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虹の輝く頃  作者: 丸山梓
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第二十三話 最後には全てうまくいく

 曽野子は、ぱてぃすりー・えすぽわーるのショーケースの向こうで満面の笑みで二人を迎えた。


「まさか、二人で来るとは思わなかったわ。ご両親も離婚なんてよく決断されたわねえ。まあ、私も離婚してるから人のことは言えないんだけど」


 あの一件後、理は成瑠美に正式にプロポーズした。

 その場所は成瑠美が一人で松本に行くことを決意し、理に別れを告げた、蓼科高原の見晴し台だった。


「死ぬまで俺のそばにいて。もう絶対離れないで」

 

 理の成瑠美を見つめる目に迷いはなく、ただひたすら澄み切ってきれいだった。


「うん」

 成瑠美は、理の言葉に大きく頷いた。自然に頬がゆるんでくるのが自分でも分かった。理が成瑠美をしっかりと抱きしめる。ふんわりとやさしい甘い香りがした。


 抱きしめられながら、ふと成瑠美は、理の顔を見上げた。きれいな鼻筋がよく見える。


「でもさ、お兄ちゃん、じゃなかった、理」

「うん」

「銀行勤めはどうするの」


 これは、両親の離婚を知らされてから、ずっと気がかりだったことだった。一緒に松本に来てくれるのはうれしい。でも、松本で理は何をするのか。成瑠美は自分の夢の実現のために、理に何かを諦めてもらうことになるのだけは嫌だった。


「それなんだけどさ、前々から考えてたことがあるんだ」

「ふーん?」

「俺に任せてよ」

 

 そしてなんと、理は松本の支店に転勤願いを出し、見事に受理されてしまった。ちょうど空きが出たところだったらしい。理は前々からこの情報をつかみ、直属の上司経由で松本の支店長に根回ししておいたらしい。元々、上司受けのいい理ならではの行動に成瑠美は舌を巻くしかなかった。


 成瑠美はパティスリー・ラ・メール・ルージュの廃業届けを税務署に提出した。お店を閉める行為というのは、もっと重苦しい気分になるものかと思っていたが、あまりにあっけなく受理されてしまったので、成瑠美は肩透かしをくったような気分になった。


 松本での新居も松本駅から徒歩圏内に決まり、今日は二人で曽野子に挨拶に来たのだった。


「ありがとうございます。私もまだ全然実感ないんですけど、お兄ちゃん、じゃなくて理をよろしくお願いします」


 成瑠美は、曽野子にたどたどしく挨拶した。こんな展開を全く予想していなかったものだから、こんなときにどんな言葉を使うのが適切なのかよく分からない。


「ええ、こちらこそよろしく、成瑠美の旦那さん」


 そう言って、曽野子は理をちらりと見てにやりとする。理は、苦笑いといった感じだ。


 あのとき、理を松本につれてきたとき、曽野子はすでに理の気持ちに気づいていたのだ。すべてお見通しの曽野子を前に理は、自分のこの前の態度が恥ずかしくて仕方ない。


 成瑠美はこんな様子の理を見るのは初めてのことで、意外すぎて驚いていた。


「曽野子おばさんには敵いません」

 理はそう言って、ぽりぽりと頭をかく。


——私が思っていた偉大なお兄ちゃん像とは少し違うなあ。でも、こんな理も悪くないかも。だって、もうお兄ちゃんじゃないんだもんね。


 成瑠美は、自然と自分が笑顔になるのを抑えられずにいた。いつか悠司と忍野八海に遊びに行ったときのことを、ふと思い出す。あのとき見た御釜池のミステリアスさは、まさに理そのものだ。もう三十年近く一緒にいるのに、まだまだ理のことが知りたい。分からないことが多すぎる。そのミステリアスさ加減が面白くて、もっともっと一緒にいたいと思ってしまう。


 けれども、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。二人が結婚しようと決めたとき、成瑠美の心に引っかかったのは、悠司のことだった。


 最終的には、菓子店経営を協力するとまで言ってくれた悠司。開店三日前に持ってきてくれたあのバラのむなしさは今でも忘れられない。


「悠司は怒るだろうなあ」


 一方で理と悠司は今ものみ友達だ。佐久の宝石店で結婚指輪を選びながら、成瑠美は、気がかりとなっていることをぽろりと口にした。


「うん。そうだね。でもこればっかりは正直に言うしかないね。成瑠美は、もうきれいに清算したんだ。あとは、俺の問題。俺に任せてよ」


 数日後、理は上から下まで泥まみれになり、額と頬には大きな青あざを作って帰ってきた。成瑠美はそれを見て、胸がつぶれる思いだった。傷を手当しながら、成瑠美は自分の目から涙がこぼれるのを止められない。


「誰がやったの、これ。って一人しかいないか」


「うん。悠司と話つけてきたよ。一発殴らせろっていうから顔を差し出したら、一発じゃすまなかった」


 それでも理は満足げに笑う。


「成瑠美の夢がパテスリー経営なら、俺の夢は、そんな成瑠美のそばにいること。夢を叶えるってほんと大変だね」


 そうだ。私の夢もそう、と成瑠美は思う。佐久にお店を持つことで、ふみえと功雄をけんかさせてしまった。理の仲裁がなければもう4人で暮らすことすら危うい状況だったかもしれない。


 それに悠司をこんなにも深く傷つけることもなかったかもしれない。理の傷が悠司の心の傷の深さを物語っていた。


 陽子の夢にしてもそうだ。陽子が亡くなったことで、彼女の両親や曽野子をはじめ、何人の人が悲しんだだろう。


 誰かが自分の夢を追いかければ、誰かが傷つく。でも、それでも私は夢を追いかけることを止められない。


 それに途中で誰かが傷つき、悲しむ結果になったとしても、最後の最後には、絶対に全てうまくいく。何年かかっても、私はそう信じてる。


 もう会えないと思っていた陽子の想いを感じ取れたこと、さらに絶対に無理だと思っていた理との結婚が可能になったことで、成瑠美は今までとは少し違う自分を感じていた。


「悠司にもきっといい人、見つかるよ」

「そうだね、そう祈ろう」

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