第三話 物件探しとタイ焼き
洋菓子店開店のため今一番苦労しているのは、物件探しだった。成瑠美はお店を出すなら、佐久平駅周辺がいいと決めていた。高校や中学がいくつもあり、人通りも多い。ここなら固定客がつかめれば、長くお店をやっていけると成瑠美は踏んでいた。
会社が休みの日に、成瑠美はいくつか不動産会社を回ってみた。前に飲食店をやっていたような居抜き物件なら、改装も最小限ですむのでありがたいが、なかなか思うようなところは見あたらない。以前はオフィスだった場所を何件か紹介されたが、一から内装をやり直すことを考えると予算的に無理だった。
――そんな簡単に見つかるわけないか。
成瑠美はため息をついて、商店街のベンチに腰をおろした。一日中歩き回ったせいで足が重い。靴を脱いで片足を上げ、ふくらはぎと足の裏を両手でマッサージしながら、成瑠美は遠くに沈む夕日をぽつんと一人で眺めていた。
そのときふわっと甘い香りがして、成瑠美は思わず周囲を見回した。よく見ると交差点の角に小さなお店があり、ショーケースにはタイ焼きが積まれていた。本当に、並べるというより、無造作に積み重ねてあるといったほうが正しい陳列だ。
小学生がその前で嬉しそうにタイ焼きの包みを受け取っている。その包みを渡すおじちゃんの顔もなんだか穏やかで、成瑠美はなんだか自分までほんわかとした優しい気持ちになるのを感じた。
そして、成瑠美もちょうど小腹がすいたところだったので、一つ買おうとお店まで歩き出していた。
「おじさん、タイ焼き一つ下さい」
「はいよ」
成瑠美がそう言うとおじさんは快くタイ焼きをくるんでくれる。
「八十円ね」
そう言われて、成瑠美はびっくりした。なんて安いのだろう。円安で小麦や小豆の仕入れ値も軒並み上がっているはずなのに。
「おじさん、どうしてそんなに安い値段でできるの」
成瑠美は、店主にお金を渡しながら聞いてみた。
「できるのってねえちゃん、ほんとはできねえよ。だけど子どもたちが喜んでくれるからね。値上げしたら子供たち、買えなくなるで」
「利益はなし?」
「うーん、まあないに等しいね。だけど儲けなんていいだよ。みんなの笑顔がおれのごちそうなんてな、はは」
おじさんの着ているTシャツはよく見るとぼろぼろだった。パタパタ仰いでいるうちわにもひびが入っており、セロテープで止めた箇所が黄ばんでいる。それでも明るく笑うおじさんに成瑠美は言葉を失った。泣くつもりもないのに涙が出てきて、成瑠美は思わず手でごしごしと拭いた。
「ありゃりゃ、おじょうさん、どうしちゃっただい。ほら、これで拭きな」
おじさんが渡してくれた箱ティッシュから一枚ティッシュを取り、成瑠美は慌ててそれで涙をぬぐった。
成瑠美は最近、理と相談しながら事業計画書を書いている最中だった。毎日単価いくらのケーキがいくつ売れて、原価と差し引いていくらの利益がでる、そのうちのいくらを返済にまわせるか、運転資金としていくらを手元に残すべきか。そんな損得の計算ばかりだ。
利益を出すため、ケーキの単価はどうしても高めにつけざるを得なかった。借入金返済のため、お店の存続のため、と言い訳はいくらでもできる。でもおじさんが教えてくれたことをいつまでも忘れちゃいけないと成瑠美は心に刻んだ。お店はいつだって買いに来てくれるお客さんのものだ。
帰り道、成瑠美はそっと包みを開いて、タイ焼きをがぶりと頬張った。とても懐かしい温かい味がした。