第十五話 さあ、始めよう!
曽野子との再会を果たした翌日は、快晴だった。台風一過、というのだろうか。ものすごく豪快にあっけらかんと晴れている。
「よし、やるぞー!」
成瑠美は、大きく伸びをしてから、ケーキ製作にとりかかった。まずはプリンから。まずキャラメルソースを作る。鍋でグラニュー糖と水を溶かすだけなのだが、これがなかなか難しい。
火加減を誤ると黒こげになるし、火が弱過ぎれば色はつかない。それでもどうにか目指す形になったので、成瑠美は安心して次の作業にとりかかった。卵を割って卵黄と卵白に分ける。
三十個のプリンで全卵十個と卵黄二十個を使うので、計三十個の卵を割らなくてはならない。そしてその三十個分の卵をボールに入れ、泡立てないようにそっとかきまぜる。おとといのリハーサルでも思ったことだが、これがなかなか力のいる大変な作業だ。
――でも自分で決めた道だ。泣き言は言わないでおこう。
分量の半分の牛乳とグラニュー糖を鍋に入れて火にかける。グラニュー糖を熱で溶かすのが目的なので、沸騰しないように成瑠美は細心の注意を払った。沸騰すると牛乳の風味がとんで格段に味が落ちてしまう。
牛乳は隣町の蓼科高原の牧場から仕入れた特別なものだ。自分の加工ミスで味を落とすのだけは避けたい。グラニュー糖が溶けたところで火を止め、残りの牛乳も鍋に加えた。
そしてそれを、卵を溶いたボールに急いで注ぎ、泡立て器でかき混ぜる。まんべんなく混ざったところで型に流しこみ、オーブンに入れる。父が買ってくれたスチームコンベンションオーブンだ。
置くスペースの問題で小型のものしか買えなかったので、一回にプリンは十五個しか焼けない。一回目のプリンが焼きあがるまでには一時間あるので、成瑠美は、今度はレアチーズケーキに取り掛かった。
レアチーズケーキの土台となるスポンジ生地は、昨日の夜のうちに自宅で作っておいたので、あとは火を使わない上の部分のチーズ生地を作るだけだ。ここで使うクリームチーズも生クリームも蓼科高原産だ。
成瑠美は素材の良さに感謝しながら作業を続けた。チーズ生地が仕上がった辺りで、一回目のプリンが焼きあがったのをオーブンが軽快な音楽で知らせてくれた。この音楽は三種類のなかから自分で選ぶことができたので、成瑠美は一番聞いていて明るい気分になる音楽を選んだ。
急いでオーブンからプリンを取り出し、二回目のプリンと交換する。表面の焼け具合から判断するに、一回目の焼きあがりは上々だ。
チーズ生地をセルクルでくりぬいたスポンジ生地の上に絞り出し袋を使って絞りだす。成瑠美はこの瞬間が一番好きだった。ケーキが目指した形になっていく。それがなんとも言えず快感なのだ。やっぱりこの仕事が好きだ、と成瑠美は思った。
その後も成瑠美は作業を続け、ベークドチーズケーキ、スフレチーズケーキをつぎつぎに完成させた。全部の工程を終え、後は冷蔵庫から出してショーケースに並べるだけ、となったときには、時計は九時半を回っていた。
――ふー、なんとか間に合ったみたい。でもこれ、毎日一人でやるの辛いな。
ため息をつきながら、商品を並べ始める。とそこへガラガラと引き戸が開く音がして、明美が現れた。
「ヤッホー。元気?」
「え、明美。どうしたの」
「心配だから見に来ちゃった」
「今日は休み?」
「うん、休みとれるかぎりぎりまで分かんなかったから成瑠美には言わなかったけど、店長に事情を話したらいいっていうから。お菓子作りは無理だけど、販売なら手伝うよ」
「え、でもお金とか払えないよ」
「いいの、いいの。今日はボランティア」
「えー、そんな訳にいかないよ」
慌てる成瑠美を尻目に、明美はバッグからエプロンを取り出すと手早く身につけ、バッグヤードにもぐりこむと、念入りに手を洗い始める。
「レジはないの。ふうん。まあ、小規模だし電卓でね。ふむふむ、これが包装紙だね。分かった」
朝の五時からのケーキ作りですっかり疲れて果てていた成瑠美には、明美の応援は正直ありがたかった。ケーキを並べるのを手伝ってもらい、なんとか十時に店を開けることができた。
「開店おめでとう、成瑠美」
そう言って、明美はショーケースの端に花束を生けた。その花束からおとといの悠司とのやりとりを連想してしまい、成瑠美は一瞬暗い気分になった。そして首をぶんぶんと横に振る。
――過去を振り返ってはダメ。明るい気持ちで前に進まなくちゃ。
「ありがと。なんか実感湧いてきたかも」
そうなのだ。信じられないことだが、これで本当に、昔からの成瑠美の夢は叶ったことになる。あとはこのお店をどれくらい長く続けていけるかどうか、それがこれからの勝負だ。不安になって成瑠美は思わず呟いた。
「でもお客さん、来るかなあ」
「大丈夫だよ。だって、成瑠美ビラ配り頑張ったじゃん」
内装工事辺りから成瑠美は懸命に自分の店をアピールした。OLやっているときの消極的な成瑠美からは考えられないくらい精力的に。明美や遠藤の美容院はもちろん、女性の出入りが多そうなフィットネスクラブや道の駅まで、広告を置かせてもらうことをお願いしまくって今に至る。
「あれはラッキーだったよね。ほら『週刊サクッと』にも載せてもらえて」
明美はショーケース裏で椅子に腰かけながら言う。そうなのだ。たまたまそのビラを見た記者が取材してくれ、洋菓子店の特集記事のなかで、成瑠美の店、パティスリー・ラ・メール・ルージュも取り上げてくれたのだった。
「地元長野県産の素材をたっぷりと使用。新たな新人の今後に期待高まる、なんていい書き方してもらっちゃって。うん、だから大丈夫だよ。きっとうまくいくよー」
「最初はお店を知ってもらうために、採算どがえしで十パーセントオフセールするけど、その後が心配だなあ」
先ほどの強気な気分はどこへやら、成瑠美がぼやいていると、一台の車が駐車場で止まった。お客さん第一号かな、と期待して成瑠美は思わず立ち上がる。それは子連れの主婦だった。まだ保育園に通う前くらいの小さな赤ちゃんを抱いている。
「いらっしゃいませ」
成瑠美は緊張しながらも声をかけた。
「チラシで見て今日オープンって知ったんです。私、新しいお店ができるととりあえず一度は来てみることにしてて。素敵なお店ですね」
成瑠美は慌てて頭を下げた。そうだ、少ない予算ながらも内装は結構こだわったのだ。壁紙のクロスは全部、白で統一した。壁にかけてあるインテリアはすべて百円ショップで売られている材料で手作りしたものだ。
バラの造花でリースを作ったり、百円の額にネットでダウンロードした花畑の画像を入れて飾るなど趣向を凝らしてある。
「あ、ありがとうございます」
その主婦は、ひとしきり悩んだあと、プリンとスフレを一個ずつ買って去っていった。
「はあ、緊張する」
成瑠美は、脱力して椅子に座りこんだ。商品には自信がある。でも問題は、接客かもしれない、と成瑠美は内心思う。それでも今日は接客に慣れた明美がいるから安心だが、明日から自分一人で大丈夫だろうか。
――自分が人見知りで、臆病な性格だってこと、すっかり忘れてた。
その後も客足は途絶えることなく、三時を過ぎるころには商品は完売となっていた。
「売り切れたら、もう作らないの?」
明美が素朴な疑問を成瑠美にぶつける。
「うん。余ったらもったいないし」
物件を探していた頃出会ったタイ焼き屋さんのおじさんを思うと良心が痛むが、商品の単価は高めにつけていた。毎日全部売切れれば利益は出る。一人で切り盛りするにはこの数量が限界だろうと成瑠美は考えていた。
「今日はありがとう、明美。接客なんてやったことないからほんと助かっちゃった」
早朝から慣れない作業に追われて、見るからに疲労困憊の成瑠美を心配そうに明美は覗きこむ。
「明日から一人だよ、大丈夫?」
「うん、頑張る」
成瑠美はスポンジ生地の仕込みだけして、家路に着いた。その夜、疲れのため放心状態で居間でテレビを観ていると理が帰ってきた。
「成瑠美、今日はどうだった?」
「うん、全部売り切れたよ」
「そうかあ、よかった。やっぱりすごいな、成瑠美の作るケーキは」
「そんなことないよ。まだ始まったばっかりだし。お兄ちゃんも今度営業中に見に来てよ。なんたって共同経営者なんだし」
「うーん、そうだなあ。いつか行くよ。それより何か問題が起きたらおれにすぐ相談してよ」
「もう、心配性だな、お兄ちゃんは」
そう言って笑ってみたものの、理に相談しなくてはならない日はすぐやってきた。オープンして三カ月をすぎた頃、客足がぱったりと途絶えてしまったのだ。成瑠美は実家の自分の部屋で理と作戦会議をしていた。
「このままじゃ赤字。どうしてなんだろう。最初はすごく調子良かったのに」
毎日売切れたところで、お店を閉めることができた頃のことが今となっては懐かしい。冷蔵保存で三日が限度であり、家に持って帰ってその日のうちに食べるか廃棄するかになってきていた。一生懸命作った商品を廃棄処分するのは本当に辛い。
理は腕組みしながら言う。
「やっぱり佐久の人たちって新しいものが好きなんだよなあ。だから最初は珍しがって飛びつくけど、その後はぱったりってケースは多いよ」
確かに理のいう通りかもしれない。最近、新しく郊外に出店したスーパーも開店当初は超満員だったのに、半年経った今となっては閑古鳥が鳴いている。駐車場もがら空きだ。
「よし、成瑠美。ここは思い切って新商品だ。今ある商品を安売りしたところできっと客は来ない。それなら新しい商品を売り出して勝負をかけよう!」
張り切る理の言葉に、成瑠美は頭を抱えた。
「うー、お店が軌道に乗ったら商品の種類を増やしていこうと思ってたのにぃ。こんな追い詰められた状況で新商品なんて」
「いやいや、成瑠美ならできるって。そう言うってことは、案はあるんだろ。ちょっと作ってみせてよ」
「分かった」
成瑠美は赤字垂れ流しのまま同じ商品を並べ続けても仕方ないので、作る数量を少なくし、店の営業時間を短縮して新商品を開発する時間に充てた。まず何に特化したものを作るかが問題だった。
――シュークリームで売ってる店、佐久市内にあるしなあ。シフォンケーキ専門店も割と近くにあるし。
成瑠美が唸りつつ、ケーキの作り方の本を眺めていると、チーズタルトの作り方が載っていた。
――クリームチーズなら大量に仕入れているから使えるかも。そうすれば、新たに材料を買う必要もない。
そう考えて成瑠美は早速試しに、タルトの生地を作ることから始めた。作りながら、タルト生地の上に乗せるフィリングのことを考えて、ロールケーキのクリームにチーズを混ぜるのもいいかもしれないなんてことも考えた。
しかし、実際にタルトを作ってみると一つの問題点に気付いた。タルト生地を一人で一から作るのは、時間がかかりすぎるのだ。かと言って既製品は使いたくない。成瑠美が手作りで一から仕上げたものだけを出すのが、成瑠美のこだわりでありこの店の一番のアピールポイントだからだ。
焼きあがったタルトは、こんがりといい色がつき、食べてみるとタルトはさっくり、フィリングのチーズ部分は、メレンゲを入れたおかげでふんわりとしており、やさしくクリームチーズの香りがして、最高においしかった。
こんなにおいしいのに残念と肩を落としつつ、ほかに何か名案はないかと思いを巡らせた。ロールケーキも同じ理由でだめだった。スポンジ生地を完成させるのに時間がかかりすぎる。
レアチーズケーキの土台としてスポンジを作ってはいるが、あれはあくまでレアチーズケーキ専用のものだ。あれ以外にもう一種類のスポンジを焼くというのは時間的に無理がある。結局名案は思い浮かばないまま、数日が過ぎた。
成瑠美はシャーペンを鼻と鼻の下で挟んで遊びながら、この日もショーケースの後ろで店番をしていた。ふと成瑠美の頭に曽野子の店、ぱてぃすりー・えすぽわーるが浮かんだ。
アンティーク調の素敵な椅子とテーブル、円形のソファが置かれた店内。アンティーク雑貨と控えめに置かれた美しい花々。どれも魅力的なケーキたち。それは成瑠美の憧れの光景だった。この洋菓子店をオープンするときも内装にはこだわったつもりだが、あそこまでのレベルにもっていくことは資金的にも到底無理だ。
いや、何よりセンスがないことも認めなくてはいけないけれど。曽野子はいつか成瑠美のお店に寄らせてもらうわね、とあのとき確かに言っていた気がするが、さっぱり訪れる気配がない。やっぱりお店が忙しいのだろうか。
「あーあ、お客さん来ないなあ」
とそこへ扉のベルがカランと鳴って来訪者があることを告げた。ふと見るとそこに曽野子が立っていた。
「ずいぶん暇そうじゃない。この店だいじょうぶ?」
成瑠美は思わず立ち上がって、直立不動になっていた。
「い、いらっしゃいませ」
「いいのに、そんなに緊張しなくても。なんとなくあなたが困ってるような気がして、見に来たのよ」
「よく分かりますね」
成瑠美は思わず頭をかいた。この人はなんでもお見通しだ。
「そこのベンチ座ってください。すいません、狭くて」
「ふふ。この前と立場逆転ね。今度はあなたが店主。私が客」
曽野子はお店の隅々まで楽しそうに見て回ると、成瑠美が勧めたベンチに腰を下ろした。
「初めてにしてはなかなかいいお店じゃない。お店の雰囲気も白で統一されてて明るいし、清潔感もある。一体何に困ってるの? 」
「はあ、それが店の売上が落ちてて。兄が言うには客がこの味に飽きてきたんじゃないかって。だから新商品考えてるんですけど、なかなかうまくいかないんです。今、お茶とケーキ出すので、ちょっと待っててください」
成瑠美は慌てて店の奥へ引っ込んだ。やかんに水を入れて火にかける間もどきどきが止まらない。曽野子のことを考えていたら、本当にそこへ曽野子が現れた。しかも成瑠美が途方にくれているときに。
――なぜなんだろう。
成瑠美にはそれが不思議でならなかった。
曽野子は出されたスフレを一口、口へ運んでゆっくりと咀嚼すると目を閉じた。その様子がとても優雅だ。一方、それを見ている成瑠美は一気に緊張する。曽野子は何も言わずに二口目、三口目と食べ進んでいく。
――ああ、私、ここで一言でも曽野子さんに否定的なこと言われたら、なんだかもう一生立ち直れない気がする。
「うん、なかなかいいわね。このふわっとした食感、くせになる。ベークドとレアも食べてみていいかしら?」
「もちろんです」
曽野子は三種類のケーキを完食したあとで、うーんと考え込んだ。どうやら新商品について一緒に考えてくれているようだ。
「それで、今までにどんな案を考えたの」
曽野子は成瑠美の目を覗きこむように優しく見つめる。成瑠美は、曽野子の存在に包み込まれるような安心感を感じずにはいられなかった。どうしてなんだろう。この女性といると自然と気持ちが癒される。さざ波立っていた心が一瞬で凪いでいく。
「ええと、チーズタルトとチーズ入りロールケーキです。どちらも仕込みに時間がかかりずぎて、一人でやるにはちょっと時間的に無理かなって。作りたてを出したいし」
「そうよね。スポンジやタルトの生地を一人で一からなんて無謀だわ」
曽野子は腕組みをしてまた考え始めた。二組のお客が来て、商品をいくつか買い求めて去ったあとようやく曽野子は口を開いた。
「あなたのチーズケーキ三種類食べたけれど、どれもとてもおいしいの。素材がいいのね。それぞれの素材の味がとても活かされていて、私は好きよ。このケーキのどれかになにかを足してケーキのバリエーションに幅をもらせたらどうかしら。ベースの味はこのままに。もちろんプレーン味も今のまま出して」
成瑠美は目が開かれる思いだった。今まで、チーズを使った何か新しい商品を求めてやっきになっていたけれど、今あるものを活かして何かしようとは思ってもみなかった。
確かにそのほうが、経済的にも製作時間的にも助かる。成瑠美はぱてぃすりー・えすぽわーるに行ったときに、曽野子が出してくれた果物が沢山乗った色鮮やかなチーズケーキを思い出していた。あれも最初はシンプルなチーズケーキだったものにひと手間加えたものだ。成瑠美の頭に閃いたものがあった。
「たとえば、ベークドチーズケーキの生地のなかにオレンジリキュールを入れてみるとか?」
「そうそう、それよ、それ。お客さんの反応を見てほかにもいろんな味を展開してみたら。あとは例えば、そうね、キャラメルとか」
「キャラメル味ですかあ、それもいいですね! あとはいちご味とかレモン味とかも楽しそう」
「あ、それもいいわね」
その後も曽野子と成瑠美の話は尽きなかった。二人でいるとアイディアが溢れだし、テンションが上がって次々と発想が浮かび止まらなくなるのだ。何時間も新商品について意見を出し合ったあと、別れ際に曽野子が言った。
「あなたといると本当に楽しいわ。いつも元気をもらうの」
「私もです」
成瑠美はあれほどまでに完成された店を経営する人から、そんな風に言ってもらえるとは夢にも思わなかった。なので控えめに同意した。いつか追いつき追い越したい人、曽野子は成瑠美にとってまだ雲の上の存在だ。
「あなたと私の人生はきっと、お互いの人生が影響し合うようにきっとできているのね。困ったときにお互いを呼び寄せ合うのよ」
曽野子が現れたタイミングはまさしく成瑠美が、曽野子のことを考えていたまさしくそのときだった。
「本当にそう、かもしれないですね」
成瑠美がそう呟いて、考えこんでいると、携帯が鳴った。理からだった。ふみえが社員旅行で今晩いないけど、夕飯はどうするかという相談だった。
「あ、そうだった。今日お母さんいないんだっけ。今日はちょっと遅いくなるかも私。お兄ちゃん、何か作れる? うん、ごめん。よろしく」
理は最近定時で帰ってくる。それをいいことに成瑠美は自分が忙しいと理に家事をお願いしていた。理の料理も最近、進化してきておいしい。
曽野子はその様子を聞いて驚いた様子だ。
「まあ、お兄さんがいるの?」
「はい。母の連れ子みたいです。つい最近まで、実の兄だとばかり思っていたんですけど」
「そうだったの。それにしてもずいぶん仲がいいのね」
「仲がいいというか、単に私が兄に甘えているんですけどね」
成瑠美はつい苦笑いしてしまう。本当に兄がいなかったら、私の生活はもっと殺風景で、余裕のないものになっていただろう。
曽野子は、成瑠美を激励して帰っていった。
曽野子のエネルギッシュな背中を見送りながら、成瑠美はふと思った。
曽野子と成瑠美ではいくつ年が違うのだろう。多分三十は違うだろう。曽野子が生まれてから成瑠美が生まれるまで三十年かかっており、そこから二人が出会うまでにさらに二十五年かかっている。五十五年という長い年月を経て二人が出会い、助け合うまでに至ったのは、本当に奇跡としか思えない。
――こんなことって本当にあるんだ。
成瑠美はそう心の中で呟いて、曽野子と出し合ったアイデアを形にするためにどんな材料が必要かリストアップを始めた。




