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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
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アルカディアの4

短いので、2話投稿

 リュージたちが最上階への距離を縮めている間に、宿を任された少年も夜の街を彷徨っていた。探し始めて数十分、とりあえず歩き続ければ見つかるだろうと高をくくっていた少年は、知らない街で宿を探す難しさを思い知っていた。



 夜も更けてきた中、看板も見えないため一軒一軒確認する以外に方法がなく、せめて掲示板の位置だけでも確認すればよかったと後悔は深まるばかりだった。

 だが彼の最大の障害は、土地勘のなさでもなければ、あたり一面の暗さでもない、目の前に立て札である。



 「あれ?また工事中?」



 さっきから進もうとした道に尽く置いてあった。まるでヴィートの行く道を遮っているように――。

 多すぎる工事現場に勿論違和感はあったが、アルカディアに来るのは初めてだ。建設都市と呼ばれるここでは、もしかしたら普通のことなのかもしれない。 

 どちらにしろ、塞がれている道を強引に通るわけにもいかない、ヴィートは仕方なく今通ってきた道を戻っていった。



 「気のせいかなぁ、あの立て札さっきも全く同じのを見た気がするんだけど」



 それこそ、板の汚れから、擦り切れている場所から、ペンキのはがれ方から完全に一致しているような気がした。同じものであるはずが無いのでただの気のせいなのだろうが、拭いきれない違和感にヴィートは首を捻りながら歩いていた。



 「……でもそんなことより、早く見つけないと、またラフィさんになんか言われちゃう」



今の状況に対する疑問は尽きないのだが、それよりも目の前に迫る危機が大きくなりつつある。これだけ時間が経ったのに、駄目でしたなんてことになった日には、リュージはともかくとして、もう一人は決して自分を許さない。分かりきっていることだ。

早く宿を見つけて二人と合流しなければ――。



 「あれ?そういえばどうやって合流するんだっけ?」



 ヴィートの顔からサーっと血の気が引いた。なぜ気づかなかったのか、落ち合う場所も時間も方法も決めていなかった。都市は広い、我武者羅に歩いていれば出会えるなんて都合のいいことは期待しないほうがいい、下手をすると今日中に会えないなんてことも十分あり得る。



 「ど、どうしよう、こうなったらとりあえず先に二人のところに行くべきかな?多分あの建物だよね」



 都市の中心に建っている、『やたらと背の高い建物』に目をやる。今ならきっとまだ二人ともあそこにいるはずだ、ラフィには怒られるけれど、会えなくなってしまっては元も子もない。ヴィートは覚悟を決めて『背の高い建物』へと力強い一歩を踏み出して、あたりがやけに明るいことに今更気づいた。



 原因は一目瞭然だった。周囲の建物、その部屋の一つ一つ、全てとは言わないが、かなりの数に明かりが灯っていた。もう夜も深くなってきている。こんなに起きている人が多いものなのか、アルカディアの人間が特別夜更かしだなんて話は聞いたことも無い。

 不思議には思ったが、別段気にすることもないと、ヴィートがそこを通り過ぎようとしたときのことだった。



 ヴィートの耳に、とある声が飛び込んできた。

 それはヴィートが今までの人生で一度も聞いたことの無い種類の声だった。そう、形容詞をつけるならば、艶やかというか、艶っぽいというか、もっと端的に言えば色っぽい女の人の声が――。



 そしてそれは一つではなかった。なぜ今まで気がつかなかったのか、明かりのついている部屋、つまりはこの辺りのほとんどの部屋から似たような声が聞こえている。



 ヴィートはやっと理解した。ここがどういう通りなのか、何で夜なのに明かりがついているのか、気づいた途端、ヴィートはプルプルと震えながら、顔を真っ赤に染めて、沸騰したやかんのように頭から湯気を立ち上らせた。

 一刻も早くここから立ち去らなければ、頭ではそう思っているのに体が固まってしまって動かない、しかも更なる追い討ちがヴィートを襲った。



 「あらぁ?なんでこんなところで突っ立ってるの、お兄さん」



 ごく自然な足取りで、後ろから現れた人物がヴィートの腕に自らの腕を絡ませた。さび付いたブリキの兵隊のような動きで首を向けると、そこには亜麻色の髪を肩まで伸ばした女性がにっこり微笑んでいた。



 「さっきからずっといるわよねぇ、こういう場所初めて?」

 「あ、いや、あの、えっと」

 「大丈夫よ、緊張しなくても、初めては誰にでもあるものだものね」

 「いや、そうじゃなくてだから、その――」

 「一人が恥ずかしいなら私がついてってあげる」



 豊満な胸を、ヴィートの腕に押し付けるように、彼女は抱きついた。ヴィート・マッシは真面目な少年である。周囲からは真面目さしかと

りえが無いとすら言われていたほどの生真面目である。

 当然このような事態に対してはなんの免疫もなく、もっと言えば楽し

む余裕などあるはずも無い。呼吸すら忘れてしまいそうな緊張は、ただただ苦痛だった。



 精神は限界を迎え、ふとしたきっかけでこの女性を突き飛ばして逃げ出しそうだった。それをしないのはひとえに彼の騎士としての矜持がそれを許さないからだった。



 しかし、それもすぐに無理が来る。亜麻色の彼女は、ヴィートの耳元に口を寄せると、ぎりぎり鼓膜を振動させるか、させないかくらいの音量で囁いた。



 「私の部屋まで、来る?」



 ヴィートはぎゅっと目を瞑った。もう頭を抱えて座り込んでしまいたかった。

 すると、いきなり腕にあった感触が消えた。

 諦めてくれたのだろうか、ゆっくりと目を開くと、そこには――。



 「フィリーネ、あんまり強引な勧誘はいけないぜ、兄ちゃんビビッてるじゃねえか」



 どこから現れたのか、少女が、ヴィートにまとわり着いていた彼女を引き剥がしていた。亜麻色の彼女はフィリーネという名前らしい、フィリーネは突然現れた少女に、不満げにぼやいた。



 「あらぁ、無理な勧誘なんてしてないわよ?そっちのお兄さんが暇そうだったから、お淑やかにお誘いしてただけよ?」

 「お前の言うお淑やかってのは、脅えてる男の子唆して連れてくことかよ、趣味悪いぜ」

 「……はいはい、分かりました、それじゃお兄さん、気が変わったらまたおいで」



 去り際に流し目で、ヴィートを一瞥すると、フィリーネはあっさりと帰っていった。張り切っていた緊張の糸がいきなり緩んだせいで、ヴィートはその場に崩れ落ちた。

 忘れていた呼吸を思い出す。肺が求めるままに空気を吸い込んだ。ふと、目の前に小さなコップが差し出される、顔を上げると、窮地を救ってくれた少女だった。



 「とりあえず飲みな、ただの水だけど」

 「……ありがとう、おかげで助かったよ」



 一息に飲み干して礼を言う、しっかりと見る余裕が無かったが、小柄な少女だった。ヴィートより頭一つ分は小さい、身なりは決してきれいとは言えないもので、服はところどころ穴が開いていた。ハンチング帽を深々とかぶっているので、顔の上半分は見えなかったが、口元から八重歯を覗かせていた。



 「気にすんなよ、困ったときはお互い様だろ?」

 「……ほんとにありがとう、えっと、僕はヴィート・マッシ、君は?」

 「ん?ああ名前か、アタシはイナセ、苗字は無い」



 苗字はないと、彼女は言った。これは実は珍しいことではない

 自由都市連盟結成後、表向き身分制度は撤廃された。現代においては苗字を持つ権利は万民に与えられている、しかし与えられたのは権利であって義務ではなかった。

 今更必要とも思わないから。

 先祖代々の慣習であるから。

 元を辿れば貴族の風習であるから。

 さまざまな理由で苗字を持たない人々は今なお一定数いる。彼女もそのどれかなのだろう。



 「それにしても、ブロックスの騎士はクソ真面目だから女が苦手ってのはほんとだったんだな」

 「は、はは、それはどうだろう、僕が慣れてないってのもあるし……」

 「ふーん、まあどっちでもいいや、さっさとここから離れなよ、また似たようなのに絡まれるぞ」

 「それは……困るなぁ、そうするよ」



 イナセが伸ばしてくれた手をとって立ち上がる。今思い出したがリュージたちのところへ向かおうとしていたのだった。トラブルで時間を使ってしまった、急いで向かわなければ――。



 「それじゃあ、本当にありがとうね、イナセちゃん」



 ぴくっとイナセの頬が動いた。彼女は息を吸って短く吐くと、人差し指を立ててヴィートの目前に突きつけた。顔の上半分は見えなくとも、きつく結ばれた口元からは分かりやすい怒りを感じる。



 「ひとつだけ言いたいことがある」

 「は、はい!」

 「アタシをちゃん付けで呼ぶな」

 「ご、ごめん、イナセちゃん――あっ!?」



 口に手を当てて情けない顔をするヴィートに、イナセは嘆息して突きつけた指先でヴィートの進路を指した。さっさと行けという意味だ。

 ヴィートは申し訳なさを持ってはいたが、これ以上言葉を重ねても、苛立たせるだけだと、指された方へ駆け出していった。

 ある程度進んだところで、小さくなったイナセの影に深々と頭を下げて、ヴィートは再び中央ビルへと目標を定めた。



 ――悪いことしたなぁ、イナセちゃんに今度会えたら謝ろう。



 なぜ怒られたのかを、既に忘れかけている時点でもう会わないほうが良いことは確実なのだが、ヴィートは受けた恩を忘れるつもりは無かった。次にあったら何かご馳走したい。

 見た目で決め付けるのはいけないことだが、あの格好からして、裕福な生活はしていないだろうから――。



 ――今自分のお金っていくら持ってたかな、さすがに旅費から出すわけには……。



 旅費、その単語が頭に浮かんだ途端、言いようのない不安がヴィートを包んだ。

 なぜだろう、何か今すぐ気づかないといけないことがあるような、この腰から下げている袋の中にある金について、たった今気づかないといけないような、そうして腰に手を伸ばしたヴィートは、心臓が止まる感覚を、確かに味わった。



 無い、旅費が無い、腰から下げていたはずの袋ごと無い。



 落とした?



 「ほ、ほ――」



 寝静まった夜の都市、少年は迷惑の二文字も忘れて、力の限り喉を振るわせた。



 「ほわああああああああああああああああああああああああ!!??」



 進んだ速度の何倍もの速さで、もと来た道を戻っていくヴィート、彼の頭の中に、他人に盗まれたなんて考えはつゆほども無かった。


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