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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
防衛都市ブロックス
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ブロックスのおまけ

 12月2日 改稿版投稿しました!

 マルチャーノが騎士団につかまって二日目の夜、ラフィはいつもどおり酒に浸っていた。

 ちびちびと、彼女にしては遅いペースで、呑み進めていた。

 一人で飲むことには慣れていたはずなのに、なんだか気分は沈んでいる。

 教会の扉が音を立てて開く、ラフィが視線を向ければ包帯を巻きながらも元気を取り戻したヤコポが片手を上げて立っていた。




「おう、どうしたんじゃ辛気臭い顔して」

「お爺ちゃん、どうしたのこんな時間に」

「いやな、別にどうってわけでもないんじゃが……偶にはいっぱいやろうかとな」

「あら、誘ってくれるなんて珍しい、いいわよ、飲もう飲もう」




 ヤコポはラフィの正面に座ると、ラフィが差し出してきたグラスを受け取る。

 ヤコポは、酒を注ごうとするラフィを手で制して、自分で持ってきた酒の栓を抜いた。




「あれ? 自分で持ってくるなんて珍しいわね」

「……おう」



 

 ヤコポは言葉少なに酒をグラスに注ぐ。

 ヤコポは自分が悪酔いしやすいのを知っているので、滅多に酒の席には来ない。

 そのうえ自分で酒を持ってくるなんて、ラフィの記憶が正しければ初めてだ……もっと言えば、こんなふうに機嫌のよさそうなヤコポと飲むのも、ずいぶん久しぶりのことだった。




「ご機嫌ねお爺ちゃん」

「そりゃな、ここ半年ずっとだった悩みの種がようやく消えてくれたからの」

「いいことよ……まあ村は壊れちゃったけどね」

「なあに、生きとりゃなんとでもならあ、それに、新しい名物も順調じゃしな」




 新しい名物、マルチャーノがここを狙っていた理由でもある温泉だが、あの事件があった次の日には、アルカディアにある耳ざとい建築会社がやってきて、ここに温泉街を作りたいと話を持ちかけてきた。

 最初は警戒していた二人だったが、説明を聞く限り、後ろ暗いところもなさそうで、ヤコポにも出て行かなくていいといってくれた。

 なんなら温泉の管理を任せたいとまで……それならばヤコポに不満は無く、ヤコポが納得するならラフィも文句は無かった。




「それにしても、カフナが温泉街か、そのうち人がたくさん来る観光地になるのかしらね」

「どうじゃろうか、ここらは何も無いから、そう簡単じゃないと思うがなぁ……」

「弱気は駄目よお爺ちゃん! ここを世界一有名にするくらいの意気で行かなきゃ」

「世界一になってもすることも無かろうが」

「夢の無いこと言っちゃって、人生楽しんだもん勝ちよ? 意味も無く世界一目指すなんて楽しくてたまらないじゃない」




 酒瓶を振り回してそんなことを言うラフィに、ヤコポは声を上げて笑った。

 穏やかな、ここ最近見ることができなかった笑い方に、ラフィは自分がやったことが間違ってなかったと、内心、胸をなでおろす。

 ヤコポは一頻り笑った後、手にしたグラスをグイっと煽った。




「――そうじゃな、楽しく生きんとな」

「そうそう、私もいつも楽しくなるように、毎日毎日、後悔しないように過ごしてるからね!」

「それなら、お前はここにおるべきじゃないんじゃないか?」




 凪いだ海のように静かな声音で、ヤコポはそう言った。

 ラフィは突然の毒舌に、思わず吹き出して老人の顔を見る。

 こんなトーンで冗談を言うなんて、本当に珍しいことだ、ラフィはすぐに何かを言い返そうとして――穏やかながら、まっすぐにこっちを見ているヤコポの目に気付いた。



 ――それがとてもやさしい瞳だったから、ラフィは咄嗟に言葉に詰まって、それでもなんとか言葉を吐き出す。




「……なによお爺ちゃん、それ聞き方によっては出て行ったほうがいいってきこえるんだけど」




 ヤコポはそれに答えずにグラスを傾けた。

 中に入っているウイスキィがヤコポの喉を通り抜ける。

 ここでなにも答えないのは、つまりはそういうことだった。




「……私、なにかした?それでお爺ちゃん怒ってるの?」

「馬鹿を言うな、怒っとりゃせん」

「だったら何で出ていけなんて言うのよ!」




 ラフィが机を両手で叩いた。一緒に暮らしてきた相手からの、突然の拒絶、悲しみがラフィの心を満たしていた。

 ヤコポは、ゆっくりともう一杯ウイスキィを飲んだ。




「出て行った皆が、何人かは帰ってきてくれるそうだ」

「え? そんなことどこで――」

「ブロックスとか、アルカディアにいた連中はな、今回の一件をどっかで聴いたんだろう……帰ってきたいってさ、なあ、あいつらは一度村を捨てて逃げた、ほんとならそんな奴らは追い返したって良いかもしれん」

「……」

「でもなぁ、帰ってきてくれるって聞くと、なんか嬉しくなってしまうんじゃ……わしは、甘いかな?」

「そうね、でも私もいま似た気持ちよ、私だって甘い」




 ヤコポは何度か頷いた。

 鼻の下をこすって、何度も洟をすすって、話を続ける。




「家族は、一緒におると嬉しい、ここに住んどった連中、皆わしの家族みたいなもんじゃ、もちろんお前もな」

「じゃあ、じゃあ何で出て行けなんて言うの? 私だって、ずっとここに――」

「嬉しいけど、それじゃいけん、自分の幸せを相手に押し付けたら、絶対にいけん」

「おじいちゃん、話が通じてないわ。私はここにいたいって言ってるじゃない」

「……お前、あの男と、一緒に行きたいんと違うか?」




 ラフィの言葉を無視して、ヤコポはそう問うた。

 あの男が誰なのかなど、今更口にするきも無い。

 もちろんそれを否定することもできなかった。

 今日ずっと、気付けばそればかり考えていたからだ。

 



「どうして……」

「見とったらわかる、お前は昔から分かりやすい、わざと隠そうとしとるときは特にわかりやすい、あんな『ついていきたい』って顔しとったらすぐ分かるわ」




 ラフィは何かを言い返そうとして、言い返せる言葉もなくため息をついた。




「そうね、嘘はつきたくない、リュージと旅に出れたら面白そうって、そう思ったわ――でも私にはここに、カフナに恩がある」

「そんなもんは無い、お前が勝手におもっとるだけじゃ、お前の噂(・・・・)なんて知らんかった、ただここが田舎だっただけじゃ……お前が恩を感じるよなことなんて、なぁんもありゃあせん」

「でも、それでも私は――」




 気づけばヤコポは目の前にいて、ラフィをやさしく抱きしめる。それからしわだらけの手で、精一杯慈しむように、ラフィの頭を幾度も撫でた。

 ラフィは込み上げてくる何かを押さえつけるように、ぐっと唇をかむ。

 そんな子供っぽい意地の張り方まで見通すように、ヤコポは優しく笑った。




「もういい、もういいんじゃ、お前はこの村のために良くやってくれた、最後まで残ってくれた……今回だってお前がおらんと死んどった、お前が感じた程度の恩なら、もうとっくの昔にお前は返しとる」

「……私はそうは思わないわ」

「強情じゃのう……返されたと言ったら返されたんじゃ、だからもう行きたいとこにお行き、やりたいことやれ、お前はこんなちんけな村に収まるほど小さい女じゃないじゃろうが」




 ヤコポが離れて、ラフィは目元を拭った。

 飲みすぎたお酒が目から出てきただけだ、と誰に聞かれたわけでもないが言い訳をして、ラフィは立ち上がる。

 口元にたたえた勝気な笑みを、ヤコポに向けて、




「まったく、そこまで言われちゃ、行かなきゃ女が廃るってもんね!」 

「おう」

「それにしてもお爺ちゃん、後悔しても知らないわよ、こんな美人なシスター二度とこないからね! きっと次はゴリラみたいなのが来るわよ?」

「そうかい」

「そのときになって、追い出さなくちゃ良かったなって思ってももう遅いからね! 私行っちゃうからね!」

「いってらっしゃい、ラフィ」




 ラフィは早足で教会の入り口に向かい――出る直前に振り返って頭を下げる。




「……行ってきます、今までお世話になりました」




 扉が開いて、扉が閉まった。

 一人ぼっちになってしまった教会の中で、それでも老人は暗い気持ちではなかった。

 家族が、自分で選んだ新しい道へ、進み始めた。これ以上に嬉しいことなど、ほかには無いのだから――。

 ただ、ただ最後に、ラフィが言ったことに対して、老人は静かに一人ごちた。




「こっちの言うことじゃ、ばかもん」

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