑張ったんだ!いい加減大人になれよ!昔みたいに数えられる人数で工作してるんじゃないんだ!俺の行いで何人も路頭に迷うことになるんだよ!たかだか数十人が流されたからって何だってんだ!自分たちの生活のこと考えて何が悪いんだよぉ!!!」
そうやってオットナーは全てを吐きだした。
息を荒げるオットナーが顔をあげると、そこには誰よりもよく見てきた顔の、一回も見たことない顔があった。
「それで全部か」
「お、俺は――」
「オットナー、きっと俺もお前も器じゃなかったんだよ、こんなでかい集まりのさ」
「おい!どこに行くんだよブルーノ!」
「今まで楽しかった、だけどもうお前とはやっていけそうにない」
「……待てよ、待ってくれよ、一緒に背負ってくれねえのかよぉ」
「じゃあな」
「待てよ、待てよブルーノォオオォォォオオオォ!!」
閉じられた扉の向こう側からは、いつまでも声が聞こえていた。
泣きわめく子供のような、地獄への道連れを探す亡者のような、その一切を振り切って、ブルーノは出て行った。
それ以降ブルーノとオットナーが直接顔を合わせることは唯の一度もなかった。
ブルーノはオットナーの息がかかった計画に乗るのは極端に嫌がったし、逆もまた然りだった。
もう二度と彼らが互いのアイデアに乗ることはない、決別するとはそういうことなのだから――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
現代
ヴィートは製図室の扉を背に大きくため息をついた。
緊張から解放された安堵もあったが、同じくらい聞いてしまった話で胸につっかえてしまったものを吐き出したいという気持ちもあった。
「お疲れ様でした、聞きたいことは聞けましたか?」
「あ、はいなんとか」
本当に待っていてくれたらしい、結構長時間話していたのに仕事の方は大丈夫なのだろうか。
ヴィートの視線は気にせず、スヴェンが静かに言った。
「一応言っておきますけど、そんな男たちこの部屋には来ませんでしたよ」
「えっあっ、もしかして、聞こえてました?」
「ところどころですが……この部屋の芳香剤は市販品です、それだけで決めてかかるのは厳しいでしょう」
「ですよね、分かってはいたんですけど、でもおかげでブルーノさんは無関係だって確信しました」
形になる祥子はないが、目の前で話を聞いていた自分にはよく分かる。
あの表情で言っていることが嘘だと言うのなら正直お手上げだ。
ブルーノがオットナーに対して盗みを働くことはあり得ないだろう。関わることさえ忌避しているのだ。
「急に来たのにいろいろありがとうございました、帰ります」
「そうですか、では玄関まで」
「いやいや!もう大丈夫ですよ、これ以上お仕事の邪魔するわけにはいかないですし」
「そうですか、ではお言葉に甘えて、これで」
遠ざかっていくスヴェンの背中に深々と頭を下げてから、ヴィートは玄関に向かって歩き出した。
歩きながらそう言えばとポケットを探る。
「これラフィさんに渡されてたな」
とりだした紙と鉛筆を手に何かを書き込みながら移動する。
「えぇと、どうだったかな」
ぶつぶつ呟いているうちにいつの間にか入口の前だ。
扉に手をかけて外に出ると空は少しずつ夕方に向かっていた。
とりあえず一旦宿に戻るかとポケットに紙をしまい込んだその瞬間だった。
轟音とともに空に真っ赤な炎が咲き乱れた。
「な、な、な、なんだあれぇ!?」
ここからは少し遠いところだが、位置的には大通り中央ビルの近くだ。
それでもここまで聞こえてくるほどの爆発。
何が何だか分からないままヴィートは駆け出した。
ただ誰かが怪我をしていたら助けなければという使命感のようなものを胸に。




