アルカディアの8
早くもスランプ……申し訳ない。
一応十話分くらいはためがあるのですが、ためを消費してしまうのが恐ろしい日々なわけですヨ……頑張ります。
あと短いので二話同時に投稿します。
確かな手応えを感じていた。
路地裏に残ることを選んだヴィートは、三体一というハンデを持っても、なんとかその状況を凌いでいた。勘違いされがちだが、彼は攻撃をしないだけで、身体能力自体は低くない、騎士になるための訓練も一通り受けている。
つまり身も蓋もなく言えば、『戦いなれただけの一般市民』に苦戦するようなやわな鍛え方はしていないということだ。
「この野郎!ちょこまか避けてんじゃねえ!」
「しつけんだよ、さっさとくたばれ!」
右から迫るブラックジャック、左から迫る鉄パイプ、以前の彼ならば確実に恐怖で身が竦み、躱すどころではなかった。しかし、今のヴィートは、恐怖こそしっかりと感じているものの、動きが止まることはなかった。
逃げていったイナセを追わせないため、確かにそれもある。だが最も大きな理由はそんなに綺麗なものではない。
つい一週間ほど前に味わった。本物の恐怖、人ならざるものとの戦い、殺気、文字通りの殺すためだけに練り上げられた気――。
それをもろに受けたせいか、目の前にいる男たちからは、あそこまでのプレッシャーは感じられない。
――なんていうか、僕も嫌な慣れ方しちゃったなぁ……
内心げんなりしてしまうが、今は決して表には出さない。相手に疲れていると思われては困るからだ。
いや、疲れているのは本当かも知れない、なにしろヴィートは相手を倒す技を持っていない。このまま避け続けていても、相手が諦めて帰るとは予想しづらい。完全にお互いジリ貧だった。残っている手といえば相手が疲れて動けなくなるまで、回避を続けることか、いったいいつになることやら……。
と、攻撃に参加せずに戦闘を観察していたバンダナの男が声を張った。
「おい、お前ら、こっち戻って来い!」
「なんでだよ!どうせもうすぐ終わるぞ!」
「バカ野郎!今夜中に終わらせなきゃいけないんだろうが、こんな奴に時間とってられねんだよ!」
「……わかったよ」
攻撃を仕掛けていた二人は、渋々ヴィートから距離をとってもう一人のもとへ、何をするつもりだろうか、遠距離攻撃に訴えるわけではないようだ。クロスボウを拾う素振りも見せない。ただ三人は下卑た笑いをヴィートに向けていた。まるでもう勝利を確信しているかのように――。
ヴィートは油断なく、いつでも動けるように体勢を低くした。
「褒めてやるぜ、三体一でここまで粘るとはな、それにしても騎士ってのも大変だな」
「なんのことですか」
「魔素保有量が優秀な人間は魔法の手加減が苦手らしいからな、さっきから攻撃してこねえのも、都市を壊さないためだ、違うか?」
全然違う、というか随分好意的に解釈されていた。
確かに相手からすれば騎士が攻撃してこない理由はそれくらいしか思い浮かばないだろう、まさか戦っている最中に、個人的なこだわりで攻撃を放棄しているなんて考え着くほうがおかしい。
返答できないヴィートを見て、相手は勝手に肯定と受け取ったようだった。
「へっ、ご苦労なこった、だが俺たちは違う、お前ほど都市の被害を気にしなくていい」
「……どういうことですか、あなたたちにそんな大規模の魔法が使えるとは思えませんけど」
「ああその通りだ、才能がなかったからな、だが才能のない人間ってのはいつだって才能をぶち壊しにするための努力を惜しまないんだよ」
口角を吊り上げ、歯を剥き出しにして男は嗤う。目の前にいるヴィートが強者だと認めた上で、それを粉々にするのが楽しくて堪らないと、男は嗤いながら、ポケットから何かを取り出した。それは三角錐の水晶のようなもので、赤黒い輝きを放った。その輝きは、ただただおどろおどろしく、まるで路地裏一面に血液をぶちまけた様に輝きを染み渡らせた。
だがその輝きとは無関係に、ヴィートは背筋を凍らせていた。あの形は見覚えが有る、リュージに名前も教えてもらった。あれは――。
「ジャンクスピリット!」
「あ?なんだお前知ってんのか……そんな名前じゃなかったはずだが」
「それをどこで!?」
「わざわざ教えてやるわけねえだろ、じゃあな」
男が水晶を持っている手を振り上げる、ヴィートはその動作一つに戦慄し、何としてでも止めるべく、力の限りに大地を蹴った。だが全ては遅すぎた。男は振り上げた腕を、そのままの振り下ろして、力任せに水晶を――投げた。
一瞬の逡巡、ヴィートの頭の中に生じる。
自分知っているそれとは用途が明らかに違う、そして今更だが、ヴィートの知っているジャンクスピリットは、もっと形容しがたい輝きを放っていた。色という概念では表現しきれない、世界の外側を直接詰め込んだような輝きを――。
では、では今まさに自分の前に飛んできたこれはいったいなんなのか、答えはすぐさま知らされた。
ヴィートの真ん前で、輝きを増しながら爆発を起こした水晶によって――。
ごろごろ、ごろごろと、数メートル地面を転がされたヴィートは、勢いとどまる事を知らないままに、壁に叩きつけられた。
「あ、ぐ……」
衝撃に呆然としていた頭が、意識を取り戻す。同時に全身を襲う痛みに、うめき声しか上げられなかった。
何をされたのか、さっぱりわからない、最後に視界に映ったのは炎、それを伴う爆発、この痛みは火傷だろうか、それともどこか折れてしまったのだろうか、とにかく身体に力が入らなかった。
「ったく、手こずらせやがって」
「どうすんだ、片付けちまうのか」
「ほっとけ、ここなら誰かに見つけられる頃には死体だろ」
「それもそうか」
「……そういうわけにもいかねえみてえだぞ」
呑気にヴィートを見下ろす細目の男に、バンダナの男が、あるものを指さした。そこには、未だ健在の黒い壁、ヴィートが守るために生み出したもの。
「やっぱ殺すしかねえ見てえだな」
迫る足音を聞いて、ヴィートは必死に体に力を入れようとしていた。死ぬつもりで残ったのではない、イナセは追わせないし、自分だって生き残るつもりだ。
自分を必要としてくれた人がいるのだ。こんな路地裏で息絶えるわけにはいかない、絶対にだ。
そんなヴィートの決意を踏みにじって足音はますます近づいてくる。諦めるつもりはない、諦めるつもりはないが、怖くて涙が浮かんでしまう。なにが悪魔との戦闘で恐怖を克服しただ。驕っていただけではないか。
人は死ぬ、あっさりと死ぬのだ。前回全員が生き残ることができたのは、本当に奇跡的なことだったと、知っていたはずなのに、油断してしまった。物語の中の人物にでもなったつもりだろうか。
生への執念と、自責が混ざり合って、よく分からない。ただ足音はもう止まっていた。目的地にたどり着いたからだ。男はヴィートのすぐそばで鉄パイプを持ち上げている。
とりあえずこの一撃を、なんとしてでも防ぐ、途切れそうな意識をかき集めて、魔法を使うために集中する。間に合うか、ギリギリだ。
「じゃあな、もうくたばれ、ガキ」
「絶対に、嫌だ!」
振り下ろされる鉄パイプ、ヴィートは雄叫びとともに、盾を発現させようとして――自分のすぐ後ろの壁が吹き飛ぶ音を聞いた。
砂埃が舞い、完全に視界が塞がれる。なにが起こったのか、察しているのはこの場でヴィートだけだった。
「な、なにが起こって――ぐぁっ!」
「おい、どうし――ぎゃぁ!!」
「おい、お前らどこに――がぁっ!!」
悲鳴は三つ、倒れるような音も三つ、完全に終わったようだ。次第に砂埃も晴れ、視界が確保できる。そこにはヴィートの予想通りの光景が広がっていた。
「ちょっとー!情けないわよ、この程度の連中にズタボロにされて、それでも勇者パーティの騎士担当なの?」
うつ伏せに倒れ伏す男の背中に、手を組んで堂々と立つラフィ。
「いいからさっさと治してやれ!悪いなヴィート遅くなった」
ヴィートの怪我の具合を見て、珍しく焦っているリュージ、ラフィは「このくらいじゃ死にゃしないわよ」とゆったりとした動きでヴィートに治癒魔法をかけ始めた。
それから、もう一つ、これはあまり予想していなかったこと。二人に挟まれる位置で、こっちを見ている人影、深くかぶった帽子のせいで顔はよく見えないが、震える口元は、泣いているようでもあった。
――心配させちゃ、ダメだよね
ヴィートは、できるだけ皆を、こっちに駆け足で向かってくる少女を安心させようと、そっちを向いて笑ってみせた。誰かを泣きやませるなんて役目を、自分が請け負っていることがおかしくて、最後には無理せずに笑うことができた。




