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トレジャー! ~迷宮とトレジャーハンター~  作者:
1・凍月《とうげつ》
7/7

1-6 過保護な鬼神

 砂埃(クラウドオブダスト)の模擬戦闘場は、暴力の嵐が渦巻いていた。


「おぉらぁ!」


 ミチルの掌底一閃。

 模擬戦闘上に侵入してきたグレーラビットの残党3人が宙を舞う。


(こいつら……!)


 飛んでいく3人を目で追いながら、ミチルは額に青筋を浮かべる。


 ミチルにとって、戦闘を邪魔するという行為は万死に値する。

 つまりこの3人は一万回死ぬ必要がある。


 否、それだけではまだ足りない。

 彼らは決闘を邪魔したということに加えて、更に罪を犯している。


(弱すぎんだよ……!)


 グレーラビットの残党達とミチルの戦力差は圧倒的だった。

 

 先から3人の攻撃は、ミチルにかすりもしない。

 しかしこちらの攻撃は面白いように当たっていく。

 もはやこれでは戦闘ではなく、一方的な蹂躙だ。


「おらぁ! お前ら、俺の決闘を邪魔したんだ! ちったぁ俺を楽しませろ!」


 奇襲を掛けてきた相手に掛ける言葉ではないが、どうしても口からこぼれてしまう。


 ミチルが察するに、残党3人組はこちらの戦力を甘く見ていたのだろう。


 グレーラビットとの抗争は1週間前。

 その抗争でミチルは最前線に立ち、グレーラビットのメンバーを圧倒した。


 そんな一方的な虐殺と呼ぶにもふさわしい戦闘を見て、グレーラビットのクランマスターはすぐさまに降伏。

 つまり、ミチルを初めとする砂上の行商人(キャラバン)の戦力を見た人間は、最前線に立っていた者に限られるのだ。


 残党達が怪我を負っていなかったことから鑑みて、3人組は抗争中に後方に居たか、そもそも抗争自体に参加していなかったのか。


 どちらにせよ、見込み違いをしていたのだ。


 たかが18歳の青年が代表を勤めている商人クラン。

 ティパールの外で活動していた彼らからしたら、そのようなクランへの奇襲など3人でも容易と考えていたのだろう。


(あーもうかったるくなってきた・・・・・・)


 本来『戦闘』を好むミチル。

 一方的な蹂躙は好む所ではない。


「く、くそがぁ!」


(つっても、リョウ達にやらせるわけにもいかねーしなぁ)


 一矢報いようと、曲刀を振るってきたスキンヘッドの男を掌底で吹き飛ばしながら、ミチルは目線を走らせる。


 リョウは現在石舞台から降り、こちらを眺めているだけ。

 石舞台をはさんで反対側に居るアンも、口元を手で押さえながらこちらを眺めている。


 二人とも戦闘に参加する気は無いのだろう。


(他クランの抗争には手を出すな、か。ティパールじゃ暗黙の了解だわなぁ……)


 ティパールではクラン同士の抗争に、部外者が介入することはタブーとされている。

 どのような理由で、どのようなクラン同士が、どのような連携を持って抗争を起こしているかが不明瞭だからだ。


 今回のように敵対関係が明確であっても、部外者であるリョウとアンは手を出さない。

 半分はミチルの勝利を確信しているからであろうが。


(はぁ、もう終わりにするか)


「ひっ! もっ、もう! やめてくれぇ!」


 既に意識を失っている小太りの男と痩せ細った男に加えて、スキンヘッドの男もこの様子。

 完全に戦意を喪失している。そろそろ潮時だ。


「おらぁ!」


 ミチルは渾身の力で、スキンヘッドの男目掛けて回し蹴りを放つ。


「へぶぅ!」


 回し蹴りはクリーンヒット。

 スキンヘッドの男は、あっけなく吹き飛んでいく。


 しかし、ここでミチルはミスを犯していた。


「あっ……」


 ミチルの口から零れ落ちる、間の抜けた声。


 男は勢いよく吹き飛んでいく。

 その斜線上にはアンが。


「えっ!?」


 急に飛来したスキンヘッドの男に、アンは反応できず声を上げるのみ。

 結果、


「きゃっ……!」


 見事にスキンヘッドの男は、アンに命中してしまった。


「やっべぇ……」


 全身から冷や汗が一気に吹き出る。


 スキンヘッドの男が無力化されたことで、グレーラビットの残党3人の殲滅は完了した。

 しかし、アンがスキンヘッドの下敷きになるというオマケ付き。


 これが他の人間であれば、何の問題も無い。

 だが『アン』なのだ。


「おい」


「ひっ!」


 背後から響くリョウの声に、ミチルがビクリと体を震わす。


「リョ、リョウさん……?」


 擬音に現すなら、ギギギと、ぎこちない動作で振り返るミチル。


「お前、何やってんだ?」


 そこには鬼神と化したリョウが立っていた。


「い、いや。これは事故だ! リョウ。な? 落ち着けって!」


「……」


「おーい、リョウくーん? 聞こえてるかなー?」


「……」


「待て待て待て待てぇ! 何で無言で剣を抜くんだ! そして俺に向かってゆっくり歩いてくるな!」


「ミチル」


「は、はい?」


 凄まじい殺気を発しながら名を呼んでくるリョウに、ミチルは身を凍らせる。


「遺言だけは聞いてやろう」


「うおぉぉぉぉ!」


 ミチルは舞打法(ぶだほう)の高速移動で逃走を図る。

 リョウの目は、完璧に殺しに来ている目だ。


-----


「すみまぜんでじだ」


 砂埃(クラウドオブダスト)のクランマスター自室。

 本来なら、この部屋の主として椅子に座っているはずのミチルは、顔をアザだらけにして正座をさせられていた。


「すみませんで済むか。この阿呆が」


「リョウ様の言うとおりです。この阿呆が」


 ミチルの前で腕を組みつつ怒り心頭な様子なのは、リョウとシームア。


 アンにスキンヘッドの男を直撃させてしまった後、ミチルはリョウに殺されかけた。


 アンに対して、異様なまでに過保護なリョウ。

 そのアンを気絶させてしまったのだから、リョウの怒りは凄まじかった。


 舞打法で逃走を図ったにも関わらず、執拗に追いかけてくる影。

 完璧に殺しに来ているとしか考えられない太刀筋。


 もはやトラウマ物である。

 騒動を聞きつけたシームアが止めに入らなければ、本当に殺されていたかもしれない。


 シームアがなんとかリョウを宥め、残党の処理をクランメンバーに指示。

 そして怒りの形相でミチルの首根っこを捕まえ、部屋まで牽引。現在に至る。


「そもそも、ヒカルとハルカが門番の仕事をサボってたのが間違いだろう……」


「それとこれとは話は別だ」


「双子は別室で既に罰を与えている」


 ミチルの愚痴も、リョウとシームアに一蹴される。


 シームアによれば、グレーラビットの残党達は堂々と正門から入ってきたらしい。

 今日の正門警備の担当は、ヒカルとハルカ。


 この双子がリョウとアンを招き入れ警備から離れていた最中に、侵入を許したようだ。


「そもそもお前がもう少し考えて攻撃していれば、何の問題も無かったんだ」


「それは、ごもっともです」


 リョウの正論に、ミチルは頭を上げることができない。


「ん、リョウ……?」


「アン!」


 部屋の隅のソファーに寝かされていたアンが声をあげる。

 それに気付き、すぐさまリョウが駆け寄る。


「大丈夫か? アン」


「あ、れ? 私……確かスキンヘッドが飛んできて……」


「その表現。すげぇな」


「黙れ加害者」


 思わず口を挟んでしまったミチルに、リョウがガンを飛ばす。


「痛む所は無いか?」


「う、うん。大丈夫……それよりも、この状況は……?」


 体をゆっくり起こし部屋を見渡したアン。


 正座するのは、顔面アザだらけのミチル。

 それを見下すシームア。心配そうな顔のリョウ。


 アンは直ぐに状況を把握する。


「リョウ?」


「な……ど、どうした……?」


 模擬戦闘場でのミチルのように、身を凍らせるリョウ。


「ミチルに、な、に、し、た、の?」


「え、それは、その……」


 ミチルを追い詰めたリョウを、更に追い詰めるのはアン。


「そこに正座」


「はい……」


 リョウを気迫のみで押さえ込むアン。

 実はこの少女こそが、幼馴染最強なのかもしれない。

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