第一話 プロローグ
片側だけ肘掛のついた二人掛けのソファがある。その生地は白字にバラ柄で、絹のような滑らかなさわり心地だ。成瑠美はそのソファに一人の女性と並んで座っていた。
女性は、成瑠美の肩をやさしく抱いている。女性からじんわりと伝わる体温がとても心地よくて、成瑠美は思わずほほえんで、静かにそっと目をつむる。
部屋じゅうがオーブンでクッキーを焼いたときのような甘い匂いがした。
女性の体は成瑠美に比べてとても大きく、成美は女性と繋いでいる自分の手が、彼女に比べてとても小さいことに気付く。女性が優しく語りかける声が聞こえてくる。
「成瑠美、私の大切な大切なベイビー」
女性の発する温かな体温がまるごと自分に対する深い愛情の表れである気がして、うっとりとその愛情に浸った。とても気持ちがいい。
どこかで、ピピピ、ピピピと音がする。待ってよ、この気持ちよさにもう少し浸っていたいのに。お願いだから、あともう少しだけ…。
「ああ、もう、分かったって!」
そう言いながら、成瑠美は目覚まし時計に手をやった。確実に押しボタンにヒットし、時計のアラーム音は止まった。
クッキーの匂い。女性のあたたかな体温。それは、成瑠美が繰り返し見る不思議な夢だった。夢だと分かっていても、居心地の良さに思わず長居したくなる。一体なぜこんな夢を繰り返し見るのか、成瑠美には分からなかった。




