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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
71/165

アルカディアの16

 たいへん長らくお待たせしました(はたして待ってくれている人はいるんだろうか問題)

 お待たせしてしまった代わりにアルカディア編は書き終えたので、ここから毎日投稿になります!

 あのよく分らない三人組と夕飯を共にするようになって早くも十日近くたったのかと、流れる時の早いこと。

 そして今日もまた同じ時間同じ道のりで、イナセは三人が泊まる宿屋に向かっていた。今日は何を食べようかと口の端から涎を垂らしながら、意気揚々と向かっているイナセだが、今日は一つだけいつもと違う点があった。



 「あぁもう!涎が、きったないわねぇ、ほら、じっとして!拭くから」

 「やめろよ!ハンカチくらい自分で持ってるから、やめろ、やめろってば!」



 隣を歩くフィリーネが、イナセの頭を抑えつけて涎を拭き取ろうとする。まるで我が子への接し方だ。冗談じゃない、年齢的には精々年の離れた姉妹程度のものだ。にも関わらずフィリーネのイナセへの接し方は、傍から見れば過保護といっても決して過言ではなかった。

 イナセは必死にフィリーネを振りほどくと、ずれた帽子を直しながら慌てて距離をとった。



 「もう!そんなにアタシを子供扱いしてぇのかよ!」

 「子供なんだから子供扱いするに決まってるでしょ、それでなくてもあんたはやること為すこと全部危なっかしいんだから」

 「うっせぇ、ナリはこんなでも色々修羅場くぐってきてんだよ、お前より人生経験豊富だってんだ、心配される程でもねぇや」



 歯を剝き出しにして身構えている様子は、猫が威嚇しているのと大差ない。それも背丈だけ見ればまだ子猫だ。

 やれやれと肩をすくめるフィリーネ、イナセはこのルームメイトの母親面は、体がむず痒くなるから苦手だった。



 「だいたい何で今日に限ってついてくるなんて……今まで無視しっぱなしだったじゃねぇか」

 「旅人なんてすぐに出ていくと思ってたからよ、こんな時だし」

 「こんな時?」

 「だって近頃いろいろおかしいでしょ」



  確かに最近のアルカディアはおかしい、非常事態といってもいい。

 何せ都市から出ることも、都市に入ることもできないのだ。いつからこの状態が始まったのか、誰も思い出せない、それでも二週間前には外からの仕事で帰ってきた者がいるので、つい最近なのは間違いない。



 他の都市ならばもう少し気付かれるのが遅れたかもしれないが、生憎アルカディアは他の都市に比べて人の出入りが多い珍しい都市だ。

 最近では親方に直談判しようと試みて入口で追い返される住民の姿がよく見られる。

 巷ではとうとう親方がおかしくなったともっぱらの噂だ。

 当の親方はこの件に関して終始沈黙を貫いているが、今のままでは住民が団結して解職請求(リコール)を出すのも時間の問題だ。



 そんなこと盗人暮らしのイナセには何の興味もわかない話題でしかないが――。



 「まぁルームメイトが十日もお世話になってたら挨拶に行くのが筋ってもんでしょ」

 「どこの筋通りゃそこにたどり着くんだよ……」



 ルームメイトとはそこまで深い繋がりだっただろうか、というかイナセはルームメイトという名称は嫌いだ。フィリーネがその単語を気に入ったので仕方なく使ってはいるが、本当ならもっと、居候とか、ドライな言葉で関係性を表したい。



 「それに、きっとまだしばらくの間はお世話になると思うから」

 「あぁ?なんで?」

 「なんでも!絶対そうなるから――」

 「わけわかんねぇ……」



 フィリーネの発言に対して、そっぽを向いて鼻で笑っていたイナセは、フィリーネの表情が一瞬物憂げなものになったことに気づけなかった。

 次にイナセが視線を戻した時には、もういつもどおりのフィリーネだった。口を楽しげに歪めて、今から会う面々を思い浮かべているようだ。



 「先週会ったのがブロックスの騎士のヴィートくん、お酒大好きシスターがラフィさん、あと、えっともう一人は――」

 「リュージ、リュージの旦那だよ」

 「そうそうその人、何か覚え辛い名前ねぇ」

 「相当遠いところから来てるらしいからな、都市じゃなくて村なんじゃねぇか?」

 「かもしれないわねぇ」

 「ま、見れば一発で分かるよ、一番忘れらんない人だし」



 あまり見なれない服装もそうだが、あの人を射殺せそうな眼力は慣れてないと怯むほどのものだ。

 本人は痛く気にしているらしいが、人生の少なくない時間を暴力的な世界で過ごさざるを得なかったイナセからすると羨ましいものだ。

 低い身長もそうだが、帽子をとった時の自分の顔に、迫力のかけらもないことを、イナセは自覚していた。

 おかげでどこに行っても苦労させられたものだ。



 「楽しみねぇ、プライベートで人と一緒に食べるなんて久しぶりだわ」

 「何言ってんだ、ここ最近毎日じゃねぇか、今日は『あの人』とはあわねぇのかよ?」

 「……今日は忙しいみたい」


 

 何気ない質問、それでもフィリーネの凹み具合は見ていて気の毒になるほどだった。

 イナセはまずいことを言ったと後悔するとともにほぼ毎日会っているのに偶に会えないくらいでここまで暗くなるフィリーネには唖然とするばかりだった。



 「そこまで落ち込まなくてもいいじゃねぇか、どうせ明日にゃ会うんだろ?」

 「……そう、ね、確かにそうだわ」



 軽く瞳を閉じて、気を取り直すフィリーネにイナセは一安心だ。

 そうこうしている間に、目指していた宿屋のすぐ傍まで来ていた。あとひとつ曲がり角を越えた先にある。

 だいたい曲がり角を曲がったくらいのとこで、ラフィにいじられたヴィートの悲鳴あたりが聞こえてくるのがいつものパターンなのだが――その日だけは毛色が違った。



 聞こえてきたのは怒号、それも余程の――。



 「いったいどういうことだこれは!!なんで一週間もたって何の成果も上がらない!これではあの無能な騎士どもと何も変わらんではないか!」

 「親方、落ち着いてください!別に彼らの責任というわけでは――」

 「黙っていろナディヤ!クソッ!世界を救う英雄が現れたと聞いてみれば、こんな事件すら解決できんポンコツか!勇者が聞いて呆れるな!」



 宥めようとする女性の声に一切耳を傾けず、されども相手の返事を求めているでもなく、怒声の主である男はただただ自分の言いたいことだけをがなりたてる。

 言葉の意味は分からないことだらけだが、込められた感情が只ならぬものだということは明らかだ。当然この程度で本気の怒りが収まろうはずもない。



 「何一つできていないくせに飯だけは山ほど食いやがって、そういう輩をなんて言うか知っているか、ごく潰しというのだ!!」

 「親方、それはあまりにも失礼です!本来ならば彼らに協力の義務は無いんですよ!?」



 見かねた女性が、声を荒げて男を諌める。

 数秒の沈黙の後、一つしかない入り口が荒々しく蹴り開けられた。飛び出た人物が一直線に向かうのは、イナセたちのいる方向、向かってくる人物を見て、イナセは目を見開いた。

 オットナー・カフカ、何を隠そう親方本人だ。



 咄嗟に道の端に避けるイナセとフィリーネ、そんな彼女たちには目もくれず、オットナーは駆けるのとさして変わらない速さで歩いていった。

 オットナーがあけた扉から、「親方!」という悲鳴じみた声を上げて、眼鏡をかけた女性が出てくると、オットナーが消えた道を走っていった。



 「……あれって親方と、秘書の人よね、いったい何が――」

 「さぁな、興味ねぇ」

 「あ!ちょっと待ってよ!」



 突然の事態に頭が追いつかないフィリーネをその場に残し、イナセは一人で宿屋の扉をくぐった。その後を焦ったフィリーネが追いかける。

 この宿屋に宿泊しているのは、一組だけだ、イナセが知らないうちに増えたのならいざ知らず、そうでないのなら、あの怒りをぶつけられていたのは、当然――。



 「むがー!!なんであそこまで言われにゃいけんのじゃー!」

 「落ち着いてくださいよラフィさん!さっきまであんなに大人しくしてたじゃないですか」

 「それはリュージが私の服をずっと掴んでたからよ!」

 「そうでもしねえと今にも飛び掛かりそうだったからな」

 「余計ことを!おかげでアイツを痛い目に合わせられなかったじゃない!」

 「だから止めたんだよ分かれよ」

 「言い過ぎてる人に天誅を食らわせることの何がいけないのよ!このぉ!!」

 「いたっ!ちょ、ちょっとなんで僕の腿を叩くんですか、やめてくださいよ!」

 「リュージにやったら後が怖いでしょ分かりなさいよ!」

 「何をさも当然のように!?痛い、ちょ、もう、止めてくださいってば!抓るのはもっと止めて!」



 謂れのない暴力に苦しむヴィート、そんなことをしている時点で、リュージに仕返ししているのとあまり変わらない結末が訪れることにラフィは気づいていない。

 リュージは手のひらでラフィの頭をはたいた。ラフィは「へみぃ!」と不思議な悲鳴を上げると頭を押さえて机に突っ伏した。



 「何するのよ!脳みそがダメになったら責任とれるの!?」

 「心配すんな元からそこそ――だいぶダメだ」

 「なんで言い直した!」



 顔をそらしてラフィの猛抗議から逃げたリュージは、逸らした先で入口からこっちに呆れた視線を送っているイナセと目があった。そしてその背後に見慣れない人物を見つけて、眉を寄せる。

 リュージの視線でイナセに気づいたラフィは、手招きして呼び寄せた。



 「あらイナセ、来てたなら言いなさいよ」

 「親方と言い争ってるとこに堂々と割り込めるほど肝が据わってねぇんだよ」

 「よく言うわ……あら?そちらは?」

 「わっ!?」



 ラフィの問いかけに、イナセが答えるよりも先にヴィートが小さく悲鳴を上げると、落ち着きなく目を泳がせ始めた。

 ラフィが訝しげにそれを見ていると、イナセの後ろで不安げに佇んでいた女性――フィリーネ――が愉快そうに頬を緩めた。



 「酷いわねぇ、まだ私のこと怖がってるの、ヴィート君」

 「あ、いや、その、そういうわけじゃ――」

 「なんだ、知り合いか?」

 「アタシのルームメイトだよ、ヴィートとは、ま、色々あったもんな?」

 「は、はは、は、そうだね、ちょっとしたことがね」



 苦笑いを浮かべるばかりのヴィートに、ラフィの直感が働いた。これは何か面白いことがあったと――。

 これは聞き出すほかあるまい、ラフィは嬉々としてフィリーネに握手を求めた。



 「初めまして、セラフィーナ・クィンよ、ラフィでいいわ」

 「フィリーネ・ドゥーゼです、イナセから話だけは聞いてたけど、本当にお綺麗ですね」

 「そんなこと言われたの久しぶりだわ、いつもは邪険に扱わるんだもの、あと敬語なんか使わないで?今から楽しくやるんだから、そうでしょ?」

 「あらそう?じゃあお言葉に甘えて」



 人によっては馴れ馴れしさすら感じるファーストコンタクトだが、幸いフィリーネは気にしていない。どころか実に楽しそうに笑った。



 「聞いてたとおり、面白い人たちね、仲良くなれそう」

 「なれそうじゃなくて、なるのよ、そしてヴィートと何があったのか教えてね?」

 「そうねぇ……言ってもいいの?ヴィート君」

 「や、止めてくださいよぉ!!ホントに止めてくださいね!?」



 今夜は賑やかになりそうだ。

 ヴィートの焦った声を引き金に始まる盛り上がりに、リュージは自然と目を細めた。

 今夜は賑やかで、長い夜になりそうだ。同じような考えがもう一度浮かび、リュージはグラスの追加を貰うために席を立った。


いい切りどころが無かったので三話投稿

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