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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
69/165

アルカディアの14

 同時刻、リュージ達から見て都市の反対側にいる少年も、深いため息を、青空に吐きだしていた。

 それは無論朝から始めた聞き込みが、何の成果も上げなかったことに対する落胆が原因だ。

 ブルーノが怪しいのではないか、ラフィのその言葉を信じて、関係者を探ってみたのだが、相当内向的な男だと分かっただけだった。



 ――まさか、親しい人間がこんなに見つからないなんて……。



 数時間を費やし、あちこちを当たってみた。

 用があるからと偽ってまで家を探し、一晩かけて考えた言い訳を駆使して近所の人々からブルーノの話を聞きだした。

 結果分かったのは、毎晩帰りが遅いことくらいだった。

 プライベートで付き合いのある人物が見つからなかったのだ。



 ――やっぱり、内気な人なのかな……?な、なんか親近感湧くかも。



 自分で考えておきながら、そのしょうもなさに苦笑する。

 昨日会った感じでは、人と関われないのではなく、自ら関わりを断っているようだった。

 彼は孤独を選択しているのだ、その時点で自分とは違う。選ばざるを得なかったヴィートとは――。



 ――自虐なんて、それこそしょうもない、時間がもったいないや。



 ヴィートは大きく深呼吸をして気持ちを整えた。

 思考が沈みがちだ。今朝からの活動が徒労で終わったのもそうだが、昨晩の出来事がヴィートの心にしこりを残していた。

 振り払われた手の感触が、忘れられない。

 胸中を占めるのは、不安と混乱、そして何よりも大きい心配。

 怒りなどはなからなかった。短い付き合いだが、リュージは何もないのに八つ当たりをするような人物ではないと知っている。

 何かあったのだ、たった数時間で憔悴するような何かが――。



 「……それこそ一人で考えても意味ないかなぁ」



 とりあえず今できるのは、調査を進めて少しでも解決への糸口を見つけることだけだ。そうすればリュージの負担も減る。

彼に何があったのかは気になるし、今晩会うのもすこし不安だが、それはあった時に考えるしかない。

 悩みながら動き続けばいいと、言ってもらったから――。

 ヴィートは、よしと気合を入れて立ち上がった。

 今彼がいるのは住宅街、仕事や買い物で忙しいのか人通りは少ない。とりあえずこの近所で話を聞いてない誰かを探して――。



 「あれ、イナセちゃん?」



 道の向こうから見知った顔が向かってくるのに気付いた。向こうはまだこちらには気づいていない。

 ヴィートは何の気なしに話しかけようとしたが、イナセの隣にもう一人歩いているのが視界に入り、一瞬躊躇した。

 歩いているのは地味めのドレスに身を包んだ、おそらくヴィートよりも年上の女性だった。

 知り合いだろうか、しかしヴィートの記憶の引き出しに手がかかる。

 どこかで見たことがあるような……。


 

 『私の部屋まで、来る?』



 つい声をあげそうになった。

 服装が派手なものではなかったから、すぐには気付けなかったが、ア

ルカディアについてすぐの時に会った女だった。

 半ばトラウマと化しているのか、反射的に建物と建物の隙間に飛び込

んで息を殺す。

 近づいてくる足音を聞きながら、なぜ一緒に歩いているのかと気にな

ったが、思い返せば双方名前を呼び合っていたような、元々知り合いだ

ったのかもしれない。

 足音が迫るにつれ、二人の会話が聞こえた。



 「だぁから、太ったわけじゃねえって!」

 「太ったなんて言ってないじゃない、健康的になったって言ったのよ、

ちゃんと毎日ご飯を食べることは大事ってわかったでしょ?わかったら

――」

 「あのな、なんて言われても飯まで世話になるつもりはねえの」

 「いつの間にか部屋まで一緒に使ってるのに、いまさら何を遠慮してるんだか……」

 「や、家賃は一緒に払ってるだろ!?」

 「だったら食費も払って一緒に食べればいいじゃない」

 「ああもう!今はその話はいいよ!あいつらがアルカディアから出てったら聞くから」

 「あいつら、ねぇ、たった二日でいやに仲良しになったのね」

 「……別に、毎晩うまいもん食えるってだけだし」

 「ふぅん?」

 「なんだよ、何にやにやしてんだよ」

 「照れなくても、仲がいい人ができるのはいいことじゃない?イナセ」

 「うっせぇ!」



 聞こえてきた会話は、互いの親しさを思わせるには十分な内容で、事実二人が仲のいい姉妹と言われてもヴィートは疑わないはずだ。

 赤くなった顔を隠すため、帽子深く被りなおすイナセの背中を見送って、ヴィートは外に出ようと動く。

 ――と、複数の足音が聞こえてきた。イナセたちが今歩いてきた方からだ。

 ヴィートはその足音の不自然さに気付いた。



 ――この足音、少しずつ早くなってるような。



 次第に大きく強くなる足音たち、それはヴィートの真横を通るときには全力疾走と言って差し支えないほどになっていた。

 すれ違いざま、ほんの一瞬足音の主が見える。

 三人組の、男たちだ。

 見覚えは、ありすぎるほどある。三人が向かっていく方向にはイナセがいる。目的は明確だった。



 「イナセちゃん!逃げて!」



 ヴィートは隙間から飛び出しつつ、声を張り上げた。

 完全に出遅れてしまった。急いで男たちを追うも、もはやイナセに接触する寸前だ。

 さらに言えば、男たちが手にしているナイフを見て、ヴィートは青ざめた。

 イナセはヴィートの精一杯の大声に振り返るがもう遅い、ナイフを持った男は、その凶器でイナセの細い首を刈ろうと振りかぶった。



 景色が遅くなった。振り下ろされるナイフ、隣の女性は未だ状況がつかめていない。ヴィートもイナセを守るために魔法を使おうとする。

 だが、わかってしまう、自分自身の力であるがゆえに完璧に理解してしまう。

 タッチの差で、間に合わないと――。



 「っ!!諦めて、たまるもんか!!」



 イメージ、イメージ、絶対に間に合うという思い込み、ヴィートはいつも魔法の展開に使っている以上に頭をフル稼働させ、一刻も早く盾を作り出そうと試みる。

 無慈悲に振り下ろされるナイフ、ヴィートは魔法発動のキーワードを叫ぶべく、口を開いた。



 「くろ――!」

 「アタシが気付いてねぇとでも思ったのかよ、めでてぇ奴らだな」



 底冷えするような、低い呟きが聞こえた直後、イナセの体が勢いよく沈み込んだ。

 客観的に見ていたヴィートだからそれがわかった。目の前にいる男からすればイナセが突然姿を消したように見えただろう。

 男が再びイナセの姿をとらえる前に、イナセの鋭い蹴りが男の顎を真下から打ち抜いた。

 予想だにしていなかった一撃に、男の意識は容易に刈り取られ、白目を剥いて地面に転がった。

 手から離れたナイフがくるくると回転しながら宙を舞う。落ちてきたそれを片手でキャッチしたイナセは、残る二人を睨み付けて吐き捨てた。



 「なめんじゃねぇ、てめえら如き万全の状態ならアタシ一人で十分だ!」



 突然の事態に驚きながらも、男たちも素人ではない。

 即座に思考を切り替えて、目の前に現れた障害を取り除くべく行動を開始する。

 一人は逆手に持ったナイフをイナセの頭めがけて振り下ろす。イナセは奪い取ったナイフでそれを受け止めた。もう一人がその隙に白刃を煌かせる――かと思えば、男たちは予想よりも狡猾だった。


 

 「おい!さっさとそっち狙え!」

 「うるせぇ!!分かってらぁ!」

 「っ!フィリーネ、逃げろ!」

 「え?あ、いやぁっ!?」



 人質にするつもりか、イナセを抑え込んでいる間にもう一人がフィリーネへと手を伸ばす。

 フィリーネは突然の事態に、身を縮こまらせることしかできなかった。イナセにはそれを防ぐ手立てがない。イナセには、だが――。



 「頑固一徹(くろいろ)!」

 「うがっ!」



 男の魔の手が、フィリーネに届く直前、とっくの昔に準備を終えていたヴィートが魔法を発動、突如現れた漆黒の盾を避けることも適わず、男は強かに顔面を打って悶絶した。



 直後にイナセが動く、鍔迫り合いを演じていたナイフから手を離して素早く後ろに跳ぶ、支えを失った細目の男が前のめりになったところを見逃さずに、今度は前に跳びながらその鼻っ柱に膝を叩きこんだ。

 イナセは追撃の手を休めない。

 鼻が爆発したかのように、血を噴き出しながらもんどり打つ細目の、あごを正確に蹴りぬいた。



 イナセは自分が体格的に恵まれていないことを知っている。自分の打撃で、大の大人を気絶させるのは難しい、だが場所によっては一撃で意識を飛ばすことだって難くない。顎は、一番狙いやすい弱点だった。掠らせるだけでいい。

 的確に脳を揺さぶられた糸目はその場に崩れ落ちた。



 残されたバンダナの男は、必死の形相で手にしたナイフをイナセに向ける。ヴィートが作り出したのは幅二メートルほどの壁、フィリーネを捕まえるためには、回り込めば事足りる。

 だが、イナセがそれを許すわけがない、バンダナに残された道はイナセを直接相手取るしかないのだ。

 たとい一連の流れから、自分の敗北が決定的だったとしても……。

 バンダナは幼子が癇癪を起すのと同じように地団太を踏んで怒鳴り散らした。



 「くそ!くそが!何でまたお前らが邪魔すんだよ!」

 「はぁ?邪魔も何もいきなり手ぇ出してきたのはテメエらだろうが!昨日からアタシを狙いやがって、なんのつもりだ!」

 「うっせえ!もうお前はどうだっていいんだ!早く、早くしねえと、これが最後のチャンスなんだよ!」

 「何を訳の分からねぇことを――」

 「黙れ!黙ってくたばりぁぁあぁぁぁぁ!!」



 無茶苦茶な軌道で銀色の線を描くバンダナ、もう本当に自棄になっているだけのようだ。

 現に周囲が全く見えていない、後ろの壁から、フィリーネが回り込んで自らの背後に立っているなどと、気づく気配もなかった。



 フィリーネは、ドレスの裾を手で持つと、足を後ろに振りかぶり、思い切り振りあげる。

 そのつま先は一寸の狂いもなく、猛烈な勢いで、男の股に吸い込まれていった。



 「……うわぁ」



 泡を吹いて倒れる哀れな男の姿に、ヴィートは同情を禁じえない。

 遠くから見ていただけなのに腰が締め付けられるようだ。走る気持にもならず、ヴィートは歩いてふたりと合流した。



 ――あれ?……なんか、なんだろ、変な感じが。



 現場にたどり着いたヴィートは、何か強烈な違和感を覚えたのだが、声をかけてきたイナセに気を取られ、違和感は頭の片隅に追いやられた。



 「よぉヴィート、何でこんな所にいんだ?」

 「こら!まずはありがとうでしょう?」

 「止めろよ親みたいなこと言うのは、お小言はごめんだぜ」

 「ホントにもうこの子は!」

 「あ、あの、良いんです、気にしないでください、それに僕何もしてないですし……」

 「そんなことないわ、二人だけだったらどうなってたか……ってあら?君は――」



 ヴィートは苦笑いで頬を掻いた。できれば気付かれる前にいなくなりたかったが、ヴィートの服装は良くも悪くも目立つ、フィリーネの記憶にばっちり残っていたようだ。



 「お、お久しぶり、です?」

 「二日前だろばーか」

 「は、ははは、ソウダネ」



 明らかに挙動不審になるヴィートに、イナセは呆れた視線を向ける。長い前髪のおかげで見えていないが、ヴィートの視線は泳ぎまくっている。苦手意識をこれっぽっちも隠せてないのだ

 フィリーネはそれを目の当たりにしても気を悪くすることなく、逆に愉快そうにヴィートの背中を叩いた。



 「あはは!そんなに警戒しなくても大丈夫よ、あのときは仕事、今はプライベート、きっちり分けるタイプなの」

 「は、はぁ……」

 「それにしてもイナセ、あんたいつこの子と仲良くなったの?」

 「だから飯一緒に食ってるやつがいるって話ただろ」

 「えぇ!?この子のことだったの?」

 「ああ、言ってなかったっけか?」

 「言ってないわよ!どこの世界にスリ働いた相手と――」

 「ストップ!ちょっとこっち!」



 何事か口走りそうになったフィリーネの口を、イナセが両手を使って塞ぐ。

 そのまま道の端まで引っ張って二人で何か話し始めた。

 声を潜めているため、ヴィートには何も聞こえなかったが、フィリーネがひどく驚き、困惑している様子だけは見て取れた。

 小さな密会は十秒ほどで終わり、二人はヴィートの前に戻ってくる。



 「あんた……いつか罰当たるわよ」

 「ホントにそんなもんがあるならとっくの昔にあたってなきゃおかしいんだよ」

 「え、えっと、何の話です?」

 「いいの、気にしないで、ここ最近イナセがお世話になってるみたいね」

 「お世話なんて、僕たちも楽しんでますから」

 「そ、なら良かったわ、こいつ素直じゃないし、口が悪いから、誤解されやすいんだけど、根っこは寂しがりのただの小娘だから、仲良くしてやってね」

 「フィリーネ!!もう行くぞ!」



 帽子越しに頭を撫でながら、いよいよ母親のようなことを言うルームメイトに、イナセが悲鳴を上げた。

 これ以上ここにいても余計なことしかされない、イナセはフィリーネの背中を押して、不平を鳴らす彼女を強引に進ませる。

 別れの挨拶を済ませる余裕もなく、二人は遠ざかっていった。



 流石に親子というほど歳は離れてないが、その姿はどう見ても仲のいい姉妹で、ヴィートは何故か安心した。

 家を持たない彼女が、自分たちと別れた後どうしているのか、少し心配していたのだが、要らぬものだったらしい。

 彼女は屋根を持たないだけで、繋がりはしっかりとしたものを持っているようだ。



 「あっ!そうだ僕も聞き込み続けなきゃ!」



 自分のやるべきことを思い出したヴィートはいざ歩き出そうとして、イナセが蹴散らした男たちが白眼を向いて倒れているのを見てしまった。

 遠ざかって視界から消えつつある二人の背中を恨めしげに眺めて、ヴィートはひとりごちる。



 「……僕が全部やんなくちゃダメ、なんだろうなぁ」



 三人の男たちを縛り、騎士を見つけ、回収に来てもらい、事情聴取を受ける。一連の流れが終わる頃には日はとっぷりと暮れ、ヴィートは何の成果も得られないまますごすごと引き揚げることになった。

 重苦しいため息が、ヴィートの口から洩れたのは言うまでもない。


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