1-1 昼食と幼馴染
ダンジョン
2000年以上も前に建造されたと言われ、500年ほど前に発見された広大な地下迷宮。
世界に多くの入り口が点在し、地下奥深くまで繋がっている。
何故このダンジョンが存在するのか?
ダンジョン発見当初より、各国の学者達は頭を悩ませ様々な見解を導き出してきた。
しかし、どのような見解も確証は無い。
確かなことはただ一つ。
『ダンジョンには、宝が眠っている』
ダンジョンには建設当時の貴重な武具、宝石、貴金属などが眠っている。
加えて、ダンジョンに巣食う魔物達の皮、骨、鱗、肉も大きな価値を持つ。
ダンジョンが発見された当初から、多くの人々がダンジョンに潜入した。
そして、多くの人々が命を落とした。
しかし人間は、ダンジョンに潜ることを辞めはしない。
ダンジョンに眠る宝が人々を惹き付けて止まないのだ。
そんなダンジョンから出てきた、一人の少年。
一目で安物と分かる外套に、そこから覗く皮製の鎧、ブーツ。腰に釣られた片刃の剣だけは、それなりの値がする一品だ。
身長は175センチほど。黒髪が風に揺れ、急な光の変化にその端正な顔をしかめる。
「おう、リョウ。ご苦労さんだな」
全身の筋肉を伸ばすように伸びをする彼、リョウ=クレセッドに声が掛けられる。
ダンジョンと街の区分をするゲートの看守である。
黒を基調とした制服に身を包んだ顔馴染みの中年看守を見つけると、リョウはそのまま看守へと歩みを進めた。
「ん? 手ぶらで上がってくるなんて珍しいじゃねぇか。なんだ、しくったのか?」
片眉を吊り上げ、さも愉快そうに尋ねてくる看守。
リョウはこの18ダンジョンによく潜る。
顔馴染みの看守には、彼の平均的な釣果が把握されているのだ。
「今日は大物を狙う前の下見に来ただけだからな」
ぶっきらぼうに答えるリョウ。
いくら落ち着いた雰囲気を纏ってるとはいえ、若干18歳の少年のこの態度。
人によってはそれだけで激昂する材料になりかねないのだが、
「ほぉ、良いじゃねぇか大物。それで? いけそうなのか?」
中年の看守はリョウの態度に対して一切気にしていない様子であった。
それだけリョウのトレジャーハンターとしての実力を認めているということだろう。
「あぁ、もう少しだ」
「はーん、良いじゃねぇか良いじゃねぇか。応援してるぜぇ」
満足そうに口端を吊り上げる看守。
リョウが聞いた話によれば、彼も昔はトレジャーハンターとして日夜ダンジョンに潜り続けていたらしい。
そんな彼からすれば、若くも大物の宝を追い求めるリョウの姿は好感的に映るのであろう。
「準備が出来次第また来るよ」
「おうっ。それじゃ、気をつけてな」
「あぁ」
看守に見送られ、リョウはその場を後にする。
ダンジョンに潜り始めたのは今朝6時程、今太陽はリョウの頭上を少し過ぎた所だ。
さっそく凍月の間への鍵を手に入れる為に、目当ての友人を訪ねたいところではあるが。
まずは腹ごしらえだ。
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ティパールは世界でも有数のトレジャーハンターの街だ。
統治するのは、強大な軍事国家ユリアン国。数々の戦乱を乗り越え、100年程前にようやくティパールを治めた。
真北に存在する入り口が1番ダンジョン。
そこから等間隔でダンジョンの入り口は存在している。
リョウが先まで潜っていた18ダンジョンはティパールの丁度真南に存在するといった具合だ。
街をぐるりと囲むようにダンジョン入り口を抱えるティパールは、居住区や銀行、領館等の重要な施設を中央に構えている。
現在リョウが足を運んだのは街の中央。ティパール中央区の南側。
そこは住民達の胃袋を満足させれべく、屋台が所狭しと立ち並ぶ賑やかな一角となっている。
「さて、今日の昼飯は……っと」
活気に満ちた心地よい喧騒の中、リョウは様々な露天を見比べながら歩みを進めていく。
この時間は一番飲食街が賑う時間だ、様々な料理の匂いが鼻腔をくすぐり、様々な食材の色彩が眼を楽しませる。
辺りを見回せば顔見知りのハンター達も何人か確認できる。
リョウと同じように朝方からダンジョンに潜っていたハンター達もいれば、これからダンジョンに潜る者もいるだろう。
「あ、リョウだ」
そんな喧騒の中、一番近しい知り合いのトレジャーハンターに顔を合わせた。
管楽器系の良く通る声。肩まで伸びた銀髪と、少女のあどけなさが残る顔つき。
女性らしいフォルムを美しく見せつつ、防御性と機動性を兼ね備えた青のバトルスーツに身を包む少女は、両手にスープを持ちながらリョウの方へ歩んでくる。
「久しぶりだねっ! リョウ!」
「あぁアン。久しぶりだな」
少女の名前はアン=ティアス。リョウと幼馴染であり、同い年の18歳である。
「アンは……シンと一緒なのか?」
両手に持たれたスープに目をやりながらリョウは問いかける。
彼女は決して大飯ぐらいではない。つまり、両手にスープを持っているということは同行者が居るということである。
そして彼女は高確率で、とある人物と一緒に行動している。
「そうそう、シンと一緒だよー。クランマスター同士の会合の帰りなの。ほらあそこ」
アンはリョウの質問に笑顔で答え、スープを持つ手で一つのテーブルを指差す。
指の先に目線をやれば、そこには燃え立つ炎のような赤髪が群集の中においても目立っていた。
これもまたリョウと同い年の幼馴染の旧友。
シン=アルフォルである。
「あぁ、丁度良かった」
「ん? シンに何か用? やっとうちのクランに入る気になった?」
アンが可愛らしく首を傾げて尋ねてくる。
クランとはダンジョンへ潜るパーティーの集合体の様な物だ。
そもそもリョウのように、ダンジョンに一人で潜る者は少ない。
ダンジョン内では不慮の事故というものが絶えず付きまとう。
そのようなリスク回避のために、大多数のハンターは3~5人程度パーティーを組みダンジョンに潜る。
クランはそのパーティーを組みやすく、また目当ての宝の情報を手に入れやすくするための組織だ。
ティパールには大小さまざまなクランが存在するが、ハンター達はほとんどどこかのクランに所属している。
シン=アルフォルは、構成人数50人ほどの中堅クラン『黄金の世代』のマスターである。
そしてアンもその構成員。
「クランには入らないって言ってるだろ。少し頼みごとがな」
「頼みごと?」
「あぁ。まぁ飯食いながら話すよ。俺もなんか買ってくるから先に戻っててくれ」
「わかった!」
リョウに素直に従い、アンはシンの座るテーブルへとかけていった。
「今日は運がいいな」
アンの後姿を見つつ、リョウは1人呟く。
たまたま昼飯を食べようと中央区に足を運んだら、目下の目的である凍月の間に入る鍵を持った友人が姿を現した。
これは追い風なのかも知れない。
そう考えながら、リョウはアンが持っていたのと同じスープを買いに屋台へと向かった。




