待ちぼうけ
「朝賀。現状を打破して平穏を取り戻そう」
俺は清永の仲介で改めて朝賀に接触した。
以前朝賀に"やらないと変わらない"、"俺の教訓を朝賀に伝授したい"と話したのに加え"見放すことはしない"と付け加えた。
俺は朝賀と同じような経験をした。俺も弱い立場に立っていた。見放されたことまではなかったが、朝賀や弱い立場の気持ちはわからなくはない。
「みつる…、日高が見放したら俺が許さぬ…」
清永が朝賀に言った。
俺は覚悟をもって取り組むと朝賀に伝えた。生半可な気持ちで取り組むやつなんか最初はいなかっただろう。だが朝賀は見放されてしまった。
俺はあえて、俺の覚悟を明確に朝賀に伝えた。
朝賀の答えは
「…ありがとう。でもちょっと考えさせて」
だった。
「わかった…。俺、放課後は校舎裏にいるからな…」
俺がそう言うと、朝賀は"うん"と頷き教室を出ていった。
「保留…ということか…。」
清永が呟いた。
朝賀は今まで多くの協力者に見放されてきた。そう簡単に"見放さない"という言葉を信用できないのだろう。まして朝賀は俺と前回と今回の二回しか話したことがないうえ、俺の見た目は陰気で何を考えているかわからない同級生なのだ。…やすやすと信用できるわけがない………
今回の回答は保留だ。一般的に見ると曖昧で否定的だ。前回同様、拒否される可能性も残る。
だが今回保留に持ち込めたのは、俺にとれば大きな一歩だ。…前回は拒否しまくられた………。
故に拒否一辺倒から保留に考えが変わったのは大きい。朝賀の心が動いているということだ。
朝賀の自主性に任せた以上、俺は朝賀の最終的な答えを待つしかない。
ただその答えが受諾だとしても拒否だとしても、その決断を尊重し認めなければならない。
だがやはり受諾してほしいものだ。
その日から俺は朝賀に言ったように、放課後は校舎裏にいるようにした。
晴れの日や曇りの日はもちろん、雨の日も校舎裏に赴いた。
だが一週間経っても朝賀はなかなか現れなかった。
朝賀は答えをすぐには出せないだろうと思っていたが、ここまで答えを出すのに時間がかかるとは思っていなかった。かなり悩んでいるものと思われる。
同級生から執拗なからかいを受け、協力者からも見放された朝賀は、俺の予想を遥かに越えて疑心暗鬼になっているのかもしれない。少なくとも、人を信用するということが朝賀には難しいものとなっていることには間違いない。
無理もないだろう。
しかし現状を朝賀が変えたいと思うなら、必ず来るはずだ。
無理強いは余計に疑心を与える。
俺は今は待つしかできない。朝賀の克服を望み、俺は引き続き待ち続けることにした。
待ち続けて二週間になろうとしていた…。
そんなある日、
「日高くん」
ついに朝賀が校舎裏にやって来た。
やはり朝賀はかなり考えこんだようで、二週間近く俺を待たせてしまったことを謝ってきた。
「…気にするな」
俺はそう言った。
さて、朝賀の最終的な答えはどうなのだろうか。
俺はジッとその答えを待った。
「一つだけ聞きたいことが」
朝賀が言った。
質問があるということか。朝賀は何を聞きたいというのだろうか?
「何で見放さないって言い切れるの?」
率直な質問だった。
おそらく一番気掛かりなことだったと思う。これを聞くか聞かないかでもかなり悩んでいたことだろう。
しかし、これは避けては通れない道だ。朝賀としては見放さない根拠を確かめたいのだ。口先だけなら何とでも言える。今までがそうだった。
俺は朝賀に全力を尽くさなくてはならない。俺は経緯から考察を正直に話すことにした。
「…見放さないというよりは見放したくない…、見放せないというのが適切かもしれない…」
「…ん?」
「…朝賀に無理だって思ってることはないのか、って聞かれた…よな…」
俺は以前朝賀に無理だって思ってることはないのかと聞かれていた。
だが俺はその問いに答えることができなかった。俺も無理だと決めつけていたことがあったからだ。それは人付き合いだった。
俺は暗黒な歴史を朝賀にも語った。人付き合いの苦手さ、中学時代のトラウマ………。
非道で稚拙なやつの目から免れるため、平穏主義に至ったことも。そして俺は平穏を手に入れた。
しかし、非道な輩が稚拙な行為をやめるはずがなかった。平穏を崩したくなかった俺はそいつらの行為を傍観したのだ…。
卑怯だった…。俺は立ち向かう勇気も助ける勇気もなかった。
"非道で稚拙な弱い人間"と同等になった俺を心のどこかで嫌っていたのかもしれない。
朝賀の状況を目の当たりにしたとき、俺は自分の経験を活かして助けようと考えた。それは今まで何もできなかった俺からの脱却だった。
そしてあわよくば友人とするために、俺は朝賀に思い切って話しかけた。
俺も現状を打破しないといけない事柄がたくさんある。現状打破を決行するには朝賀の協力が必要不可欠だった。
朝賀を助け現状打破するということは自分の現状も同時に打破することに繋がる。つまり朝賀を見放せないということになる。
見放せば今と変わらないどころか、本当に非道なやつに成り下がってしまう。
「俺が無理だと思っていることを変えるには、朝賀が必要不可欠ということだ…」
俺は朝賀を助けるためであり、俺自身が変わるためでもあったと打ち明けた。そしてそのためには俺と朝賀、互いが必要だと説明した。
「僕は今まで…………必要とされてきたことがないんだ………。本当に僕が必要なの?」
聞けば朝賀は酷い運動音痴のために、体育大会でも体育のチーム編成でも必要とされてこなかったという。きつい言い方をすれば厄介者扱いされてきたのだ。
運動音痴な朝賀にはチーム編成に意見することはできず、同級生たちは朝賀を自分のチームには入れたがらなかった。朝賀の意見も聞かずに同級生たちの勝手な都合でチームを決めていく。
そして朝賀と同じチームになったものは嫌な顔をするのだ。
そいつらは自分が朝賀の立場だったら……という考えはまるで無く、自分さえよければいい利己主義者だ。
非常に腹立たしい。
自分がハブられたら嫌なくせに、何も言い返せないような人がその立場なら別にどうでもいいという勝手な考えを持っている。相手の気持ちなど、全然考えていないのだ。
…最低で最悪な弱い人間だ。
「俺は朝賀が必要だ」
俺は最低最悪な弱い人間に対する怒りを抑え込みながら、力強い口調で答えた。
「あ、ありがとう………」
朝賀の声は震えていた。
だが以前の声の震えとは明らかに違っていた。
「…そうか、日高くんは変わろうとしてるんだな……。………僕もがんばるよ」
朝賀は現状打破を選択した。
俺は嬉しかった。
朝賀は力や発言力だけの"弱い人間"よりも大人になり、そしてなにより強くなるからだ。
「ああ、がんばろう」
この日から、俺と朝賀の特訓が始まった。




