1-6 過保護な鬼神
砂埃の模擬戦闘場は、暴力の嵐が渦巻いていた。
「おぉらぁ!」
ミチルの掌底一閃。
模擬戦闘上に侵入してきたグレーラビットの残党3人が宙を舞う。
(こいつら……!)
飛んでいく3人を目で追いながら、ミチルは額に青筋を浮かべる。
ミチルにとって、戦闘を邪魔するという行為は万死に値する。
つまりこの3人は一万回死ぬ必要がある。
否、それだけではまだ足りない。
彼らは決闘を邪魔したということに加えて、更に罪を犯している。
(弱すぎんだよ……!)
グレーラビットの残党達とミチルの戦力差は圧倒的だった。
先から3人の攻撃は、ミチルにかすりもしない。
しかしこちらの攻撃は面白いように当たっていく。
もはやこれでは戦闘ではなく、一方的な蹂躙だ。
「おらぁ! お前ら、俺の決闘を邪魔したんだ! ちったぁ俺を楽しませろ!」
奇襲を掛けてきた相手に掛ける言葉ではないが、どうしても口からこぼれてしまう。
ミチルが察するに、残党3人組はこちらの戦力を甘く見ていたのだろう。
グレーラビットとの抗争は1週間前。
その抗争でミチルは最前線に立ち、グレーラビットのメンバーを圧倒した。
そんな一方的な虐殺と呼ぶにもふさわしい戦闘を見て、グレーラビットのクランマスターはすぐさまに降伏。
つまり、ミチルを初めとする砂上の行商人の戦力を見た人間は、最前線に立っていた者に限られるのだ。
残党達が怪我を負っていなかったことから鑑みて、3人組は抗争中に後方に居たか、そもそも抗争自体に参加していなかったのか。
どちらにせよ、見込み違いをしていたのだ。
たかが18歳の青年が代表を勤めている商人クラン。
ティパールの外で活動していた彼らからしたら、そのようなクランへの奇襲など3人でも容易と考えていたのだろう。
(あーもうかったるくなってきた・・・・・・)
本来『戦闘』を好むミチル。
一方的な蹂躙は好む所ではない。
「く、くそがぁ!」
(つっても、リョウ達にやらせるわけにもいかねーしなぁ)
一矢報いようと、曲刀を振るってきたスキンヘッドの男を掌底で吹き飛ばしながら、ミチルは目線を走らせる。
リョウは現在石舞台から降り、こちらを眺めているだけ。
石舞台をはさんで反対側に居るアンも、口元を手で押さえながらこちらを眺めている。
二人とも戦闘に参加する気は無いのだろう。
(他クランの抗争には手を出すな、か。ティパールじゃ暗黙の了解だわなぁ……)
ティパールではクラン同士の抗争に、部外者が介入することはタブーとされている。
どのような理由で、どのようなクラン同士が、どのような連携を持って抗争を起こしているかが不明瞭だからだ。
今回のように敵対関係が明確であっても、部外者であるリョウとアンは手を出さない。
半分はミチルの勝利を確信しているからであろうが。
(はぁ、もう終わりにするか)
「ひっ! もっ、もう! やめてくれぇ!」
既に意識を失っている小太りの男と痩せ細った男に加えて、スキンヘッドの男もこの様子。
完全に戦意を喪失している。そろそろ潮時だ。
「おらぁ!」
ミチルは渾身の力で、スキンヘッドの男目掛けて回し蹴りを放つ。
「へぶぅ!」
回し蹴りはクリーンヒット。
スキンヘッドの男は、あっけなく吹き飛んでいく。
しかし、ここでミチルはミスを犯していた。
「あっ……」
ミチルの口から零れ落ちる、間の抜けた声。
男は勢いよく吹き飛んでいく。
その斜線上にはアンが。
「えっ!?」
急に飛来したスキンヘッドの男に、アンは反応できず声を上げるのみ。
結果、
「きゃっ……!」
見事にスキンヘッドの男は、アンに命中してしまった。
「やっべぇ……」
全身から冷や汗が一気に吹き出る。
スキンヘッドの男が無力化されたことで、グレーラビットの残党3人の殲滅は完了した。
しかし、アンがスキンヘッドの下敷きになるというオマケ付き。
これが他の人間であれば、何の問題も無い。
だが『アン』なのだ。
「おい」
「ひっ!」
背後から響くリョウの声に、ミチルがビクリと体を震わす。
「リョ、リョウさん……?」
擬音に現すなら、ギギギと、ぎこちない動作で振り返るミチル。
「お前、何やってんだ?」
そこには鬼神と化したリョウが立っていた。
「い、いや。これは事故だ! リョウ。な? 落ち着けって!」
「……」
「おーい、リョウくーん? 聞こえてるかなー?」
「……」
「待て待て待て待てぇ! 何で無言で剣を抜くんだ! そして俺に向かってゆっくり歩いてくるな!」
「ミチル」
「は、はい?」
凄まじい殺気を発しながら名を呼んでくるリョウに、ミチルは身を凍らせる。
「遺言だけは聞いてやろう」
「うおぉぉぉぉ!」
ミチルは舞打法の高速移動で逃走を図る。
リョウの目は、完璧に殺しに来ている目だ。
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「すみまぜんでじだ」
砂埃のクランマスター自室。
本来なら、この部屋の主として椅子に座っているはずのミチルは、顔をアザだらけにして正座をさせられていた。
「すみませんで済むか。この阿呆が」
「リョウ様の言うとおりです。この阿呆が」
ミチルの前で腕を組みつつ怒り心頭な様子なのは、リョウとシームア。
アンにスキンヘッドの男を直撃させてしまった後、ミチルはリョウに殺されかけた。
アンに対して、異様なまでに過保護なリョウ。
そのアンを気絶させてしまったのだから、リョウの怒りは凄まじかった。
舞打法で逃走を図ったにも関わらず、執拗に追いかけてくる影。
完璧に殺しに来ているとしか考えられない太刀筋。
もはやトラウマ物である。
騒動を聞きつけたシームアが止めに入らなければ、本当に殺されていたかもしれない。
シームアがなんとかリョウを宥め、残党の処理をクランメンバーに指示。
そして怒りの形相でミチルの首根っこを捕まえ、部屋まで牽引。現在に至る。
「そもそも、ヒカルとハルカが門番の仕事をサボってたのが間違いだろう……」
「それとこれとは話は別だ」
「双子は別室で既に罰を与えている」
ミチルの愚痴も、リョウとシームアに一蹴される。
シームアによれば、グレーラビットの残党達は堂々と正門から入ってきたらしい。
今日の正門警備の担当は、ヒカルとハルカ。
この双子がリョウとアンを招き入れ警備から離れていた最中に、侵入を許したようだ。
「そもそもお前がもう少し考えて攻撃していれば、何の問題も無かったんだ」
「それは、ごもっともです」
リョウの正論に、ミチルは頭を上げることができない。
「ん、リョウ……?」
「アン!」
部屋の隅のソファーに寝かされていたアンが声をあげる。
それに気付き、すぐさまリョウが駆け寄る。
「大丈夫か? アン」
「あ、れ? 私……確かスキンヘッドが飛んできて……」
「その表現。すげぇな」
「黙れ加害者」
思わず口を挟んでしまったミチルに、リョウがガンを飛ばす。
「痛む所は無いか?」
「う、うん。大丈夫……それよりも、この状況は……?」
体をゆっくり起こし部屋を見渡したアン。
正座するのは、顔面アザだらけのミチル。
それを見下すシームア。心配そうな顔のリョウ。
アンは直ぐに状況を把握する。
「リョウ?」
「な……ど、どうした……?」
模擬戦闘場でのミチルのように、身を凍らせるリョウ。
「ミチルに、な、に、し、た、の?」
「え、それは、その……」
ミチルを追い詰めたリョウを、更に追い詰めるのはアン。
「そこに正座」
「はい……」
リョウを気迫のみで押さえ込むアン。
実はこの少女こそが、幼馴染最強なのかもしれない。




