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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
防衛都市ブロックス
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ブロックスの13

 12月2日 改稿版投稿しました!

 寝室には一つのベッドと木の長椅子、あとは貸してもらった燭台しかなかった。貧相で申し訳ないとカーラは頭を下げたが、ひとりで寝るにはもったいないほどの大きさのベッドがあるのに文句なんて言えるわけがない、ただでさえ服まで貸してもらったのだから。




「じゃあ何かあったら下にいるからね」

「何から何まで悪いな……あともし俺がヴィートに会えずに帰ることになったらよろしく言っといてくれ」

「ごめんなさいね、あの子ったら、いい年して」

「いいんだ、むしろ俺のせいでもあるだろうから……悪いな」

「気にしなさんなって、傷ついてる風じゃなかったから、明日には出てくるわ、お別れは自分で言わせるから」




 自信満々のカーラの言葉でも、リュージは頷けなかった。

 あの後ヴィートは自分の部屋に籠ってしまった。

 だが、やはり余計な御世話だったのかもしれない、いや、そうだっただろう。それでも何もせずにさよならは薄情な気がしたのだ。




 自分の価値が分からないなんて、本来なら素直で純粋な悩みだ。ただ彼の場合周囲の環境のせいか、少し悩み方が歪みかけていた。だから少しでも言えることがあればと思ったのだが――。




 実際のところヴィートの言う通りだ。

 リュージは明日になればこの都市から出ていく、カフナの顛末を見届けたら、その後はまた次の都市への駅馬車に乗って、ここから離れた都市に向かう。もう彼と会うこともないだろう。リュージにできるのはヴィートがまっすぐに悩み、育つことを願うくらいだ。




――ほんと、無責任な奴だな、俺は。




 祈りや願いに意味を見いだせるほど、信心深くもないくせに、最後にはそれに頼る自分が、ひどく情けなかった。

 開いた窓から空を、輝く星ぼしをじっと見た。星座なんて分からないから、ビルの谷間から見えた夜空との違いなんて分からない。

 リュージからすれば、こっちの世界も、元居た世界も、ただ空に星があるだけだ。変わらず、綺麗なだけだ。

 柄にもなく感傷に浸っていると、突然一つしかない扉が開かれた。




「ごめんねぇラフィちゃん、こんな狭い部屋しか無くて」

「いいのよ、止めてくれるだけでも本当に嬉しいんだから――って、あら?」




 これまた服を借りたのか、首にタオルをかけて地味な服を着たラフィが入ってきた。上気した頬、艶やかな髪から立ち上る湯気、風呂からあがったばかりだと一目で分かった。だが問題はそこじゃない。




「おい、部屋間違えてるぞ」

「ええ?間違ってないよ」

「……じゃあ俺の部屋がここじゃないんだな」

「やあね、案内までしといてここじゃないわけないじゃない」




 どういう意味だろう、その文脈ではリュージとラフィが同じ部屋に泊まることになるのだが、首をかしげているとカーラが不思議そうに言った。




「だって二人ともそういう関係だろう?」

「ああ?」

「……あー、そういえば何で二人で来たかとか、話してなかったわね」




 リュージもようやくそれに思い至った。自己紹介までしたのに、ここに来た経緯を全く話していなかった。つまりカフナの村に住んでいる夫婦が来たと思われていたわけだ。




「シスターって結婚できたんだな」

「どこの常識当てはめてんのか知らないけど普通にできるわよ」

「そうか……それにしても、よくそんな勘違いしたもんだ、見えないだろ」

「だって年頃の二人が一緒に来たらそういうことだって思うもんじゃないかい?」




 言われるとそういうこともあるかもしれないと、リュージはラフィの方へ視線を向けて――この破天荒なシスターと夫婦は遠慮願いたいものだと、内心ため息をついた。

 直後に、ラフィがリュージに鋭い視線を向ける。



「なんか失礼なこと考えてたでしょ?」

「……さぁな」




 動揺を悟られないようにそっぽを向く。そんなに顔に出ていただろうか。

 カーラはそんな二人の様子に頬を緩ませて「やっぱり」と言わんばかりの表情を浮かべていた。ひどい誤解もあったものだが、これ以上無理に否定すると、さらに面倒なことになりそうだ。



 ため息を重ねているリュージの前で、カーラは困り顔で口を開く。




「困ったねぇ……実は他の部屋は片付ける暇がなくてねえ、今からだと遅くなっちゃうかもしれないんだけど」

「ならリビングの床でもいい、布でも貸してくれりゃ適当な場所で寝れる」

「そんなわけにいくもんか、お客さん床で寝かせたとなっちゃ家の恥だよ、それくらいなら今から片付けを――」

「じゃあ俺も手伝おう、自分の寝る部屋だしな」

「いいや、じっとしておいておくれ、お客さんなんだから」

「だが――」

「ああもうめんどくさい!」




 じっと見ていたラフィが痺れを切らしたのか、声を上げた。

 腰に手を当てて二人のほうを見ている、その視線は『何を下らないことで騒いでいるのか』と雄弁に語っていた。




「リュージ!あんた何でこの部屋じゃだめなの」

「何でって、お前……」

「まさかいい年こいて女の子と一緒の部屋が嫌なんてガキみたいなこと言わないでよ?」

「子……?」

「なによう!」

「……いや、むしろいい年こいてるから問題なわけだろ、俺もお前も」

「つまり男と女が一緒の部屋にいることが問題なわけ?」

「まあ、そうなるな」

「じゃあ問題ないわ、だって私あなたのこと男として全く見てないもの!」




 窓から入った風が、蝋燭の炎を消した。

 暗闇の中リュージは考えた。男としては悲しいことを言われた気がしたが、正直そんなに悲しくなかった。出会って日が浅いということももちろんあるが、なにより最も大きな要因はそんなことじゃない。




 ラフィがすかさず部屋を照らす、光に照らされたその顔は、確かに美しいという言葉を使って間違いない造形だ。少なくとも今までの人生で類を見ないほどには、

 だが、だがなぜだろう。




「そういえば俺もお前のことは女としては見てないな、これっぽっちも」




 リュージの言葉にラフィは怒らなかった。どころか自分の考えが当たっていたのを喜んでさえいた。

 ラフィはふんぞり返って、得意げに、高らかに言った。




「問題解決ね!」

「……なるほど」

「二人がそれでいいなら、いいんだけどねえ」




 勝気な笑みを浮かべるラフィと、呆れた視線で二人を見るカーラが対照的だった。






※   ※   ※   ※







 問題ないとはいえ流石に一緒のベッドで寝るなんてことはしなかった。

 厚めの布をもらったリュージはそれにくるまって長椅子の上に寝転がる、まさか二日連続で椅子の上で寝ることになるとは、文句はないが何とも言えない気持ちになる。




「じゃあ明かり消すわよ」

「おう」




 ラフィが作り出していた光球を消した。

 光源を失った部屋は暗闇に包まれる、窓から入り込む月光だけが部屋全体をほのかに照らした。リュージは瞳を閉じた。一日、予想外に動き回ったおかげか眠気はすぐさまやってきた。

 寝ているのか起きているのか自分でも分からなくなってきた頃、ベッドから声がした。




「ねえ、起きてる?」

「……」

「あれ?もう寝たの、困ったわね、眠くなるまで相手してもらおうと思ったのに、こうなったらヴィート起こすしかないかな」

「止めてやれ」

「やっぱり起きてるじゃない、一回で返事してよね」

「寝るとこだったんだよ、で、何か用か」

「やーね、言ったじゃない、暇つぶしよ、まだそんなに眠たくないの」

「……何すればいいんだ」

「話し相手になってくれるだけでいいって、そうね、あなたの元いた世界の話とかどう?」




 言われてリュージは、あれだけ長い時間歩いていたのに、そういえばその話をしていなかったことを思い出した。

 ここじゃない世界から来たとしか言ってなかった。というよりラフィが詳しく聞こうとしていなかったので、話さなかっただけだが。




「……てっきりお前は興味がないんだと思ってた」

「そんなことあるわけないじゃない、ここじゃない世界なんて、そんな面白そうなもの放っておく手はなしよ、というわけで色々聞かせて!」

「まあ、構わねえけどよ」




 リュージは訥々と語り始めた。ある日突然聞こえた声に誘われてこの世界にいたこと、アルビオンでの日々、地球での発展した科学、そしてアルビオンでの戦い、話術に自信のないリュージの話は、あちらこちらに飛ぶ、それでもラフィは一つ一つに目を輝かせて聞き入っていた。




 リュージもリュージで、いつにもなく舌が回るのに驚いた。やはり平気な顔をしていても、自分の出自を隠したまま相手と話をするというのはストレスになっていたらしい、久しぶりに何も隠さなくていい会話は素直に楽しかった。




「へえ、面白い世界もあったもんだわ、科学の発展か、考えたことも無かったな」

「俺も魔法が発展したらなんて考えたことも無かったよ、こうなるんだな」

「どう、見てみた感想は?」

「想像したよりも好き勝手出来るもんじゃなかったな、面倒くさそうだし、使えるって言われても要らねえな」

「いらないか、最初から使えないあなただからこそ言えることよね、私たちからしたらこれ以上ないくらい不便なことだもの」

「言いたいことはよく分かる、一人じゃ部屋の明かりもつけれないのは、流石に不便だよな」




 今更使えるようになりたいとは思わないが、そのせいで生活を送るのが難しいのは事実だ。これから先の旅立って会う人会う人に目一杯助けてもらわないとままならない。改めて考えると前途は多難だ。

 想像するだけ無駄なことかと、リュージは考えるのをやめた。なるようにしかならないのだ。




「ねぇ」

「なんだ?」

「もし今すぐ帰れるって言われたらどうする?」

「……急にどうしたんだ」

「別に、ちょっと気になっただけ、で?帰れるって言われたらどうするの?」

「帰らない、始まりはどうあれ旅をするって決めたのは自分だ、それにこっちでの繋がりもできた。見捨てて逃げたら寝覚めが悪すぎる」




 傷つくのが嫌だから、帰れるのならはいさようならなんて真似が出来るなら、あんな怪物と闘ったりはしなかった。

 一度でも関わってしまったからには、もう逃げることなどできないのだ。

 それに、ただの勘だがもう逃げられないところまで足を踏み入れているような気がしているというのもある。

 それこそ悪魔と戦ってしまった時から、あの力を、手に入れた時から――。




「ふーん、じゃあ全部終わった後に帰れるって言ったら?」




 迷うことなく答えたリュージに、ラフィは再び質問を重ねた。

 似ているが全く違う質問だ。すべてが終わった後の帰還を望むか、リュージはこれにも迷うことなく答えた。




「帰る」

「即答ね……そりゃそうか、突然連れてこられたんだもんね、待ってる人も帰るとこもあるか」

「……家族はもういない、親しい奴もあんまり多くない、帰るとこは狭くて汚いし、仕事はたぶんクビになってる」




 一か月と三週間、あの小さい会社では歴史的な無断欠勤だと思われる。リュージの働く場所が残されているとは思えなかった。むしろそれほどまでに温かい職場なら確かに今すぐ帰りたくなるかもしれない。




 と、言い終わってからリュージは反省した。突然こんな話をされても困ってしまうはずだ。今夜は口が軽すぎる。リュージは謝ろうとしたが、その前にラフィが口を開いた。

 話を逸らすでもなく、同情するでもなく、むしろ呆れた声で、




「何のために帰るのよ、もしかして苦しいのが快感になる人?うわ初めて会っちゃった。どうしよ」

「お前は馬鹿か」

「馬鹿とは何よ、どう聞いたってそう聞こえるじゃない!」

「ほら、大声出すと眠れなくなるぞ」

「めんどくさそうにしないでよ!」

「わかったわかった」

「絶対分かってない、ってさっきと同じ流れじゃない!」




 布団の上でじたばたするラフィに、うっとおしく感じると同時に安心した。

 よく考えればこの程度のことを気にするほど繊細でなさそうなのは、今日一日でよく分かっていたことだった。だが今回はそのおかげで助かった。リュージとしても下手に気にされるよりはいっそ失礼なくらいのほうがやりやすい、そういう意味ではラフィは付き合いやすい相手だった。




「じゃあ何のために帰るのよ」

「……まぁ、そんなのでも俺の生まれたところだ、多少の愛着があるし、それに姉貴が待ってる」

「え?さっき家族はいないって」

「大分前に死んでな……墓を、建ててやれてないんだ」

「……」

「たとえ他の理由が何もなくても、それだけで俺は帰らなくちゃいけないんだよ」




 アパートの家賃は、就職が決まったことや当時いろいろあって懐が温かかったことも重なり、入居時に数年分払っていた。今すぐ中の物が捨てられるなんてことはないはずだ。




 姉は誠実で力強く、優しく、何よりも美しい人だった。少々型破りな性格ではあったが……。

 彼女があの小さなつぼのなかに納まっている事実を、リュージは今でも実感できないでいた。それでも現実は現実、ただでさえ狭い壺の中なのに、狭い部屋の中に置いておくなんて気の毒すぎる。

 彼女が死んでもう七年、早く人並みに弔ってやりたい。




「あーもう、暇つぶしで話してたのに、シリアスな感じになっちゃったじゃない、止めてよね蕁麻疹出るから」

「生きるのに難儀しそうな体質だな」

「やっぱヴィートでもいじめてこようかしら、口直しに」

「だから止めてやれって、いい加減寝ろ、俺も眠い」

「……しょうがない、言うこと聞いてあげるわ」

「なんか引っかかる言い方だなおい」




 もやもやした気持ちを抱えながら、瞼を下すと、自分でも気付かないうちに疲れがたまっていたようだ。リュージはあっさりと眠気の波にのまれた。意識が完全に落ちる寸前、声が聞こえてきた」




「あ、リュージ」




 残念ながらもうリュージは返事をすることもできなかった。半分以上夢の世界にいた。なんならその声が本当に聞こえたかどうかも自信がなかった。その声は返事がないことをどう思ったのか、数秒待って、返事が返ってこないことは気にしないことにしたらしい、話し続ける。




「あなた、私のこと止めたくせに私より先にあのグイドってやつに殴りかかったわね」




 一見責めているような言葉だが、違った。その声は明るく、いっそ嬉しそうと言っても差支えなかった。

 聞いている人間はいないのだからこれはひとり言と変わらない。しかしだからこそ、彼女は感情を隠さずに発言していた。




「良くやったわね、褒めてあげるわ」




 偉そうに何を、とリュージが起きていたら確実に言っただろう。だがこれはひとり言なのでそんなことにはならない。返事がないことがなぜかおかしくなったラフィは、ふっと微笑んで窓の外を見た。

 月明かりに照らされたその笑みは、きっと見えていたらリュージでも見惚れるほど優しかった。




 ――かもしれない。

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