鏡合わせ
今学期初のバスケがあった日の放課後、俺は朝賀みつるに思いきって話しかけた。
「…おぃ、ちょっと来い…」
これはまずい。朝賀はいきなりの俺の抑揚のない無愛想な言葉に怯えているようだ。別に脅すつもりはなかったのだが、話し慣れない俺は言葉に強弱や感情を入れることが下手になっていた。
だが俺の教訓を生かすため、俺は朝賀を校舎裏に連れ出した。
「日高くんだよね…、い、いったい何を…」
朝賀が周りを見渡しながら聞いてきた。校舎裏は確かに印象は悪い。だがここでないと校庭は部活で使用しているし、校門や駐輪場付近は生徒がいて目立つ。校舎裏に決定したのは致し方ないことなのだ。
「いいか朝賀、お前を訓練するためだ」
俺はバスケットボールを朝賀に差し出した。
朝賀は驚いた顔をした。それは当然だろう。俺がこんな場所に連れてきて、脅すのかと思ったら訓練しようといいだしたのだから。
「な、何で?」
朝賀は理由を尋ねてきた。俺は下手ながらも、そのいきさつを話した。
「僕、日高くんが思ってる以上にドジだよ…。だから無理だよ…ごめん」
朝賀は拒否してきた。自信がないのか?練習が恥ずかしいのか?
だがとりあえずやらなければうまくならない。やらなかったら何も始まらないのだ。
俺は朝賀に聞いてみた。しかし答えは変わらない。
俺は自分もスポーツが得意ではなかったことを打ち明けた。苦手なチームプレーも訓練で人並みにできるようになったことも。
「ありがとう。でも僕はホント呆れるくらい運動音痴でドジで…、」
朝賀の拒否は続く。俺は説得を続けた。朝賀と同じような体験をしたことも、俺式訓練で解決していった。これを朝賀に伝授または朝賀式にアレンジし、朝賀も嫌みを言われないようにしたかった。
「………でも…」
「なんで、朝賀は端からダメだって諦める?諦めたら現状は何も変わらん!嫌みを言われ続けてしまうぞ」
朝賀の度重なる否定に、俺はいつしか熱くなり、ある程度抑揚のある言葉を発していた。
「…じゃあ、日高くんは自分が無理だって思ってることはないの…」
朝賀が少ししかめっつらをして小言のように言った。
「!!」
俺にもある。無理だ!って決めつけてたこと。
人付き合いだ…。
臆病で傷つくのが怖い俺は、友人をつくるのを拒んだ。人付き合いが苦手で億劫、今まで治そうともせずコミュ障だからと目をそらしてきた。
俺の掲げる平穏主義。平穏主義のことなら、俺は不得意教科でも慣れないスポーツでも手を抜かず平均域にはまるよう努力した。だが人付き合いに関しては鎖国を続け、勝手に自分なりにいいわけをつくって………
俺の人付き合いの苦手度合いは朝賀の運動音痴と同じレベルなんだ……
俺が仮に誰かに人付き合いを無理矢理矯正されようとしたらどうだ……。絶対反感をもつし、人付き合い自体さらに嫌いになるだろう。
つまり朝賀のためだと思ってたことは、俺自身が一番嫌がることだったんだ………
俺は朝賀に返せる言葉がなかった。ホントに言葉が詰まって出てこなかった。
朝賀は静かに去って行った。
日暮れる中、俺はただ茫然と立ち尽くしていた。俺には立ち尽くしてるしかなかった。




