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トレジャー! ~迷宮とトレジャーハンター~  作者:
1・凍月《とうげつ》
6/7

1-5 決闘

「やぁっぱり、こうなっちゃうのねー」


 靴紐を結び直すリョウの背に、アンの声が掛けられる。


「まぁ予想は出来てただろ? ミチルは金じゃ動かないよ」


 凍月の間探索パーティへの加入条件に、ミチルはリョウとの決闘を提示した。

 つまりリョウが勝てば、パーティに加入してくれるというわけだ。


 これはリョウやアン達、幼馴染としては分かりきっていたことである。


 ミチルは、戦闘によって命をすり減らす事で生の喜びを見出す変態。

 俗に言う戦闘愛好家(バトルマニア)なのだ。


 過去にも決闘に勝てば条件を飲む、と言ってきた事が何度もあった。


「でもここ最近は、ミチルと戦ってなかったでしょ? 大丈夫なの? 強くなってるみたいよ」


「そうなんだよなぁ……。この前のクラン間抗争も、ミチルが最前線で戦ったみたいだし」


 アンに痛い所を突かれ、頭を掻きながらぼやくリョウ。


 ミチルは砂上の行商人のクランマスターを勤める人物にも関わらず、クランきっての武闘派だ。

 他のクランとの抗争があっても、嬉々として最前線に躍り出る。


 もちろんその腕前は折り紙つきである。


「まぁ、これに勝てばヒカルとハルカもついてくるんだし。がんばるしかないだろ」 


 そう言って、リョウは目の前の石舞台へと上がっていく。


 決戦の場は、砂埃の敷地中央に存在する模擬戦闘場。

 20メートル四方の簡素な舞台だ。


「えらく長いことアンとイチャついてたじゃねぇか」


 オープンフィンガーグローブの調子を確かめながら、ミチルが話しかけてくる。


「イチャついてなんかないよ。ただお前が強くなったって話をしてただけだ」


「はっ、そんなこと言ってると、またアンの機嫌が悪くなるぞ」


「そりゃ困るな。それで? ルールはいつも通りで良いんだな」


 ミチルの軽口を物ともせず、リョウはルールの確認をする。


「あぁ、ダウン5秒。場外が負け。それ以外は何でもありだ」


「本当に勝ったらヒカルとハルカもついてくるんだな?」


「俺が約束破ったことあるか?」


「だな」


 ミチルの不敵な笑みに、自然とリョウも口角をゆっくりと上がっていく。


「手加減はしないからな」


 腰に吊られた片手剣をゆっくりと抜き放ち、正眼に構える。


「ったりめーだ!」


 両腕の力を抜き、だらんと垂らす独特な構えを取るミチル。


「手加減なんかしたら、ぶっ殺す!」


 ミチルが咆哮した次の瞬間。


 その姿を消した。


「ふっ!」


 ミチルが姿を消したことに驚きもせず、リョウはすぐさま片手剣を右側に振るう。


「っとと、やるじゃねぇか」


 剣が振るわれた先には、ぎりぎりの所で斬撃を避けたミチルが凶悪な笑みを浮かべていた。


 ミチルが使うのは、ターメラ家秘伝の武術舞打法(ぶだほう)


 全身のバネを利用して鋭い打撃を放つ格闘術だが、その最大の特徴は独特な歩法によって行われる高速移動だ。


 リョウの記憶と比べ格段に磨きがかかっているそれは、もはや瞬間移動の域に達していた。


「腕をあげたじゃないか。反応するのがやっとだ」


「言うじゃねぇか!」


 言葉とは裏腹に涼しい顔のリョウ。

 その顔面にむけて、ミチルから腰の捻りを加えた掌底が放たれる。


「でもっ」


 鋭い掌底を首をわずかに動かしただけでかわしたリョウは、右足を大きく前に踏み出すことでミチルの懐に潜り込む。


「俺だって、ダンジョンで腕を磨いてきたっ」


 そのまま片手剣を、下段から跳ね上げるリョウ。


「ぬぉっ!」


 思い切り身を捩じらせ、ミチルは刃をすんでの所で避ける。


「まだまだ!」


 攻撃の手を休めずに、リョウは続けていくつもの斬撃を放つ。


 ここには治療薬の類も存分に在庫がある筈だ。

 遠慮は要らない。


「いいねぇ! いいねぇ! やるじゃねぇか!」


 幾重もの刃をかわすミチル。

 彼の表情からは、戦闘を充分に楽しんでいる喜びが滲み出ている。


「そらっ! お返しだ!」


 剣撃から剣撃へと繋げる為には、わずかな隙が生じる。

 その一瞬をついたミチルが、その場で深く腰を落とした。


舞打法(ぶだほう)・陸技壱式。破木(はぼく)!」


 膝、腰、肩。

 全身の捻りを一点に集中させた掌底が放たれる。


「ぐっ……!」


 剣撃から剣撃の間に生じた隙だ。

 回避行動をとる術も無く、リョウは掌底を腹に直撃させてしまう。


 あまりの衝撃に、リョウはその場に膝を着いてしまう。


「これでっ、終いだっ! 陸技弐式! 砕石(さいせき)!」


 更に追撃の手を緩めようとしないミチルは、大きく右足を振り上げる。


 そのまま振り下ろされてしまえば、リョウの意識は一瞬で刈り取られてしまうだろう。

 むしろ意識だけで済めば安い。

 命もろとも刈り取られてもおかしくない。


「くそっ!」


 ここで負けてしまっては、全てが徒労だ。


 渾身の力を振り絞ったリョウは、素早く懐から小さな筒を取り出し、地面に叩きつける。


 次の瞬間。

 巻き起こったのは、衝撃。


「がっ……なんだこりゃぁ!」


 突然の衝撃に、ミチルの顔が苦痛に歪む。


「風牢弾だよ」


 ミチルの動きが止まった事を確認したリョウが、腹部を押さえながら立ち上がる。


 ダンジョンに存在する、魔力を含んだ石。

 魔石。


 魔石は衝撃を加えることで、中に含まれた魔力を開放させる。


 リョウが使った風牢弾は、風を巻き起こす魔力を含んだ魔石を仕込んだ爆弾だ。

 強く打ち付けることで小規模な爆発を起こし、魔石の魔力を開放する。


「えらく値が張るもんを使ってくれるじゃねぇか」


「お前をパーティに入れるためだ。安いもんさ」


「うれしこと言ってくれるねぇ」


 両者とも相当な痛手を受けているにも関わらず、その眼光は弱まる所を知らない。


「さぁ、続きだ」


「おぅ、かかってこいや!」


「お2人さーん、そぉこまぁでだぁー!」


 リョウとミチルがまさに拳を交えようとしたその瞬間。

 模擬戦闘上に、野太い男の声が響いた。


「あぁ? なんだてめーらぁ!」


 戦闘を邪魔された事に腹を立てた、ミチルの激昂。


 声のする方へ目をやると、石舞台の傍に3人の男が立っていた。


「どぉも、先日はお世話になりました。グレーラビットの者です」


 激昂するミチルを更に挑発するように、野太い声の男がゆっくりと礼をする。


 筋骨隆々の身を、古びたバトルメイルに無理矢理押し込めた様なスキンヘッドの男。

 獣染みた目つきに、並びの悪い歯。

 丁寧な口調の似合わない、お手本のような悪人面である。


 スキンヘッドの男の両脇には、同様の古ぼけたバトルメイルを纏った小太りの男と、痩せ細った男。

 こちらの2人も下卑た表情を浮かべ、見るからに悪人と言った様子だ。


「おい、ミチル。こいつらこの前、砂上の行商人(キャラバン)が潰したクランの奴じゃないか?」


 突然の乱入者に、こちらは興が冷めたといった様子のリョウ。


「あぁ、グレーラビット。どこに断りも無く売春宿を営業しようとしてた新参者だ。なんだお前ら、もうクランマスターは里に帰ったんだろ?」


「えぇ、当方のクランマスターは里に帰りました。そのため、私達も稼ぎが無くなりまして。今回はその補填をして頂こうかと」


 似合わない丁寧な口調で、淡々と述べるスキンヘッドの男。


「つまるところ」


 しかし、その言動の丁寧さと裏腹に、男はゆっくりと腰に吊るされた曲刀を抜き放つ。


「金を出せってことだぁ!」

 

 スキンヘッドの男の怒号が合図となっていたのか、脇に控えていた2人も曲刀を手にする。


「なんなんだこいつらは」


「なんなんだろうなぁ」


 凄みを利かせている悪人面の3人と対照的に、リョウとミチルの反応は酷く薄い。


 それも当然。

 グレーラビットと砂上の行商人の抗争は、砂上の行商人側の圧勝で終わったのだ。


 元来、ティパールの外で売春宿の運営のみで稼いでいたグレーラビット。

 構成員の戦闘能力は皆無に等しい。


 たかが残党の3人など、リョウとミチルの敵ではない。


「お前に任せるぞ」


 そう言ってリョウは片手剣を仕舞い、石舞台から降りていく。


「あぁ、これは砂上の行商人(うち)の問題だ。お前に手間は掛けさせねぇよ」


 スキンヘッドの男達に引けを取らない程凶悪な笑みを浮かべるミチル。


「いいか、お前ら。まずうちに報復しに来たことは、まだ許してやる」


 ミチルは舞打法の構えを取り、戦闘態勢に入る。


「でもなぁ」


 鋭い眼光と共に、声を一層低くする。


「俺の楽しい決闘を邪魔した罪は重いぞぉ!」


 砂上の行商人、クランマスターが吠える。

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