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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
開拓都市アルビオン
17/165

アルビオンの16

2017/11/15

 加筆修正バージョンを投稿します。

 青かった空は茜も通り過ぎ、もうとっくに日も傾いていた。

 ちなみにあの誘拐犯たちは後日騎士団が引き取りに来るということで縛って放置しておいた。




「――大成功って言っても良さそうだな」




 窓のから見える、城の中庭の様子に、龍二は頬をほころばせた。結構な広さの庭だが、あっというまに埋まりそうだ。

 城の人間も、騎士団も、町人も関係ない。アリスは大勢の人間に祝われ、誕生日だというのに遠慮しない子供たちから飛びかかられ、満面の笑みを浮かべている。




 洞窟からの帰り、龍二とケビンは徒歩だった。理由は行きに使った移動方法が使えないからだ。

 ケビンは風や空気に干渉する魔法を得意とする。空気を圧縮して硬度を上げたり、物体を空中に止めておいたり――高速で空を飛んで、半日かかる道を一時間で進んだり




――あの移動方法は二度としたくねえな




 圧縮された風で保護されているとはいえ相当な恐怖体験だった。

 というわけで帰りは徒歩、隣を馬に乗って歩くルイスとその前に乗って寝ているアリスと共に半日かけてアルビオンまで帰ってきた。

 そこからはさらにてんやわんやだった。誘拐のことを知らない市民たちは歩いている四人を見つけると、そのまま城まで引っ張っていった。

 どうやらちょうど準備が終わったあたりで帰ることができたようだ。

 会場で目を覚ました時のアリスの驚いた顔は当分忘れられない。

 眼下に広がる景色は、計画がうまくいったことの何よりの証拠だ。

 ……ただひとつを除いて、




「で、なんであんたはここにいるんだよ」




 並んで中庭を見下ろすルイスに、龍二は白けた目を向ける。

 彼は苦笑して答えようとしなかった。

 ボロボロだった彼は治癒魔法とやらですっかりもと通りだ。流石にひびの入った骨などはもう少し時間がかかるようだが。




「行ってやらねえのか」

「私にそんな資格はないよ」

「……奥さんのことか」



 沈黙、窓の外の喧騒がいやに大きく聞こえた。

 それはまるで見下ろす二人を誘っているようでもあった。




「アロマにでも聞いたのかな」

「悪い、勝手に聞いた」

「……キャロル死ぬまで、私は彼女の不調に気づかなかった。誰よりも傍にいながら、彼女のためと口にしながら、何一つ大事なことには気づかなかった」




 言葉は次第に湿度を上げていった。

 涙は流れずとも人は泣くことができる。淡々と事実のみを語ろうとするルイスは、誰から見ても明らかに悲しみに暮れていた。




「私を信じて、最も信じてくれていた人を、私は幸せにできなかった――怖いんだ、アリスまで不幸にしてしまうんじゃないかって、それならいっそ私が近づかない方が、どうしても、そう思ってしまうんだ」




 ルイスはずっと泣き続けていたのかもしれない。アリスが生まれてから十二年ずっと見えない涙を流し続けていたのかもしれない。

 この都市の誰よりも自分を責め、傷ついてきたのかもしれない。

 それでも、龍二には納得できない。




「おいルイス」

「……何かね」

「歯くいしばれ」




 返事を待たずに龍二はルイスを殴り飛ばした。

 地面を転がっていったルイスは頬を抑えて目を白黒させている。

 龍二はそんなルイスにずかずかと寄っていくと胸倉を掴んで強引に立ち上がらせた。




「もう一発くらいいっとくか」

「……一応怪我人なんだが」

「お前はなにも分かってねえな」

「……なに?」

「俺はあんたの奥さんがどういう人だったのか知らねえ、今更知る気もねえ、だがな人を勝手に不幸にするんじゃねえ!」

「だが、彼女は――」

「ああ死んじまったな、どんな綺麗ごと言っても死んだら終わりだよ、でもな、あれを見ろ」




 窓の下、幸せと優しさに包まれてまた一つ年を重ねる少女がいる。

 精いっぱい今の環境で生きて行く努力をしている少女がいる。

 ルイスの瞳にそれは確実に写るはずだ。




「あれは誰だ、赤の他人か? 違うだろ、あんたの奥さんが命懸けで生んだあんたの娘だ」




 死んだら何も残らない、それは仕方のないことだ。それでも残された方は別だ。昨日死んだ人間が守りたかった明日を守る。生きていたかった明日を瀬一杯生きる。それが残された者の責任だと、ずっとそう思って生きてきたから。




「後悔したけりゃし続けろ、資格がないと思うんなら思ってろ、それでも今を一生懸命生きているあんたの娘くらい、全力で愛してやれよ、父親だろ」




 龍二はルイスから手を離した。

 眼鏡の向こう側の彼の瞳は、光の反射で窺い知れない。

 言いたいことは言った。正しいことをいったかどうかなんて知らないが。




「俺は先に下に行くからな」

「待ってくれ」




 ルイスは眼鏡を外した。その向こうからはアリスと同じ緑色の瞳が現れる。

 その目に灯ったものを見て、龍二は無言で部屋の扉を開けて促した。部屋から出て行く直前、ルイスは顔を合わせることなく、




「君のことについてだが、私が知っている限りのことは話す、近いうちに」




 遠ざかるルイスの背中は、いつもより大きい。父親の背中に見えた。後を歩きながら、龍二は少しだけアリスを羨ましく思った。

 自分には最後までいなかった、父と言う存在を持つ彼女が――。






※   ※   ※   ※







 アリス・アルビオンは人生で一番幸せな時間を送っていた。いつもならこんな祝い事に大勢の人間が出てくると、父の姿が脳裏を駆けまわるのだが、祝いの言葉を告げてくる人々の顔を見ていると、今日は素直に聞くことができた。

 自分の生まれて来た日が祝われることがこんなに幸福な事だと、アリスは知らなかった。

 ――と、今まで広がる一方だった騒ぎが突如収まっていった。人混みが真二つに割れる、その中心に居る人物をみてアリスは息をのんだ。




「パパ……」

「やあアリス」

「もう大丈夫なの!?」

「そんなことは良いんだアリス」

「そんなことって!」

「――本当はずっと前から気付いていたんだ、キャロルを失った後悔に、お前を巻き込んでいるだけだと」




 ルイスがキャロルの名前を出したことに、民衆の中からざわめきが立つ、今まで市長がその名前を使うことは一切なかったからだ、ましてや娘の前で――




「なあアリス、今更だけど言いたいことがあるんだ」




 それは本来ならばずっと前に伝えるべきことだった。

 その機会だって何度もあった。それしなかったのは自分だ。

 過ぎた時間は戻らない、だからこそ今から言わねばなるまい。

 声は震えていないか、初めて市長をやると宣言した時でさえここまで緊張はしなかった。

 とん、と軽く背中を小突かれる、振り返るまでもない。ここに来るきっかけをくれた男に内心深く頭を下げ、ルイスは明瞭な声で言った。




「生まれてきてくれてありがとう、アリス」




 アリスは堪え切れなくなってルイスの腹に顔を埋めた。ずっと、ずっと我慢していたことだった。




「パパ、私十二歳になったよ」

「ああ」

「最近友だちがたくさんできたんだよ」

「ああ」

「パパと一緒に食べたいアイスもあるんだよ」

「ああ」

「ママのこともたくさん聞きたい」

「……ああ」

「パパ」

「どうした」

「大好き」

「私も、大好きだよ」




 何処からともなくフルートの音が聞こえてきた。だけではない、トランペット、サックス、龍二が音源を捜すと、市民の中に楽器を持っている者がちらほらいた。

 龍二は、人ごみの中からウィンクを飛ばしてきたアイス屋の店主を見つけて、声をかけた。




「おい、これは?」

「サプライズさ、こんなことになるとは思ってなかったけど、止めた方が良かった?」

「――いや、最高にイカしてる」




 流れる音楽に合わせて、止まっていた時間が動き出す。

 市長親子に声援を送りながら、皆がそれぞれのリズムで体を揺らす。

 龍二もそれを眺めながら、久方ぶりに酒を飲む。今日は一年に一度のお祝いだ。

 きっと明日動けなくなっても誰も何も言わないだろう。

 表せない暖かさに素直に身を任せる。

 長い夜がいつまでも続けばいいのにと、龍二は少しずつ動く月にぼやいた。






※   ※   ※   ※







「くそ、所詮は雇われ者か、役に立たん」




 外のことなど何も知らず、自分の部屋で机に向き合っている男がいた。

 外の喧騒に対して煩わしさしか覚えない彼は、ただ自らの計画の失敗を悟っていた。

 目的のために、邪魔なルイスと、その娘を始末するチャンスだったというの―― 

 ケビンのせいだけではない、あの男はああ見えて素直に上からの指示を仰ぐタイプだ。

 彼だけならばここまで素早い行動はできなかっただろう。

 つまり、原因はあの男――。




「どこまでも、邪魔をしてくれる……!!」




 急ぎすぎだったかと、激しく歯噛みする。

 だがもう自分は動いてしまった、後に引き返すことはできない。

 今回の大きな失敗を前に、男――バンゴ――はここから挽回する方法を探し頭を働かせる。 




 バンゴは胸に付けたバッジを撫でる。

 十本の剣の模様が描かれたそれを――。

 こうすると、少しだけ気持ちが落ち着く――自らに与えられた使命を思い出せる。

 バンゴは決意を固めた瞳で、机の引き出しを開けると、その中にある小さく折りたたまれた紙を取り出した。




「覚悟が、必要か……」




 バンゴは震える指でその紙をつまむと、それを破ろうと指に力を籠める。

 だが――。

 動かない。ほんの少し力を籠めるだけで終わりそうなことだというのに――手が石になってしまったようにぴくりとも動かない。

 苦し気に顔を歪めるバンゴは――結局紙を机に置いた。




「クソ……クソクソクソォ!!」




 バンゴは苛立ちをぶつけるように、何度も机を殴りつける。

 そのまま椅子に腰かけて頭を抱えたバンゴは――突如背後に気配を感じて振り返った。




「……貴様、いつから――いやそれよりも、何の用だ」



 突然背後に現れた人物に、心臓が跳ねるが、そこは仮にもアルビオンを作った当初から数多の逆境を乗り越えてきた男、焦りは表に出すことはない。




「……聞いていたのか?」

「――」

「なに? ……信用できると思ってるのか、そんな言葉が」

「――」

「……黙れ、そんなことは分かっている」

「――」

「…………いいだろう。貴様の意図は知らんが、手伝わせてやる」




 コインに裏と表があるように、幸せの裏側にはいつだって不幸がある。

 中庭で喜びに踊る人々と、暗い部屋で企む二人――。

 このコインがどんなタイミングで裏返るのか、それこそ誰も知らないことだ。

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