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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
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アルカディアの15

 ヴィートが必死に騎士を探して駆けまわっていたころ、ラフィは非常に上機嫌だった。理由は火を見るよりも明らかで、片手に持っているグラスが原因と見ていいだろう。

 更に付け加えるなら、今いる場所も彼女の気分を良くさせるのに一役買っていた。

 ここは町中にあった小さな酒場、いや、バーと表した方がしっくりくる店だ。何故ここにいるのかというと、完全な偶然だった。



 腕相撲屋での一悶着を終えてから、全く喋らなくなってしまったリュージを連れて歩きまわるうちに見つけたのだ。

 建物と建物の間の、ともすれば見過ごしてしまう程度の店、だがラフィの直感は告げる。



 これは当たりだと――!



 そのままの勢いで、リュージを引っ張って店に入り込んだのだ。

 結果は大正解、品ぞろえも良いし、何より自家製のエールが驚くほど旨い。味が濃い目でラフィ好みだ。



 ワンピースを着た美女が、ジョッキを一息で空にして、「ぷはー!!」と叫ぶ光景は非常にミスマッチだが、生憎と感想を持つ客は店内にいなかった。

 時間が早いのもある、だいたいこの手の店は日が沈んでからが本番だ。今店内にいるのははリュージとラフィを除けば、レトロなモノクルを

身につけたマスターだけだ。



 「マスター!同じのもう一杯!」

 「かしこまりました、少々お待ちを」



 カウンターの奥に消えるマスターを、ますます上機嫌に眺めながら、ラフィは桃色の頬にジョッキを押し当てて冷ます。

 いつもならペース配分を間違える愚は犯さないのだが、如何せん味が好み過ぎた。

 休憩がてら、隣に座るリュージの肩を叩きながら絡む。



 「今日の私は冴えてるわ、こんなにいいお店見つけるんですもの、そう思わない?」

 「……かもな」

 「でしょう?もっと褒めてくれてもいいのよ」

 「……あぁ、すごいな」

 「この後を引く味が堪らないわね、リュージ、早く飲みなさいよ、まさか一杯目でギブアップじゃないでしょ?」

 「……あぁ、そうだな」



 昼間からずっとこの調子だ、何なら悪化している。心ここにあらず、まさにその状態だ。

 そんな意味のないやり取りを繰り返すうちに、マスターが追加の一杯を持ってきた。

 ラフィは黙ってそれを一口含んだ。細い首が小さく上下する。



 「あの親子のことなら、あなたのせいでもないでしょ」

 「……聞こえてたのか」

 「ううんあんまり、でもあの状況で、その様子見てれば何となく予想はつくわ、その上で言わせてもらうけど、リュージが気に病むことではないと思う」

 「……違うんだ、俺が下らねえことで悩んだから、悩んでるから、時間を無駄にした、今日できるはずだったことをしなかったんだ、俺の責任だ」

 「リュージ」



 名を呼ぶ彼女と視線を交わせば、その表情は珍しく無表情だった。

 それが少し怒っている時であると、リュージは知っている。有無を言わせぬラフィの面持ちに、リュージは黙り込む。



 「この際だかはっきり言うけど、思いあがりすぎよ、自分が出てくれば全てがなんとかなるとでも?」

 「そんなことはねえ、俺一人じゃ何もできねえことくらい――」

 「分かってない、分かってないから気になるんでしょ?全部自分の力で何とかできると思ってるから、『何もしなかった自分』なんてありもしない幻想に苦しむんでしょ?」

 「……何もしなかったのは本当のことだ、現に今日って日を無駄にした」

 「それが思い上がりだって言うのよ、この都市の騎士たちが揃いも揃って無能だって言いたいの?あの人たちだってこの一週間、死に物狂いで犯人捜したに違いないわ」

 「それは――」

 「認めなさいよ、今日あなたが一日を有意義に過ごしたって、あっという間に全てを解決なんて、できなかったのよ」



 ラフィは一旦言葉を切って、体ごとリュージに向きなおる、手にしたままのジョッキの中で、エールが跳ねた。

 黙り込むリュージを諭すように、ラフィは言葉を重ねる。



 「リュージ、あなたは普通の人間なのよ、たとえ怪物を倒せる力があっても、できないことはあるし、お腹が減るし、眠くなるし、嫌なことがあったら落ち込むの、『勇者になる』っていうのは、人間を止めるって意味じゃないでしょ?」



 自分が人間だということくらい分かっているつもりだ。それでもリュージは即座に返事を返すことができなかった。

 この世界にきて、いくつかの事件と出会って、運も手伝ってその全てを解決してきた。それができる力を与えられたのだと、そう信じていた。

 だから、どうにもならない状態は、自分の怠慢でしかない、いつの間にかそんな風に凝り固まっていた。



 今ラフィが自分に向けている視線は、それを咎めるものなのだろうか。  

 全てが自分の力であると、自分さえ動けば何とかなると、そんなリュージの中にある傲慢を、責めているのだろうか。

 しかしリュージはそこから必要以上の棘は感じなかった。むしろそれとは真逆なものを、同時に受け取っていた。



 しなかったのではなく、できなかったのだとラフィは言った。

 怠慢ではなく、不可能だったのだとラフィは言った。

 それも考え方の一つなのだと、頭ではわかる。しかし、それはもっと力の限りを尽くした末の言葉だ。

 今の自分が使っていいはずがない。



 「ま、こんなこと言ったって、あなたは自分を責めるんだろうけど、でもね、全て一人で背負わなくても良いんじゃない?私もヴィートも、愚痴言われたくらいで愛想尽かしたりしないわよ」



 狙いすましたようなラフィの言葉に、リュージは驚いた。

 当のラフィは手にしていたエールを一息にあおると間髪入れずに次を所望する。マスターは軽く頭を下げて奥に消えた。

 リュージは、視線を机に落としたまま、固く瞼を閉じる。

 納得は、できない。リュージの背負っているものは、リュージにしか背負えないものだ。ここに来る前も、ここに来てからも、それは変わらない。



 他の誰にも、渡せはしない。分けることだって、できるわけがない。

 それでもこの瞬間口を開いたのは、善意に応えようとしたからか、それとも、抱えたものの重さに耐えかねたリュージの弱さか――。



 「昨日、俺は魔王の部下だって奴にあった」



 端的に言い表せば、昨日あった出来事とはそれだ。それだけだ。

 だがその一言が、何を意味するのか分からないラフィではない、大きな目をさらに見開いて、しかし取り乱すことは無く、相槌を打った。



 「……なーるほど、それで結果は?」

 「負けた、手も足も出なかった、何なら手加減までされた、怪我してなかったのはそういうことだ」



 ラフィはリュージの戦う姿を、そんなに見たことは無い、本格的な戦闘に限れば、カフナでの騒動時だけだ。

 だが逆に言えば、それだけで理解できるほどの強大な戦闘力をリュージに見たのだ。

 そのリュージが手も足も出ない相手、想像することも難しい。

 戦慄するラフィに気付いてか気付かずか、リュージは話を続けた。



 「何されたのかも解らなかった、ただ最後の瞬間、あいつが言ったんだ、俺しか知らないはずのことを」

 「それって、もしかして元の世界の話?」



 ああ、とリュージは頷こうとして――できなかった。

 首を縦に動かし、たった一声返す、他の誰にでもできるその行動が、今のリュージには不可能で、激しくなった動悸を隠すために必死に歯を食いしばった。

 口から内臓がすべて溢れていきそうな圧迫感を抑え込んで、無理矢理に声を絞り出す。



 「悪い、今はここまでで勘弁してくれ」



 本人は隠しているつもりでも、傍から見ればその顔は何かに耐えるような、本来ならば耐えきれるはずのないものを無理に受け止めているような、辛さを煮詰めた面持ちは、それ以上の追及を確実に拒んでいた。

 当然、ラフィが気づかないわけもない。



 「……分かった、聞かない、でもその話できるならヴィートにもしてあげなさいよ」

 「分かってる、今日帰ったら、謝るつもりだ」



 それで会話は終わった。タイミングよくマスターが戻ってきた。もしかすると、他に客もいないので、気を使ってくれていたのかもしれない。

 後は静かなもの、ジョッキを机に置く音、氷が氷とぶつかる音、聞こえるのはそのくらい――。

 だが、それらの音に混じって小さく、本当に小さく聞こえた音があった。



 ――ありがとう、と。



 いつ言ったのかも、どちらが言ったのかも判然としないものでしかない。

 もしかしたら気のせいだったのかもしれない、その程度の、小さな音だった



 ※    ※    ※    ※    ※    ※     ※    ※    



 日付は変わって朝、本日も変わらず快晴、小さな宿屋のドアが勢い良く開いた。中から現れたのは銀髪を日光に輝かせるシスター。



 「よーし!今日はやる気満々よ!こんなちんけな事件、一日で終わらせてやるわ!」

 「昨日と言ってること全然違うじゃねえか……」

 「昨日の記憶なんてとっくの昔に遥か彼方よ!」

 「威張ることじゃねえ、むしろ少しは自分を省みてくれ」



 長身スーツの男が、がっくりと肩を落としながら現れる。

 昨日見たラフィの姿は夢だったのかと、疑いたくなるほどいつもどおりの姿だ。



 「それより、動いて大丈夫なんですかリュージさん、無理してたりしません?」



 その後ろから外に出てきたのは、緑色の騎士服に身を包んだヴィート、昨晩帰ってきたリュージに、事情を聞かされて以来、ずっとリュージの体を慮っている。

 リュージは力強く頷いて健在を示した。



 「ああ、体は何ともねえ、それに、都市が封鎖されて困ってるのがたくさんいるって分かった、悩むのは、動きながらだ」

 「――そうですね!とにかく今は頑張りましょう」

 「そんなに熱くならなくても大丈夫よ、そろそろなんか起こるわ、解決に必要な何かがね」

 「……一応聞いとくぞ、根拠は?」

 「あらごめんなさい、ついさっきまで持ってたんだけど」



 もはや言い訳をでっちあげることすら放棄して、ラフィは泰然と歩きだす。どこまでも気ままな奴だ。

 リュージとヴィートは、顔を見合わせると、どちらからともなく、くつくつと笑って、ラフィを追いかけた。

 何かが変わったわけではない、リュージの心にはいろんなものが突き刺さったままだ。

 ただそれでも、吹っ切って動くべきだ。それを待っている人が居るのなら――。



 だが、人間吹っ切れたからといって全てが上手くいくとは限らないわけで――。

 根拠のない自信など、あくまで根拠のない自信でしか無いわけで――。

 重ねていえば昨晩ラフィが言っていたとおり、都市中の騎士が一週間かけて解決できない案件をたった三人で何とかしようと言うのは、無茶を通り越して無謀でしかないわけで――。



 何の成果も上がらないまま、さらに一週間が過ぎるのは、当然と言えば当然のことだった。


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