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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
64/165

アルカディアの9

今日は二話連続投稿です。

 壁にもたれかかって、廊下を照らす蝋燭の炎をじっと見ていた。電気は存在しないが、明かりを誰でも作り出せるこの世界においては、蠟燭はアンティークと同じ扱いだ。

 それでも未だ使い続ける人間たちがいるのは、火というものが持っている形容しがたい魅力のせいかもしれない。

 揺れる炎を眺めていると、不意に隣からくしゃみが聞こえた。リュージは隣に立つ少女に語りかけた。



 「寒いか?上着だったら貸すぞ?」

 「いいや、こんな季節に寒さにやられるような柔な体してねえよ」

 「そうか」

 「ただちょっとここは埃っぽいから」



 確かに今いる場所は、よくいえば時代を感じる、悪く言えば古臭い建物だった。

 気を失ったヴィートに治療を施すため、清潔で寝転べる場所が必要だった。土地勘があるイナセに導かれるままについてきた先がこの宿屋だった。彼女が言うには一番近いのがここだったとか。

 今は目の前の部屋でラフィがヴィートの怪我を治している。二人は外でそれを待っていた。



 リュージは指で鼻先をこする少女を、イナセを見た。

 多少落ち着いた彼女から、順を追って話を聞けば、ヴィートがあそこで戦っていたのは、度重なる偶然の積み重なりであったようだ。

 ちなみにイナセを攫おうとした男たちは、縛って放置してきた。ヴィートの怪我が思ったより酷かったので、騎士を呼ぶ時間も惜しかったからだ。幸い今は都市の見回りが強化されているらしいので、今晩中には騎士が見つけるだろう。多分、きっと……。



 そんなことを考えていると、隣から小さな声が聞こえた。



 「なぁ旦那」

 「俺のことか」

 「他に居ねえだろ」

 「ああいや、初めて言われたもんでな、なんだ?」

 「あいつは、あの騎士は何でアタシを、助けたんだ?」

 「……ヴィートのことか」

 「ああ、自分で言いたかねえが、アタシは居なくなったって明日にゃ皆忘れてるような存在だぜ?なのに、あそこまでボロボロになるようなことなんて――」



 俯く少女は、本当に理解できない様子だった。ただでさえ大きな帽子を被っているのに、下を向いてしまってはいよいよ表情を伺うことはできない、その心の内に、どのような動きがあるのか、リュージにはちっとも分らなかった。だから、適当なことを言うわけにはいかない。



 「さぁな、俺はあいつじゃねえから、あいつが何を思ったのかはわからねえ」

 「……そっか、そうだよな」

 「ただな、案外何も考えてなかったのかもしれねえな」

 「何も?そんなバカなこと」

 「そういうバカなことが躊躇いなくできるから、あいつは騎士なんだよ」



 少女からの返答はなかった。代わりに目の前の扉が開く、中から出てきたのはラフィ、そしてその後ろからは、普段着に着替えたヴィート、あちこちに巻いた包帯が痛々しいが、本人は至って元気を取り戻したようだった。



 「おいおい、起き上がるの早くねえか、少しくらい休んでた方が――」

 「いえ、もう大丈夫です、怪我もたいしたことなかったみたいで」

 「そうね、どっちかっていうと脳震盪でふらついてただけだから、一応様子は見るけどもう大丈夫よ、傷も四、五日で塞がるわ」

 「やっぱり全部は治さないのか」

 「まだそんなこと言ってんの?何度も説明したでしょ、体に良くないわよ」



 治癒魔法で傷を完全に塞いでしまうと自然治癒力が落ちる、とは昔からの言い伝えである。それが真実かどうかの研究は長きにわたって行われているようだが、今だ確たる証明はできていないらしい。

 最初聞いたときは正直驚いた。ラフィという人間は、そういう民間療法などをあてにするタイプには見えなかったからだ。

 「長い間言われ続けてるってことはそれなりの理由があるのよ」とは本人の弁。

 昔からの言い伝え謙虚であれるのなら、普段から謙虚であれよと思ったのは内緒だ。



 「なんか失礼なこと考えてない?」

 「いいや、普通のことしか考えてない」

 「あ、あの、二人とも、それで、僕、謝らないといけないことがありまして――」



 勘の鋭いラフィの追及をかわしていると、珍しくヴィートが話に割り込んできた。その顔色は悪く、瞳は縦横無尽に泳ぎ、非常に言い辛そうに、あのとか、そのとか手もみしていたが、うまい言葉が見つからなかったのだろう、大きく呼吸を整えてから、傷口が開くのではという勢いで頭を下げた。



 「ごめんなさい!お金なくしちゃいました!」

 「無くした?どういう意味よ」

 「いや、気付いたら無くなってて」

 「盗られたってこと?」

 「いや多分落としたんだと思うんですけど、とにかくごめんなさい!」



 仕事の押し付け、誘拐犯との闘い、そして財布紛失、どうやらこの都市は本格的に自分たちのことが気に入らないらしい、とりあえずリュージは頭を下げたまま上げようとしないヴィートの肩を優しく叩いた。



 「まぁ、無くなったもんは仕方ねえ、誰か拾ってくれてるかもしれねえしよ、いったん忘れろ」

 「は、はい」

 「拾っても届けようって人がどれくらいいるかしらね」

 「こういう時くらい明るい言葉をかけてやれよ」

 「あ、あのさ」



 相変わらず容赦のないラフィを諫めていると、三人のものではない声が聞こえた。そういえばこの場にはもう一人いたのだった。すっかり忘れていた。

 三人は声の主へと向き直る。するとイナセが手にした何かを三人に差し出していた。それは見たことのある小さな袋で、件の財布だった。



 「これ、そいつが落としたのを拾ったんだ、それで、その――」

 「あ、ありがとうイナセちゃん!」

 「へ?」

 「ほんとにありがとう!取り返しのつかないことになるところだったよ!君が拾ってくれてたんだね、そっかあの時に落としてたのかぁ」

 「あ、ああ!そうなんだよ、追いかけようと思ったんだけどさ、その後すぐにあいつらに襲われて」

 「そっか、大変だったんだね、でも持っててくれてありがとね!」

 「……気にすんなって、あと、ちゃん付けするな」



 リュージは気づいていた。

 財布を受け取って飛び跳ねんばかりに喜ぶヴィートを前にして、イナセの表情が暗くなっていたことを、その理由もなんとなくは察しがついた。同じ答えにたどり着いたラフィが、リュージだけに聞こえるように囁く。



 「どうするの?私はどっちでもいいけど」

 「ヴィートは気づいてないみたいだからな、それに、ただの勘だけど悪い奴じゃなさそうだ」

 「……甘いわねぇ」

 「乗ってくれるお前もたいがいだぞ」



 くすくす笑うシスターに、目を瞑ることで応えると、ラフィはそのままイナセに歩み寄って背後から抱き着いた。



 「うひゃぁ!?」

 「あなたイナセって名前なのね、とりあえず私からもありがとう、危うく文無しになるところだったわ、気をつけなさいなヴィート」

 「うっ、二度とないようにします」

 「そうよ、こんな幸運二度とないからね、それで、この小さな恩人に何もせずに帰すのは失礼だと思わない?」

 「そ、そうですね、思います!」

 「えっいやアタシはもう――」

 「まぁまぁ細かいことは言いっこなしよ、私たちの仲じゃない」

 「今会ったばっかりだろ!」

 「本音を言うと、来たばかりだし、この時間でも開いてる美味しいお店とか知らないの、連れてってくれるなら奢るわよ」

 「で、でも――」

 「でもとかなーし!もう行きます、決定しました、行くって言わないと離れないもんね!」

 「そ、そんなむちゃくちゃな」

 「やりすぎだ馬鹿」



 初対面相手でも自分のペース全開だ。イナセが普通に困っている。リュージはラフィの襟をつかんで引っぺがした。「ぐぇぇ」と年頃の女生とは思えない悲鳴を上げるラフィ。それを地面におろしてから、リュージは困惑しているイナセに、できるだけ優しく話しかけた。



 「悪かったな突然、別に無理にってわけじゃねえんだが、ここであったのも何かの縁だ。よかったらどうだ?」

 「……分かった、よく考えたら飯の種逃す手もねえし」

 「ああ、腹いっぱい食ってくれ」



 イナセの表情には、少しだけ明るさが戻ってきていた。

 これでいい、外見だけ見れば、おそらくヴィートよりも年下だ、この年齢の子どもは、何も考えずに腹を膨らませる権利があってしかるべきだ。

 それがたとえ、スリであっても――。



 ※    ※    ※    ※    ※    ※     ※     



 ついていった先は大衆食堂だった、この時間になると軽食しか注文できないようだが、もともとそこまで食べる面子でもない。ヴィートは少食だし、ラフィは酒さえあれば満足だ。

 鶏を黒コショウで炒めたものや、アボガドの刺身、人参と玉ねぎのサラダ、ほかにも様々、豪華ではないが、食欲を刺激する色合いが、テーブルに広がっている。もっともほとんどは一人で消費されていたが……。



 座っている四人のうち、一番小柄な人物が、猛烈な勢いで皿を空にしていく。リュージはもはや感心してそれを見ていた。



 「その体によくそこまで入るもんだ」

 「ていうか、そこまでおなか減っててよく断ろうと思ったわね」

 「なんかもう、見てるだけでおなか一杯だなぁ」



 三人の声も耳に入らないほど、食事に集中しているイナセが、テーブルの上から全てのものを消すのに、そこまでの時間はかからなかった。少女は大きくなったお腹をさすりながら、ようやく三人の視線に気づいて身を縮こまらせる。心なしか頬も赤い。 

 その今さらと言えば今さらな仕草に、ラフィが吹き出し、つられてヴィートも笑った。リュージも微笑ましそうに、それを見ていた。



 「わ、笑わないでくれよ、こんな上等な食事なんか久しぶりなんだからな!」

 「気にしないで、面白くて笑ってるだけよ」

 「もう!それが嫌なんだって」

 「悪い、すぐに収まるから待ってくれ」

 「旦那まで!」

 「イナセちゃ――」

 「お前は黙れ、ちゃん付けすんな」

 「僕だけあたり強くない!?」



 一番最初にあったのは僕なのにと、ヴィートがひとりごちた。だがタイミング的にはどんぐりの背比べもいいところである。

 ヴィートから顔を背けて、イナセは偉そうに鼻を鳴らした。隣に座っていたラフィが、その頭を撫でる。



 「イナセ、あなたなかなかの才能を持っているわね」

 「ありがとうございます姐さん!」

 「なんの才能ですか!」

 「決まってるじゃない、ヴィートを叫ばせる才能よ」

 「そんな世界一必要ない才能あります!?」

 「なに言ってんのよ、叫ぶことこそあなたのレゾンデートルでしょ?」

 「もっといろいろ生きてる理由ありますから!リュージさん、助けてくださいよ!」

 「諦めろ、そいつもう酔っぱらってる、がんばれ」

 「最初と最後で言ってる事真逆じゃないですか!」



 酔っぱらいの相手は、若くてエネルギーが有り余っている青年に限る、これは合理的な判断なのだ、決して丸投げしているわけではない。

 それにしても、女性陣はすっかり意気投合していた。二人とも歯に衣着せぬタイプなので馬があったのだろう。間に挟まれているヴィートは哀れとしか言いようがない。



 「いやー、普段むさっ苦しい男どもと旅してるから、女の子と話せるだけでも嬉しいわ」

 「なんだ、皆旅してるのか、どこまで?」

 「今は、ローゼンニッヒに向かってるところだ」

 「めっちゃ遠くに行くんだな、ここからじゃ下手したら今年中に着けないぜ?」

 「え?そうなの、イナセちゃん良く知ってるね」

 「そりゃアタシもここに来るまでに東の大陸にも寄ったからな」

 「にも?お前、家はどことか聞いてもいいか」

 「そりゃ内緒だ、あれこれ聞くのはマナー違反だぜ旦那」



 イナセは人差し指を口元にあてて、口元をゆるめた。

 茶化してはいるが、これ以上訊ねても答えてもらえないことが何となくわかる。人にはいろいろ事情があるものだ。根掘り葉掘り聞くのも野暮か。



 「逆にさ、皆はどこから来たんだ、ヴィートは別にいいけど」

 「いや言わせてよ!?ブロックスから来たんだよ!」

 「見りゃわかるからいいってことだよ、で、二人は?」

 「私はローゼンニッヒの出身よ」

 「え?」



 あっさりと言い放ったラフィの言葉に、声を上げたのはイナセではなくヴィートだった。もっといえば声を上げなかっただけでリュージも同じ気持ちだ。

 イナセはどちらかというと、リュージとヴィートに不審げな目を向けた。



 「なんで二人が驚いてんだよ」

 「え、いやだって、ラフィさんそんなこと言ってなかったじゃないですか!」

 「だって聞かれなかったから」

 「聞かれなくても目的地が実家だったら言うだろ普通」

 「そう?」

 「そうだよ、むしろここに来るまで十日近く一緒にいて、よく言わなかったな」

 「私にも色々あるのよ、聞かれなかったらずっと言う気無かったし」



 途端に疲れで肩が重くなる男二人、気まぐれな奴だとは知っていたつもりだったが、まさかこんな重要な事実を聞かされていなかったとは、そうとわかれば聞きたいことが山ほどあるのだが、どうせこの先の旅路も長いし暇な時でいいだろう。

 少なくとも、せっかくイナセがいるのに、今する話でもない。

 イナセもこの話に深く首を突っ込む気はないようで、乾いた笑い声を上げながら、話を逸らした。



 「あ、あはは、まぁ皆いろいろあるもんな、家の話したくない奴だっているよ」

 「そうだな、でも俺から言わせりゃ、帰る場所があるだけ幸せってもんだ」

 「……旦那は、帰るところがないのか?」

 「いや、ないことはない」

 「じゃあ、ものすっごい遠いとか?」

 「ああ、遠いな、多分この世界の誰よりも」



 もう二度と帰れないかもしれないくらいに、リュージは最近そう思えて仕方がなかった。記憶にある地球が、日々色あせていく、そこにいるのが当たり前だったときは、なにも感じないのに、帰れなくなったとたんに郷愁の念が湧くのも、一種の身勝手さだろうか。

 どこか遠くを見るリュージに、イナセは何か言ってはいけないことを言ったのかとうろたえた。ヴィートも何といってフォローすべきか迷ってしまった。

 それを眺めていたラフィが、大きな大きなため息とともに立ち上がった。



 「あーもう、こんな話止め止め!リュージもどっかいってないで帰ってきなさいな」

 「……ああ、悪い」

 「ダメよ?食事は楽しくしなくちゃ、暗い話するくらいならもっと楽しいことしましょ?」

 「楽しいこと?」

 「そうたとえば、食事中も帽子を脱がないマナー違反な女の子の帽子をとっちゃうとかね!」



 言いながらラフィは、流れるような動作でイナセの帽子を奪い取った。あまりの鮮やかさに、とられた本人も気づくまでに数秒要したほどだった。

 素顔を完全に露にさせられた少女は、焦って両手で顔と頭を覆おうとするも、時すでに遅し、全貌は明らかになった後だ。

 その場にいた三人、全員が目を奪われたのはまずその頭髪。

 薔薇のように真っ赤な、その髪だった。肩まで届きそうな髪を、適当なひもで縛ってまとめてある。髪が痛むことなどお構いなし、乱雑な括り方だ。



 次に目を引くのは、隠しきれずに指の隙間から見えている瞳、これも髪と同じく華麗な赤だった。彼女の乱暴な口調とはイメージが合わない、おっとりとしたたれ目だ。

 リュージ達は、中身はともかく外見だけなら絶世の美女といって差し支えないセラフィーナと常に一緒にいるので、目は肥えているほうだが、並べて見ても遜色ない美少女だった。



 ラフィを、雪原に咲く一輪の花とするなら、イナセは暖かな丘の上に咲く一輪の花だった。

 並び立って咲く者がいないという一点では、どちらも同じである。



 「も、もう!姐さん、さっさと返してくれよ!周りのみんながじろじろ見てくるから嫌なんだって!」

 「えー、隠すなんて勿体ない、そんなにかわいいのに!」

 「やだよ!派手で目立つばっかだし、目に力ないから相手になめられるし」

 「目力なんてあっても碌なことないわよ、リュージを見なさい」

 「そこで俺を拳げるんじゃねえ」



 本当のこと過ぎてなにも言えなくなるから、とは続けたくない。

 もったいないと連呼するラフィだったが、当の本人からすれば本気で隠したいもののようで、イナセはラフィから帽子を取り返すと再び深く被りなおした。



 「あぁ、せっかく可愛かったのに、絶対外してた方がいいわよ、ねぇヴィート」

 「え、ああ、ハイ、そうですね」

 「何よ、ぼうっとしちゃって、そんなに見惚れてたの?」

 「そそそ、そんなことないですよ!僕はただ、綺麗な色だなって」

 「……黙れ」

 「えぇ!?」



 ヴィートの一言に、イナセはそっぽを向いて、毒づいた。

 ヴィートは、なぜイナセが不機嫌になったのか分からずに、ただ怒らせてしまったのが自分であることだけは自覚して、謝るべきかどうか戸惑っていた。



 その様子をにやにやしながら見ているラフィに、小さくチョップを落としてから、リュージはグラスに残っていたものを飲み干した。

 またラフィに助けられてしまった。どうもリュージは空気を暗くしがちだ。家のことを考えると、どうしても――。

 だが、望郷の念と同じくらい、旅先の一喜一憂が楽しみな自分もいて、今はこんな小さな出会いに喜ぶ自分でいたいと、リュージは微笑んだ。


スランプ脱却キャンペーン、何かいい方法募集中。

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