パッチワークの10
顛末という程ではないが、今回の騒動が公になることはなかった。
というのも、フランソワの光線にやられた住民たちは全員その時の記憶を失っていたからだ。公式には今回の事件は都市中の人間が半日眠っていただけということになってしまった。
となればリュージ達にはどうしようもない、被害らしい被害も出ていない中、フランソワを断罪する理由も方法もない、必要性も感じなかった。
もっといってしまえば、今回の一番の被害と言えばリュージが壊した路面くらいのものである。
それさえも翌日には補修が始まり、謎の事件として騎士団が捜査を始めていた。
そんな様子を横目に、リュージは極力騎士と目を合わせないようにその場を通り過ぎようとしていた。
横からにやにやしながら話しかけてくるのはラフィだ。
「守ろうとして被害が増えるのは正義の味方のジレンマよねぇ」
「うるせえな、なにニヤニヤしてんだ、真っ先にやられたくせによ」
「なによう、操られた私にやられっぱなしだったからって八つ当たりはやめてよね」
「誰がやられっぱなしだったって?まわりに人がいなけりゃ楽勝だったに決まってるだろ」
「あらやだ、リュージさんともあろう人がそんな子供みたいな言い訳するなんて」
「……俺は女子供と老人と動物は殴らない主義だがお前は例外だからな。やりてえならやってやるぞ」
「あら、私だけは特別ってこと?嬉しいわ。嬉し過ぎて手加減間違えちゃいそう」
「もう二人とも!子供じゃないんだから止めてくださいってばぁ!」
火花を散らす二人の間に割って入るヴィート、有事の際に頼りのなる二人は、無事息災においては意外と子供っぽい。最近それが分かってきた少年だった。
自分をはさんで火花を散らし合う二人を宥めながら、ヴィートはもう一人の仲間に救援を求める。
いつもの服装に戻った少女に。
「イナセちゃん!て、手伝ってよ!」
「頑張れ、お前ならできる」
「そんな薄情な!?」
「薄情じゃねぇよ、アタシは今回のことでお前を見直したんだぜ?お前は予想以上に強かったからな、アタシの助けなんていらねぇだろ?」
「そ、それは操られてたからだってばぁー!」
「使ってたのはお前の力なんだからお前の実力だよバーカ」
「そ、そんなぁー!!」
「ハンデはくれてやる、目でも瞑ろうか」
「あら?早くも負けた時の言い訳作り?恐いなら最初からそう言いなさいな」
「……お前には一回ガツンと言ってやらねえといけねえようだな」
「町中でケンカしたらダメですってばー!」
そんなこんなで、都市の出口まで喧嘩の絶えない歩みを進める勇者一行だった。
気苦労の多い少年の胃袋の明日はいかに……。
※ ※ ※ ※
「まったくもう、リュージさんも意外とふざけるんだから――」
「まぁそうカリカリすんなよ。言葉にはしねぇけどやっぱり旦那も悔しかったんじゃねぇの?」
遠ざかっていく都市を振り返ることなく、馬車は進んでいく。
定位置となった御者台に腰かけるヴィートの横に、イナセも腰かけていた。
「それは分かるけど……やっぱりここは僕がしっかりしなくちゃ」
「お前がかぁ?なんかちょっと頼りねぇなぁ」
「そんなぁ!?さっきは見直したっていってたのに」
「強さはな、頼りがいってのは強さだけじゃねんだよ、分かんだろ?」
「それは、まぁ――」
二人の頭に浮かぶのは普段はあんなくせに、有事の際には不思議と頼りになる大人二人。
あれが目標だと思うと、途端に道が険しく見えてくるからさらに不思議だ。
「――わかるけど、普段からちゃんとしてほしいなぁ……最近はリュージさんもラフィさんに引っ張られてる感じがあるし」
「かたっ苦しいのよりはいいと思うけどな」
くすくすと笑みを漏らすイナセの顔を、ヴィートはじっと見ていた。
イナセは急に黙り込んだヴィートが自分を見ていると気づく。
「なんだよ?アタシの顔になんかついてるか?」
「いや、そうじゃないんだけど……イナセちゃん、なんか変わったね?」
「変わった?アタシがか、そんなつもりはねぇけど」
「いやでも、何だろうな、帽子とったから、だけじゃないような……」
至極真面目な顔で首を傾げるヴィートに、さらにくすくすと笑みを零しながら、イナセは今朝のことを思い出していた。
リュージのスーツを取りに行ったときのことだ。
あんな騒動の後でも、フランソワは逞しかった。むしろ悩みにひと段落ついたからか、さらにエネルギーを増していた。
活力にあふれる表情、堂々とした佇まいもそうだが、一番分かりやすく変わったのは服装だった。
なんと、所謂量産ものの服を着ていたのだ。しかも男用の――。
『心境の変化ってやつか?』
『あの服装は、もちろん趣味でもあるんだけど、半ば意地みたいになってたのよ。だれにも理解されないならせめてワタクシが着ようってね』
『……その顔見る限り、今はそうじゃねえみたいだな』
『ええそうね、少なくとも一人はワタクシのファンがいるって分かったもの』
そう言って満面の笑みをイナセに向けるフランソワ。
顔を真っ赤にしてそっぽを向くイナセに微笑ましい視線を向けるリュージ。
『だからねぇ、決めたの。ワタクシの服はスピンデレラに送ってみようって』
『スピンデレラって、流行都市だったか』
『ええ、あそこならあの子たちも愛してくれる人と出会えると思うの』
流行都市スピンデレラ。常に世界に新たな風を吹かせることを目指すそのスタンスから、服装、建物、料理、果ては武道に至るまで、新たな何かを流行らせたい人間が集まる都市である。当然流行ったら都市から出ていく者が多いため、世界でも有数の定住率が低い都市でもある。
つまりフランソワの服を送る先押してはうってつけであり、むしろ今まで送ってなかった事の方が意外だった。
リュージが正直にそう伝えると、フランソワはどこか複雑そうに俯いた。
『ワタクシなりの意地だったのよ。まずは何としてでも生まれた都市で認めさせてやろうって、いつの間にかそんな思いに囚われてたみたい……でも今は違う。もっと、自由にやってみようって思えるの』
自信にあふれた瞳でそう語るフランソワは、そのまま近くに置いてあった大きめの包みをリュージに持たせる。
『それじゃあこれ、とりあえずシャツ、上着、ズボン、首ひも、のセットが十ね』
『ネクタイって言うんだけどな……それにしても、たった一日でこんなに』
『なかなか楽しかったわよ、生地が荒いけど許してね』
『いや、十分だ』
『ねぇリュージこれ開けていい?』
『だめに決まってんだろ!触んな、寄るな!』
『なによう、見るだけならいいじゃない』
『お前は絶対余計なことするだろうが、絶対に駄目だ』
『そう言われると意地でも見たいのが人情ってものよね』
『おいやめろ、来るな!』
『ちょ、ちょっと二人とも!部屋の中で暴れちゃダメですって!』
どたばたと部屋の中で駆けまわる三人に、イナセは呆れて目を覆った。
フランソワはそんな三人を愉快そうに眺めながら、イナセへと向きなおった。
『……なんだよ』
『警戒しないで、これあげるわ』
そう言って彼が差し出すのはイナセが着ていたものと全く同じようなデザインの上下。綺麗に畳まれているそれは数着分はあるだろう。
『あとで袋あげるから入れて帰んなさい』
『……ありがとよ。とりあえずさっそく使わせてもらうぜ』
『あら着替えちゃうの?寂しいわ』
『バーカ。ずっと着てられっかよ』
それに、とイナセはまた顔を赤くして小さく呟いた。
『汚したくないから、偶に着る』
『ふぅん?』
『ニヤニヤしてんな筋肉だるまが!さっさと使ってない部屋とか教えてくれよな』
『はいはい、ここでてすぐ右にある部屋使って良いわよ』
照れ隠しに返事をせず、足早に部屋から出ようとするイナセ。
しかしドアノブに手をかけて、その動きを止めた。
イナセはたたまれた服の上に置いていた帽子を、フランソワへと放った。
『どうしたの?この帽子気に入らなかった?』
『いや、前のとそっくりだ。でももういらねぇ』
『へぇ?』
『アタシさ、目立つのも嫌だったし、自分の顔に迫力がないのが嫌で、顔隠すために帽子被ってたんだ』
一人で生きる為には、その両方とも致命的だったから、捨てるしか無かった。
いつの間にか、それが普通になっていた。
でも、その必要はないのかなと、今のイナセは思う。
『でもさ、今はアタシなんか霞んじゃうくらい変な奴らといっしょだから、気にするだけ無駄かなって』
騒ぎながら部屋を駆けまわる三人に目をやりながらイナセが浮かべているのは、年相応な少女の無邪気な笑みだった。
フランソワは、それに笑顔で応えると、ポケットから『何か』を取り出してイナセへと投げた。
小さなそれは、掴んでみれば何のことはない髪ゴムだった。
桜を模った飾りがついているそれとフランソワを、イナセは不思議そうに見比べる。
『代わりにあげるわ。あんな適当なひもで縛ってたら髪いたんじゃうでしょ?』
『……ああ、もらっとくよ』
『せっかくなんだから、お洒落しなさい?人生長いんだから』
軽くウィンクするフランソワは、なんだかとてもお洒落で、かっこよく見えた。
※ ※ ※ ※
「あっ!分かった!」
ヴィートが膝を叩く音でイナセの意識は現在に戻ってきた。
顔を隣に向ければ、ヴィートはやっと疑問が解けたとすっきりした顔をしている。
「イナセちゃん、髪縛るのゴムにしたんだね」
「お、正解だぜ、よく分かったな」
「それはわかるよ……でもそっちの方がいいね。紐だと髪いたんじゃうもんね」
うんうんと何度も頷くヴィートに、イナセはわかってないなと首を横に振る。
「それだけじゃねぇよ」
「えっ?」
「だってさ――」
イナセは桜の飾りを指で叩きながら、軽くウィンクして見せた。
「かわいいだろ?この方が」
明らかにいつものイナセがするわけのない行動に、ヴィートはきょとんとする。
純朴な少年であるヴィートは、突然の出来事に対応するだけの経験が足りていない。
徐々にイナセの顔に赤みが差していく。耳まで真っ赤になったところで、ヴィートはようやく自分が何を言うべきだったかに思い至った。
「うん!すごくかわいいと思――」
「おせぇよバカぁ!!」
大きく振りかぶった平手がヴィートの頬に向かっていく。
きれいな破裂音が空高く響きわたった。
今回はこれで終わりです。
次の話で一応西の大陸編を終わりにするつもりです。できるかぎり早く投稿しようと思ってますが、基本全部書き終えてから添削も済ませて(そのわりに誤字脱字多いのは触れてはいけないところ)送っているのでどうしても遅くなりがちです。
書きあがったところから次々投稿するべきかなぁ……
それはさておき、実は今主要キャラの紹介を入れようかどうかで迷っています。ホントは西の大陸編が終わると同時にいれようと思っていたのですが……どうしようかな。
あ、でも次の話を素早く書き終えて投稿できればすべて解決するんじゃ――それいじょういけない
とりあえず次の話を書きますね。できるだけ急いで!
それでは次回『出港都市カルカソンヌ』




