平穏?
長年人付き合いを避けてきた俺。
そんな俺に盟友ができた。
このことは俺の生活に、何らかの変化をもたらすだろう。
昼休み。
あの長くて憂鬱な昼休み。
友人が一人もいないで、妙に目立っていた俺。人の目を気にして生きた心地がしなかった。
だが、それは過去の話。
俺の現状は変わった。
もう他人の目を気にしなくてもいいだろう。
俺は清永と朝賀の三人で、昼休みを過ごすようになったのだ。
「…………」
「…………」
「…………」
……それにしても会話がない………。
清永も、朝賀も、そして俺も、弁当を黙々と食べるだけで会話がない…。
友人って、こんなもんなのだろうか……。
まあ清永や朝賀も大人しいタイプではあるが、俺よりは話をすると思う…。
俺に気を遣っているのか…?確かに、話さないほうが俺には楽なのだが……。
俺は周りを見回した。
何人かの生徒が急いで目線をそらした。
……注目されている!!?
教室に無言の集団が現れたことに、生徒どもが注目していた…。
以前は陰気な俺だけだったが、今は清永と朝賀の三人だ。清永と朝賀にも、生徒どもは何らかの思いを巡らしているのだろう。
人の目を気にしなくていい平穏が訪れたのではなかったのか……。
異様に目立っている俺達。周りから不思議がられている……。
だが清永と朝賀は気にしていないようだ。弁当をうまそうに喰い続ける。
「おいしかったねぇ」
「…美味だったな」
朝賀と清永は、弁当を喰い終わるとそう言った。
弁当を喰うときは、それだけに集中したいのだろう。食事中会話がなかったわけは多分それだ。
俺もそのこだわりがわからなくはない。話していたら、おいしく弁当を味わえないからな。
だがこれでは無言集団として変に目立つ……。
だからといって、無理に会話しても反って目立ってしまう…。
この件に関しては、周りに慣れてもらうしかないか。
「あれ!?トムムはまだ弁当残ってるね」
ブフォォォーーーーーーーォッッ………
俺は思わず吹き出してしまった…。
「きたね〜」
「キモっ」
周りの生徒どもが、俺が吹き出したことでいろいろと言っている。
だが今、俺にはそれより気になることがある。
「トムムって?!」
「つとむくんのニックネーム。」
…トムム……。つとむの"とむ"をいじりやがったのか!!?
朝賀は清永のことを"たかちゃん"と呼んでいる。
朝賀も俺の名前を呼ぶようになったが、トムムなんてニックネームは初めて聞いた…。
流石にトムムはないだろう。
「ト…トムムは…却下で」
「え?!ダメか…。いいと思ったのに」
いいはずがない!!
俺はアイドルなんかじゃない。そんなニックネームは可愛いやつに授けられるものだ。俺は残念だが可愛くない。
いや、可愛いやつにもそんなニックネームつけないかもしれない…。
それに"トムム"と誰かに聞かれたらどうなる?
"うわ日高のやつ、朝賀にトムムなんて言わせてるのか?マジキメー、マジキショイ"って言われ思われるのがオチだ。
「つとむは何と呼ばれたいのだ?」
「別に今のままでいい…。"つとむ"と"つとむくん"で充分だ。」
「つとむくんだと、ちょっと長いんだよ」
どうやら朝賀には"つとむくん"と言うのが長いらしく、俺の新たなニックネームを探しているようだ。
「じゃあ…つとむでいいぞ」
「"つーさん"などどうだ?」
清永は俺の言葉を聞いていないのか?"つとむ"でいいって言ったのだがな。
しかも"つーさん"って何だ?親父くさいニックネームだな…。
「つーさんか。いいかもね」
朝賀が清永にグッドした。俺的にはグッドではない。まあ…トムムよりマシではあるが。
「つーさん、弁当の魚。どこで釣ったのだ?」
清永が俺の弁当を見て言った。
コイツ、あの釣りの日誌の登場人物を参考にしやがったな!!?
何が"釣ったのだ?"なんだよ。今日の俺の弁当に、魚なんか入ってないぞ。
清永は狙ったようだ。
清永とはそういうやつなのか?俺は時々清永がわからなくなる…。
「"つーさん"は諸事情により却下」
「厳しいな。つとむくんは考えすぎなんじゃない?」
確かに考えすぎかもしれない。清永の参考元は"つー"ではなく、"すー"だ。
だが清永があの発言をしてしまった時点でアウトだ。
そもそも"つーさん"自体なんか親父くさいだろ。仮に"つーさん"と誰かに聞かれたらどうなる?
"うわ、日高のやつ、清永につーさんって呼ばせてんのかよ?!!マジ何様なんだよ!!腹立つわー"って言われ思われるのがオチだ。
"つーさん"も"トムム"もダメだ。誰かに聞かれた暁には俺の平穏は崩壊する。それだけは未然に阻止しなければならない。
「"とっつぁん"とかどう?」
「と…とっつぁん!?」
「みつルパン。それは良い愛称だ。」
清永が朝賀にグッドした。全然グッドじゃないし、みつルパンって何だよ?!
"とっつぁん"って、あの怪盗を追いかける警部のニックネーム。清永はそれに掛けたようだ。
明らかに狙っている…。
一方"みつルパン"と言われた朝賀は、別に気にすることもなく普通な様子だ。
朝賀が気にしないということは、清永はこういう一面もあるのか?よくわからない。
「"とっつぁん"も諸事情により却下」
「つとむは堅いな…。」
「たか と みつる のネーミングは、ちょっとな……」
「では"つと"はどうだ?」
同盟締結後、次第に俺は清永のことを"たか"、朝賀のことを"みつる"と呼ぶようになった。
俺が清永を"たかふみ"の"たか"で呼ぶから、"つとむ"の"つと"でいいのではないかと思っているようだ。
「いや、何か…おかしいだろ?…ニックネーム的じゃない…」
「まあ、"たか"ってニックネームは聞くけど、"つと"は聞かないね」
「では、つとむが付けるならこれだ…と思う自分の愛称は何だ?」
清永が聞いてきた。
自分に愛称を付けるとしたら何がいいか、と聞かれてもなかなか簡単に出てこない。
清永と朝賀は、まじまじと俺を見つめてくる。却下しまくった俺の答えを待っているようだ。
俺は考えに考えを巡らし、何とかニックネームを思いついた。
「"トム"……とか…」
「………」
「………」
…黙られた……。やはり黙られた。
付けるとしたら、という仮定で付けたニックネームだ。俺はこれで呼ばれたいわけではない。
それを勘違いしないでほしい。
「僕はいいと思うよ」
「西洋かぶれの洒落た愛称で良いな」
朝賀と清永は俺にグッドした。
"トム"と呼ばれたいわけではない。…ないのだが、……グッドされると嬉しいものだな。
清永の"西洋かぶれの"っていう語句は刺々しくて余計だが、グッドの評価は素直に嬉しい。
「…トム、窮鼠猫を噛むという諺がある。しかと心得るように…」
なぜか清永は急に諺を言ってきた。
窮鼠猫を噛む……、俺と何の関係があるんだ…?
鼠と猫!!
海外の猫と鼠のアニメだ!!"トム"とはこの猫の名前だ。
しまった……!!やらかした…。俺は清永の目の前に餌をばらまいてしまった…。
いつも鼠に返り討ちにされる猫だから、窮鼠猫を噛むという諺を清永は俺に使ったのか……。
またも清永を調子づかせてしまった。
清永は冷静で無表情ながら、結構内心はユーモアのあるやつなのか?
全然面白くはないが……。
だが、とにかく……
「…"トム"は名付けるとしたらの話だ。使用は不可だ」
「あ〜残念」
「良かったのにな…」
清永はさぞ満足だっただろう。朝賀は残念そうだ。そこまで言い易さにこだわらなくてもと思うのだが…。
しかし、ニックネームは親しみとか身近さも関係している。朝賀はそういうものも重視しているのかもしれない。
「"つっちゃん"はどう?」
朝賀が再度ニックネーム候補を上げてきた。
"つっちゃん"……、俺にはあまり似合わないニックネームだが、今までの候補の中ではベストだ。
それにこれ以上変なニックネームが出たら困る。この辺で妥協したほうがいいだろう。
あとは清永の餌となる言葉かどうかだ……。
「…良い愛称だな。」
清永は清永ユーモアを発動することはなかった。
"つっちゃん"は餌言葉ではなかったようだ。
それならば安心して妥協できる。
「"つっちゃん"…で…いいぞ……」
俺は朝賀にグッドした。
妥協ではあるが、朝賀の俺に対するニックネームは"つっちゃん"に決定した。
何とか話は落ち着いた。一件落着だ。
俺は残っている弁当を食べだした。
ニックネーム議論に集中してしまって、箸がすっかり止まっていた……。ひやひやさせられて箸が進まなかったのかもしれないが。
だが俺はふと気づいた。
議論中、他人の目を気にしていなかったことに。
清永と朝賀に振り回されたのだが、それが他人の目を気にせずにいらせてくれた。
これは平穏だと言えるのか?
結果として、他人の目を気にせずいられたというのは事実だ。
ということは、平穏と言ってもいいのかもしれない。
「つっちゃん?考え込んでどうしたの?」
相変わらず俺は平穏について考えを巡らせ、気づかないうちにまた箸が止まっていた。
「つとむ、…実はトムムが良かったのか…?」
「…それはない。」




