カルカソンヌの2
気づいている方いるかもしれませんが、少し分りづらいという指摘がリアルの友人からあったので、試しにあらすじ書き替えてみました。
まああんまり変わってないですが、どうですかね?
都市中の人間が家から出ているのかと錯覚するほどの人ごみだった。
もはや人とぶつからずに歩くことは不可能だ。道の脇にいる露店では様々なものが並べられては売れ、並べられては売れを繰り返している。
景気がいいという言葉で片付けられない、一種の熱狂に近いものがあった。
それは今を楽しむことに全てをかける、ひたすらに退廃的で享楽的な人間の姿だった。
幸いにも多くの通りを抜けた先にある港までは、その熱は届いていなかった。
「はい!じゃあ船が到着するまで馬車と馬はお預かりしますね、お荷物はどういたしましょう?」
「後で取りに来るので一旦預かってもらっても良いですか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます……あの、今日って何かお祭りをしてるんですか?」
『立派な馬ですねぇ』と二頭を撫でている女に、ヴィートが素朴な疑問を投げかけた。
受付の女性は、その質問に表情を曇らせると、周りを気にしながら小声で言った。
「……実は、私がこの都市に来たのは三週間前なんですけど、その時からずっとこんな感じなんです」
「ずっと!?三週間ずっとですか!?」
「いえあの……多分私が来るよりも前からずっとです……皆さん都市の中は歩かれましたか?」
「いえ、今からですけど……」
「余計なお世話かもしれないですけど、あんまり外を歩き回らない方がいいかもしれないです……なんていうか、ここは気味が悪くて」
受付の女性はそう言って自分の腕をさする。よく見ればその腕はかすかに震えている。
あまりにも不穏な言い草に、ヴィートが唾を呑んだ。
それほどまでに、目の前の女性は切羽詰まっている様子だった。女性はヴィートが怯えているのに気づくと慌てて首を横に振る。
「す、すみません!私ったら来たばかりの人にこんなこと」
「そんな!ありがとうございます、気をつけて過ごします」
「……もし何かあったとしても預けた馬車と馬はこちらが必ずお守りしますので、そこはご安心ください」
深々と頭を下げる女性に軽く頭を下げて、ヴィートは離れたところで待っていたリュージ達のもとへ戻る。
そのまま四人はゆっくりと港から離れるように歩き出す。
「なんか言ってたかよ?」
「少なくともあの人が来る前、三週間以上前からこんな感じらしいです」
「三週間前だぁ?どんなめでたいことがあったらそんなに祭りが続くんだよ」
「あ、すみませんそれ聞くの忘れてました!」
「いいわよ、いつ始まったかも知らないのに何を祝ってるかなんてわからないでしょ」
「はい、でも――」
「でも?」
「気味が悪いから、外を歩かない方がいいって言ってました」
「うーん……あながち言いすぎってわけでも無さそうなのよねぇ」
馬車の中から見た人ゴミを思い出したラフィが顔を険しくする。
特に思いだすのは人々の顔だ。一見楽しんでいるだけに見えるその表情の裏に何かを感じずにはいられない。
なんというか、無理矢理騒いでいるような、そうせねばならないような――強烈な違和感を感じる。
「なーんか嫌な予感もするし、ここは大人しく忠告に従うべきかもね」
「……姐さんがこんな騒ぎ前にしてそんなこと言うなんてな」
「あら、少しは言うようになったじゃないイナセ」
「二週間も一緒の部屋にいたらわかるもんはわかるさ」
「で、でも僕も賛成だなぁ」
「なんだよ一番乗り気だった奴が、最高のタイミングで来れたとか言ってたじゃねぇか」
「い、意地悪言わないでよ……」
「それに嫌な予感だけが理由ってわけじゃないわよ」
分かってるでしょ、とでも言いたげに視線を横にずらすラフィ。
そこにいるのは、カルカソンヌに入ってから一言も発せずに顔を険しくしているリュージだ。
「ちょっと、いい加減になんか言ったら?黙り込んじゃって、ただでさえ何人か殺してそうな顔してるのにそんなに皺増やしてたら声かけづらいったらないわ」
「……何人か殺してそうはあんまりだろ」
そう言って苦笑するリュージの表情はいくらか緊張が和らいでいた。
「悪いな、心配かけたか。もう大丈夫だ」
「……どうかしたんですか?」
「いや、大したことじゃねえんだ。ただここに着いてからなんか落ち着かねえんだよな、気分が悪いって言うか」
「それ大丈夫じゃねぇじゃん、風邪でも引いたんじゃねぇの?」
「……かもな、だとしたら人生初風邪だ。明日から自慢が一つ減るな」
冗談めかしに言うリュージだったが、表情からは強張りが取れなかった。
心配そうなヴィートとイナセの顔に、なんとか力を抜こうとリュージは眉間を指で揉む。そのせいで不注意になっていたからだろうか。前から歩いてきた人物に気付かなかったのは――。
「おっと」
「――っ!悪いな」
「いいよいいよ気にすんな、ぶつかった程度でカリカリするほど器小さくねえや、それより随分調子が悪そうだがあんたこそ大丈夫かい?」
ぶつかった相手は気のいい返事を返しながら、逆にリュージを慮った。
体格のいい男だ、毛深さも手伝って熊のように厳ついが外見だが、表情は陽気そのもので、周囲に人懐っこそうな印象を与えている。
「ああ、大丈夫だ。悪かったなちゃんと前見てなくて」
「ははは!気にすんなよ、どうせどこに行っても人にぶつからねぇのが難しいくらいだ。港で人にぶつかるなんてむしろラッキーってなもんよ」
「テッド!どうかしたの!」
男の背後から黒色の髪を方で切り揃えた小柄な女性が現れる。
彼女はテッドと呼んだ男の腕を取りながら、不思議そうにリュージ達を見やった。
テッドはその肩を優しく抱いて、
「何でもないよ、少し人とぶつかっちまっただけさ」
「まぁそうなの?ごめんなさいねうちの人が、怪我とかしなかった?」
「ええ心配しないで、リュージは体だけは頑丈だから、えっと――」
「――ああ、私はミーナ、この人はテッドよ」
「ありがとう、私はセラフィーナ・クィン、ラフィって呼んで、このでっかいのがリュージ、かわいいのがイナセで、残ってるのがヴィートよ」
「もっと他に言いようありますよね!?」
唐突に残りもの扱いされたヴィートが目を剥いて叫ぶ。その様子をみた二人は声を上げて笑う。
「ははは!愉快な連中だな、ここらじゃ見ない顔だがどこから来たんだ?」
「みんな別々のとこからよ」
「へぇ!こんな時代に四人連れで旅ってだけでも珍しいのに」
「えっと、お二人はここに住まれてるんですか?」
「おう、潮風に抱かれ海に揺られて生きてきた生粋の海の男ってやつよ……まぁ今じゃ怪我で引退してこいつと二人で小さな飯屋やってるけどな」
そう語るテッドはどこか寂しげだった。もしかするとまだ海への未練があるのかもしれない。
それでも彼が海ではなく都市で働いてるのは、きっと腕を握るミーナの存在があるからだろう。
「ふぅん、まあ皆いろいろあるわよねぇ」
「ああ、いろいろあるのさ……ところであんた本当に大丈夫かい、なんだかホントに気分が悪そうだが」
「……」
「ちょっとリュージ?ホントに顔色悪いわよ?」
気分が悪かった。
真顔で心配するラフィに返答することすらできないくらいには――。
地面が揺れている。頭の中身が回転しているみたいだ。
このテッドと言う男と相対してから、体調の悪さが悪化している。
都市に入った瞬間から感じている気分の悪さは、この男が原因なのだろうか――いや、それにしてはリュージの身を本心から案じているように見える。
違う気がする。
原因はテッドではない。
完全な勘だが、おそらく間違いではない。
原因は、何か別の、もっと大きな何かが――。
ぼうっとして視界すら歪んでいく中でも、それは見えた。
リュージから見て対角線上の建物の屋根の上でジョッキを片手に踊っていた男が、足を滑らせる場面を――。
「危ねえ!!」
瞬間的に意識が戻ってくる。
叫ぶと同時に駆けだした。他の面々は駆け出したリュージを見て、その先にある危機にも気付いた。
しかしもはや誰も間に合わない。タイミングを逃している。
しかしリュージだけはその限りではない。
少し周りにいる人を巻き込んでしまうかもしれないが、死人が出るよりはいくらかマシなはずだ。
リュージは意を決して叫んだ。
「素手喧嘩魂!」
体から銀色の輝きが立ち上る。
リュージは漲る力のままに足に力をこめ――られなかった。
無理やり耐えていた眩暈が激しさを増し、明確な吐き気として襲ってきた。
色彩感覚すらあやふやにさせるほどの倦怠感がリュージの体から根こそぎ力を奪う。
立つことすらままならない。
勢いよく転んだリュージはそのまま派手に地面を滑っていった。
激しさを増す動悸に胸を押さえながら、リュージは確かに聞いた。
分厚いガラスにひびが入るような、不吉な音を――。
体を蝕んでいた吐き気が急激に引いていく。
世界に色が戻ってきた。ついでに音も、聞こえるのはこっちに向かってくる足音、だいぶ慌てている。
自分が倒れているからだろうか、リュージはぼんやりした頭でそう考え、無事を示すため立ち上がろうと地面に手をついた。
生暖かい液体が、掌を汚した。
地面に広がる赤色の液体だ。人間が怪我をした時に出る液体だ。
見たくない、見たくないが自らの意思に反して、リュージはゆっくりと顔をあげる。
頭から血を流して倒れている男がいた。
その首はあらぬ方向へと曲がっている。
こちらに向かっていた足音が、自分のすぐ傍で止まった。
「リュージ!」
「……」
「怪我は、してないわね。意識ははっきりしてる?」
「おい、こっちじゃねえだろ」
「……先に応えて」
「だからこっちじゃねえだろ!!早く、早くあいつを治し――」
「しっかりしなさい!」
肩を強く揺さぶられて視界が揺れる。
横にずれた視線が、離れた所に立っているヴィートの姿を捉えた。
目を固く閉じて、そばに立つイナセの顔を塞いでいた。見てはいけないものを見せないように――。
ゆるゆると、顔の向きを戻す。
ひどく悲しそうな顔をしたラフィと目があった。
ラフィの口がゆっくりと開く、そこから聞こえるだろう現実に、耳をふさぎたい気持ちを必死に堪えた。
「もう、亡くなってるわ」
「……間に合う、はずだったんだ。いつもどおりなら絶対に間に合ってた。助けることが、できたんだ……俺のせいで」
吐きだす言葉が空虚で仕方ない。
思えば、この世界にきて死んだ人間を見るのはこれが初めてになるのかもしれない。
あれだけ激しい戦いの中でも、どうにか死者を出さずにやってきたのに、やってきたことが無駄になったような徒労感があった。
座りこんで俯いているリュージの頬が両側から押えられる。
ひんやりとした手の主は、リュージの顔を持ち上げて、強引に目を合わせた。
「あなたのせいなわけないでしょ?誰のせいでもない」
「違う、違うんだ、俺が――」
「違わない。あなたがなんて言おうと、私が言ってあげる。誰も悪くないわ。これであなたのやってきたことが無駄になるなんてことも絶対にない」
拙い自己否定すら見破られ、切り捨てられた。
それでも身の内から湧きあがる悔しさに、右手で顔を覆う。救えなかったという事実が、どうしても重くのしかかる。なまじ手の届く距離だっただけに……。
「あのよ!そんなに悲しまなくてもいいと思うぜ?」
場違いに明るい声が、鼓膜を震わせる。
聞き間違いかと疑うほどに軽い声音だ。リュージは思わず顔を上げてそっちを見た。
テッドが、笑っていた。
「まったく、そいつは俺の隣の家に住んでるやつでな、普段から皆に注意されてんのにちっとも反省しやがらねえ奴なのさ。相変わらず馬鹿野郎だよ」
「ば、バカって、それは言いすぎなんじゃないですか!確かにあの人の不注意だったかもしれないですけど、死んじゃった人にそんな言い方――」
「ああ、死んだな、でもそれがなんだって?」
「なんだって、人が、人が死んでるんですよ!なんでそんなに落ち着いて――」
目の前の男が理解できないという風に、ヴィートが声を荒げる。
リュージも同じ気持ちだ、隣人が目の前で死んだというのにあんな態度を取れるなんてまともではない。
さっきまでと何も変わらない笑みを浮かべられるなんて――。
そこまで考えてリュージは気づいた。テッドだけではない。
隣に立つミーナも、どころか近くを歩いていた者たち皆、少しも動じてないのだ。
そんなことは騒ぐ程のことでもないと。
何でもないことなのだと、その場にいる全員が示していた。
ヴィートも、ラフィもイナセも静かな異変に気づいたようだ。
辺りをぐるりと見渡せば、騒いでいるのは自分たちばかり、異質な空間だった。ひたすらに――。
リュージは立ちあがると、ラフィの手を引いてヴィート達の傍へと戻る。特に意図はない。ただ、固まった方がいいような気がしただけだ。
「おいおい、なんだよそんな怖い顔して、俺何か変なこと言ったか?」
「自覚がねえならよっぽどだ」
「何をそんなに警戒してんのか、俺には皆目見当がつかねぇな」
心底不思議そうに、リュージ達を見るテッド。その瞳に何の濁りもないことが却って異常さを際立たせていた。
悪意があるなら納得はできる。
恨みがあるなら理解はできる。
何もないというのは――あまりにも意味が分からない。
警戒と無警戒の歪な睨みあいに終止符を打ったのは、新たに遠くから聞こえてきた足音だった。
リュージの背後から来ているらしい何かに、テッドが手を振る。
「おーい!こっちだ!早く来てくれ」
やってきたのは、担架を手にした二人組。
真っ黒な服に身を包み、黒い布で顔を覆っている、所謂黒子の格好をした二人は、手慣れた手つきで遺体を担架に乗せる。
「ちょっと、何するつもり!」
ラフィの抗議も耳に入らないのか、二人組は無言で遺体を乗せた担架を担ぐと運び出した。遺体は布すらかぶせられずに周囲に晒されたまだ
ラフィは、恐ろしい剣幕でテッドに食ってかかる。
「ちょっと!あれはどこに連れて行こうとしてるの?教会関係者には見えないんだけど!」
通常この世界で死んだ人間は、病院を兼ねている教会で死亡の確定を受けてから、家族を呼びだしたのち火葬され弔われる。
少なくともあんな風に死体を周囲に晒すような形で運搬することなどありえない。
明らかに常識はずれで、死者への配慮がまるでない。
「返答によってはただじゃおかないわ!」
「……分かるさ、あんた達は外から来たわけだからな、焦る気持ちは分かる、でもそんな必要は無いんだ」
「何を――!」
「それでも気になるなら見に行けばいいさ」
テッドはラフィの手を振りほどくと、都市の一角を指しながら言った。
「あっちの、都市のはずれに行ってみな。人が少なくて寂れたほうに進み続ければ共同墓地がある。あの担架の行き先はそこだよ」
「……共同墓地、そんな場所になにしに行くんだよ?今どき土葬でもすんのかよ?」
「知りたいなら行けばいいさお嬢ちゃん、目で見た方が分かりやすいだろうからな、行けばきっとお前らも分かるさ」
相変わらず、澄んだままの瞳でテッドは言う。
傍らに立つミーナも、黙って微笑んでいた。まるっきり仲のいい夫婦の日常の一部だ。それが逆に違和感を倍増させているのだが。
テッドは、ミーナの手をしっかりと握ったまま、自信に充ち溢れた瞳で言い切った。
「この都市に、悲しみなんてないんだってな」




