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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
防衛都市ブロックス
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ブロックスの4

 12月2日 改稿版投稿しました!

 辺りの山々は暗く、星と月はその役目を終えつつあるがまだ太陽が代わりに働きに出るには早い。雲ひとつない空は数時間後の青空を想像させ、澄んだ空気が肺を洗う。今から半日歩きとおすことを考えると悪くない気分だ。




 天気に祝福されて、隣に立つラフィは伸びをしていた。リュージも首を鳴らし、街道の先を見据える。

 まだ見ぬ都市に思いを馳せ、年がいもなく冒険に心を躍らせる。そういう場合でもないがこればかりは勘弁してほしい。なにせ旅行などしたこともなかった。こんな広々とした、ビルひとつない景色など尚更だ。




「――よし、行くか」

「それじゃ行ってくるからね、私がいないうちに倒れてたりしちゃやーよ、お爺ちゃん?」

「ふん、さっさと行って来い、そんでもう戻ってくるな」




 出立の挨拶を済ませ、一歩目を踏み出す。

 靴底に砂がこすれる音がやけに大きく聞こえた。先は長い、到着は今日の夕方頃、整備された道を踏みならし、見たことのない景色を求めた。






※   ※   ※   ※







 見慣れた景色だ。少年は欠伸をかみ殺した。

 雲ひとつない青い空がどこまでも続く今日、青年のやることはいつもどおりこの都市を囲む城壁の上から遠くを見回すこと。

 ここ数年間変わらず、これが少年の仕事だ。




 見張りなんて物騒に聞こえる仕事だが、このご時世に都市に攻め込もうなんて輩は見たことがない。それもブロックスに攻撃だなんてもはや遠まわしな自殺と言っていい。控え目に言っても、絶対にあり得ないことだ。つまり少年の仕事はあってないのと同じだった。




 だが少年は満足している。何事もない世界を見て、欠伸が出て、たまに来る商人や旅人のために門を開く、そんな平穏極まりない日々だが、それの何がいけないというのか。

 都市のみんなは騎士たるもの勇敢であれと言うが、果敢に戦わねばらない相手などいない方がいいと少年は思っている。




 定時になった。一応双眼鏡を使い辺りを見回し、何事もなかったことを確認し、昼の鐘を鳴らす。

 決められた動作、いつもどおりの一日。

 しかし今日に限って少年の平和な日常に異物が侵入した。双眼鏡に映り込んだのは、近くの村からたまに買い物に来る変わり者のシスター、そこまではいい。




――その後ろから彼女を付け回している見たこともない服を着た目つきの悪い男はいったい誰なのか。




「た、たたたた、大変だぁ……!」




 本来緊急事態と判断した場合は応援を呼び、出動してもらうのが決まりだ、だがこの時彼はそんなことはすっかり忘れて走り出した。自分に何ができるのか、考えもせずに少年は――ヴィート・マッシは都市の外へと駆けだした。






※   ※   ※   ※







 いつのことだったか、確か二カ月ほど前、まだカフナの村にマルチャーノが初めて来た直後のことだった。

 立ち退き反対で意見を統一させ、徹底抗戦を誓う住人たちを見ながら、ラフィは一人胸中に嫌な予感を抱えていた。思えばこの時から彼女はやってきた男の胡散臭さを直観的に見抜いたのだろう。




 日課の酒盛りの最中でさえ上の空であり、結果として彼女にしては珍しく飲み過ぎて前後不覚になった。

 立ち上がれないほど酔ってしまった彼女は、夢見心地で――実際彼女はその時夢だと思ったのだが――声を聞いた。




――セラフィーナ、聞こえますかセラフィーナ。




『うえ?何これ幻聴?あちゃー私としたことが、こんなになるまで飲んじゃうなんて、いけませんなぁ、あっはっはっはっは!!』




――夢ではありませんよセラフィーナ、いいですかよく聞きなさい、これから数カ月先にこの地に異界の勇者が訪れます。




『異界の勇者ぁ?』




――そう、この世界をこれから現れる魔王から救うために、ここではない世界からやってくる者です。




『そりゃすごい!そんな英雄様がここに来るんですか!』




――きっとこの村も救ってくれるでしょう、出会うことが適ったら頼んでみることです。




『了解であります!このセラフィーナ、勇者様に頼んでこの村を救う所存であります!』




――リュージと名乗る男が現れますからね。




『リュージ、ですね、リュージリュージ、はい、覚えました!覚えましたので、おやすみなさい!』




 長い夢だラフィは思った。起きているのと区別がつかないほどの現実感、おかげで寝ている気がしない。

 ラフィはその身に迫りくる睡魔との闘いを早々に放棄し、半ば強引に会話を打ち切り、夢の世界へと旅立った。

 意識が途絶える瞬間に、呆れたような声が聞こえた。それは出来の良くないわが子を愛しむ声でもあった。




――もう、仕方のない子ね





※   ※   ※   ※






「いやぁ、今にして思えばあれが女神さまだったのかしらね?」

「お前すごいな」




 それだけの体験をして、相手が自分の信仰している相手だと気づいた上でへらへらと話すラフィに、リュージはもはや尊敬の念を抱き始めていた――言うまでもないが皮肉だ。




 歩き始めて約半日、二人が歩いているのは深い林の中、ブロックスに行くには必ず通る道とのことで、街道ができる前はここで迷ってしまう人も少なくなかったという。

 今は木々の間から見える太陽のおかげで明るいが、夜になると木々が動きだしそうな不気味な風景に早変わりするらしい。

 ラフィは照れくさそうに頭を掻きながら、リュージの顔を見上げる。




「絶対夢だと思ってたから昨日まで忘れてたんだけどね、あなたの名前聞いて思い出しちゃった」

「出しちゃったって……気づかなかったらどうしてたんだよ」

「さぁ?その時はその時よ、なんとかなるわ」




 豪快と言うか、腹が据わっているというか、あまりにも割り切り過ぎている考え方に思わずその顔をまじまじと見てしまう。

 ばっちりウインクを返してくる様子には反省も後悔も見られない。




 結果良ければすべてよし、顔にそう書いてある。

 どちらかと言えばリュージも考え方としてはラフィに近い、たらればの話が嫌いな男なので、それ以上の追及はしなかった。




 それよりも教会の人間が聞いた神託の詳細が聞けると思っていたのに、ラフィの話の通りなら彼女にかけられた言葉はアルビオンで聞いたものとは違う。まったくの別口と言うことになる。期待してしまった分こっちの方が落胆が大きい。




「聞きたいことは終わり?じゃあ私も聞きたいんだけど、ここじゃない世界から来たってホント?」

「本当だ、ついひと月前までは元の世界でサラリーマンだったからな」

「さらりーまんってのは何?傭兵、剣闘士?」

「違う、商人だ」

「……あなたの世界はずいぶん危険が多いのね」

「大して変わりはないと思うけどな……」




 道を歩いていると盗賊に襲われる、なんてこともない。治安だけなら世界でもトップクラスの国に住んでいたのだから。

 リュージの体つきを見て、ラフィはその言葉を疑っているようだ。体つきがいいのは自覚がある、初対面の相手には無条件で警戒されるので悩みの種でもあるのだが。




「まぁいいわ、誰にでも言いたくないことってあるものね」

「おい待て、嘘はついてない」

「いいのいいの、お姉さんはちゃんと分かってるからね、辛いことがいろいろあったのよね?」

「何も分かってないだろうが。人を見た目で判断するな」

「あ、ほら見えてきた」




 無視された。

 それはさておき、林の終わりは唐突に訪れた。うっそうと茂っていた緑に遮られていた太陽が完全な姿を現し、リュージは眩しさに目を細める、慣れてきたリュージがゆっくりと目を広げると、そこは開けた草原、そして――。




「――へぇ、あれが」




 城壁だった。そしてその内側に広がる都市が目的地だ。

 当然だが城壁など、それも町一つを囲む城壁など生まれてこの方見たことがない。遠く離れていてもわかる巨大な壁、もう少しだ。




「ずいぶん楽しそうね」

「ああ、なんせあの都市が俺が初めて辿り着いた場所になるからな」

「……」

「ん?どうした」

「いやぁ、思ってたより子供っぽい顔もすんのね、人生に疲れ切った悪党みたいな顔してるから驚いたわ」

「……ほっとけ」




 今まで歩いてきた距離に比べればたいしたことのない距離が、とても遠くに感じた。どうやら自分は旅をするのが好きらしい、今の今まで気付かなかったが――。

 少しずつ目的地が近付いてくる。あと数分で門までたどり着くところだった。視界に人影が入ってきたのは――。




「誰かこっち来てないか」

「……来てるわね、あれはブロックスの騎士服だけど」




 騎士団の服は基本的に世界共通だ。

 だがブロックスで生まれた騎士たちは自分の出身地に並々ならぬこだわりを持っており、それを誇示するためだけに制服に手を加えている。赤を基調とした他の地域の騎士たちとは違い、その騎士服は緑で統一されていた。




 そして二人の眼には、都市のほうから走ってくる緑色の影が見えていた。勢いよく走り続けている影は明らかにリュージ達の方へ向かってきている。




「……何かあったんじゃないか?」

「何かって何よ、天下のブロックスから騎士が逃げてくるような何か? 冗談やめて、今から助け呼びに行くのよ?」

「だけど見ろあの様子、尋常じゃないぞ、それに明らかに俺たちのほうへ来てる」




 話しているうちにだんだんと向かってくる人物の姿が見えてきた。

 走っているのは少年だ。顔の上半分を隠す長い前髪のせいで詳細は分からないが、どこか幼さが残った顔つきをしていた。

 太陽の光を反射する明るい金色の髪を揺らして、向かってくる青年の顔には悲壮な覚悟があった。自分の身を厭わずになすべきことをなそうとする男の顔だ。




 リュージは気を引き締める、あの青年が何を言ってきても冷静に対処できるように。




 集中していたリュージは隣から聞こえた「あら、あれは――」という声に気づかなかった。

 そしてとうとう青年はリュージ達に声が届く範囲までやってきた。走り続けていせいで乱れている呼吸を必死に整え、青年は叫ぶ。




「そ、そそそ、そそ、そ、その人から離れてください!」




 何を言ってるんだろう。青年はリュージに向かって叫んでいるようだ。そしてその人に当たるポジションにはラフィしかいない。

 説明を求めるようにラフィを見ると、彼女は青年とリュージを交互に何度か見た後、笑顔になった。

 初めて見た時は花の咲いたような、と思ったが、改めて見るとこれは違う、なまじ顔つきが整っているせいで分かりづらいがこの笑みは――




「きゃー、助けて騎士さまー、このままじゃさらわれちゃうわー」




 ――悪ガキがいたずらを思いついた時のような、と表現するのが正しい。頬をひくつかせながら、話の通じそうな目の前の青年に声をかける。




「おい、なにか勘違いしてないか」

「か、勘違い?」

「そうだ、いいか俺は――」

「人攫いよ」

「ほぁ!? や、やややや、やっぱりぃ!」




 顔を真っ青にする青年、リュージは疲れてきたのか額に手をやった。

 さっきまでの新たな地に赴く感動のような、期待のようなものはすっかり鳴りをひそめてしまった。




「……ラフィ、黙ってろ」

「きゃー、喋ったらどうなるかわからないですって、もう駄目かもしれないわー」

「だ、大丈夫です!安心してください、僕が何とかしますから!」

「だからお前ら人の話を聞けって」

「う、動かないでください!」




 青年はその腰に差してある剣を抜いた。

 流石に剣はまずい、もしこの青年がそこそこの使い手であった場合、手加減ができないかもしれない。

 舌打ちしたくなる衝動を必死に抑え、できる限り友好的に話そうとする。が、剣を握る青年の姿を見て不覚にもリュージは固まった。




 ひどい、本当にひどいへっぴり腰だ。ここまでひと目見ただけで剣が使えないことが分かる構えがいまだかつてあっただろうか、アルビオンで見習いとして活動していた十の少年のほうがまだマシだ。

 そのうえ顔面蒼白、挙動不審とくれば戦い慣れていないのは幼子でもわかる。




「……もう止めとけ、剣先震えてるぞ」

「止めません!あなたがその人を解放するまで、止めません!」

「あー、だからな、まず話さなきゃいけないことがあると――」

「う、動かないでと言いましたじょ!」

「ほら舌も回ってねえ、お前戦うの苦手だろ? やめとけって怪我するぞ」

「た、たとえどんな危険があろうと、ぼぼぼ僕は負けたりしません!僕みたいなダメな奴だって誇り高いブロックスの騎士なんです、決して逃げたりしないのです!!い、行きます!うああああああ!!」




 剣を振り上げて向かってくる青年にリュージは渋々構えた。

 燃える正義感ほど敵に回すと面倒な感情はない、しかもそこに高慢さや独りよがりなものが混じってない、純粋にラフィを心配し、悪漢であるリュージと戦おうとする青年には、最初から言葉が通じる段階ではなかったのだ。




 不幸中の幸いか、彼なら怪我をさせないように取り押さえられそうだ。タイミングを見計らって、振り下ろされる瞬間を――。




「あっ!」




 シミュレーションをしていたリュージの前で、青年は駈け出した瞬間に自分の足に躓いて思い切り転んで顔から落ちた。

 そのままリュージの足元まで滑ってくる。

 それだけでは終わらず、転んだときに手放してしまった剣は、空中で何度も回転しながら地面に突き刺さった。

 ――青年の顔から数センチのところに。

 数秒たって、ようやく脳が今の事態に追いついた青年は、口を大きく広げ、




「ほわあああああああああああああ!」




 情けない悲鳴をあげて気を失った。

 あまりの事の流れにリュージは唖然として、気を失った青年を見やる。

 前髪の奥に見えた目は完全に白目をむいていた。洟まで垂らして、あまりに気の毒な姿だ。思わず目に手を当ててしまう。

 隣で密かに笑いをかみ殺していたラフィが限界を迎えた。




「……ぷっ! あっははははははは!! ちょっと今の見た!? ずてって! ザクって! ほわーって! あははははは!! もう駄目、お腹痛い!! 天才、この子天才だわ!」




 隣で笑いが爆発しているシスターを見る。思えば原因はこいつではなかったか。

 リュージは勇者である前に男として女は殴らないポリシーを持ち合わせているが、時と場合によってポリシーを曲げる必要があることを知っている程度には大人だった。

 目の端に涙まで浮かべて腹を抱えているラフィは、頭の上に現れた拳骨に気づかない。




「お前の、せいだろうが!」




 直後、若い女の悲鳴が草原に響いたのは、自業自得と言っていい出来事だろう。と言っていい出来事だろう。

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