新たな門出とおもちゃ箱
さて、漸く更新出来ました
―数日後の朝―
「突然どういう事ですのッ!?」
ソアラの執務室に一人呼び出されたバリーナは話が理解出来ずに叫びを上げていた。
「今、言った通りだ。もうお前はこの屋敷に居る必要は無くなったという事だ」
バリーナは他のメイド(候補生)と違い、行儀見習いに来た訳でもスキルの向上の為に訪れた訳でも無い。事業に行き詰まり、オーヴェラントからの多額の融資の形として実質、親から“売られて”来たのだ。ならばその“必要”が無くなったのなら辿り着く理由は多く無い。
「良かったでは無いか、坊ちゃまがまるで興味を示さない内で。お前のその身の純潔はオーヴェラントの名の下に保証されよう、何処にでも好きな所へ行くが良い」
好きな所と言われてもバリーナには一ツしか在りはしない。だがそれも縋るにはあまりにもか細い糸だった。
元より持ち込めた荷物も多くは無い。あとは本来有る筈も無いが屋敷での貢献に見合った給金を手渡された。
「……それでは」
別館の正規メイドが操る馬車で懐かしい我が家の門の前まで送って貰えた。あまり愛想の無いメイドではあったが職務に忠実なのだろう。過剰な愛想など飯盛り女のする事だ。
去り行く馬車の音を背中に、果たして売られた自分を受け入れて貰えるのだろうかと不安感に戸惑いながら呼び出し用の紐を引く。
リンゴーン…リンゴーン…
屋敷の方から微かに鐘の音はすれど出迎えどころか扉が開かれる様子すら無い。再度試すも同じだった。
「……アハハ、そりゃそうよね」と自虐的な微笑を浮かべ、身体を預けるように門扉に触れる。
ギギギギ…
「……ッ!?」
油がきれていたのだろうか、錆が擦れる音をたて、門が開いた。
「何て不用心な…」と愚痴りながら玄関への道を歩いていく。手入れが行き届かないのだろうか?出て行った時より荒れたように感じる。立ち木は剪定されておらず、雑草も伸び始めていた。
装飾の施された扉のノッカーを鳴らして待つ。……やはり応答は無い。それどころか人の気配すら感じない。
一抹の不安、そして背中を走る悪寒に恐る恐るドアノブに手を掛ける。
……ガチャリ
開いた……。
久方振りの我が家だというのに落ち着かない。換気もされていないのか微かに不快な臭いがする。
窓枠や手摺りに薄らと埃が積もっている。きっと自分と同じように売りに出され、家族は新しい住まいに移ったに違いないと自身に言い聞かせながら声を上げる。
「お父様ーーッ、お母様ーーッ、事情により只今戻りましたわーーーッ」
……返事は無い。祖父や祖母。弟や使用人の名を呼んでも同じだった。
ならばきっと何処かに置き手紙が有るかもしれない。まるでお化け屋敷と化した館の奥へと進む。
ボーーン……ボーーン……
「キャアアアァァァーーーッ!?」
予告も無く鳴り響いた柱時計に狼狽する。聞き慣れた筈の音なのにまるで侵入者への警告のようだ。
「お…脅かさないでくださいます?」
今にも飛び出しそうに暴れる心臓を押さえ、ペタリと尻餅をつくバリーナの背後でギィ…ギィ…と音がした。風も無いのにある扉が揺れている。丁度そこは弟の居る子供部屋だった。
ゆっくりと近付き、中を覗き込む。そこには弟とあやし疲れたであろう母が眠っていた。
おりしも窓の外が薄暗く曇り、大粒の雨粒がガラスを叩き始める。
「何だ、居るんじゃありません……」
一歩近付いた瞬間に違和感に気付いた。寝息が聞こえない、しかもあの不快な臭いが少し濃くなった気がする。そして母親の背中の赤黒い模様は……?
反射的に部屋から跳び退いた。理由が一つしか無いからだ。
咄嗟に駆け出し、次から次へとドアを開けていく。
次に見たのは居間で互いの手を握ろうと腕を伸ばし合い、床に倒れている祖父母の姿だった。絨毯には胸の辺りからあの赤黒いシミが拡がっている。
争った形跡も荒らされた様子も無い。
「…ぁ…ああ……」
再びエントランスへと走り、二階の書斎へと向かう。一縷の望みを求め…。
物盗りの仕業か、または怨みを持つ者の犯行か……。光源を失った館内は薄暗く、ただ不気味さを増していた。
「お父様ーーーッ!」
力任せに開け放った扉の向こう、窓際で揺れるロッキングチェアに近付いた瞬間、無情に走る一条の稲妻がこの惨劇の犯人を浮かび上がらせた。
力無く垂れ下がった右手に握られた拳銃、そして左半分が消失した頭。犯人は自分の父親だった……。
「……ぅっ…ウグェ…ゲェ…」
あまりの惨さにその場で吐き戻してしまった。
何故…何故こんな事に…?父の事業はオーヴェラント家の融資により、僅かながら希望が見えてきたと聞いていた。なのに何故……?
フラフラと立ち上がるバリーナの目に机の上に置かれた一枚の封書が映った。恐らくは父の最期のメッセージがしたためられている筈。蝋冠を外し、中身を見る。
そしてバリーナは全てを知る事になる。
《愛する我が娘へ 浅慮な父を赦して欲しい》
“無力”では無く、“浅慮”。それで全てを悟ってしまったのだ。
先日の“シーマ”の誘拐事件。まだ朦朧とする意識の中、シーマを抱きかかえ、指示を飛ばすソアラと慌ただしく駆け回るメイド達。あの時は何故シーマが狙われたのか思い至らなかったが、今なら判る。全ては自分の責任だったのだと。
―あの日、バリーナが業者に托した一枚の手紙。そこには自分の近況を書いていたのだ。
メイドでは無く、主の玩具として扱われる事。
好きでも無い異性と風呂や寝所を共にせねばならぬ事。
自分としてはただ愚痴を零したかった。ただ誰かに聞いて欲しかっただけのつもりだった。
どうせ“売られた”のだから気にもしないだろうと…。
別館の主を知る父親に嘲るつもりで書いてしまっていた。
《赤毛のメイドに粉し、私を見張っている》と…。
浅慮なのは自分だった。娘の身を護る為、敢えて家から切り放した事。如何に自分が大切にされているかという事。光明が見えた半年先を引き換えに、娘の今を優先してしまう程、愛されていた事。これらに気付かず、自棄になり不平不満ばかりを吐いていた。
その結果が“コレ”だった。
『アハ……アハハ……アーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ………』
ヘタリ込んだバリーナは大声で笑った。天を仰ぎ、滝のように流れる涙すら拭わず狂ったように笑い続けた。
どれ位の時間が経ったのだろう。最早、外の雨は止み、雲は退き始めていた。
最後の一滴まで流し尽くし、フラフラと生気の無い幽霊のように屋敷を出たバリーナを迎えたのはここへ送り届けたあの馬車だった。
既に扉は開かれており、その傍らに立つメイドは新しい御仕着せを差し出していた。
業務に差し障りが出そうな全く機能性を無視した華美な装飾が施された異常とも思える程裾の短いワンピース。女性らしさを過剰に強調するそのデザインは仕事着では無く、玩具をより飾り立てる為だけの物だと理解出来た。
「……如何なさいますか?」
メイドが淡々とそう口にした意味を理解出来ぬ程、もうバリーナは愚かな子供では無かった。
自ら御仕着せを手に取り、シートに腰を降ろしてただ一言こう言った。
「お願いします」
決意を確認したメイドは一度頭を下げ、静かに扉を閉めるのだった。
もしまだあの屋敷が我が家であったら火を点けて屋敷ごと荼毘に伏したかもしれない。それ程凄惨だった。
この馬車を操るメイドが手配してくれたのだろう。警ら隊の馬車が擦れ違っていく。
「ねぇ、ちょっと……」
「あれ…バリーナさんよね?」
別館(おもちゃ箱)の門に横付けされた馬車から降りてきたバリーナが身に纏っていたのは“アノ”特別仕様の御仕着せだった。
谷間が覗く胸元は下から支えるように強調され、過剰に丈の短いスカートからはかなり太股が露出しており、膝上のストッキングはガーターベルトで留められている。あまりにも“女性”を主張させたソレは一言でいえば卑猥、ともすれば道化にすら見えかねない御仕着せをバリーナは見事着こなしていた。
よく見れば余程泣き続けたのか目の下に薄らと隈が出来ている。
しかしピシッと伸ばした背筋、凛とした眼差し。それはある種、芸術品のように美しく、誰ひとり嘲笑う者は無かった。
最早誰の目にも以前の不真面目で不平不満ばかり漏らすダメ人間では無く、明確な目的と覚悟を以って行動を始めたのだと理解出来たからだ。
勇者の凱旋の如く歩み、エントランス最奥の大階段前に立つ赤毛メイドと上司に片足を引き、裾を摘んで頭を下げる。
「只今、戻りました」
何故?と尋ねるような愚は犯さない。自ら選んだのであれば只一言。
『お帰りなさい』
それだけで充分伝わる筈だから。
―バリーナは思う。例え今は“玩具”でも構わない。如何なる屈辱に塗れようといつか必ず自分自身で立ち上がり、“人間”バリーナとしてこの男の前に対峙してみせる。それが私、バリーナ=クレールなのだから………と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
“シーマ”の誘拐事件から一ヶ月、落ち着きを取り戻したオーヴェラント家別館では警備強化が緊急課題となり、新たな専任メイドを雇い入れる事になる。これで問題が無くなるかというと、新たな人が増えれば新たな問題も増える訳で………。
「マーチ!マーチは居るか!?」
呼び叫ぶソアラの背後に音も無く一人の少女が立っていた。
「ハァ…何べん言うたら解って貰えますの?ウチの名前は“町”どす、Ma-chi。ぷりーず こーる みー“まち”おK?」
庭の掃除をしていたであろう少女は竹箒を片手に深く溜め息を吐く。
「ぅおっ!?だ・か・ら、気配を消したまま現れるなと何度も申し渡した筈だ。ったく、心臓に悪い…」
「それどしたらBGMでも流した方が宜しおすやろか?ヒュ〜ドロドロ〜って」
目を隠すように俯き、胸の前で甲を前に掌をダラリと下げて舌を出す。どうやら故郷のお化けを模しているっぽい。
表向きガードナーメイド(庭師・園丁)として雇いいれた“町”だが、この別館において兎に角異質だった。
黒い瞳と背中まで伸びたロングストレートの黒髪をやんわりと纏め紙で結わえている。
出自は極東の小さな島国で、実家は老舗の呉服問屋を営んでいるらしい。それ故か“着物”と呼ばれる前袷のタイトなワンピースに“帯”という幅の広いベルト、その上にメイドの証ともいえるエプロンとカチューシャをしている。
仕事着との事でシンプルな物を着ているらしいが注意して良く見れば細かな花の模様があしらわれており、手のこんだ逸品だと伺える。
年齢は17歳との事だが背が低く童顔な外見の為、12歳位だと思われている。その為、よく声を掛けられお菓子を手渡されるようなのだが、西洋菓子は口に合わない上にお子様扱いなのが不満らしい。
自虐的に「故郷ではとっくに“行き遅れ”やのに恥ずかしおすわぁ〜」と笑うのだが、その度に何人かのメイドのこめかみがビクッ!と引き攣っているのは内緒だ。
物腰も和らかで、まったりとした独特な雰囲気の持ち主で所謂“癒し系”なのだが、時折言葉の中にチクチクと“棘”が入る事があるらしい。
それに気付いたのは先日、王都からの使者がやって来た時の事――。
『我輩は王都よりの伝令を伝えに着た者である。至急、貴館の主に取り次げい!』
『王都から?いやぁ、それはそれは田舎からよぉお越しやすぅ』
尊大な態度の使者もそうだが、声を掛けられたのがたまたま庭の手入れをしていた町だったのだ。彼女の地元的には『遠路遥々ご苦労様です』という意味なのだが、“田舎者”扱いされたと感じた使者がキレてしまったのだ。
『貴〜様ぁ、草いじりの女中風情が国王陛下の信頼厚き警ら隊隊長から直々に命を受け、5日間馬を走らせて来てやった我輩を愚弄する気かッ!?さっさと主を連れて来い!』
『まぁ、5日も?ほんに田舎から……』
『おのれ貴様ッ!!……………ッ!?』
もう反射的に腰の剣を抜き、打ち据えようとした伝令兵は自分に何が起きたか理解出来なかった。一瞬視界が回ったかと思うと地面に倒れていたのだ。
ドシャッ!という大きな物音を聞き付けたソアラが駆け寄って来る。
『何事か?お前達、そこで何をしている!?』
見れば男が落馬でもしたようだが、少々剣呑気な雰囲気だ。
『別に大事やあらしまへんえ。このお方がちょっとコケはっただけですよってぇ…』
その倒れた城の兵士らしい男の喉元に竹箒の柄が向けられている。戦場や死合いなら完全に人生終了のお知らせ状態だった。
『これ、旦那はんにお渡し願えますやろかぁ?ウチ、この男はん口説いてますよってぇ』
振り向きもせず書簡を手渡す、つまりこの場から去れという事らしい。
『……承ろう』
(町を怒らせるなど馬鹿な男だ
)背筋に冷たい物を感じながらソアラは執務室へと急いだ。
『貴様、我輩にかような真似をしおって…。どうなるか分かっ……』
ズンッ!!
喉元に突き付けていた竹箒をクルリと回転させると勢いよく地面に突き降ろした。男の股間のギリギリに……。
『王都がどないしたか知りまへんけど、偉いんは王さんだけどっしゃろ?相手の力量もよう測れへん御用聞き廻りの丁稚如きが、しかも10日も居らんで支障無しと思われた使いっ走りがウチとこの旦さん呼び付けよやなんて……挙句に馬上から見下しながら喋るとか……勘違いして調子こきなはんな!アンタの親(上司)はどなた……』
町の声は全く届いていなかった。既に不躾な男はズボンに大きなシミを作り、白目を剥いて痙攣しながら口から泡を噴いていた。
『……ハァ…阿呆らし』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―王都城下街―
6日後、王都に戻った使者はバーのカウンターで一人呑んだくれていた。
自分が出立した翌日、警ら隊と近衛兵隊を交えた王都兵団の合同軍事演習が執り行われていたのだ。誰からも通達は無く、彼だけが知らなかった。つまり出世の道は完全に閉ざされていたという事だった。
同僚や後輩に聞いても、「エッ?今頃気付いたのか?」とか、「すみません…口止めされてて…」とかの返事が返ってくるばかりだった。もっとも平素からの素行の悪さや横柄な態度から全く信用が無かったので自業自得なのだが……。
「クソッ……どいつもコイツも我輩を馬鹿にしおって……」
当然、上司である警ら隊長に猛抗議をしたのだが……。
『いやぁ、お陰で演習がスムーズに進み、陛下からもお褒めの言葉を賜る事が出来たぞ』
と、とても良い笑顔をされてしまった。
普段から嫌われて避けられているのを自分に怖れをなしているからだと思い込み、踏ん反り返っていた様はさぞかし滑稽だったであろう。
「もうそれぐらいにしときなよ旦那」
味よりも安さが“売り”の場末の店だ。必然的に客層もそれなりのモノになる為、店主も様々な方面に顔が利き、かなり腕に覚えのある男が営んでいる。こんなモノは日常茶飯事である為、さほど気にする様子も無い。
店内をザッと見渡してみても、金の無い若い兵士や一般市民、旅行者に交じり、あまり人相の良くない輩、売春婦まがいの女など…。特に若い兵士や旅行者は呑んで零す愚痴の中から重要な情報が洩れていたりする。
この男もそんな中の一人だろうか?浅黒い肌に無精髭、初老くらいなのにガッシリとした体躯。顔の左側に縦に浅い刀痕が走っている。
「よぉ、兄弟。随分と荒れてるじゃないか、何なら俺が聴いてやるぜ?」
「ぁあ?何だ貴様〜?我輩を誰だと〜。クソッ……どいつもコイツも……全てはあの異国の小娘が〜〜」
「異国の小娘?ほう…どんな奴だい、良けりゃ教えてくれよ」
使者だった男は酔っ払ってグダグタになりながらも先ずは自分が如何に貢献しているか、次に同僚にどんな仕打ちを受けたか、そして最後に6日前の出向先での話を始めた。
「ともかく不遜窮まりない奴でな、よって我輩は…」
「ハァッ!?竹箒の柄で柄頭を抑え込まれたぁ?」
子供相手に剣を抜こうとした事にも呆れたが、相手が手を掛けるよりも速くそんな曲芸じみた芸当をアッサリとやってのける人物が居るとは思わなかったのだ。ただある一人を除いて……。
「よぉよぉ、ソイツは何か特徴的な処は無かったかい?」
「特徴…?ん〜〜というか特徴だらけだ。見馴れぬ異国の衣装もそうだが、何と言っても髪だ。炭よりも真っ黒な髪をしていた…」
そう聞いた瞬間、無精髭の男は口角が上がるのを抑え切れなかった。
「何処だ?何処でソイツに遭った?」
「あ?ああ、確か……」
愚かにも秘匿義務を負っていたにも拘わらず、部外者に別館の場所を話してしまった。
「良かったな兄弟、無事生きて帰れて。これは祝いだ、好きなだけ呑んでくれ!」
そう言って無精髭の男は金貨を一枚カウンターに置いて店を飛び出した。
「間違い無ぇ!ククク…今度こそ逃がしやしねぇぞ、夜叉姫ーーーッ!!」
顔の刀傷が脈を打ち、心が昂揚するがまま男は雄叫びをあげるのだった。
次の更新は出来次第上げていきます
ちなみに登場キャラの名前は車に因んでいると気付いてくれた方は………あ、うん。……デスヨネ〜〜