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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
建設都市アルカディア
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アルカディアの2

遅くなりまして、この時期はバタバタしているもので、もう少しペース上げられるように頑張ります。

 太陽は西へと向かい、辺りを照らすものが徐々になくなっていくころ、蹄が地面をたたく音が一定のリズムを刻んでいた。歩いているのは二頭の馬と三人の人間、そのうちの一人は瞳から一切の輝きを消していた。視線は虚空を見つめたまま微動だにしない。

リュージは、そんなこの世の終わりを告げられたような顔をしているヴィートの肩を叩いた。



 「まあその、なんだ、仕方なかったよ」

 「……はい」

 「あんな場所に熊が出るなんてな、もう誰も通らないように話広めとかないとな」

 「……はい」

 「俺たちが一番最初にあったのは、不幸中の幸いってやつだ、喜ぶべきことだ、そうだろ?」

 「……はい」

 「あー、それだからな――」



 なんとか元気づけようと努力をしてみるも、ヴィートは視線を動かしさえしなかった。生まれ故郷から親切でもらった馬車を破壊してしまったショックは相当大きかったようだ。いつもなら非常事態に陥れば喚く彼が、一言も発さない。これはまずいかもしれない。



 「ああもうめんどくさい!」



 と、そこで黙っていたラフィがヴィートに人差し指を突きつけた。ヴィートもゆるゆると首を動かし、



 「何をうじうじしてるの、後悔なんて時間の無駄遣い以外の何物でもないわ!深呼吸しなさい、それで大体の終わったことは笑い話になるから」

 「そ、そんな無茶な!だって僕のせいで、せっかくの馬車が――」

 「確かに他のタイミングだったら取り返しがつかなかったでしょうね、でも今私たちがどこに向かっているのか忘れた?」



 ヴィートがようやくそのことを思い出した、とばかりにハッとした。現在の目的地ならばリュージも聞いている。

建築都市アルカディア、この世界における建築技術の最先端を走り続ける都市。都市を囲む城壁の建築基準作成や重要文化財の保護など、その貢献度は世界規模で考えるとブロックスを上回る。



 そしてアルカディアが作るのは何も建物だけではない。またの名を工作都市とも呼ばれるアルカディアでは、金属加工こそ『鋳造都市』には及ばないものの、作成できないものはないと言われる。家から、中に置く家具から、馬車を作ることなどた易い。



 「ショックなのは分かるけど、そもそもアルカディアに着いたら馬車を換えることを相談するつもりだったのよ」

 「え、そうだったのか」

 「ええ、結構使いこんでる様子だったし、長旅は無理だと思うわ、もっと頑丈なのを作る必要がある、むしろ手間が省けたくらい」



 肩をすくめるラフィには、嘘をついている風ではなかった。そもそも気を使ってこんな話をするタイプではない。ヴィートも幾分か落着きを取り戻して聞き入っていた。



 「けが人もない、馬も無事、荷物もなくなってない、これ以上求めるのは贅沢ってもんね」

 「……そんな都合のいい考え方して良いんですかね――うわぷっ」



 ヴィートの隣を歩いていた馬がその身をヴィートに擦りつけた。賢い馬だ。さっき熊が出てきた時にも一切暴れたりしなかった。いつも一番触れ合っているヴィートの元気がないのに気づいたのだろう。もう一頭も寄ってきてヴィートの顔を舐めた。



 「ジョゼフィーヌ、アンリエッタ……」



 この二頭は馬車をもらった時に一緒に譲り受けた姉妹馬だ。

 母馬はごく普通の馬だったのだが、生まれてきた彼女たちは、何故か並はずれた巨体で、他の馬たちから除者にされていたそうだ。

 あまりの大きさに乗りこなせる人物もおらず、このままでは一生を馬小屋で終えそうだったところを、馬力を買われて今回の旅に選ばれた。ちなみに名前は二頭ともヴィートがつけた。

 動物からの純粋な慈しみに、ヴィートは目に涙を浮かべると、二頭の首に抱きついた。



 「うぅ、ありがとう、そうだよね、元気なくしてる場合じゃないよね、僕頑張るよ!」

 「……なーんか馬に全部持っていたれた感じね」

 「いいじゃねえか元気出たなら、それこそ細かいこと言いっこなしだろ」

 「それはそうなんだけど、そうなんだけどさぁ――」



 ラフィはどうも釈然としないのか、不貞腐れて早足になった。リュージは口の端を歪めると歩くペースを変えずにゆっくりとついていった。  

 空を見る、最近は日も長くなって、もうすぐ夏がやってくる。一つの季節の終わりを迎えるのだ。いつもなら何も気にせずに過ぎていく時間も、境遇が変われば新鮮だった。



 やがて来る秋も、冬も、もしかしたらもう一度の春も、この世界で体験することになるだろうか。

 いつかこの旅が終わったとき、季節はいったいどうなっているのか。



 「――流石にそれは気が早いか」

 「何言ってんの急に」

 「気にしないでくれ、ただの独り言だ」

 「顔だけじゃなくて口からも思ってることが出るようになっちゃったの?生きていくの大変そうね」

 「酒飲まなきゃ動けなくなるやつよりは楽に生きていけるさ」



 皮肉めいたものに咄嗟に返答できるようになったことはいいことか悪いことか、軽口をたたき合える仲なんて今までいなかったリュージにはわからなかったが、ラフィは適当にあしらわれるよりはこういう返しのほうが楽なのか文句はなかった。

 リュージは改めて空を見上げた。もうすぐ日が完全に沈む。夜までにたどり着けるだろうか。そう思ったとき、最初に見つけたのはヴィートだった。



 「あっ!あれじゃないですか」



 リュージもその声に目を凝らして彼が指さすほうへ視線を移した。うっすらとだが、見えるその影は城壁、間違いない、あれがアルカディアだ。この距離ならあと一時間もかからないはず、ラフィの言う通り馬車はちょうどいい距離で壊れたのかもしれない、今晩は久しぶりにベッドで眠ることができそうだ。



 「この調子なら何とか辿り着けそうね、今夜は久しぶりにお酒飲んでぐっすり寝れるわ」

 「えっ、それいつものことじゃ――」

 「わかってないわねヴィート、確かに野の上森の中で星空を見上げながらってのも乙だけど、屋根のある場所で、ベッドで寝れるという安心感を伴ったお酒は格別なのよ」

 「そ、そうなんですか、すいません知りませんでした」

 「真に受けるんじゃねえぞ、飲んだくれの戯言なんだから、どうせどこで飲んでも楽しそうにしてんだよそいつは」

 「ちょっと!?私の繊細な心に傷がつくじゃない!なんだか最近口が悪いわよ?」

 「誰かさんのおかげでな、鍛えられてるみたいだ」

 「……その誰かさんには文句を言わないといけないわね、参考までに名前も言ってみなさいよ」

 「文句言いたいなら鏡見ればいつでも言えるさ」

 「あんまり遊んでると到着する前に疲れちゃいますよ、二人とも」



 こんなやり取りはいつものことだった。お互いに本気で悪態をついているわけではないのは分かっている。ただの言葉遊びみたいなものだ。ヴィートもそれが分かっているから、やんわりとしか止めない。最初の二、三日はこんな言い合いにいちいち本気で焦っていた彼を思いだすと懐かしくなる。馬車は壊れたって旅は順調なものだ。



 そのまま三人と二匹は、見えた都市の明かりを頼りに一歩一歩進んでいった。辿り着いた先で何があるかも、知らないままに――。



 ※    ※    ※    ※    ※    ※   ※     



 異変に気付いたのはあと数分で門に着く、といったところだった。

 もはや三人の頭の中には、今晩の宿やら、まともな夕飯やら、ワインが喉を通る感覚やら、とにかく明るいものしかなかった。



 そんな彼らの希望を打ち砕いたのは、門の前で言い争う一団、一方は多分アルカディアの騎士団だ。他方でその彼らに詰め寄っているのは、大きな馬車を数台引き連れた商人たちだった。もう暗いせいか、よっぽど強く言い争っているからか、近づいてくるリュージたちに気付かない。おかげで話の内容は明瞭に聞き取れた。



 「中に入れないとはどういうことだ!」

 「そのままの意味です、申し訳ないが誰一人入れるなとの命令でして、商品はここで受け取ります。その後はお帰り願うしかありません」

 「バカな!今からじゃ近くに村もない、はるばるやってきたのに野宿をしろというのか!?」

 「本当に申し訳ない、ただし商品は相場の倍の値段で買い取るとのことですから、どうかそれで」

 「ぐっ!そ、それは有り難いが、しかしねぇ――」



 倍の値段という言葉に、商人が揺らぎかけている。放っておけば交渉はうまくいきそうだが、リュージたちはそれどころじゃなかった。中に入れない、不穏すぎる言葉を聞いたリュージは、商人たちと話しているのとは別の騎士に話しかけた。



 「ちょっといいか?」

 「はい、なにか?」



 騎士は突然やってきた三人組を見て顔をしかめた。見なれない服を着た人相の悪い男と、修道服を改造していてスリットから足がちらちら見えるシスターと、何故だかおどおどしている少年、そんな意味不明の三人組と相対した騎士は明らかに警戒していたがリュージはそれに気づいていない。



 「中に入れないのか?」

 「え、は、はい、申し訳ありませんが今は何人たりとも入れてはならないと、親方の命令で」

 「親方?」

 「アルカディアの代表です」



 ヴィートがこっそりと教えてくれた。市長、団長と来て親方、なかなか独創的な名称だ。とはいえ今はそんなことを気にしている暇はない。



 「何で入れないんだ?何かあったのか」

 「外部の方に教えるわけにはいきませんので、申し訳ないんですがお引き取りを」

 「見ての通りただの旅人だ。一泊して食べ物とか買っていきたいだけなんだが、それでも駄目か」

 「特例を認めるわけにはいきません、他の方に示しが付きませんから」



 職務に熱心な騎士だ。表情を見るにここで粘っても入れてもらえそうにないし、何があったかも教えてくれないだろう。ここまで来て都市の前で野宿か、というよりもここで入れなかったら次の都市までどれだけかかるのか、ブロックスでもらった物資はアルカディアまでの物だけである。



 引くわけにもいかない、しかし通れそうもない。事態が膠着状態に陥る中、ラフィがひとり冷静に荷物を漁っていた。



 「おい、なにやってんだラフィ」

 「話し合いなんてややこしいことしてらんないわよ、あ、あった、ついでにあなたもおいで」

 「え、ぼ、僕ですか?」



 荷物から何かの紙切れを取り出したラフィは、隣に立っていたヴィートの腕を掴むとリュージの横まで来て騎士に向かい、持っていた紙を突きつけた。それを見た騎士の表情がハッとなる。そして書いてある文章を熱心に読み始めた。隣にいるリュージにもその紙を読んだ。



 それはブロックスを出た際にもらった証明書だ。これを都市の代表に見せるだけでいいと言われていたものだ。そういえばもらったものの中身に目を通したことが無かった。しかしその効果は劇的だった。



 「……なるほど、あなた方はブロックスから直々の任務があるということですね」

 「そういうことよ、必要ないと思うけど一応ほら、ブロックスの騎士も一緒」



 ラフィはヴィートの腕を引っ張って前に立たせようとしたが、目の前の騎士は不要とばかりに首を振った。そして何事かを思案するように顎に手を当てていたが、何かを思いついたのか、離れた所に立っていた、騎士を呼び寄せた。緑の髪に眼鏡をかけた男で、まだそんなに年を重ねているとは思えない風貌をしている。



 「隊長、何か用ですか」

 「ディルク、すまないがこの人たちを都市のなかに入れてくれ」

 「え!?しかし――」

 「一日だけだそうだから、今晩だけ君が見張っていてくれ」

 「はぁ、分かりました」



 隊長と呼ばれた騎士は、リュージ達に向きなおった。その瞳からは疑いが消え切っていない。できれば通したくない、そんな言葉が顔を見るだけで読み取れた。



 「というわけで、このディルクが付いていくことになる、あと馬と荷物はここで預けていってくれ、都市から出るときに返そう」

 「……ずいぶん信用されてないのね」

 「事態は深刻でね、こんなタイミングで都市内に入る君たちを疑わないわけにはいかないんだよ、気を悪くしたのなら謝る」

 「いやいいさ、どうせ一泊しかしない」

 「そう言ってもらえると助かるよ」



 不機嫌なラフィとは対照的に、一切気にした様子のないリュージを見て、隊長は幾分か瞳を優しくした。

 リュージ達は、馬を騎士たちに預け、城壁の入口から中へ入った。アルカディアでは大きな正門はなく、人が入れる大きさの入口から壁の内部を通り抜けて都市内に入る形になっていた。リュージは気になって前を歩いているディルクに訊ねた。



 「変わった作りになってるな」

 「外から来られたらそう見えますか」

 「ああ、なんて言うか、外から見れないようにしてる感じがある」

 「驚いたな、それで正解ですよ」

 「どういうことだ?」

 「アルカディアの建築物は、まだ外の世界では広まってない技術を使ってる物が多いんです。だから街並みを無暗に見せるわけにはいかないんですよ」



 町そのものが機密の塊というわけだ。どうりで壁も高いし、入口はややこしいつくりになっているはずだ。

 同時にリュージはそこまでして隠す町並みとはどんなものなのかが少し気になった。

 正直なところ、この世界の文化レベルは、現代日本を生きていた自分からすると遅れている。建設都市とはいっても高が知れていると思っていた。だが今の口ぶりからすると街並み自体が特徴的なようだ。



 神殿みたいな建物が並んでいるのか。

 はたまた見たこともないような奇妙な形の建物が所狭しと立ちふさがっているのか。



 妄想を捗らせていると、前を歩いていたディルクが出口の扉を開いた。先に出た彼に続いて意気揚々と外に踏み出したリュージは――



 時間が、止まるのを感じた。



 後を歩いていたラフィは急に立ち止まったリュージにぶつかって後ろに跳ね返った。さらに後ろを歩いていたヴィートの鼻っ柱に、女性にしては背の高いラフィの後頭部が直撃した。



 「ふぐっ!!いったいなぁ、ラフィさん何するんですか……」

 「私じゃないわよ、急にリュージが立ち止まるから、ちょっとリュージ……リュージ?」



 背後からの文句も、こちらを振り返っているディルクも、全てが意識の彼方だった。

 目の前にそびえ立っているのは、確かに独創的で個性的な建造物だった。他の場所では決して見たことがないし、きっとこれからも見ないだろう。しかしその言葉にはこういう前置きが付く。



 この世界にとっては、と――。



 「鉄筋コンクリートは、場違いだろおい」



 最近忘れかけていた街並みが、そこにはあった。

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