第八話 カラシ色、再び
一ついいことがあると、次から次へとラッキーなことが起こることがある。一つの出来事が次の出来事をまるで引っ張って連れて来てくれるように。
成瑠美が会社でいつものように事務仕事をこなしていると、上司に大至急、菓子折りを買ってくるように頼まれた。急に得意先を訪問することになったらしい。
成瑠美は早速、社用車に乗って近くの商店街へ出掛けた。途中の県道が工事をしていたので、迂回するため、案内の矢印に従って、今まで入ったことのない路地に入った。軽自動車で来たからよかったものの、とても狭い道だ。
――ううっ、対向車が来ませんように。
民家の植木から出ている小枝に車体がかする音がする。成瑠美は社用車に傷をつけないように、なるべくスピードを落として進んだ。
住宅街で見通しの悪いカーブを曲がると、そこはもう大通りへと接続していた。はあっと深い安堵のため息をつき、右へとウィンカーを出す。
車を一時停止して、大通りに入るタイミングをうかがっていると、ななめ右手にド派手なカラシ色の建物が目に入った。看板には、美鈴不動産、とある。今まで必死になって、洋菓子店を開くための物件を探してきた成瑠美だったが、こんなところに不動産屋があるとは思いもしないことだった。
――それに、あのカラシ色、どうしても気になる。
カラシ色といえば、本屋で声をかけてくれた女性の着ていたジャケットの色だ。いつも初対面の人と話すのは極度に緊張してしまうのに、あの女性を話した時は不思議と安らぎを覚えた。カラシ色には成瑠美をわくわくさせる何かがある。
買った菓子折りを上司に渡すと、成瑠美は自分のデスクに戻った。座って、スリープにしておいたノートパソコンを立ち上げると、自分で選んだ壁紙のなかにもカラシ色があった。青空を背景に、赤、青、黄色の風船が束ねて置いてある写真なのだが、カラシ色だと思って見ると、黄色の風船ももうカラシ色にしか見えない。
最近導入されたシステムのパスワードが個人用に配布されたのでメモろうと手にしたシャーペンのグリップもカラシ色なら、写し間違えて、慌てて手にとった愛用の消しゴムのケースまでカラシ色だった。そうなるともう笑うしかない。
いつもは気付かないだけで、周りには沢山のラッキーがひそんでいるのかもしれないと成瑠美は思った。自分で自分のスイッチをオンにすれば、いろんなラッキーが絶えず訪れる。スイッチを入れるかいれないかを決めているのはいつも自分だ、成瑠美はそう考えると思わず一人くすりと笑った。職場で笑ったのは久しぶりのことだった。