1-2 二振りの魔剣
「それで? 用って何なんだよ?」
香辛料の利いたスープをすすりながらリョウの幼馴染、シン=アルフォルが尋ねてくる。
燃える炎のような赤髪に、精悍な顔付き。
クランマスターとして活動してきたここ数年で、彼の顔付きは急に大人に近付いたように感じる。
「凍月の間への入り口が見つかった」
そんな幼馴染に、これまたスープをすすりながらリョウは何食わぬ顔で報告する。
「ほぉー凍月の間ねぇ……本当かっ!?」
凍月は、ダンジョン発見以降に隠されたとされる秘宝の一つだ。
稀代の刀匠、アルベルト=サインズが打ち出した剣、アルベルトシリーズの中の一振りだと言われている。
切れ味、威力、価値。アルベルトシリーズは、どれをとっても一級品だ。
価値を特に高めているのは、刀剣に魔力を込める秘蔵の技術。
ある刀は雷を切り裂き、ある剣は荒地に水を沸き立たせる。またある剣は火を纏う。
それほどの『魔剣』を打ち出したアルベルトは、悪戯心からか全ての刀をダンジョンに隠した。
大半の刀剣は既に発見されているが、未だに発見されていない物も存在する。
氷を操ると言われる片刃の剣。凍月もそのような扱いを受ける、幻の一振りだ。
そして、リョウが長年追い続けてきた宝でもある。
「また偽情報じゃないの?」
リョウの報告に眼を輝かせながら興奮するシンを尻目に、アンは冷静に指摘をする。
アルベルトの『魔剣』のような秘宝は、なまじ本人の書いた古文書や伝記が残ってしまっているため偽の情報も多い。
事実リョウも今まで何回も騙され、苦い思いをしてきた。
「今回は本物だ。アルベルトの伝記にある凍月の間を見つけた」
「本当にっ!?」
今度はアンが大声を上げる。
シンと違い、慎重なアンすらも、今回は話の信憑性を認めたようだ。
「あぁ、もう少しで手に入る」
「そらすごい話だけどよ。今日はその自慢をしに来たのか?」
シンのもっともな疑問に、リョウは更に真面目な表情で言葉を続ける。
「鍵が居るんだ」
「鍵?」
話の要領を得ないアンが首を傾げる。
「隠し部屋の仕掛けを作動させたら碑文が出てきたんだ」
外套から紙を取り出しながらリョウは告げる。
隠し部屋での碑文を、そのまま書き写した物だ。
「えーっと、月は太陽が無くては輝けない。兄が存在し、初めて弟が存在する。凍月の間は身一つでは開かない……はーん」
声に出して碑文の内容を読み上げた後に、シンは納得したように頷く。
「それで俺の所に来たって訳か」
「あぁ、そういう訳だ」
「えっ? どういう事? 二人で『分かったぜ、俺達』みたいな雰囲気出さないでよ」
合点の行った男2人に置いてけぼりにされた形となったアンが声を上げる。
「炎陽だよ、炎陽」
したり顔のシンは、自らが座る椅子に立掛けてある一振りの両刃の剣を指差す。
炎陽は、『凍月』の対を成す、火を操る両刃剣。
炎を模した装飾が施された赤の鞘に収められ、刀身1メートル程の剣であり、同時にシンの愛剣である。
「そっか、だからシンの所に来たのね」
ようやく納得のいった表情をするのはアン。
「月と太陽、アルベルトシリーズの兄弟刀。しっかし、秘宝の在り処を示す碑文にしちゃあ出来が良くないわなぁ」
アンへの説明を終えたシンは、メモをテーブルに置きながら呆れたような表情を作る。
「まぁ、そもそも隠し部屋を見つけること、それに加えて炎陽を手に入れていること。この二つの条件だけで十分ハードルは高いんだがな」
「そりゃそうか」
笑いながら炎陽の柄に手を伸ばすシンは、一呼吸置いて言葉を繋げる。
「で? 場所は」
「18ダンジョン22層。報酬は弾む」
「報酬なんていらねぇよ。お前が長年探してきた名刀だ」
これがシン=アルフォルという男だ。
友人のためなら対価を望まない。リョウはシンのこういった所をすこぶる気に入っている。
「ねぇ、それ私も付いていっていい?」
リョウが男同士の熱い友情を再確認していると、横からアンが割って入ってきた。
「いや、それは……」
「駄目だ」
急な申し出にシンは言葉を濁したが、リョウは即答であった。
今では女性のトレジャーハンターも増えて居る。しかしリョウは、一般的に言う古い考えの持ち主なのである。
「なんでよ! 私もリョウが凍月を手に入れる所見たい!」
「危ない」
早口でまくし立てるアンに、リョウの一閃。
「私だってそれ位の階層だったら余裕で潜れるよ? シンとよく潜ってるし」
「おい、シン」
アンの発言にリョウは鋭い眼光を、クランマスターのシンへ投げかける。
『黄金の世代』が設立された3年前。
アンが『黄金の世代』に入ることに、リョウは大反対した。
当時15歳。
ハンターがダンジョンに潜り始める平均的な年齢ではあったが、リョウはアンに危険なことをさせるのが反対だった。
最終的にリョウはアンを『危険な目に合わせない』という名目で、クランへの入団を認めた。
しかし『よく潜る』というのは控えめに見ても『危険な目』である。
「いや、あの……大丈夫だって。ってゆうか大丈夫なんだよ。うん、俺以外にも腕利きを連れてちょろーっと潜ってるだけってゆうか……」
「お前あれほど潜らせるなって言ったよな?」
うろたえるシンにリョウが詰め寄る。
普段は冷静なリョウも、アンに関わる件だけについては異常なまでに反応する。
リョウはアンに過保護すぎるのだ。
「ねぇ、本当に大丈夫なの。ほら見て! 私魔法使える様になったんだから!」
収まらないリョウの過保護に業を煮やしたのか、アンはパチンと指を鳴らし、親指と人差し指の間をリョウに見せ付ける。
「お前……魔法使えるようになったのか?」
リョウが驚きながら確認するアンの指の間には、一筋の電気が走っていた。
種も仕掛けも無い。れっきとした魔法である。
「あったりまえでしょ! 戦闘でも充分使えるんだから!」
驚くリョウに、アンはしたり顔である。
炎陽や凍月のように魔力を込めた武具は存在する以上、もちろん魔法も存在する。
全知全能とまではいかないが、それでも生身の人間よりは強力であるし、もちろんダンジョンに潜る時に重宝される。
アンの父親は雷を扱う有能な魔法使いであった。
血筋が物を言う魔法使いの世界。アンが魔法を使えるというのも必然ではあるのだ。
「これで文句は無いでしょ?」
「……今回だけだぞ」
結果アンはリョウ達に同行する事となった。
それだけアンの成長がリョウにとって喜ばしいことだったのだろう。
「よっし! それじゃあ決まりだ! 潜るのは明日の朝からでいいか?」
リョウの機嫌も治まり、アンの機嫌も上々。
全て円満に収まったことに一安心したシンは笑顔で提案する。
「あぁ、それでパーティのことなんだが、今回はあと3人ほど加えたい」
「んぁ? 俺ら3人だけじゃないのか?」
急なリョウの進言に、シンは素っ頓狂な声をあげる。
「3人って事は……もちろんアレよねぇ?」
リョウがパーティに加えようとしている3人。アンにはその3人に心当たりがある。
アン、リョウ、シン、三人ともに深く関わりのある人物だ。
「アルベルトシリーズを手に入れるとなれば、それ相応の準備が居る」
「そうだろうけど……」
リョウの主張は正論ではあるが、アンとしては該当する3人がパーティに加わることは快いことではないらしい。
なによりその3人には人格的な問題が多すぎる。
「んまぁ、単純な戦力って意味じゃ十分だしなぁ」
一方シンの方はもはや諦めムードの漂う口調だ。
リョウのトレジャーハンターとしての腕は一流だ。彼が必要というのならば必要なのだろう。
「そういう事だ。それであいつらをパーティに入れるとなると、軽装備な人間が多すぎる」
「はぁはぁはぁ、わかった。俺に盾役をやれって訳だな」
盾役とは、パーティの最前線で敵対する魔物の攻撃を一手に引き受ける役割のことである。
盾役が魔物の気を引くことで、他のメンバーたちが攻撃をスムーズに行えるのだ。
シンが見に纏う赤のバトルスーツは非常に硬度の高い金属で出来ている。
それに加えて炎陽が持つ炎を操る能力。これもまた魔物の気を引くのに最適な能力だ。
「良いじゃないシン。丁度この前盾を新調した所でしょ?」
「そうなのか?」
「あぁ臨時収入があってな、今はクラン本部に置いてある。良いぜ明日は盾役だ」
「何から何まですまないな」
全て快く引き受けてくれる幼馴染に、リョウは素直に頭を下げる。
もしこれが他のハンターであれば、もっと交渉に時間が掛かっていただろう。
「良いって事よ」
全く迷惑など感じるそぶりを見せずに笑顔で答えるシン。
「この後はあいつらの所に行くのか?」
「あぁ、こっちの交渉には時間が掛かりそうだけどな」
苦笑いを浮かべながらリョウは立ち上がる。
彼の言う通り、残りの3人との交渉はシン達へ交渉とは比べ物にならないほど手間が掛かるだろう。
「っと、そうだ。アン、一緒に来るか?」
「へぇっ?」
普段なら無いリョウの誘いに、今度はアンが素っ頓狂な声を上げる。
「何かこの後用事でもあるのか?」
「えっ!? そんな、用事なんて無いって! あってもキャンセルよ、キャンセル!」
リョウの問いかけに大慌てでアンは捲くし立てる。
後ろでシンが「一応明日の準備もあるんだがなぁ……」と呟いているのもお構いなしだ。
「なら良し。シン、アン借りてくぞ」
「はいよー、いってらっさい」
シンに軽く言葉をかけると、リョウは上機嫌なアンを引き連れて雑踏を掻き分けて行った。




