第二十二話 大逆転
家に帰るとクラッカーの音が玄関に響いた。そこには、功雄とふみえが笑顔で立っている。
「え? なんかおめでたいことなんてあったっけ?」
成瑠美が困惑気味に言うと、ふみえが満面の笑みで答える。
「私たち夫婦は今日付けで離婚したわ。あとは二人の好きなように!」
「え?」
成瑠美と理は顔を見合わせた。
功が笑いながら、二人を見て言う。
「君たちの気持ちに父さんたちが気づいてないと思ったのかい? もし二人の幸せのために、父さんたちが障害になるなら、離婚して事実婚にしようってことにしたんだよ。二人がもし本気なら、理の義理の父は俺、成瑠美の義理の母親はふみえ。な、こんな関係も悪くないだろ?」
ついさっき、別の道を行こうって固く決意したばかりだったのに。なんだか腰が抜けたようになって、成瑠美は、へなへなと玄関に座り込んだ。
「なにか不満でも」
ふみえがひざまづいて、成瑠美の顔を覗き込む。
「え、だって話が急すぎて、なにがなんだか。ねえ、お兄ちゃん」
理は、肩をびくっとさせた。
「う、うん。ちょっと考えさせて」
理はそう言うと、顔を真っ赤にして自分の部屋に駆け込んでいってしまう。
「真面目だからな、理は。こんな結末、考えもしなかったんだろう」
「それもそうね」
功雄とふみえは顔を見合わせて笑っている。成瑠美は、理はこれからどうしたいだろう、と思って少し不安になった。一緒に松本に来てくれるだろうか、それとも。
成瑠美は不安な気持ちでいっぱいになりながら階段を上っていった。そして、そうっと理の部屋のドアノブを回す。
理は自分のベッドにうつ伏せになって寝ていた。
「まさか、あの二人がそんなこと考えてたなんてね」
「うん」
「これからどうする?」
理は、ベッドから起き上がって、ベッド脇に座るとじっと成瑠美を見て言った。
「成瑠美はどうしたい?」
じっと見つめられて、成瑠美は答えに困った。でも、言わなくちゃと思った。もう自分の気持ちに嘘はつきたくない。
「私は、お兄ちゃんとずっと一緒にいたい。一緒に松本で暮らしたい」
理はそれを聞いて張り詰めた表情をふっとゆるめた。成瑠美は成瑠美で言ってから、ああ、言ってしまったと思った。ずっとこらえていた私の本心。この先も理がそばにいてくれるならどんなにか幸せで安心だろう。
「今までの俺達のこと、二人はずっと黙ってみてきたんだな」
「そうだね」
成瑠美には、今回の離婚が理のこれまでの家族に注いできた愛情に対するご褒美のように思えた。ずっと4人を一つの家族にするために心を砕いてきたお兄ちゃんに対する最高の祝福。
なんて言ったら、思いあがるなと、神様に怒られるだろうか。
理は静かに立ち上がると、成瑠美をそっと抱きしめた。
「ほんとはずっとこうしたかったんだ。好きだよ、成瑠美」
成瑠美は理のあったかい体温を感じながら頷いた。
「うん。私もお兄ちゃんが好き」
「もうお兄ちゃんじゃないんだ。理って呼んで」
耳元でそう囁かれて、成瑠美は胸がきゅっとした。そして、このときめきにもう罪悪感を感じなくていいんだ、ということに心から安堵したのだった。




