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ステゴロソウル~たとえば俺が勇者なら~  作者: 寅猛
開拓都市アルビオン
10/165

アルビオンの9

2017/11/15

 加筆修正バージョンを投稿します。

 決闘、龍二は露ほども知らないことだが、この行為は現代日本では決闘罪として罰せられるれっきとした犯罪だ。

 人類の歴史は戦いの歴史であると同時に、それをいかに回避するかに悩まされてきた歴史でもある。

 気に入らないことがある度に、いちいち戦って決めるなんてことをしていては、種はすぐに滅びてしまうからだ。



 その証拠に自然界に存在するおおよその動物は、必要時以外に他の動物を殺すことは無い。

 そうしなければ、生態系は成り立たないと、ひいては自らの種の滅亡に繋がると、本能で察しているからだ。




 人間は知恵を手に入れた代わりに本能を捨てた生き物だ。

 必要以上に食うことも、意味もなく他者をいたぶることも、その命を奪うことも、その証拠に他ならない。

 だからこそ、法という鎖で自らを縛しているわけなのだが……この世界に決闘を縛る法がないのは、単純にもう少し時間がかかるのか、それとも考え方が違いすぎるのか。

 それは、もう少し時が過ぎなければわからないことだろう。



※   ※   ※   ※




 薄い布で作られたテントの中に、龍二は居た。

 伸脚、屈伸、出来る限り体をほぐしておく。

 テントから出た先で待っている出来事を考えるともっとしっかり準備をしておきたいが時間がない。

 着ていたスーツ一式を丁寧にたたんで机の上に置いておく。

 もはや自分の唯一の持ち物なのだ、汚してしまうわけにはいかない。今着ているのは騎士団の新入りが訓練時に着る、いうなれば体操服のようなものらしい。

 作りはこれ以上ないほど簡素だが、軽くて動きやすい。今必要な要素がすべてそろっている。

 準備完了、テントの外へ出て行くと開けたグラウンド――騎士団の訓練場だそうだ――に相手はすでに立っていた。




「待たせたな」




 明るい茶髪を後ろでくくった美丈夫――ケビン――はそれには答えることなく無言で持っている木剣を構えた。

 龍二はその正面に立ち、同じく構えを取る。とはいってもこっちは丸腰だが。

 二人を見守っているのは三人。アロマ、バンゴ、そして龍二に心配そうな視線を送っているアリスは耐えきれなくなったのか小さな口で叫ぶ。




「やっぱり止めようよ! 決闘なんて」

「おやおや、やると言ったのはあの男ですよアリス様」

「だったらあなたが戦えば良いじゃないバンゴ!」

「しかし相手は誰でもいいと言ったのもあの男です……あいつが首を横に振るのなら私が出て行ってもいいのですがね」




 拙い糾弾を受けてもバンゴはどこ吹く風だ。

 事実決闘を受け入れたのも、相手は誰でもいいと言ったのもすべて龍二だった。

 アリスはアロマの方を見るが、彼は険しい顔をしながらもこの決闘を止める気はなさそうだ。提案したのが彼なのだから当然だが。




 アロマの折衷案とはつまりこういうことだ。

 魔法が使えない一点で争いになるのならば、それでも尚他の人間に劣らないことを証明して見ろ、と。

 勝てば無期限滞在を認める。ただし負ければ即刻退去、他に行き場のない龍二にとっては文字通り生きるか死ぬかの戦いになりかねない。

 だから自分が有利な状況に持ち込むことは、龍二にとっては恥ずかしいことでも何でもないとアリスは思っている。



 しかし同時に、あの背の高い男が一度言ったことを曲げないであろうことも、なんとなくわかっていた。

 あれはそういうタイプの人間だ。一日ちょっとの付き合いでもわかるくらいには――。




「でも、こんなの卑怯よ……」




 龍二の強さを最も近くで見たのはアリスだ。

 しかし今回はさすがに相手が悪い。

 ケビンは、こと単騎での戦闘力はアルビオン騎士団の中でもずば抜けている。

 噂によると彼が一対一で負けたことがあるのは、見習い時代に相手をした教官だけだという。




 わざわざ決闘の相手に彼を指定したバンゴの意地の悪さも相当のものだ。よほど龍二を追い出したいらしい。

 当然龍二もそれを事前に聞いている。だからこそ龍二は目の前にいる相手に全集中力を向けた。分かっているのだ、そうしないと勝てないことが――




 ケビンは、構えていた木剣を下すと、いつでも動けるように精神を集中させている龍二に話しかけた。




「残念でならない、君とはもっと話をしてみたかったよ……」

「……まるでもう終わったみたいな口ぶりだな」

「できるだけ痛みは与えないと約束する……私もこんな不本意な事はしたくないんだ」




 その声音に皮肉や、侮蔑は感じられない。

 本心で、今から戦う龍二の心配をしているのだ。

 つまりそれは圧倒的な実力差があるという自負に他ならない。

 つまり龍二は侮られていることになるのだが、それについて怒りはなかった。

 むしろ、愉快な気持ちすらある。




「……ガキに頃から体がでかくてよ、普通に過ごしてるだけでいろんな奴に因縁つけられた――けど、楽勝だなんていわれたのは初めてだ」

「言ってはいないけれどね」

「言ってるようなもんだろ? おかげで少しやる気が出た」

「怒りで、かな?」

「いいや、あんたとは少し話してみたい」




 ケビンはその言葉に目を丸くしていたかと思うと、堪えきれないと言わんばかりに噴き出して笑った。

 腹まで抱えて笑う彼の姿に、離れたところから見ている三人が驚いている。

 リュージは知る由もないが、ケビンという男はこうした場面で笑う男ではないからだ。




「面白い男だな、君は」

「あんたもな」

「……ますます残念だが、もう始めよう」




 ケビンは木剣を構えなおすと、神妙な面持ちで口を開いた。




「アルビオン騎士団副団長ケビン・カートライト」

「……随分古風なんだな。城戸――おっとリュージ・キドだ」




 その言葉が終わるや否や、ケビンの姿は龍二の眼前まで迫っていた。

 上段からの振り下ろし、何のためらいもなく頭部を狙っている。龍二は右足を下げ半身になってそれをかわす。



 すかさず強烈な右フックがケビンのボディを狙うが、ケビンは木剣の腹で拳をいなして、後頭部を柄頭で打ち抜こうと狙った。

 しかしそれを予測していた龍二はいなされた拳の勢いを殺さず前転して距離を取る。



 龍二が体勢を立て直した時には再びケビンは目の前だ。

 身体能力も技術も常人離れしている、一撃もらえばそこから一気に崩されるだろう。

 突撃してきたケビンに裏拳を放ちながら、龍二は更に緊張感を高めていった。



「ほほう、これはまたすごいですな」

「え、なに、どうなってるの」




 アリスは動体視力が追いつかないせいか戦いの趨勢は理解できないようだが、見ていたアロマは感嘆の声を上げた。

 最初彼が武器は要らないと言った時、彼以外の人間は唖然としていた。剣を使った戦闘のプロにたいして、素手で戦うなど遠回しな自殺と変わらない。自棄になるなと、相手を侮るなとアロマもアリスも諭したものだ

 しかしここまでの動きで分かった。彼は自棄になっていたのでもなければもちろん相手を侮っていたのでもない。

 これが彼にとって最も適した戦い方なのだ。



 人間にはどうしても向き不向きという者がある。

 剣を使うのに向かないものもいる。そういったものは槍や弓や、とにかく自分に合った別の得物を求めるわけだが……。

 もしも、彼にとってそれが格闘なのだとしたら、素手こそが、龍二が最大限に力を発揮できる土俵なのだとしたら。




「これはもしかしたら、もしかするかもしれませんな」



 その言葉と同時に事態が動いた。

 一瞬のすきを突いた龍二が剣の根元を掴んだ。恐ろしい握力で掴まれたそれはケビンの動きを止める。

 ケビンは咄嗟に剣を捻じって龍二の腕を振り払おうとするが、剣はまるで岩にでも突き刺さったようにピクリともしなかった。

 額に脂汗を浮かべて、ケビンが苦笑する。




「これはまた、見事な怪力だ……!?」

「歯ぁ食いしばれ!!」




 直後、龍二の渾身のアッパーカットが、ケビンの体を空中に打ち上げた。

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