カルカソンヌの1
遅くなりました!カルカソンヌ編書きあがったので、このまま最後まで連日投稿です
この世界に名前はないらしい。
そんな話を聞いたのは、カルカソンヌも間近に迫った馬車の中だった。
話の始まりは、ラフィが男部屋の扉を思い切り開けたところから始まった。
「リュージ!暇よ、相手して!」
「……はぁ」
「なによう、その面倒くさそうなため息は」
「よく分かってんじゃねえか、面倒くさいから帰ってその扉を閉めろ、あとその手に持ってる酒瓶をしまえ、何本目だそれ」
「まぁまぁそう冷たいこと言いっこなしよ」
しっしっと手で追い払う仕草をするリュージを無視して、ラフィは部屋に入り込むとベッドに寝転んで本を読んでいるリュージの隣に腰かけた。
そのまま手にした酒瓶をぐいっと一気にあおると、満足そうに一息ついた。
「それにしても珍しいわね、すーつ着たまま寝転ぶとしわになるから嫌って言ってたのに」
「そういう気分の日もあるってだけだ」
つい普通に返事を返してしまったリュージは、このままではペースに巻き込まれると思い咳払いをして、一人の時間を守ろうと試みた。
「イナセはどうした、いつもあいつと話してるじゃねえか、今日もそうしろよ」
「御者台よ、気付かなかった?」
リュージは御者台の方へと視線を送る。
確かに良く聞けば、会話が聞こえる。御者台へ行こうと思うとリュージのいる部屋を通るはずなのだが、イナセのことだ、屋根でも通って行ったのだろう。
「最近ヴィートのところばっか行くの、寂しいったらないわ」
「年が近い方が話しやすいこともあるんだろうよ」
適当に返事をして煙に巻こうとしたリュージは明らかに返事を誤ったことに気づいた。
そして気づいた時にはもう遅い。
ラフィはしてやったりとばかりに、満面の笑みで頷いた。
「そうよね、年の近い者どうし話しやすいこともあるわ。リュージの言う通りよ」
「……はぁ」
リュージはため息をつくと持っていた本を閉じて上体を起こした。
自分で言ってしまったからにはしかたない、というよりもこれでも無視を敢行しようものなら後が怖い。
「で、何話すって?今更俺とお前で改まって話すようなことあったか?」
「お、やっと乗り気になったわね、まぁまぁ話を急かずにまずは一杯」
「やめとく、昼間っから飲むのは趣味じゃねえんだよ」
「えー、もったいないこれが美味しいのに」
「そんな飲み方してるとまた酒なくなるぞ」
「二度同じ失敗はしないわ。ちゃんと計算しながら飲んでるから大丈夫よ、それにリュージはあんまり付き合ってくれないから飲んでるの私だけだし?」
「二日に一回は十分付き合いいい方だろ……」
この鉄の肝臓を持つシスターに付き合っていると体を壊すことは間違いない。それにリュージは酒に強いだけで好きかと聞かれるとそんなに好きではない。これを言うとさらにうるさそうなので言わずにいるわけだが……。
明らかに乗り気でないリュージに、ラフィは頬を膨らませて抗議する。
「だってやることないんだもの!だったらもう飲むしかないじゃない!」
「あるだろもっと、読書とかよ」
「えー、そんなの――そういえば何読んでたの?」
「ん、ああ、これだよ」
「……それ子供向けの歴史解説書じゃない」
「結構分かりやすく書いてるからな、読みやすくていい」
「リュージって意外と勉強家よね、見た目からは想像つかない程度には」
勉強は元から嫌いではない。ただ暗記が苦手で本当に面白いと思ったこと以外はすぐ忘れてしまうので、学校の成績は良くなかった。
それに知的好奇心だけが理由と言うわけではないのだ。
「もうこっちにきて結構立つからな、詳しいことも知っといた方がいいと思ってよ……そういえば気になることがあるんだけど聞いてもいいか?」
「何、歴史の話?専門じゃないからさわりしか説明できないわよ?」
あからさまに嫌そうな顔をするラフィだが、自分から会話を始めた以上聞いたことには答えてくれるだろう。
リュージはずっと気になっていたことを尋ねた。
「俺が読んだのは『自由都市連盟』が始まってからの歴史をまとめた本と、あと『帝国』が世界を支配してたって二百年間の奴だけ、その他の歴史が書かれた本がまるでねえんだが、まさかこの世界ができてから三百年前後しか経ってねえわけじゃねえだろ?」
「むむ、中々鋭い指摘をするわね、ちょっと待ってなさい」
そういうとラフィは扉をくぐって自分の部屋へと戻っていった。
一瞬このまま鍵をかければいいのではと、邪な考えがリュージの胸中に湧き上がったが、珍しくラフィとまともな話をしていることもあり、大人しく待っていることにした。
ラフィが戻ってきたのはほんの数十秒後、戻ってきたラフィはどこから持ってきたのか淵の細い眼鏡をかけていた。
「……なんだそれ」
「頭良く見えるでしょ?人にものを教える時の必需品よね」
「その発言がもう頭悪いだろ」
「ちょっと?それが人にものを教わる態度?先生と呼びなさい」
「はいはい」
「はいは一回!」
「いいから授業進めてくれよ先生」
「はいはい、分かったわ」
猛烈に突っ込みたいリュージだったが、これ以上話がややこしくなるのは避けたいので口を閉じる。
ラフィはそれに気を良くして語り始めた。
「まず、結論から言うと帝国支配時代以前の歴史は存在しないわ」
「……おいおい嘘だろ、本当に世界誕生から三百年しかたってねえのか」
「それも違うわ、正確に言うとそれ以前の歴史を学べる資料がないのよ」
「資料が見つからねえってことか?」
「いいえ、資料の在りかについては分かってるの、まとまって一か所に保管されてるらしいわ。当時のままだとするならね」
「ますます分からねえな、場所が分かってるのに回収しに行かねえのか?」
「連続不正解よ、あと一回不正解で次の都市で奢ってもらうから」
突然の追加ルールにリュージはラフィを睨むが、当人は気にも留めず口笛を吹いている。
仕方なくリュージは一人で考えてみた。
三百年以上前のことが分からないのは資料が見れないからで。
資料がある場所は分かっているということは――。
「どこか、見に行けない場所にあるってことか」
「ちぇっ、正解よ」
「……いま舌打ちしなかったか」
「気のせいじゃない?それで種を明かすとね、資料は一か所にまとめて保管されてるの、でもそれを回収することは不可能なのよ」
「……どこのことなんだよそれ」
「旧帝国領」
ラフィの答えはあっさりとしていた。
そのまま遥か彼方を指さしながら、ラフィは片手で眼鏡をくいっと上げた。
「北のエイム大陸よ」
かつてこの世界の全てを支配し、この世界の全てを踏みにじり、そして神に挑もうとして世界から消された『帝国』
その嘗て帝国があった北の大陸、リュージも知識としては知っている。
だが、だからどうしたというのだろうか。それでは理由になってない。
「結局何で取りにいかねえんだよ」
「え?あなた何言って……ああそっか!そう言えばリュージは異世界人だったわね」
すっかり忘れてたわとラフィは笑う。
リュージからすればそこを忘れられるのは複雑な気持ちだ。こっちの世界に馴染んできたと言えば聞こえはいいかもしれないが。
「えっとね、北の大陸は――ま、説明はいらないわね」
「おい、何でだよ!」
「だって、私たちあと二週間後には海の上なのよ?場所によっては北の大陸も見えるだろうし、その時までのお楽しみってことで」
「……見れば理由が分かるってことなのか?」
「それも内緒!そっちのほうが面白いでしょ?」
面白くない、全く面白くない。
むしろ正解をお預けされたまま二週間過ごさねばならないのでもやもやしてしょうがない。しかしラフィのことだ、ヴィートやイナセから正解を聞き出したりすれば確実にへそを曲げるだろう。
最初からヴィートに聞けば良かったと、リュージは後悔した。
だがまあ、これくらいならギリギリ楽しみの内と言えるかもしれない。事実あと二週間後には海の上という事実はリュージの心を少なからず躍らせていた。
出港都市カルカソンヌ。
それがリュージ達が今向かっている都市の名だ。その名の通りにしの大陸から東の大陸への船が出ている都市だ。
勿論船だけなら他にも数個出している都市がある。それでもカルカソンヌが有名なのは、そこに他にはないものがあるからに他ならない。
巨大船『ブレッシング』
この世界で最大の帆船だというそれが、リュージ達の目当てだった。
贅沢目当てで選んだわけではない。やむを得ない事情があったのだ。
リュージ達の搭乗してる馬車『ジャーニー』はアルカディアの技術の粋をつくした一品ものだ。その大きさにしては驚きの軽さなのだが他の馬車と比べればやはり重い。
それに加えて、馬車を引いている二頭の馬、ジョゼフィーヌとアンリエッタは生まれついて体が異常に大きく、この馬車を馬二頭で引けているのは彼女たちの馬力によるものだ。
これらが旅の快適を守っているのは明白である。故に西の大陸に預けて東で新たなものを調達などできようはずもない。連れていくしかないのだ。
しかしここで問題が発生する。
ジャーニーと二頭の馬は、ほんの少しばかり平均的なそれらよりも重いのだ。
一般乗客の持ち込める物資の重量をはるかに越えるそれら全てを乗せることが可能な船は、多くなかった。
――ま、これは必要な出費だと思って良いだろ。
何せ、この快適な車内を味わってしまったあとで、今更ほかの馬車になど戻れない。
それに馬二頭と別れようものなら、彼女らをかわいがっているヴィートが少なくないショックを受ける。
そう、これは必要経費なのだ。
贅沢などではないのだ。
「そうそう、せっかく豪華な船に乗れるんだから難しいこと考えずに素直に喜びましょうよ」
「だからお前は人の心を読むな」
「どんな景色かしらね、海の上って。こっちに来る時の船は揺れが酷くてずっと寝てたから、風景を楽しむのは初めてだわ」
「……そうか」
ラフィが人の話を聞かないのはいつものことだ。
早くもまだ見ぬ海の上へ意識を飛ばしているラフィを横目に、リュージもまた想像する。
実は地球にいたころから海に行ったことはなかった。
まさか人生初の海を異世界で見ることになるとは思わなかったが、聞いている限り地球の海と違うところはなさそうだ。
だからリュージはまだ見ぬこの世界の海に思いを――。
と、考えたところで、そう言えばと思い至った。
この世界にきてはや数か月、思えばこの質問を誰かにしたことがなかった。
忘れていたわけではないが聞くタイミングを逃してしまい、知らずとも死ぬわけではないと放っていた。
聞くは一時の恥とも言う。この際だ、ラフィに聞いておくかとリュージは決心した。
「なあラフィ」
「青い海、青い空、白い雲、赤いワイン、素敵だわぁ」
「そろそろ戻ってこい」
「ん、んん?何よ人がいい気持で想像の海を泳いでたのに」
「うまくねえよ、それより聞きたいことがあるんだが」
「なにかしら?年齢以外ならだいたい答えてあげられるわよ」
「じゃあ大丈夫なはずだ、あのよ――」
リュージは万感の思いを込めて、一つの質問を口にした。
「この世界はなんて名前なんだ」
「ないわよ」
即答だった。
迷いのない即答だった。
あまりの即答にリュージは自分が聞き間違えたのかと不安になった。念のためもう一度同じ文言を口にする。
「この世界はなんて名前なんだ」
「だからないわよ」
聞き間違いではなかったらしい。
ようやく話は冒頭の一言に戻る。
この世界に、名前はないらしかった。
「世界って言い方するから分かりづらいけど、この星ってことでしょ?名前なんてないわよ」
「宇宙って概念はちゃんとあったんだな」
「ちょっと、科学が発達した世界だか何だか知らないけど、それは馬鹿にしすぎよ。どこまでも平面が続く世界だと勘違いしてると思った?」
「……それもそうか。でも何でそんなことになってんだよ、おかげでいちいちこの世界この世界って言わなきゃいけねえじゃねえか」
「それを説明しようと思うと、また話が長くなっちゃうのよねぇ……」
ラフィはどういう順番で話すべきかと顎に手を当てて考え込んでいたが、突然駆けていた眼鏡を放り投げると短く言いきった。
「飽きた、続きはまた今度ね」
「おいおい、さっきからそればっかりじゃねえか」
「だって!よく考えたら私酒盛りの相手ほしかっただけだし!授業しに来たわけじゃないもの。ほらほら!授業料代わりに飲みなさい」
「ったく、しかたねえな……」
ここまで教えてもらった手前無碍にするわけにもいかず、リュージは渋々ながら物置代わりに使っている収納スペースからグラスを探し始めた。
と、同時に御者台の小さな入口が開き、ヴィートが顔を覗かせる。
「リュージさん!見えました」
「お、そうか」
リュージはこれ幸いとばかりに、御者台へと向かう。
背後でラフィが恨みがましそうな視線を送ってきている気がしたが、きっと気のせいだろう。
すでにヴィートとイナセが座っている御者台に出ることはできないので、頭だけ覗かせて様子を伺う。
見慣れたタイプの都市を囲む城壁、だが今回はその向こうに隠しきれない大海が広がっている。早くも潮の香りが鼻孔に入り込んで来ていた。
「うわあ!実は僕海に行ったことないんですよ!泳いだりできるかな」
「カルカソンヌに海水浴場はねぇよ、勝手に泳いでる奴ならいるけどこの時期はクラゲまみれで泳げたもんじゃねぇぜ」
「あら、随分詳しいのね、もしかして経験談だったりする?」
「前に来た時がこの季節だったからな……密航だったから最後の方泳がねぇといけなかったし」
イナセが小声で聞き逃せないことを呟いた気がするが、この際無視する。リュージもまた人生初の青に心を奪われていた。
生命の始まりだとか、母なる海だとか、色々な言葉を使われる海であるが、実際に目の当たりにするとそんな言葉は全て子供だましでしか無かった。
ヴィートのように表だってはしゃぐつもりはないが、内心泳ぎたいと思ったのはリュージも同じである。
「……泳ぐのは無理でも浜辺くらいには行ってみるか」
「いいですね!行きましょうよ、着いたらすぐ行きましょう!」
「はしゃぐなようるせぇな、そんな焦らなくてもどうせ二週間もいるんだから海なんていくらでも――」
小気味のいい音が四人の耳に届いた。
それは間違いなく目の前の都市から聞こえてきたもので、もっといえば一つではない。何発も連続して聞こえてくる。
しかし、四人がそれで身構えることはなかった。爆弾の類ではないと一瞬で分かったからだ。これはもっと安全な――。
「花火か?こんな昼間から」
「お祭りでもやってるのかしらね」
「え?もしかしてすごくいいタイミングで来たってことですか!?」
「そうね、そうかも、いやきっとそうだわ!だからリュージ今回だけは財布の紐をゆるめて遊んでも――リュージ?」
リュージは花火が上がっていた一点をじっと見つめていて、ラフィの声が耳に入っていないようだった。
なんでこんなに花火が気になるのか、リュージは分からなかった。
ただ、上がる花火を見た瞬間、ほんの一瞬、心がざわめいたのだ。
花火にというよりは、あの都市自体に――。
それが最初に感じた寒気だと、その時のリュージは気づくことさえなかった。
※ ※ ※ ※
「お客さんかなー?珍しいなー?」
小型の望遠鏡越しに馬車を見ながら、小さな人影は肩に乗っているリスに話しかけた。
リスは興味のなさを示すためか腕を伝って、木に登って行った。
「あー、もう行っちゃうのかー?寂しいなー」
その人物は城門を潜っていく馬車を見ながら、腕を組んで考えこんでいたが、最後には何かを決めたのか『よし!』と一声あげると上っていた木から隣の木へと飛び移った。
人影は二本の木を交互に飛び移りながら地面に着地すると、一直線に城壁へと走り出した。
世界の名前がない理由、ちゃんとありますよ。か、考えてないとかじゃないですよ……。
まあまたいづれ遠くないうちに説明すると思います。




