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虹の輝く頃  作者: 丸山梓
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第十九話 まるで保護者

 体調がようやく元に戻り、お店を再開して、どうにかいつもの調子を取り戻した頃、曽野子に連絡を取ると、理と会うことに曽野子は快諾してくれた。


 この前、曽野子と会ったのと同じ、パティスリー・ラ・メール・ルージュの定休日の火曜日に、成瑠美は理の運転で松本へと向かった。


 最初にぱてぃすりー・えすぽわーるの店内へと理を案内する。


「へえ、倉のなかにこんな店が。アンティーク家具が凝ってるね。いかにも成瑠美が好きそう」

「えへへ」


 成瑠美は、ぱてぃすりー・えすぽわーるの魅力を、こうして理に直に伝えられることが嬉しかった。その様子を曽野子が傍らで微笑みながら見ている。


「いろんな種類のお菓子があるね。ラ・メール・ルージュよりずっと多いよ。このラインナップをいづれは成瑠美一人で作るの?」

 長く広いショーケースのなかを覗き込みながら、理は言う。


「最終的には、全部覚えてもらわなくちゃいけないけど、うちには専属の菓子職人が、私のほかに数名いるから、問題ないと思うわ。どこまで自分でやって、どこから任せるかは、仕事を覚えながら考えていけばいいと思うの」


 質問には曽野子が答えた。この店は、佐久の店よりずっと規模が大きい。喫茶スペースもある。従業員は全員合わせると十名はいると聞いた。ぱてぃすりー・えすぽわーるの責任者になるということは、人の上に立つということなのだ、と成瑠美は改めて気が引き締まる思いだった。理はこのあとも曽野子に二、三、質問をした。曽野子はその度にそつなく答えている。


——曽野子さんの目に理はどう映っているんだろう。私の保護者かな。なんか私、一人じゃ何にも判断できない子供みたいで恥ずかしいな。


 成瑠美の脳裏に、この前の明美のメールの一文がよぎった。ここでほんとに一人でやっていけるんだろうか。


 その後、三人は駅前の喫茶店で話をすることにした。


「うちの店だと、どうしても仕事のことが気になっちゃうから」

 笑いながら、曽野子は言った。


「理くんは、成瑠美の店の共同責任者って言ったっけ」

「はい」


「そんなに成瑠美がうちに来ることが心配? それとも私が信用できない?」


 曽野子は笑顔を崩さず言う。


 成瑠美は、ぎょっとして曽野子を見た。なぜ今日の曽野子さんはこんなにも好戦的なのか。今までの理の質問から、そんな理の気持ちを敏感に感じ取っていたのだろうか。


 それから、そうっと理を見る。理は今までほとんど見たことがないほど、鋭い目つきをしていた。いや、この前、ラ・メール・ルージュの店内でお客同士でもめているのを割って入ったときもこんな目をしていた。


 理がこうなるのは、いつも成瑠美を何らかの危険から守りたいと思ったときだ。成瑠美は、そこまで考えて、自分の頬が少し熱くなるのを感じた。


「成瑠美から聞きました。松本のお店を継いでほしいってどいうことですか。こんなこと言うのアレですけど、僕らにとって、陽子ママは過去のことです。俺は成瑠美に自分の道を自分で切り開いていってほしいと思ってます。やっと佐久の店も軌道に乗ってきたのに、そんなの曽野子さんの自己満足ではないですか。将来、失明されることは、とても気の毒なことだと思いますけど、でも別に跡継ぎの候補ならほかにいくらでもいるでしょう。何なら、公募してもいい」


 曽野子は理の言葉にじっと耳を傾けていた。そしてにこっと笑って言う。


「あなたは本当に成瑠美想いのいいお兄ちゃんのようね。ありがとう。成瑠美はあなたがいることでどんなにか救われたことでしょう」


 理はうっと言葉に詰まるのが、成瑠美からも見てとれた。曽野子は畳み掛けるように言う。


「そうね。理君の言うことは正しいわ。あなたの気持ちもわかる。でも、これはあたしなりに考えた結果なの。私は成瑠美ちゃんをもっと伸ばしてあげたい。チーズケーキなんて狭いジャンルに捕らわれないで、もっと幅広くいろんなお菓子の基礎から応用まで身につけた方が、将来的にきっと彼女のためになると思うの。陽子の店ってこともあるけど、まあそれは置いておいても、この話は彼女にとって悪い話じゃない。あたしの技術を彼女に伝えて、彼女の能力をもっと極限まで伸ばしたい。そう言ったら分かってくれるかしらね」


「そう、だったんですか」


 理は、がっくりと肩を落とした。


 理にとって、曽野子の考えは全くの想定外だったようだ。曽野子はそんな理を慰めるように、テーブル越しに理の肩に手を置いた。そんな二人の様子を成瑠美は複雑な想いで見つめていた。


——こんなにも私を思ってくれるお兄ちゃん。私の思い上がりかもしれないけど、お兄ちゃんは、私を松本にはやりたくないんだ。ずっと、一緒にやっていきたいってそう思ってくれてる。インフルエンザで私が熱を出したとき、事情を話してもあんなに冷静だったのは、表面だけのこと。心の奥底では、こんなに私を思ってくれてたんだな。ああ、私もお兄ちゃんから離れたくない。いつまでも一緒にいたいよ。私は、一体どうしたらいいんだろ。


「成瑠美ちゃんのことは、私に任せて。大丈夫。すぐに目が見えなくなるわけじゃない。一人前になるまできちんと面倒を見るわ。もちろん、あなたが、そう決断してくれたらだけどね」


 曽野子は途中から、成瑠美のほうに向き直って言った。


「はい。ありがとうございます」

 最後は、理と成瑠美、二人で深々と頭を下げた。


「さて、それじゃ今日の本題」

 くすっと笑って曽野子は言う。


「本題?」

 成瑠美は首を傾げた。


「ほら、前回来たとき、あなたが喜ぶものを見せるって約束して、見事に忘れちゃったでしょ。それを今から見せてあげる」


「えっと、それはどこに行けば」

 成瑠美と理は二人で顔を見合わせる。


「私の実家、現住居でもあるけど」

 ふふふ、と楽しそうに曽野子は笑った。


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