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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
73/165

アルカディアの18

三話連続投稿です。

 「ほら、持って来たぜ」

 「ありがとうイナセちゃん」

 「……ホントお前は何度言ったら――はぁ、もういい」

 「悪いなイナセ、さっきから何度も」



 いつからか、誰かのグラスが空になると率先して追加をもらいに行くイナセに、リュージは礼を言った。

 イナセはそんなことでいちいち礼を云われるのも面倒だとでも言いたげに右手をひらひらと振った。



 用事があるからとフィリーネが場を後にしてから、かれこれ二時間だ経過した。腕時計を見ればいつの間にか日付が変わっている、ここまで長く続いているのは初めてのことだ。

 フィリーネとラフィが予想以上に気があったのもそうだが、最大の理由は目の前に腰かけるイナセにある。



 「今日はずいぶん遅いね、フィリーネさんと住んでるんでしょ?こんな時間までここにいて大丈夫?」

 「ん?ああ、あいつなら今日は朝まで戻らねぇよ、だから大丈夫」



 いつもはこの飲み会、イナセが家に帰るのを合図にお開きとなっていた。今日の――今日は既に終わっているのだが――飲み会が終わらないのは、イナセが帰ろうとしないからだ。

 この場にいる四人のなかでも、ラフィは珍しく疲れたのか、机に右頬を押し付けて寝ていた。寝息すら聞こえない、普段のハチャメチャな様子からは想像できないほど、静かな寝姿だ。



 このままラフィをここに放置しておくわけにもいかないし、これ以上夜更かしをして明日の活動に支障が出ても困る。

 ただでさえオットナーにどやされたばかりだ、これで飲みつかれて一日パーなんてことになったら、何を言われるか分かったもんじゃない。



 「イナセ、そろそろ――」

 「まぁまてよ旦那、言いたいことは分かる、アタシもそろそろ帰るつもりだったさ」



 言いかけたことを先に言われ、言葉に詰まるリュージ、イナセはそんなリュージの眼前に伸ばした人差し指を突きつけた。それをヴィートの方にも見せながら、イナセは口を開いた。



 「最後に一つ、一つだけ話をさせてくれ、昔話だ、いいだろ?」

 「あ、ああそれは構わねえが」



 どことなく興奮気味のイナセは、小さく呼吸を整えると、口を開いて語り始めた。



 「どっから話そうかな……そうだな、ある一人のクソガキがこのアルカディアにやってきたところからだ」



 突然始まった語りに、リュージとヴィートは困惑しながらも耳を傾ける。イナセは身振り手振りも含めて大げさに話を展開していった。

 誰かさんの昔話とやらを……。



 「まだ十三になるかならねぇかの、ちっぽけなガキさ、なんだってそんなガキが一人でこの都市に来たのかってぇと、何のことはねぇ、家出してきたからだよ」

 「えっ!?それって――」



 ヴィートが驚きに声を上げるのも無理はない。

 世界中が今の都市国家の形で安定してから、都市外に態々出ていく人間は減った。

 アルカディアの大工たちや、ブロックスの騎士など、仕事のために外に出る人間は一定数いるものの、そうでない一般市民ならば一生を生まれた都市で終えるのだって珍しいことではない。



 そんな状態であるからして、どの都市も自らの近辺以外の治安維持などしない、ブロックスなんかは例外中の例外だ。

 つまり都市間移動は結構な危険が伴うのだ、それを十歳の子供が、どこから来たのかはわからないがたった一人で、まともな状況ではないと言い切れてしまう。

 イナセはそんなヴィートの予想どおりなリアクションに、声をあげて笑った。



 「ははは!そりゃ驚くよな、いくらここ何年か平和が続いてるからって、万が一の可能性は捨てらんねぇもんな!」

 「笑い事じゃないよ!なんだってそんな、お父さんもお母さんも心配してるって!」

 「普通ならそうかもな、でも何度も言うけどそいつは家出してきたんだ、親が普通に心配してくれるような家だったら逃げようなんて思わなかったろうぜ。家族は心配なんかしてねぇ。それだけは、断言できる」

 「そんな、そんなこと――」



 温かい家庭で、温かい家族に囲まれて育ったヴィートには何一つ想像できない世界だった。

 親が子を愛し、子もまた親を慕う、それはヴィートにとっては何一つ疑うことのない真実だったからだ。

 イナセはそんなヴィートを見て、頬を弛めた。紛れもなくそれは嘲笑だった。



 「あるんだよ、そういう世界も、お前にゃ一生分からねぇだろうけどな」

 「……」

 「分かる奴には分かる、だろ旦那?」

 「――何で俺に振る?」

 「何でって、自分が一番よく分かってんじゃねぇのか、少なくともあたしには分かるぜ、旦那からは同じような匂いがする、死にたくなるような孤独を味わったことがある奴の目だ」



 頭の中を、風景が駆け巡った。

 真っ暗な部屋、月明かりの身を頼りに生きていた記憶、ただただ心のなかに何もなかった日のこと、全てを諦めていた時に、見ていた風景だ。  

 リュージの忘れられないもの――。

 リュージは小さく頭を振って、内側に充満しそうになった嫌なものを追い出した。



 「半分当たりだ、イナセ」

 「半分?どういうことだよ」

 「確かに俺は孤独を知ってる、知ってるつもりだ、お前のいう孤独ってのと俺の知ってる物が同じならだが」

 「……それが当たってる半分か?ならもう半分はなんだよ」

 「俺は孤独を知ってる、だが、それだけじゃないことも知ってる」



 それがリュージのもう半分、孤独を知るとつい見えなくなってしまうものがある。存在を疑って自分から見えなくしてしまうものがある。それがあると言うことを、リュージは知っている。

 いや、知っていたわけではない、教えてもらったのだ。

 温かいものに触れさせてもらったのだ。



 イナセが息を呑むのが分かった。その後に聞こえたのは歯を食いしばる音、それもまたイナセが発した音。イナセは短く息を吐くと、無理に感情を消したような声で、この話の落ちとも言えない落ちを吐き捨てた。



 「――そいつは知ることができなかった、孤独以外を知ることができなかったんだ、だからアタシは決めたんだ、もう家族はいらない、絆なんて、全部嘘っぱちだ!」



 次第に抑えつけた感情があふれ出てくるのを、イナセは止められなかった。繋がりを否定し、絆を嘘だと言い捨てた少女の言葉には、炎よりも過激な憎悪が込められていた。

 あまりの気迫にヴィートの身がすくむ、何一つ返す言葉がない。

 一方リュージはその憎悪を一身に受け止めながら、毅然とイナセに視線を返した。



 「かもしれねえな、確かなものなんて何一つないもかもしれねえ、繋がりなんて、『繋がってる』って俺が思い込んでるだけなのかもしれねえ……それでも俺は信じてるんだ」

 「信じてるだ?そんなふわふわしたもんをか?似合わねぇぜ」

 「それでもだよ。俺が信じてる限り、俺のなかにある繋がりはなくならないんだ。だから俺は信じる。失くしたくねえもんを持ってるからな」



 数秒、数分、もしかしたら十分以上、二人は黙ってお互いを見ていた。イナセがリュージに言い返すことも、リュージがそれ以上言葉を尽くすこともなかった。

 どれだけの時間が経ったのか、沈黙を打ち破ったのは、おろおろとことの成行きを見守ることしかできなかったヴィートだった。



 正確には、ヴィートが急に机に突っ伏す形で倒れたからだった。



 「ヴィート!?どうしたんだ!」



 リュージは慌ててヴィートに手を伸ばそうとする、が、突如として視界がぼやけ始めた。

 前触れない体の異常に、リュージは戸惑う、戸惑っているうちに体から力が抜けて、リュージも同じように机に頭を預けた。



 「何が……」

 「やっと効いてきたみたいだな、旦那が丈夫なのはみりゃ分かるけど、ヴィートがここまで粘るってのは予想外だったぜ」



 事もなげに言い放つイナセを見て、リュージは合点がいった。

 何で今日に限って遅くまでいたのか、何で急に身の上話を始めたのか、全ては、時間稼ぎだったようだ。

 朦朧とする意識で、リュージは口の内側を思い切り噛んで意識を保とうとしたが、無駄なあがきでしか無い。



 「恨むんならフィリーネを恨めよ、あいつが余計なことばっか言うから、アタシは――」

 「聞い、て、たのか」

 「アタシの夢だ?酔っ払った時に口からデタラメ言ったのをまだ真に受けてんのかあいつは……」



 そういえば、そんな話を最後のほうにちらっとした。

 イナセには夢があるらしいと、聞きたければ本人に直接聞けばいい、フィリーネはそう言ったが、リュージはそんなに気にしていなかった。

 だが、どこからか話を聞いていたイナセには、こんな行動を決意させる程の事だったのだ。



 どんな夢だったのかは分からない、今となっては……。



 「とりあえず有り金は貰ってくぜ、悪く思うなよ、生きてかなくちゃいけねんだ」

 「……待て、イナセ」

 「のんびり茶でも飲んで帰れってか?残念だけど、おかげさんでもう腹いっぱいだ」

 「……俺も、ラフィも、ヴィートも、きっと、信じてるぞ、お前との、繋がりを」

 「そりゃあんたらだけだ」



 冷たい声が、頭に振ってきた。

 いろんなものを、拒絶する声だ。

 リュージは最後の力を振り絞って、顔を上げた。帽子をとったイナセの顔が見えた。

 その顔を見て、リュージは力なく呟いた。



 「……親近感湧くな、顔で嘘がつけねえ奴とはよ」



 その言葉を最後に、リュージの意識は途切れた。

 その場に残されたのは、独りの少女、少女は手に入れた財布を懐にしまい込むと、肩を震わせた。その震えが大きくなる前に、少女はその場から逃げだした。



 扉のしまる音は、酷く軽く、そのくせ悲しい音だった。

 ハサミで糸を切ったような、軽くて悲しい音だった。


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